35,お目覚め
海兆丸が「()」型の入り江に入る前、搭載していたゴムボートでマイとアイリは海に下り、白輝島本体の裏手に漕ぎ進んでいた。ユリエに教えられたモーターボートを隠していた岩の切れ込みの奥に入った。外の波がブロックされて穏やかなプールの先に段になった船着き場があった。たどり着くと、係留ロープを鉄の杭に掛け、上陸した。外海の波はゴムボートには相当怖く、二人は地面に立つと安定した足下にほっとした。
身を守る武器として液体窒素のボンベを一つ持ってきた。黄金のお堂に眠っているという白樹様を液体窒素で完全に冬眠させて運び出せれば理想的だが、おそらくそれはユイたちに邪魔されて難しいだろうというユリエの意見で、船倉の残りの液体窒素は白樹様の娘たちをおびき寄せてやっつけるのに使うことにした。へび女たちさえやっつければ、しょせん蛇の白樹様は後から大人数で捕獲することも可能だろうということで作戦が決定された。
作戦はマイとアイリが屋敷にたどり着くのに合わせて決行されることになっている。
岩の階段を上がり地表に出ると、マイは携帯でユリエに連絡した。携帯電話が使えるのは船でいったん島に近づいて確認している。それから二人は、重いボンベはマイが抱えて、山の裏道を登っていき、ユウミたちも気づかなかった蔓植物のカーテンで隠された洞窟の入り口を見つけた。これは島の男たちが黄金のお堂とピラミッドを、分割した部品を中の空洞に運んで組み立てるために掘った物で、元々自然の洞窟であった物を広げた物だ。洞窟の入り口は他にも何カ所かあって、天宮カメラマンがユイに捕まったときにたまたま月明かりが差し込んだのもその一つだ。
洞窟に入る前にマイはもう一度ユリエにかけた。
「これから入ります」
『了解。こっちはすぐに始めるから、速やかにお願いね?』
「オッケー」
電話を切ると、
「さ、行こう」
と、緊張するアイリを促して中へ入っていった。入ってしまうとひんやりした岩の壁で囲まれて、外のセミたちの鳴き声が極端に遠のいた。
懐中電灯で先を照らしながら進んだ。洞窟は少し上り坂で、天井が気になったがぶつからずに歩ける高さがあった。
程なく、懐中電灯の光の中で、キラリと黄金の輝きが見えた。
二人は1辺が8メートルもある黄金のピラミッドを納めるドーム型の空間に出た。
うわあー…………、と、二人ともその豪華極まる威容に圧倒されてしまった。とんでもない国家的財産を隠し持っていたものだ。
いつまでもアホみたいに口を開けてもいられず、中への入口を捜した。屋敷側の出入り口である足場の板を渡した木戸が開いていた。ピラミッド自体の出入り口はドアがなく開きっぱなしだった。中で眠る白樹様が呼吸するため、もしくは好きなときに表と出入りするためだろう。
二人はドアが開いている側に回って足場に上がった。そっと床を懐中電灯で照らしていくと、袋に入って転がるモデル仲間たちを見つけた。
「ウララ!」
アイリが思わず上げた声をマイが、しっ、制した。
黄金のお堂の前に、正座した着物姿の女性の後ろ姿があった。
マイはそっと呼びかけた。
「お社様……ですね?」
アイリはギョッと慌ててマイの背中に隠れた。
お社様を前を向いたまま反応しなかった。
マイはアイリに懐中電灯で照らさせておいて、液体窒素のホースを構え、遠巻きにお社様の前へ回った。現れた顔にマイもさすがにギョッと息を飲んだ。
お社様の顔はすっかり蛇そのものになっていた。結った黒髪が乗っているのが滑稽と言えば滑稽だったが、扁平に尖った顔と、真っ黒な白目のないまん丸の目は感情がまったく感じられず不気味だった。
蛇のお社様はチロッ、チロッ、と先の割れた舌を出し入れし、ようやく顔を動かしてマイを見た。お社様は出てこないだろうことはユリエに予測されていた。以前はユリエが担っていたお役目だ。マイは刺激しないようにそっと話しかけた。
「お社様。人間の言葉がお分かりになりますか? わたしたちは白樹様に害をなすつもりはありません。ただ、仲間を返していただきたいだけです。どうか人間の娘を食べるような残酷な真似はもうやめてください。お願いします」
マイは頭を下げ、お社様が何を言わない……言えないのを見て、もう一度頭を下げ、そっと様子を窺いながら周りに転がる仲間たちの下に寄った。風船ガムを膨らませたような白い半透明の袋を破り、まずシズカの顔を出した。
「シズカさん、シズカさん。目を覚ましてください? 脱出しますよ? 起きて!」
軽くパチパチと頬を叩くと、ううんとうるさそうにうめいて、ぼうっとした目を開くと、マイを眺め、突然ショックに打たれてギョッと目を見開いた。
「蛇!・・」
マイは口を押さえ、しーっと黙らせた。
「分かってます。助けに来ました。さ、逃げますよ?」
全身の袋を破きに掛かった。
マイのために懐中電灯を向けてやりながら、アイリはシズカよりウララのことが気になって仕方なかった。
そのアイリの背後に、そっと近づく物があった。
「アイリさん」
その声にアイリはギョッと凍り付いた。
両肩を掴まれ、ニタアッと笑うカノンの顔が横に伸びてきた。
「嬉しい。わざわざ食べられに帰ってきてくれるなんて、お留守番を言いつかった甲斐があったわ」
長い舌が伸びてぺろりと首筋から頬を舐め上げた。アイリの体を震えが這い上がり、
「きゃあああーーっ!!」
と思いっきり悲鳴を上げてしまった。
マイは、拙い、と慌ててカノンに立ち向かおうとしたが、それまで大人しくしていたお社様が、
「シャアッ!」
とバックリあごを開け、牙を剥きだした。とたんに、
バンッ!
と黄金のお堂の正面中央の扉が観音開きに開き、中から人間の胴体ほどもある巨大な白蛇の顔が飛び出してきて、正面に立つアイリ目がけて大口を開いた。
「きゃっ!」
とアイリは反射的にしゃがみ、突然のことに驚いて棒立ちのカノンが、
バクッ。
と、頭から一気に腰まで飲み込まれた。口からはみ出した手と脚がバタバタ暴れたが、大蛇はガブッ、ガブッ、と二飲みで足まで飲み込んでしまい、上を向いてゴクリと喉の奥に飲み下してしまった。
あまりに突然のことにマイも腰を浮かせた体勢のまま呆気にとられて動けなかった。
「あわあわ…」
アイリがバタバタ床を這ってマイの後ろに逃げ込んだ。
カノンを飲み込んでしまった白樹様は、にょろにょろと残りの胴体をお堂の中から這い出させると、ぐるりとお堂を一周して長い間ずうっと狭い中とぐろを巻いていた体を伸ばした。
白樹様の顔は一周して正面に戻ってくると、首をもたげて、マイを見下ろした。黄金の瞳の中の縦の瞳孔がぎゅっと収縮した。
白樹様のあごがガバッと開いて、
「ヘビの娘」
と声を出した。
「え?……」
マイは驚きながら更に驚き、あごを閉じた白樹様は、ニヤリと笑ったようにマイには思えた。
白樹様は再びガバッと大口開けると、喉を膨らませて、ゲロッと胃液まみれのカノンを吐き出した。ビチャッと床に落下したカノンは「ううん…」と苦しそうにうめいた。
白樹様が再び言葉を発した。
「腹が空いて堪らない。おまえが美味そうだ」
マイはハッと、身の危険を感じ、液体窒素のホースを白樹様に向けたが、バクッと食らいつかれ、ガン!とボンベを取り落とすと、緩んだバルブが開いてブシューーッと冷却ガスが勢いよく噴き出した。冷たいガスに腹を触られながら白樹様はこの程度平気なように、ガブッ、ガブッ、と、マイを飲み込み、ゴックン、と腹の中へ飲み下してしまった。
「きゃー、きゃー、きゃー!」
アイリはなんの役にも立たないできゃーきゃー騒いでお堂の後ろに逃げ隠れた。
白樹様は蛇にしては分厚い舌を口の周りに舌なめずりさせ、次の獲物を物色したが、袋詰めの仮死状態の物、まだ半分皮を被ってガクガク震えてお漏らししてしまっている物にはつまらなそうに目を細め、きゃあきゃあ悲鳴を上げている生きのいい娘に狙いを定めた。
まだ大人しく正座していたお社様が、出入り口の方を向いて、
「シャアッ!」
と鋭く叫んだ。白樹様もジロリと視線を向け、不快そうに目を細め、
「シャアッ!!」
とカッと目を見開いて叫ぶと、ものすごい勢いでズルズルバタバタと、屋敷の通路に這い出ていった。
「きゃあきゃあきゃあ〜……。え? 行っちゃった?」
アイリはそうっと出てきて、床を這う白い煙に、
「わっ、冷たい!」
と、素足にサンダルの足で飛び跳ねながら、ウララの下へ行こうとして、グスグス泣いてるシズカに目を止めた。
「シズカ、しっかりしなさいよ? プロのモデルならどんな経験もプラスにしなさいよね? 弱々しいあんたも、なかなかかわいいわよ?」
常に二歩も三歩も先を行くライバルに笑われて、シズカの中の姉御の性格がカッと熱くなった。
「ちくしょう、なによここ? 寒いのよ!」
自分の失態を寒さとオールヌードのせいにして、勢いよく袋を破り去った。
アイリはウララを助け出し、シズカも葵マネージャーと瀬合編集員を助け出した。アイリは天宮カメラマンを助け出し、天宮も頬を叩かれると目を覚まし、どこも怪我をしたりしていないようだった。
「みんな! 急いで逃げるわよ!」
アイリと天宮以外は全裸で、恥ずかしさと寒さに身を縮ませる思いだったが、アイリに早く早くと急かされて、豪華な黄金の輝きに驚く暇もなく、とにかくピラミッドを抜け出した。
みんな蛇顔のお社様にはギョッとしたが、どうやら頭も蛇になってしまっているようなお社様は自分から何かしようという気はないらしく、冷却ガスに体が冷えてトロンとしてきたようだ。白樹様に吐き出されたカノンも、飲み込まれたこと自体のダメージはあまりないようだが、寒さに膝を抱えて丸まっていた。しかし外気と通じているこの場所でいつまでも冷却ガスの効果が続くとは思えず、モデルたちはアイリを先頭に大急ぎで洞窟を駆け下っていった。
モデルたちの救出には成功したようだ。




