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34,因縁の決着

 海兆丸は全長17メートル、船体重量4.8トンの個人操業の漁船としては大型船で、白輝島の入り江に入るには不安があったが、なんとか波打ち際から4メートルくらいの所まで近づいて停止した。

 若手漁師に操舵を任せて仮眠ベッドで休んでいた長太郎は、ここ一番、海に飛び降り、浜へ上陸した。

「おーい!、ユイーー! わしじゃあ! その性悪面見せさらせえーーいっ!!」

 大声で呼びかけ、ゼエゼエ息をついていると、やがて、森の中、木をザッザッと揺らして斜面を急速に下りてくる物があった。まだだいぶ上の方からザッと緑の葉を散らして浜に降り立ったのは、Tシャツにホットパンツ姿のユイだった。後から続いて、ザッ、ザッ、と飛び降りたのは妹のキョウカとマミ。今度は二人ともユイと同じTシャツにホットパンツのまともなかっこうをしていた。太ももの露出は目に眩しいばかりだが。

「現れおったな、白金の性悪娘ども。お社様はどうなされた?」

「無礼者。ここは男子禁制の聖地であるぞ? お母様がおのれら下郎に会わねばならぬ理由があるか?」

 白ヘビ様の女官として冷たく言い渡したユイは、ニヤリと表情を崩すと、

「お父さん」

 と懐かしいよりも小馬鹿にして呼びかけた。

「お父さんが来たっていうことは、島の異変はお父さんの仕業ね? それに」

 今度はギロリと恐い目で甲板の上を睨んで。

「ユリエおばさん? これはいったいどういうことかしら? まさかあなたがこんな年寄りに脅されて従っているわけではないわよねえ?」

 舳先に立ったユリエもシリアスにユイを見つめて言った。

「ええ。わたしの自発的な意志、と思ってもらっていいわよ?」

 ユイは口の端をつり上げ白い歯並びを見せた。

「馬鹿な女。大人しく従っていれば島の女王としていい目を見ていられたものを」

「よく言うわね、ユイ。わたしがあなたを目障りに思っているのは承知よね? あなたのボス面がむかついてしょうがなかったのよ」

「ユリエおばさん。そんなあなたをこれまで生かしておいたあげたわたしの好意を、無にするのね?」

 複雑な愛憎を絡めてねっとり結びつく女二人の視線に長太郎が割り込んだ。

「こらあっ、ユイ! おまえの相手はこのわしじゃあ! 今度という今度は覚悟せいよ!」

 視線を下に戻したユイは、眉を歪め、思わずプッと吹き出した。

「やだあお父さん。わたしを笑わせて戦意をそごうって作戦?」

「やかましいわ!」

 長太郎は、分厚く膨らんだゴムの潜水服を頭まですっぽり被っていた。通常の防水用、耐寒用より更に丸々膨らんで、ブッチほどでないにしろ相当太って見えた。手には鮫をぶっ刺す銛を武器として握っていた。

「これでおまえの牙は肌に届かんわ。この銛で人食い鮫と同じように往生させてやるから覚悟しろ!」

 ユイは唇を歪めて頭を振った。

「覚悟しろったって、だいじょうぶ? ふらふらじゃない?」

「やかましいわっ!」

 長太郎は、モモカに噛まれたせいもあるが、分厚い潜水服に顔を真っ赤に、だらだら汗を流していた。やれやれと呆れてユイは言った。

「闘うまでもないじゃない? そんなふらふらのジジイ、相手になると思ってるの? 勝手に熱中症でぶっ倒れてればいいじゃない? アッホらし」

「相手をせんつもりか?」

「相手になれると思ってんの?」

「相手をせんつもりなら……おまえ、モデルデビューなんてしおって、全国の人気者になっておるのう?」

「ありがとう。父親として鼻が高いでしょう?」

「フン。その人気者のスクール水着の写真をネットに流してやる」

「はあ?」

「それだけじゃないぞ、桶で行水しとるヌード写真も公開しちゃる」

「いったいいつの写真よ?」

「それだけじゃないぞう? おまえがおねしょした布団の前で泣いとる写真も公開しちゃる。さあ、どうする?」

「こおのう〜、そんな写真持ってたの? この、変態親爺。訴えてやるわよ!?」

「フン。それだけ一人娘のおまえをかわいがっておったんじゃ…」

 長太郎はしんみり言って、キッと厳しい目でユイを睨んだ。

「だがもう昔のことじゃ。この化け物女め、父親の責任で成敗してくれる!」

 ユイもむっつり不機嫌な目になって長太郎を睨み返した。

「そう。また、お父さんはわたしを殺すんだ?」

「これで最後じゃ。わしもおのれの責任は取る。さあ! 来いっ!」

 長太郎は両手で銛を構え、

「そう。ま、島の者どもへの見せしめもあるから、今度は許してやるわけにも行かないわね。キョウカ、マミ。船に男がいるわ」

 ギロッと睨まれ操舵室の若手漁師はギョッと震え上がり、

「ユリエおばさんと、あの坊や。任せられるかしら?」

「ユリエおばさんもいいんだね?」

 マミが舌なめずりし、

「おばさまの玉はわたしが欲しいわ」

 キョウカが言い、

「じゃあわたしは普通のおばさんに戻ったおばさんを食べちゃおうっと」

 マミは舌を出してよだれを垂らした。甲板でユリエは腕を組んで言った。

「おばさんおばさんって、うるさいわよ、ションベン餓鬼ども。お仕置きしてあげるからいらっしゃい」

 ユイは恐い目でユリエを見て、妹たちに言った。

「モモカはやられてるわよ。油断して舐めるんじゃないわよ?」

「若さで圧倒してやるわよ!」

 マミとキョウカは左右から長太郎を通り越し、打ち寄せる波を一足蹴って、4メートル、船の上目がけ大ジャンプした。ユリエが飛び上がり、

「ハッ!」

 空中回し蹴りで二人を左右へ弾き飛ばし海へ落下させた。ユリエが甲板に降り立つと、バッシャーンと派手な水しぶきを上げて海中へ潜った姉妹が、再び波を弾かせて船へ飛び上がった。

「シャアッ!」

「シャアッ!」

 今度は二人こちらも体を回転させてユリエの蹴り攻撃をかわし、2対1、鋭い爪の掴み掛かりと強靱な筋力の蹴りで、シュッ、シュッ、シャッ、シャッ、と、目にも止まらぬ素早い動きでくるくる位置を変えながら踊るように、カンフー対決を繰り広げた。

「シャアッ!」「シャアッ!」

「フッ、ハッ」

 これはとても手が出せないと、すっかり怖じ気づいた若者漁師は後部甲板の床板をめくってさっさと船倉に逃げ込んでしまった。船に他の者の姿はなかった。マイも、途中から乗ってきたアイリも、それにブッチ・熊田の姿も最初から無かったようだ。彼らはどこにいるのか?

 船上のへび女たちの人間を超越した闘いをしばらく眺めたユイはほくそ笑み、

「お父さん、覚悟してね? わたしはあんなもんじゃなく強いから?」

 と嫌らしい目で長太郎を見た。長太郎は大汗かきながら怒鳴った。

「口はもうええから、さっさと来い!」

「行ってあげようか? じゃあ、さようなら。あの世でお母さんによろしくね?」

 ユイの姿勢が低くなったと思ったら、砂浜を這うように、あっと思う間もなく数メートルを駆け、ギョッとした長太郎が突き立てる銛をスルリと避け、グイッと分厚いゴムの胸ぐらを掴むと、思い切り横に引き倒した。さしも丈夫なゴムも鋭い爪を立てられ剛力で引っ張られ、ブチブチイッと裂け、長太郎はわっと砂の中へ転がった。

「うっ!……」

 ユイは一気に5メートル、後ろへ飛んだ。

「う、うわわわわ」

 長太郎が泡を食って胸を掻きむしるようにし、ゴムが裂けた胸からはものすごい悪臭のする煙が立ち、慌てる長太郎は全身が硬直したように動けなくなった。

 悪臭は、自然の物ではなかった。化学薬品の、急激な化学反応の副産物だった。

 飛びすさり、思わず鼻と口を押さえて顔を歪めたユイが、手の下で

「そういう仕掛けか」

 と忌々しそうに笑った。

 長太郎はすっかり固まって泡を食いまくっている。化学反応の納まったのを見てユイは口から手を放し、無様な父親をあざ笑った。

「ただの噛みつき攻撃避けかと思ったら、そうやって固まるような仕掛けがしてあったのね? ゴムの層で分離されていた2種類の薬品が牙が貫通すると混じり合って急速に固まるようになっていたわけね? ふうー、危ない危ない。そんな臭い煙吸わされちゃ堪らなかったわ」

 長太郎は万事休すと悔しそうにユイを睨んだ。ユイはあざ笑いながら訊いた。

「でも、そうやってわたしを捕まえてどうする気だったのかしら? 牙を折って、わたしの力を封じるつもりだった?」

 ユイは思惑を探ってじいっと長太郎の目を覗き込んだ。長太郎は必死に睨み返しながら強化プラスチックに全身を締め付けられて真っ赤になっていた。ユイは冷たい目になって歩み寄ってきた。

「ま、いいわ。ずいぶん苦しそうだから、胸を蹴りやぶって楽にしてあげるわよ」

 かたわらまで来て。

「バイバイ。迷わず成仏してね?」

 ニヤッと笑って右足を振り上げた。



 ユリエは操舵室の屋根に飛び上がると、

 ダダダンッ、ダンッ、とタップを踏むようにステップし、凶暴な笑顔で襲いかかってくる二姉妹を避けて上空高く飛び上がった。姉妹は自分たちもすぐさま屋根を蹴ってジャンプし、

 ガラッと後部甲板の床が大きく開き、もわっと真っ白な煙が噴き出した。

 足下から噴き上がったひんやりした空気に一瞬気を取られた二人を、宙で前回転したユリエが二人まとめて思い切り蹴り落とした。

「ぎゃっ!」「げっ!」

 二人は白く冷たい煙の中猛スピードで落下し、ガン!と背中を固い物に打ち付けて声にならない悲鳴を上げた、と同時に、真冬の氷点下の空気に全身を包まれた。

 ゴム合羽を着込んだ漁師の若者が素早く這い上がり、船倉の蓋を閉めた。中からドン!とものすごい力で叩かれたが、空から下りてきたユリエがタイミングよく蹴り返し、中から「ぎゃっ!」と悲鳴が上がった。手の骨が砕けたのかも知れない。蓋は四カ所をしっかりロックされ、ドン、ドン、と中から叩く音は小さく、弱々しくなり、聞こえなくなった。ひんやりした蓋に手を当てていたユリエは立ち上がり、

「このままにしておきましょう」

 と非情に言った。



 足を下ろし海の上を見ていたユイは、

「おのれえ〜〜…」

 と憎々しく言い、キッと長太郎を睨み下ろした。

「わたしもああいう目に合わせる気だったのね?」

 再び足を振り上げ怒りに任せて踏み下ろそうとしたその時、



 どおおおーーーん…………



 と、山の、屋敷からも大きな音が響いてきた。

「白樹様! ……お母さん…………」

 ユイは再び憎々しく、ユリエを睨んだ。ユリエも音の正体を確かめようと目を凝らしていた。ユイも屋敷を見上げた。

 ドン! ドン! ゴン!、と大きな音が上がり、斜面を何か大きな物が駆け下ってきた。



「シャアアアアアアアアアッ!!!!」



 爛々と金色に目玉を光らせる、体長およそ20メートルの巨大な白蛇、白樹様だった。

 砂浜まで下りて砂を掃くように体をくねらせとぐろを巻いた白樹様は、鎌首をもたげ、怒りの目で者どもを睨み付けた。


「この、無礼者どもめ!」


 白樹様が赤い口を開いて、しゃべった。

 ユイはハッと直り、

「白樹様」

 と、膝を折り、恐ろしそうにかしこまった。

 白樹様は、シャアアアアアアア、と舌を震わせ、愚かな娘どもを威嚇した。ユリエまでも、甲板に立ちながら、冷や汗を浮かべて緊張していた。

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