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19.戦場見物

19話目です。

よろしくお願いします。

 一二三が軽い足取りで、町の東側にあるホーラント王都側の入口へと近付くと、騒々しい叫び声が聞こえてきた。兵士や冒険者たちが敵襲を周囲に喧伝し、兵士たちは整然と、冒険者たちは雑然と町の外へ出ていく。


「町の外で迎え撃つのか?」

「冒険者か。今の戦力だと町の中に敵の冒険者が紛れ込む可能性がある。広い場所で無いと騎馬兵も使えないからな」

 見かけた兵士に声をかけると、一二三の姿を見て冒険者だと判断したのか、簡単に説明をする。彼の説明によると、兵士たちは町の外で整列して迎撃し、冒険者は敵が町へ侵入するのを防ぐ役目を負うらしい。


「銃撃の的になりそうだがな」

「そんなの、前線の兵士に何丁も用意できる物じゃない。それに、余程運が悪く無けりゃ、あんなもの当たらないさ」

「ふぅん。ここの銃は()()()()()か」

 まあ頑張れ、と他人事のように伝えた一二三は、人の流れに乗って町の外へ出た。


 遠くまで続く街道。周囲は切り拓かれて平原となっており、遠くに木々が見える。

 共生派の軍は視認できる位置まで来ており、中央に騎馬兵。その両脇に歩兵が居る。良く見えないが、後方に冒険者たちがいるのかも知れない。

「見づらいな」

 ひょいと視線をあげて、門の上に見張りがいるのを見つけると、一二三は寸鉄を塀に打ち付けてよじ登った。


「うわっ、なんだ?」

「場所を借りるぞ。ここなら戦場が見やすい」

 見張りに立っていた兵士が驚く横に腰を下ろした一二三は、丁度良いタイミングだ、と弁当を開いた。

 高さがあるためか、敵の陣容が良く見える。

 予想と違い、敵陣には冒険者らしき集団は見当たらなかった。


 取り出したのは、木の皮を編み上げて作られた弁当箱に入った、ホットドッグのような食べ物だ。フォカロルを出立する際にヨハンナから渡されたもので、食べ物だと言われて受け取った。

 ヨハンナからすれば、一二三と親しくなるため懸命に考えた事だったが、腸詰に塩を振り過ぎているあたりが料理慣れしていない事を如実に表していて、割と逆効果だった。


「肉は美味いが……塩からいな」

 水をがぶがぶ飲みながら、それでも完食する一二三に、兵士が声をかけた。

「何をやっているんだ。戦闘が始まるぞ。怖気づいたか」

「阿呆か。俺は観戦しに来たんだ。楽しそうなら参加するが、敵やお前らの頑張り次第だな」

 これだから冒険者は、と悪態を吐く兵士が盾にするための板を立てながら、諦めの顔を見せた時、共生派の軍隊がじりじりと距離を詰め、矢による攻撃が始まった。


「おい、危ないぞ!」

「ああ、気にするな」

 板にいくつもの矢が突き立ち、その後ろに隠れながら敵の様子を窺う兵士は、涼しい顔をして胡坐をかいたままの一二三に声をかけた。

 だが、自分の足に肘をつき、だらしなく頬杖をついた一二三は視線を戦場に向けたまま軽く応じた。

 飛来した矢を、一二三の左手が軽く払い落とす。


 豪胆さと次々飛来する矢を簡単に打ち払って見せた一二三に、どこかの高名な冒険者なのだろうと結論付けた兵士は、それ以上彼に構う事はしなくなった。

「……ふぅん?」

 しばらく反撃をしなかった排斥派側だが、しばらく相手の矢を亀のように防御して距離が縮むのを待っていたらしい。


 一定の距離を越えたところで、より密度の濃い弾幕が敵を襲う。 

 ザザァ、と音を立てて飛ぶ矢は、相手のそれよりもより浅い角度で飛び、勢いを失うことなく敵集団を襲う。

 特に騎馬兵に向けて集中した矢は、多くの馬とその乗り手を貫き、悲鳴と共に敵集団の中央に混乱をもたらした。


「今だ! 突撃!」

 誰かが号令をかけると、町の前にいた兵士達が左右に別れ、騎馬隊が飛び出して行く。

 騎馬隊は狙い違わず敵中央の混乱している部隊めがけて突撃し、敵陣形を真っ二つに引き裂いた。後に続いた歩兵が、さらにその傷口を開いていく。


 左右に分かたれた敵部隊のうち、向かって左手へ向かって二度目の射撃が飛び、右の部隊へは中央へ食い込んだ歩兵が左側から、通り抜けた騎兵隊が後ろから、十字を作るように襲い掛かった。

 傷口と背面から一気に押しつぶされた格好になった右側の部隊はあっという間に数を減らし、矢を受けた左側の部外は、思うように救援に行けない。


「随分とまあ、整理された戦いだな」

 関心はするが、いざ目にしてみると一二三にとっては「つまらない」の一言だった。時折、敵陣の中にあって奮戦している人物も見えるのだが、勢いと人数差に圧倒されて敢え無く散ってゆく。

「効率が良いのはわかるが、あれに交じって右往左往するのは、やはり性に合わんな」

 実際の所、現在行われている集団戦での動きについては、一二三が以前に教導部隊を始めとしたフォカロル軍へと伝えた内容が発展したものなのだが、彼はあっさりと興味を失った。


 だが、一二三の予想が正しければ、もう一つ楽しみが残っているはずだ。

 排斥派の勝勢が確定したと見た一二三は、弁当を片付けると、さっさと見張り台から飛び降りた。

「おい、どこへ行く? ……貴殿は、たしか一二三と名乗っていたな」

「もう一つの戦場を見に行く」

 町の中へと向かおうとする一二三に声をかけた兵士は、オーソングランデ兵を始末した際にやって来たホーラント兵タイサクだった。治安担当として迎撃部隊に参加していないらしい彼は、一二三の答えに首を傾げる。


「もう一つの戦場とは、どういう意味だ?」

「敵の軍勢に冒険者がいない。俺なら、こんだけ派手に戦闘している間に、もう片方から入る。そっちを主力にしても良い」

 じっと考えたタイサクは、彼を放ってさっさと歩いていく一二三を一瞥し、周囲の兵士に声をかけた。

「ここはもう大丈夫だろう。自分は隊長に許可を取って反対側の門へ向かう」

「わかった。俺も含めて何人かで行こう」


 あくまで念のために、という形でタイサクは上司から許可を取ったものの、内心一二三の言っている事が当てずっぽうとは思えなかった。

「よし、行こう」

 十人ほどの同僚を連れて、反対側の門へと辿り着いた時、彼らが見たのは血まみれで倒れ伏している警備の兵たち。

 そして、兵たちの死体に囲まれて一二三と睨み合っている、敵の冒険者集団の姿だった。


☆★☆


 裏組織“隠し蛇”は首領を含めた幹部と、居合わせた構成員のほとんどが殺害される結果となった。

 かろうじて、ミキが庇った男の他、首領らしき男と数名のみが生かされていた。彼らは決して幸運とは言えない。彼らは情報を搾り取られるためだけに、まだ殺されていないだけだからだ。


「それで、貴女が新しく呼び出された勇者という事ですが」

「勇者というのは王様たちがそう呼んでいるだけで、私自身は、そうは思っていません」

 屋敷へ戻ったオリガは、ミキの希望を受けてプーセやウェパルと共に彼女の話を聞く事にした。オリガにしても、自分の夫と同郷であるというならば、聞きたい事はある。

 血の臭いを撒き散らしながらオリガが帰って来たかと思えば、勇者の話に付き合えと言われたウェパルは、やや憮然としていたが。


「実は先日、一二三さんと言う方とホーラントの町で会ったんですが……」

「詳しく」

「えっ?」

「一二三様とどういう状況で出会ったか、詳しく」


 オリガの熱い視線を受けながら、ミキはどうするべきか迷った。正直に話せば、敵対する立場だと思われるかも知れない。

 だが、自分が勇者だと知られている時点で、今更な心配ではないかとも思う。

「グネという町を奪還する作戦に参加した私たちは、突然現れた一二三さん対峙して、その……意思の疎通がうまくいかなかったと言うか、誤解があったというか……」

「戦ったのですね?」

「……はい」


 結果を語ったミキが、恐る恐る顔をあげると、オリガは怒っているわけでもなく、むしろ笑顔だった。

「どうやら、無事に戦場を堪能なさっておられる様子ですね。町中で襲ってくる手合いのレベルの低さにうんざりしていましたが、流石に戦場では充分な敵がいるようで安心しました」


 ミキから一通りの話を聞いたオリガは、笑顔のままで席を立った。

「あまり疲れるとお腹の子供に影響が出ますから、失礼しますね」

「あ、すいません、一つ……いえ、二つだけ聞かせてください!」

 座りなおしたオリガは、一二三の話を聞いたお礼に答えましょう、とミキが続きを話すのに耳を傾けた。


「オリガさんは、亜人との共生を望んでいるのですか?」

 亜人と言う言葉を使った事に、ミキは違和感を覚えていない。その事自体に本来なら疑問を覚えるべきだが、この世界で受けた教育はまだまだ彼女の認識の基盤でもあった。

 プーセもウェパルも残念そうな表情を浮かべたが、胸中の考えには差がある。プーセは王城で施された教育についての憂いだが、ウェパルはこの一言だけで初めて目にしたミキの評価を著しく下げた。


「別に、どちらでも構いません。私と主人にとって、誰がこの世の中で覇を唱えるかなど、些細な事です」

「そ、それじゃあ、封印される前に魔人族と戦ったのは、何故ですか?」

 オリガは鉄扇を開き、口元を隠して静かに笑った。

「“作られた舞台のお伽噺”を真に受けて、わざわざ会いに来たのですか?」

「お伽噺……?」

「“魔人族だから”なんてくだらない理由で、あの方が戦う気になるわけがないでしょう」


 愉快そうな笑顔と「後はお二人に聞いてください」という言葉を残して、オリガは談話室を後にした。

「……どういう事?」

「要するに、今の王族やらイメラリア教やらがやっている事なんて、一二三さんやオリガにとっては幼稚で取るに足らないって事よ」

 私にとっても同じ、とウェパルは用意された紅茶に持参の酒を注いで飲み始めた。


「私はお城に勤めている間、貴女たち勇者と顔を合わせる事ができませんでした。あれこれと王直属の騎士たちから止められていたのです。何故だかわかりますか?」

「……私たちに知られたら、不都合な事がある、という事ですね?」

 ミキは、城で療養している間に抱えた疑問を口にした。

「イメラリアという何代か前の女王様が、王位継承をされる前後から、プーセさんはお城にお勤めだったのですよね。でも、イメラリア様の教えを語る教徒の人たちは、亜人の排斥を語る……」


「その“亜人”っていうの、止めて貰えない? 貴女達から見れば人間が基本だろうけれど、私から見たら魔人族が基本なの。人間と魔人族が違うように、獣人族ともエルフとも違うのよ。自分以外を一括りにする考え方が透けて見えて、嫌いだわ」

「あ、ごめんなさい……」

 ウェパルが不機嫌を露わにすると、ミキはすぐに頭を下げた。


 ミキはこの町に来てからというもの、獣人や魔人族、エルフに対してかなりニュートラルになっていた。まだまだ、王城での教育による先入観は残っているが、まずは話を聞いてから、という気持ちが強くなっている。

「その……ホーラントの町で一二三さんから、プーセさんやウェパルさんに話を聞け、と」

「私たちに?」

「はい。私たちがやっている事は“イメラリアさんが馬から落ちたり舌を噛んだりしながら作った安定を壊す真似だ”と言われて……。真実を知るために、城を抜け出して来たんです」


 ミキの発言に、ウェパルは呆れていた。

「相変わらず、面倒事はすぐ人に押し付けるんだから。そういう所は変わって……私たちにとっては八十年以上経っていても、彼にとってはつい先日の事だものね。……って、なに泣いているのよ」

 ウェパルの隣で、プーセはハンカチを顔に当てて、ぽろぽろと零れる涙を押えていた。


「イメラリア様の努力を、ちゃんと見ている人がいたのだと思うと……」

 涙声で語るプーセに、ミキは困惑しながらも問いかけた。

「やっぱり、今語られているイメラリアという人の伝説は、捻じ曲げられているという事ですか?」

 頷いて返すプーセは、まだ声が出ないらしい。代わりにウェパルが口を開いた。


「イメラリア陛下は、元々人間とドワーフだけが生活していたオーソングランデに、獣人族やエルフ、そして魔人族を迎え入れる契機となった人物よ。今の聖イメラリア教とか言うのが宣伝しているのは、まるで嘘っぱち」

 蒸留酒入りの紅茶が空になったので、ウェパルは酒だけをカップへ注ぐ。

「彼女を担ぎ上げて魔人族や獣人族を排除しようと言う勢力は昔からあったけど、彼女が亡くなってから貴族たちの間であっという間に勢力を広げて、今の王を教主に祭り上げる事で、地盤固めに成功したのよ」


「本来、イメラリア様は父親である先代王が、他種族排除の為に一二三さんを呼び出した事を気に病んでおられました。結果として世界は荒れ、その責任を取らねばならぬとの一心で、他種族との友好を目指し、平和の為に一二三さんを封じたのです」

 ようやく落ち着いたプーセが、まだ溢れてくる涙と共に語る。

「よりにもよって、その努力を一番認めているような事を、あの人が言うなんて……悔しいやら喜んでいいやら!」

「そんな理由で泣いてたの」

 ウェパルは、気遣って損した、と酒を呷った。


「そ、それじゃあ、一二三さんはどうしてあんなに攻撃的になったんでしょうか? 同じ平和な国に生まれた人とは思えないくらい、簡単に人を殺すなんて……」

 八十年前、余程の事があったのではないか、とミキは恐ろしい封印を前にしたかのように、恐々と尋ねた。


 互いに顔を見合わせたウェパルとプーセは、それぞれに眉に皺を寄せて答えた。

「アレは元からじゃない?」

「アレは昔からですよ」


「……えぇ~……」

 ある意味一番嫌な答えを聞いて、ミキは何とも言えない声を漏らした。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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