20.忘れられた潜入者
20話目です。
よろしくお願いします。
長い期間イメラリアと同じ時間を過ごしている間に、プーセは一二三について様々な情報を得ていた。それらは欲目と言う名の色付けがされていたが、召喚当初からの姿を知っている彼女の話は、ある意味ではオリガよりも詳しく一二三と言う人物を捉えていた。
ウェパルも人間を始めとした異種族との交流の為に、しばしばイメラリアと顔を合わせており、しばしば一二三が話題になっていたので、あらましは聞いていた。
「……召喚直後に、何人も殺して……え、王様も?」
プーセが何を言っているのか、ミキは俄かには理解できなかった。
「一二三さんは“召喚は誘拐である”という認識だったようで、召喚直後に召喚陣がある部屋にいた騎士たちを惨殺し、さらには謝罪を拒否した王を殺害し、国庫から半分を強奪して城を後にした。それが、彼がこの世界で最初に行った事です」
ミキは青い顔をして話を聞いていた。
召喚陣がある部屋の事は、当然彼女も心当たりがある。放課後、ユウイチロウと話していて、気が付いたら見知らぬ石造りの部屋の中、無数の騎士に囲まれていたのだ。
「それじゃあ、その罪であの人は封印される事になったのですか?」
「違うわ。その程度の相手なら、誰も苦労しなかったわよ」
ウェパルはあっさりと否定し、プーセと共に当時の状況をかいつまんで説明した。
一二三という人物は、不本意ながらこの世界に呼び出された後、平和な日本と違い、闘争や殺し合いが身近にある環境に歓喜した。だが、その喜びも束の間だった。
「当時第三騎士隊と呼ばれていた者たちが監視……というより同行同然でしたが……している間に、彼は二人の奴隷を購入しました。その一人が、オリガさんです」
「奥さんが、元々奴隷だったのですか?」
ミキの表情から何を考えているのかを察したプーセは、彼女の勘違いを訂正する。
「騙されて奴隷にされていたようですし、結婚される前に復讐を果たしておられますよ。それに、オリガさんの方から一二三さんに魅かれて結婚されたのは、間違いないようです」
「もう一人の奴隷は、どうなったのですか?」
「解放後、一二三さんを裏切ったため、オリガさんとの戦いで亡くなられました」
ミキの質問を想定していたプーセは、簡潔に答えた。直接の面識は無いが、奴隷であった女性がオリガの冒険者仲間であった事も、その後の経緯も知っている。
その後、一二三がフラフラと旅をしている間に、人間の国同士がどのように争ったのかをプーセが話した。
次いで、ウェパルの口から魔人族や獣人族、エルフなどがどのような迷惑を蒙り、済し崩し的に人間との交流をする事になったかを説明した。
「簡単にいえば」
ウェパルは魔力を使ってカップに水を満たした。
「一二三と言う男は、中途半端な知識を混ぜながら世の中を壊したわけね。それに責任を感じたイメラリアは、必死でオーソングランデという国を作り替えて立て直した」
「それで、貴女はそんな話を聞きにくるために、わざわざ城を抜け出して来たの?」
「城で見せて貰える書物に疑問を覚えていたのです。イメラリア教の人が言う事に、違和感もありましたから……」
なんら確たる証拠も無いのだが、ミキはウェパルやプーセの話をほぼ信用していた。イメラリアの政策が実際は共生を目指すものであったとすれば、オーソングランデもホーラントも、国の西側半分で多くの種族が交じり合って生活している事に納得がいく。
「良く城から出られましたね。私でも、ひっそり抜け出すのに大変苦労しましたが」
「騎士の方が協力してくださいました。エヴァンスという方です。抜け道も手引きしてくださって、列車の乗り方も教えて貰えました」
「そうですか。エヴァンスという人とは私もほとんど話した事は有りませんが、城の中にも良い方がいらっしゃったのですね」
プーセは、敵ばかりでは無かった事を知り、嬉しさ半分、今になって知った事を残念に思う気持ちが半分といった顔だった。
「エヴァンス……?」
プーセの隣で、水を飲んでいたウェパルは腕を組んで首をひねっていた。
そんな折、ノックの音が響き、ウェパルの侍従であり、今は仮の侍女として動いているフェルスの呼びかけが聞こえた。
「入りなさい」
「失礼します。ヨハンナ様もお出でです」
ウェパルの許可を得て開かれた扉から、何故かエプロンドレスの使用人服にしっかり着替えているフェルスが入って来て、さらにヨハンナが姿を見せた。
「久しぶりね、ミキ」
ヨハンナは、ミキの顔を見て幼い顔に微笑みを浮かべた。
「ヨハンナ様!」
ミキは慌ててソファから立ち上がり、膝をついた。この世界に来てから覚えた、王族に対する姿勢だ。ヨハンナとは少ないが顔を合わせた事はある。
だが、ヨハンナはすぐにやめさせた。
「ミキ。ここはお城じゃないんだから、もっと楽にしてね。それより、ここまで来たのは、わたくしやプーセさんを追ってきたの?」
「違います。私は……真実を、探しに来ました」
「真実……それは見つかった?」
ヨハンナはプーセの隣にあった一人掛けのソファに座り、戸惑っているミキを見て、微笑んだ。
「はい。プーセさんとウェパルさんのお蔭で」
「ユウイチロウはどうしたの? いつも一緒に行動していると思ってたけど」
「今回は、彼にも秘密でこっそり城を出てきました。それに、彼は一二三さんに対して、あまり良い感情を持っていませんから……」
万一、顔を合わせでもしたら再び戦いになるかも知れない。一二三を説得する可能性があれば、という狙いもあったが、プーセやウェパルの反応を見る限り、その方法は難しいらしい。
「一つ聞かせて、ミキ。貴女は今の聖イメラリア教が流布している他種族排斥は、本当に良い行いだと思う?」
「……いいえ。この町に来て、色々な種族の人々が互いに笑い合って生活しているのを見て、わかりました。人間も獣人もエルフも魔人族も、人として違いはありません」
ハッキリと答えを出したミキに、ヨハンナはニッコリと笑う。
「これで、初めて本当にお友達になれそうね!」
ヨハンナとミキのやり取りを見ながら、ウェパルはずっと首を傾げて、人差し指で唇をつついていた。
考え事をしている時の彼女の癖で、見かねたフェレスが声をかける。
「どうかされましたか?」
「オーソングランデの騎士エヴァンスという名前に、ちょっと引っかかってるのよ。どこかで聞いた気がするのよね」
ウェパルが個人的に知っているオーソングランデの騎士は、一人の女性騎士を除いて、もう皆鬼籍に入ってしまった。
「お忘れですか、ウェパル様」
「何を?」
「……御自ら、オーソングランデ王城に変装して潜り込み、情報収集するように命じた者がいるではありませんか。その者の名が、エヴァンスですよ」
目と口を開いた、実に間抜けな顔をしてウェパルは固まった。どうやら、ウェパルの指示で王城に潜り込んでいる人物が、勇者の存在を外に出す為に手引きしたらしい。
ぎぎぎ、と出来の悪い木偶のような動きでウェパルが振り向くと、他の全員からの視線が集中していた。
もちろん、ミキにも聞こえていたようで、酷く驚いている。
「……わざとじゃないのよ?」
やはり歳で記憶が……とプーセが呟き、掴みあいの喧嘩が始まったの放って立ち上がったヨハンナは、ミキの前に来てその手を取った。
「じゃあ、共に一度城へ行って、ユウイチロウを連れてこの町を見せよう。わたくしもお父様たちと正面切って話し合いをしたいと思っていた所だし」
「よ、ヨハンナ様?」
突然の提案に、ミキは瞬きを繰り返していたが、ヨハンナは顔を近づけて「よろしくね」と呟いた。
「考えてみれば、イメラリア様は一二三様という英雄に頼る事無く、自らの行動にてその意思を示されたのよ。その子孫であるわたくしが他力本願では、一二三様がご協力くださらないのも当然よね!」
というわけで、とヨハンナはミキの両肩を力いっぱい握りしめた。
「わたくし専属の護衛、よろしくね!」
☆★☆
人気の無いグネの町中を通り抜け、一二三が西側の入口にたどり着いた時には、門に残っていた警備のための兵は悉く殺された後だった。
門の内側、広場になっている場所のあちらこちらに無惨に切り刻まれた死体が転がり、およそ生きている者は見当たらない。大人数で一気に攻め込まれ、応援を呼ぶ余裕も無かったようだ。
三十人はいるだろうか。警備にあたっていた兵のおよそ三倍になろうかという人数の冒険者たちは、兵士達の懐を探ったり、武器を奪ったりしている。
歩調を変えず、ゆるゆると進み近づいていく一二三に、その中の一人が気付いた。
「ん? お前は町にいたのか。なら敵だな。連絡にでも来たんだろうが、運が悪かったな」
死体の懐から財布を抜いたその男は、兵士の死体を蹴り飛ばし、大きく湾曲した片刃の剣を取り出した。
「敵、か」
動揺を見せず、刀を抜いた一二三に対し、他の冒険者たちも武器を構え、戦いに備える。
「ちゃんとした敵になってくれるなら、嬉しいなぁ」
ふふふ、と笑い声を洩らし、右手だけで掴んだ刀を、大上段に振りかぶる。
異様な雰囲気に飲まれかけた冒険者たちだったが、戦場経験の長いベテランが多いらしく、すぐに切り替えて、一二三の動きを注視している。
そこへ、ホーラントの兵士達が駆け付けた。
「警備はやられたのか! みんな、行くぞ!」
「ちっ、援軍が来やがったか。だが、十人程度だ。お前ら、やるぞ!」
「止まれ!」
ホーラント兵を引き連れたタイサクと、冒険者のリーダーらしい片刃剣の男がそれぞれに仲間たちを叱咤した瞬間、一二三が街中に響くような大音声が両方の足を止めた。
「こいつらは“俺の敵”だ。邪魔をするなら、まとめて斬る」
振り向いた一二三の目は本気だった。
「う……」
すくみ上ったタイサクが、緊張で唾を飲む。
他の兵士たちも動けずにいた。
「随分と自信があるな。いや、死にたがりか?」
冒険者は一二三の言葉に混乱しつつも、戦闘意欲は衰えていないようだ。ゆっくりと、一二三を半包囲していく。
「殺せるのか? そう思うなら、試してみると良い。命を賭けて」
最初に飛来してきたのは、手投げ用の短い矢だった。真横から飛来したそれを、一二三の刀が大上段から風切音と共に撃ち落とす。
「手が塞がっている方向から狙うのは良いな。だが、投げている姿は隠せ」
あっさりと防がれた事か、まるで教師から言われるような注意を受けた事か、あるいはその両方に対してか。一人の冒険者が悔しそうに歯を食いしばっている。
先に動いたのは、一二三の方だった。
半包囲の端。短弓を構えようとしていた一人の女冒険者を、何もかもを薙ぎ払うような勢いで降り抜かれた刀で、弓ごと上下に泣き別れになった。
「……えっ?」
斬られた本人は、それに気づいた時点で地面へと落下している。
突き出された槍を左手で叩き落とした一二三は、その勢いで前のめりになった男の顔面へ頭突きを見舞う。
鼻血まみれで跪いた男の喉を斬り、鋭角に切り返した切っ先が、別の男の首を飛ばす。
瞬時に三人を斬り殺し、一二三はゆっくりと刀を構え直した。
正眼の構えで突き出されたその切っ先は、ゆらゆらと揺れて、まるで次の獲物を探しているようにすら見える。
近くにいた冒険者たちは、一二三の実力も目の当たりにして、一足で届く範囲から出た。その程度の見極めができる程度には、実力がある者たちだ。
「い、いかん。このまま冒険者に任せている訳には……うおっ!」
迷っているタイサクは、冒険者集団から飛来してきた矢を、かろうじて甲冑で弾く事に成功した。
「おのれ!」
「みんな、行こう!」
攻撃を受けた事をきっかけに、口々に同僚同士互いに声をかけて敵の冒険者たちへ立ち向かう姿は、兵士としては正しかった。
だが、状況判断としては間違えていた。
「ぬん!」
「おおっ!」
武器と武器を打ち合わせ、タイサクは冒険者のリーダーと思しき人物と真正面からせめぎ合う。
互いに力が拮抗する状況、押し負けた方が負けの状況に陥り、タイサクは内心舌打ちしていた。単純な力比べでは、どちらかと言えば体格に優れる相手の方に分があるからだ。
「うぬぬ……は?」
蹴りを入れて離れる事を考えながら、あらんかぎりの力を込めて敵を押えていたタイサクは、ふと見上げると、細い刃が敵の背後から振り下ろされ、その頭蓋を叩き割るシーンを見た。
そして、そのままタイサクの頭部もまとめて叩き割られた。
「人の話を聞けよ……ああ、腹が立つ」
一二三が二人まとめて殺害した事で、周囲の兵士も冒険者も、呆然と一二三を見ていた。
「お、お前はどっちの味方なんだ!」
一人の兵士の叫びを聞いて、一二三は冷たい視線を向けた。
「味方? 馬鹿な事を言うな。俺に向けて武器を抜いたお前らは敵、俺の獲物を横取りしようとしたお前らも敵だ」
冒険者たちと兵士達へと順番に切っ先を向けた。
「多少は腕の上がった奴が増えたのは良いが……全員で俺に向かってくるならまだしも、俺が殺すと決めた敵を、後から来て横取りするなんざ、いくら俺でも我慢がならん」
まとめて全員殺す、と宣言した一二三は、言葉通りに地獄を作り出した。
町の防衛を成功させたホーラント兵と排斥派の冒険者たちが現場を見つけた時、西側の門前広場は血の臭いに満ち満ちていた。
両手や首を切り飛ばされたり、首を捻り折られたりした死体が広場一面にごろごろと転がっており、中には臓物をまき散らして苦悶の表情で事切れた死体もあった。
侵入者との戦闘があった事は解ったが、誰一人生き残りがいない事に、現場を検証していたホーラントの兵士たちは首を傾げた。まさか互いに相打ちで全滅したとは考えにくい。
結局、彼らは真実を知る事は無かった。唯一の生き残りである一二三は、すでにこの町を後にしていたから。
お読みいただきましてありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。
※お蔭様をもちまして、20話目まで到達いたしました。
なかなか返信ができませんが、感想はいつも楽しませていただいております。
これからも、拙作をよろしくお願い申し上げます。




