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29,衝撃の事実

 マイです。……あのさあ、上のタイトル、いいわけ? 衝撃の事実って何よ? まだなんか残ってるわけ? 次から次に明らかになる隠された真実!…って、度が過ぎると呆れ返っちゃうんだけどなあ? ま、登場人物のわたしがとやかく言うことじゃないけど。

 夕日は綺麗よ、とっても。それほど熱心じゃなかったムツミとカグヤも海に沈む夕日にすっかり感動しているわよ。わたしは藪っ蚊が気になってしょうがないけど。なんかわたしって虫が寄って来ちゃうのよね。クンクン。別に変な臭いしないと思うんだけどなあ………。

 オレンジ色の夕日は今まさに海に浸かろうとして下が溶けだしてぷるぷる震えている。なんだか美味しそうでケーキ作りを思い浮かべちゃったわ。ほら、卵の殻を使って黄身と白身を分離するやつ。どうでもいいわね、そんなこと。夕日と言えど直接見るのは目によくないわね、アウチ!よ。周りの雲の黒いシルエットが真っ赤な空をバックに劇画調よ。血湧き肉踊っちゃうわね……ハアー……。

 ページ稼ぎならぬ時間稼ぎよ。わたしはモモカちゃんをホテルから引き離して、お母さんが捕まっちゃう悲劇の現場に出会わせないようにしなければならないんだけど、さあてその上手い口実を思いつけずにいる。そういえば。

 なんで実の母子って名乗らないんだろうね? 親戚の子だなんて。やっぱりあれかな、母親が120歳の超高齢出産じゃあいろいろ差し障りがあるのかな? 役所の届け出もあるだろうし。ちょっと分かる気がするなあ……実はわたしも母子家庭で、シングルマザーの子だから。衝撃の事実!…って、どうでもいい? ま、わたしは明るい美人ママだからいいんだけどさ、なにしろこの面白美少女の母親だから。ユリエさんも美人だけどねえ、モモカちゃん本人は自分が実の娘って知ってるのかしら?

 ああ、夕日が沈んでしまう。もの悲しいわね。

「あー綺麗だった。じゃ、帰ろうか?」

 ムツミがあっけらかんと言ってくれる。さあてどうする?

「あ、そうだ、皆さん」

 モモカちゃんが何か思いついて言った。

「『真珠輝』の工場見学はされたんですよね?」

 うんとうなずくわたしたち。モモカちゃんは悪戯っぽい顔で内緒話のように言う。

「でも最後の方のちょこっとだけでしょう? 本当の作ってるところを見たくありませんか?」

「本当の作ってるところ?」

 わたしたちははてなマークの顔で訊く。

「本当は企業秘密で見せちゃ駄目なんですけど、皆さんせっかくの白輝島から帰って来ちゃったから、特別にこっそり見せてあげましょうか?」

 半分島に残りたい気持ちがあったムツミが興味を示した。

「モモカちゃん、工場に入れるの?」

「外から覗ける場所を知ってるの。ちょうど近くだから、帰り道にちょっと寄り道して見ていきません?」

「そうね。面白そう。企業秘密だなんて、ドキドキしちゃう」

 カグヤも乗っちゃった。

 わたしはなんかすごーく嫌な予感がする。アイ・ハブ・バッドフィーリング・アバウト・ジスよ。わたしの理力がアラーム信号を発している。

「あのー…、ちょっと……」

「行こう行こう!」

 と、三人とももうすっかりその気になっている。なんかわたしって仲間外れになってる?

 歩き出しちゃった三人に仕方なくわたしもついていく。考えてみたらブッチーがマムシに噛まれて倒れていたのってこの辺りじゃないの?

 わたしは万が一の用心に長袖長ズボンの下にプロテクターを装着している。ブッチーの二の舞だけはなんとしても避けなくては。



 斜面の枝道を工場の脇へ下りて、塀沿いに歩いていくと、工場は何故か後ろの部分が塀の外に突き出していた。工場は前の方は窓に明かりがついているが、こっちの方は真っ暗で、そもそも窓もとても覗けない上の方にしかない。下もあるのかも知れないけど塀に隠れて見えない。

 塀が切れて、工場の出っ張ってる部分に来てしまった。わたしの本能のアラームはレッドゾーンをぶっ千切っている。危険だ。ものすごーく。

「ほらほら、ここから入れるよ?」

 モモカちゃんが手招きして、出っ張りの向こうへ折れる。工場の最後尾だ。……それとも、頭?

「わあ、なんで入れるの? 工場終わってるから?」

「へえー、なんだろね、ここ? 変なのー」

 ムツミもカグヤもモモカについて中に入ってしまったらしい。

 蛇だ。蛇の臭いが濃厚に漂っている。

 危険なのは分かっているが、わたしは二人を放っておけず後を追った。夕日は空にしか残っておらず、灯りのない地上は真っ暗だ。

 ドアが開きっぱなしになっていて中へ入れる。ドックンドックン緊張しすぎで気持ち悪くなりながらわたしも入った。

「あれ? おーい、ムツミ〜、カグヤさ〜ん、モモカちゃ〜ん」

 わたしはガクガク脚を震わせながら奥へ進んだ。カツンカツンと金属の網が床になっている。ここは、いったいなんなのだろう? どうしてこんなに鼻が痛く胸が吐きそうに気持ち悪く蛇の臭いが濃厚に満ち満ちているのだろう?

「ムツミー、カグヤさーん、モモカちゃーん……」

 返事も気配もない三人にわたしは心細く泣きたくなって、帰ろうかと思った。

「あ、そうだ、携帯」

 懐中電灯の代わりになるかと思ってわたしは携帯電話の電源を入れた。途端に、

 ザワッと周りの空気が揺れ、シュルシュルと、ものすごく不吉な気配が左右からわき起こった。

「ひ・・・・・・」

 乏しい明かりの中に見えてしまった光景にわたしはさあーっと足下から血の気が失せ、危うく失神しそうになった。細長い建物の左右にびっしりと、何百というまだら模様の蛇たちが折り重なり、絡まりあって、光に反応してうごめいた。わたしは光をブルブル震わせて、出口を振り返った。

「きゃっ」

 光の中に三人の姿が白く浮かんだと思ったら、真ん中に立っていたモモカちゃんがものすごい笑いを浮かべた顔で迫ってきて、ドン!と両手でわたしを突き飛ばした。

 ガッシャーン!と金網にお尻をついて倒れたわたしの周りで、シャーッ!と攻撃的なうなりが上がった。わたしは携帯電話を放り出してしまっていた。モモカちゃんはそれを拾い上げ、明かりをわたしの周りに振った。シャーッと牙を剥きだし鎌首掲げたマムシたちがうねうねS字を描きながら寄ってきた。わたしはパニック手前で金網を這ってバタバタした。

 うふふふふふふ、とモモカちゃんが笑った。

「お馬鹿さん。ユイ様を嗅ぎ回ってただでいられると思ったの?」

「ち、違うのよ!」

 わたしは恐ろしいうなりを上げて襲いかかるタイミングを計っている蛇たちに涙目になりながら必死に事情を説明した。

「ユリエさんに頼まれたのよ、娘のあなたを島の外に逃がしてあげてくれって。ユリエさんは承知のことなのよ。だから、お願い、助けて…………」

「はあー?」

 モモカは首をかしげた。

「何寝ぼけたこと言ってんの? わたしが誰の娘だって?」

「ユリエさんのよ! ひょっとしてあなたは知らないのかも知れないけど、ユリエさんがあなたを産んだ実のお母さんなのよ!」

「あはははははは」

 モモカは可笑しそうに笑った。

「何幻想語ってんの? わたしがユリエの娘? それを言うならユイ様の娘よ。ユイ様がわたしを選んでヘビの娘にしてくださったのよ。……ああそうか、ユイ様がユリエにそう催眠術をかけていたのかもね? あの女は白樹様を裏切る心配があるからわたしに見張っていなさいって命じられていたのよ。残念だったわねえ? とんだ思い違いよ?」

「そ、そんなあ……」

 衝撃の事実……って言ってる場合じゃないわよ!

「ムツミ! カグヤさん!」

 わたしは二人の人間としての正気に訴えた。

「助けて! お願い! お友だちでしょう?」

「えー? どうしよっかなー?」

 とムツミ。

「うーん…、あんまりい、友だちでもないかなあ?」

 とカグヤ。こおらっ、おまえらーっ!!

 ざまあないわね、と笑ったモモカは、

「やっておしまい」

 と、携帯電話を蛇たちの中に投げ入れた。

 シャーーッ!!

 蛇たちはいっせいにいきり立ち、命の危険を悟ったわたしはとにかく出口向かって走ろうと起き上がったが、

「シャーーッ」

「ぎゃあああっ」

 顔めがけて大きなやつが飛びかかってきて、わたしは反射的にそいつの首を押さえたまま再び転倒し、

「シャーーッ」「シャーーッ」「シャーーッ」「シャーーッ」

 周囲からいっせいに蛇たちが襲いかかってきた。

「ぎゃあああっ、うぎゃああああっ、わあああああっ」

 わたしは自分でも訳の分からない悲鳴を叫んでごろごろ、蛇たちの中を、転げ回った。

「あははははははは。じゃあねー。明日、醜く膨れ上がった姿を見に来てあげるわ。バイバーイ」

 手を振って、モモカと二人は出口に歩いていった。

 わたしは震える手を伸ばし、巻き付く蛇の重さにがっくりと、落下させた。

 ……………………………………………





 ……………………………………………リプライズ。

 痛……い場所はない。ああそうか、プロテクターで歯が立たないんだ、ざまあみろ。でも、守っているのは腕と脚だけで、美味しい胴体や首はがら空きだ。何故噛まれないんだろう?


「ハイヤアーー、タアーーッ!」


 なんか聞いたことのある暑苦しい声が……

 ボンッ!とわたしの周りの蛇たちが蹴散らかされた。

「マイちゃん! だいじょうぶであるか? しっかりするである!」

 その声はブッチー。そうか、ここはもうあの世なんだ。わたしはこの暑苦しいブッチーといっしょに蛇地獄に落とされちゃったんだ……

「なにのんきに寝てるであるか。さっさと起きて脱出するである!」

 うん?

「ブッチー!?」

 わたしはようやくガバッと起き上がった。

「あんた、とっくに死んだんじゃ!?」

「この通り生きているである」

 暗がりで丸々太ったシルエットがヒップホップダンスを踊って蛇たちを舞い上がらせている。

「分かったら逃げるである!」

「うん!」

 すっかり元気を取り戻したわたしはブッチー(の亡霊?)と共に出口向かって走った。が。

 そこに新たな白い影が現れた。

「マイちゃん」

 ユリエさんだ。

 ブッチーが警戒して立ち止まる。外のほの明かりが姿を照らし出して、どうやらブッチーは本当に生きたこの世の物らしい。それより今はユリエさんだ。

「ユリエさん、どういうことですか? モモカはユリエさんの娘なんかじゃないって。ユリエさんがユイの催眠術にかけられているんですか?」

 ユリエさんは首を振った。

「いいえ。わたしがあなたに嘘を言ったの」

「どうして?」

「あなたがわたしの娘だから」


 ・ ・ ・ ・ は?


 ユリエさんはニッコリ笑って言った。

「マイ。あなたはわたしの娘なのよ」

 じす・いず・ゆあ〜・ですてにい〜。

 衝撃の事実!……って、なに言ってんだこの人?

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