187.キメラ
187話目です。
よろしくお願いします。
オリガが敵と激突している頃、一二三とミキもそれぞれに接敵していた。
「オーソングランデ兵じゃないのね」
「問答、無用!」
ミキの眼前に迫ったマントを羽織った敵は、一振りの刀を掴んでいた。一二三が持っている物とは違い、無反りで刀身も分厚い。
「刀……!?」
「この武器を使えるものは、何もあの男だけではない!」
鋭い突きが、首を傾けたミキの頬をかすめた。
この世界へ来た当初の彼女であれば、今の一撃で眼球から脳をえぐられて死んでいただろう。
「くっ!」
サーベルを立てて二度目の突きを逸らして見せたが、それだけで彼女が持つ細いサーベルは軽く歪んでしまった。
「脆い!」
突きの手を引いた敵は、そのまま二度、三度と突きを繰り返す。
一手一手の鋭さは見事なもので、ミキはすぐさま防戦一方となった。
サーベルの刀身は細い。先端や中ほどで受けるとすぐに曲がってしまうと判断したミキは、手元のナックルガード部分を使ってどうにかしのぎ切る。
「左手か」
「うっ!?」
時折身体ごと動かしてごまかしていた左手について看破されたミキは、すぐに左手をかばうように右手を前にした半身へと構えを変えた。
だが、遅い。
刀身を寝かせた形で繰り出された刀の突きが、左の二の腕を切り裂いた。
「張りぼてか」
切り裂かれた服の下から、木と金属で作られたミキの義手が露わになる。
「そうよ。でも、こういう動きもできる!」
先ほどまでの突きに対する意趣返しのように、ミキは右手のサーベルで突きを繰り出し、その引き際をフォローするかのように左の義手を動かして握らせていたサーベルを突き出した。
「良くできているな。だが、遅い」
長い髪を揺らしながら、敵は二度の突きを軽々と避けた。
ミキは相手からの反撃を殴りつけるように逸らしながら歯噛みした。
「この程度の敵に……」
「随分と過少評価されているようだが」
ミキの呟きを聞いた敵は、ぼろ布のようなマントをはぎ取った。
「うっ……」
露わになった敵の身体を見て、ミキは思わず呻いた。
そこにあったのは、人間のパーツの集合体の様な身体だ。それも、人間や獣人族、魔人族などの身体が使い捨ての雑巾でも作るかのように乱雑に縫い合わされている。
「一二三という男の身体能力を超える。それが俺の身体を作りあげる目標であり……」
複数の腕に支えられた右手を掲げると、数本分重なった手首に支えられた刀が光を孕む。
「それは達成された。俺の速度はあいつを越え、そして力も同様だ」
それはイメラリア教の技術部門が単純すぎる理屈で作り上げたキメラ計画だった。数人分を合したレベルであると判断される一二三の肉体。そこに近づくために数人分の筋肉を重ね合わせたのだろう。
「あなた、人間をやめてまで、そんな……」
「くだらん。強ければそれで良い。一二三もそうだろう。強いというただ一点のみで我を通し、世界に影響を与えている!」
さらに速度が上がった突きがミキを襲う。
いよいよ逸らすことも避けることも厳しくなり、ミキの手足は次第に傷を増やしていった。
「それは、違う!」
違うというのはミキにもわかった。
だが、彼女には具体的に何が違うかまでは説明できない。
「とにかく、あなたは醜い!」
「ふぅぅ! 見た目の美醜など、圧倒的な強さの前には無意味だ!」
「そうじゃない!」
ミキは乱暴に相手の刀を殴りつけ、無理やりにでも隙を作って距離を取った。
「見た目じゃあなくて、強いというだけで他人を支配できると考えるその傲慢さが、醜い!」
嫌悪の言葉は、目の前にいる相手だけでなく一二三に対しても吐かれたものだったかもしれない。
「弱い者の、ふぅっ、言い訳は聞かん!」
激怒した様子で刀をぐい、と引いた敵は、再び突き嵐をミキに見舞った。
そこで、ミキは相手の様子が変わったことに気づいた。感情的になっているせいかもしれないが、先ほどまでの余裕は失せて、肩で息をして、苦し気な呼吸が時折挟まる。
「……なるほどね」
無理やり重ね合わせた数人分の肉体は、それだけ疲労も早く溜まる。
スタミナが早々に限界へ達したのだろう。
「ふぅっ!」
掛け声のようにしてごまかしているが、荒い呼吸は剣筋を乱している。
そして、ミキは敵の目の前から消えた。
「瞬間移動か!」
「流石に、私のことも調べているのね」
やはりイメラリア教の刺客なのだろう、とミキは今の反応で確信した。
知られている相手であることもあるが、背後に移動したミキに対して敵はすぐさま反応し、身を捻りながらミキの喉を狙って突きを繰り出す。
それに対して、ミキは何もせずに瞬間移動を繰り返した。
攻撃はしない。する振りだけして、すぐに移動する。
ただし距離は離さず、前後左右や頭上へと、目まぐるしく姿を現しては敵を挑発した。
「うぬぅ!」
敵は的確にミキを狙って突きを重ねるが、それでも瞬間移動には間に合わない。
そして、二十回ほどの転移を繰り返したミキは、敵の目の前へと姿を現した。
「はあっ、はあっ……」
魔力を消耗したミキは汗を流している。
「ふぅっ……ふん、結局攻撃をする隙は見つけられなかったか!」
勝機を得た、とばかりに敵は真正面にいるミキに対して、突きを繰り出した。
「残念だけれど、攻撃なんて狙っていなかったわ」
「なっ……」
「お疲れのようね。この程度の速度に落ちたら、私だってこのくらいの芸当はできるわ」
敵が繰り出した突きに対し、あえて左の義手を貫かせるようにして受け止めたミキは肩に力を入れて中のパーツで刀をがっちりと受け止めた。
引き抜こうとする男だったが、すでに疲労は限界に近いらしい。ミキでもしっかりとホールドできる程度の力しか残っていなかった。
「終わりね」
「お、おのれ……」
ミキの右手に握られたサーベルは、僅かに歪んだ切っ先を敵の眼球にうずめ、そのまま脳を貫いた。
「……頭の中身は一つだけだったようね」
びくりと一度痙攣した敵は、そのままぐったりと脱力し、倒れ伏す。
辛勝だった、とミキは悔しそうに右手の親指を噛んだ。
この体たらくでは、いつまで経っても一二三を殺すなどできない。
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