18,野生の島
旅の5日目の朝、食堂で朝食を食べて今日も元気に通勤快速で体調を整えたわたしは白輝島へ渡る準備を万全に整えた。あちらでお泊まりになるらしいからパジャマと着替えもバッグに詰めた。食堂では昨日ブッチ・熊田が蛇に噛まれて重症だと報告された。やばいんじゃない? 敵の毒牙にかかっちゃったのね。わたしはミニスカートはやめてデニムパンツをはき、長袖のシャツを着て、脚と腕にこっそり現代版くノ一のようにプラスチックのプロテクターを装着した。いざというときの攻撃力もバッチリだ。
埠頭に集合し、連絡船より一回り小さい、今度こそ漁船から言い逃れの出来ない「海竜丸」というぼろっちい船に乗せられた。白輝島の周りは浅い岩場だらけで、大きな船は近づけないんだと言い訳している。メンバー全員乗ると甲板はいっぱいで、これで横波受けてひっくり返ったらどうしてくれるんだ? ここの海って鮫がうじゃうじゃいるんでしょ?と思ったが、幸い天気はピンカートン続きで、波も穏やかだ。全員救命胴衣着用で決死隊の有様だが。それでも行くんだから都会のおしゃれ女子隊も大した根性だ。
ユイから改めて注意がされた。
「これから行く白輝島は特殊な環境の島です。上陸して体に合わないなと感じた人は残念ですが辺干島に引き返してもらいます」
なんとも不安にさせられる宣告で、うららさんが質問した。
「どう特殊なの?」
「アレルギーですね。怖くて耐えられない人もいるでしょうし。ま、すぐに分かります」
謎は深まるばかりでユイは面白がるように妖しい笑みを浮かべている。
「それからもう一つ、絶対にしてはならない禁止事項。辺干島でもそうですが白輝島では特に蛇は神聖なものとされています。蛇を見つけてもむやみと騒いだりせず、けっして、蛇を攻撃してはいけません。いいですね?」
ここは巫女の一族として恐い目で注意した。わたしはてっきり蛇がうじゃうじゃいてそれがアレルギーの原因かと思ったのだが、どうも違うらしい。
白輝島と白金一族は謎だ。
だいたいここへ来た目的の白い美肌だが、辺干島の女性たちはあんまり美白肌とは言えない。たいていみんな日焼けして健康的な小麦肌だ。ひょっとしてユイのような美白美人がうようよしているのかと楽しみにしていたのだが、工場で働いている若い工員さんたちもみんな言っちゃあなんだがごくふつうの容姿をしていた。名前の通りの辺鄙など田舎で田舎っぺの芋姉ちゃんたちかといえば、それも違って、原宿や渋谷を歩いていたってなんの不思議もない現代の女の子の顔をしている。私服もふつうにおしゃれだ。衛星放送でWOVVOWもスタパーも入って、中央の情報収集はバッチリだ。今どきこの日本で本当のど田舎などよっぽど自然環境の厳しいところに限られているんじゃないかしら?
そんなわけで辺干島にも年頃のおしゃれ女子たちはいるのだが、真珠輝仕様の色白美白美人というのはお目に掛からない。自分の工場の製品なのに使わないのかしら?
色白美白美人はユリエさんとモモカちゃんだけだ。
そうそう、そのユリエさんにエステを受けたシズカとユウミはムツミ同様すっかり色白美白に生まれ変わっていた。二人とあまり仲のよくないわたしはあまり近づけないが、やっぱり蛇の青臭い臭いがするような気がする。これで蛇の臭いのするようになったのは、カノン、カグヤ、ムツミ、シズカ、ユウミ、の5人とユイ。その内カノン以外の4人はカグヤが一部の記憶を意図的に消された以外特別性格や行動に変化は見られないが、いざというときには注意が必要だろう。
白輝島に近づいていくと海が白くなってきた。船がスピードを落とした。海底が浅いのだ。マンゴーガムで船酔い対策ばっちりのわたしは縁から下の海を覗いてみた。魚が群で泳いでいる。この辺りはもう聖域なのだろう、手つかずの自然の豊かさを思いつつ前方を見れば、ちょっと驚きの光景が展開されている。
2枚の壁がそそり立つように縦に続く岩場にこんもり緑の濃い木が生えている。
まるでスペクタクル映画のワンシーンのように門のような2枚の壁の間に入っていくと、壁はそれぞれ外側へ膨らんでカーブし、内部を楕円の海に区切っている。その先に白輝島の本体があるが、辺干島のエロ岳の片割れのようにこんもり丸く山が盛り上がっている。人工の物のようにまん丸だ。その中腹に白壁黒瓦屋根のお伽噺にでも出てきそうな御殿がでーんと広がっている。沖縄のお城をもうちょい和風にした感じかな? そのふもとに白い石造りの鳥居が立っている。その手前には三日月型に白い砂浜が広がっている。ウワーオ!これよ、これ! 南の島リゾートのイメージって、これじゃない? 縦長の2枚の壁の奥にこんもり膨らむ丸い山、その内部には柔らかな砂浜と穏やかな塩味の湖。あっちがツインピークスならこっちは何かしらね? うーんと、例えるに…………、真珠と真珠貝よ。他になんだって言うの? わたし清らかな乙女だから分かんなーい。
U字型の入り江に入ってみると本当に辺干島の半分を一回り小さくしたくらいの大きさで、なかなか広い。とりあえずこの方角から中腹の御殿しか建物は見えないけど、ここって白金家以外誰か住んでいるのかな?
船は左手に渡された桟橋に止まった。運転する漁師のおじさんは渡し板を掛け、
「お嬢様、ここでお待ちしていればよろしいですか?」
と、島に大いなる恐れを抱いた顔でユイに尋ねた。
「そうね。しばらく待っていてちょうだい」
ユイの言葉におじさんは「はい」と頭を下げて下がった。
「さ、皆さん、行きましょう」
ユイが先頭で桟橋を歩き出した。アレルギー云々はどうなったんだ?と思っていると、
南の島のリゾートパラダイスに、突如、世にも奇妙な怪物の鳴き声が響き渡った。
「クウウウウ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ックオ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜オオオ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ンオオオオ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ンオオオオ〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
オ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜、って、どんだけ続くのよ? 甲高く、きったない声で、喉でこぶしを回しまくって、体感時間でかれこれ3分くらい鳴いてる気がするわよ?
「な、なんなのこのヒステリー起こしたオペラ歌手みたいな鳴き声は?」
そんなきれいなもんじゃないけれど、怯えたウララさんがお上品なたとえをした。
大ボリュームのサイレンが5分くらい(体感時間)してやっと終わって、耳がキーンと変になっていると、白い砂浜に、見慣れてはいるんだけれど、見たこともない物が現れた。
ギクッと誰もが思ったに違いない。
丘の緑から飛び出した物、それは辺干島でもさんざん目にしたニワトリだったが、茶と黒のそいつは、ダチョウくらいの大きさをしていた。
「なっ、なにあれ? か、怪獣?」
ウララさんはユイの背中に隠れて及び腰になった。全員そいつの堂々たるたたずまいにビビって固まっている。
「クウ〜ックウ〜ックウックウ〜〜〜クウ〜〜〜〜〜」
リズムが取りづらいながら今度は分かりやすい鳴き方をしてくれたが、そのボリュームたるやビリビリ肌が震えるようで、まさに怪獣のド迫力だ。ドス、ドス、と砂浜を歩いてきて、クルッ、クルッ、と首を振ってこちらを観察し、首を斜めに、とうていニワトリとは思えない巨大な目玉でこっちをツッパリ兄ちゃんよろしくガン見した。やべえ、こいつは肉食鳥類に違いない。ギャ●スは五頭列島姫神島原産なんだぜ? しかもだ、そいつは1羽きりじゃなく、2羽3羽と同じ大きさの奴がひょこひょこ森から出現してくるじゃないの? ギャ〜〜〜、鳥に食われる〜〜〜っ! くちばしで、ブツッ、ビリビリビリッ、なんてのは嫌よ〜〜〜〜っ!!
ビビリまくりながらウララさんが訊いた。
「あ、あれ、まさか、人を襲ったりしないわよねえ?」
「襲うわよ」
あっさり言ってくれちゃう。
「シャモですから。隙を見せると襲ってきますから、油断しないように」
ひい〜〜〜〜〜っ。
プツプツプツプツプツ。
「ごめん、わたし、駄目だわ」
ナユハさんが後じさりしながら言った。
「実はわたし、ニワトリアレルギーなの」
もはやそういう問題でもないが、気持ちは分かる。実はわたしは先端恐怖症なのだ。先の尖った物をじっと見ているとそれに
「ブツッ」
と、目玉を突き刺されるのを想像しちゃうのよ。きゃあ〜〜、うわあ〜〜、ゆゆゆ、指のわななきが止まらない〜〜〜っ!!!
「すみません。わたしもパス」
わたしは早々に白旗を掲げることにした。ブッチー亡き今、何よりも自分の命が大切だ。蛇も怖いが、わたしは凶暴な肉食ニワトリのくちばしの方が怖い。
ナユハさんが珍しくリタイア同士わたしにくっついてきた。この際だからうんと甘えておこう。ああ、いい匂い。
「えー、マイちゃんもなの? どうしよっかなー……」
ムツミが未練がありそうにしながら、けっきょくわたしとの友情を優先させた。
「じゃあわたしもパスしまーす」
ちょっと残念そうにしながらわたしのとなりに来た。
「ごめんなさい、わたしも」
カグヤもリタイア組に加わった。
「カグヤさん、サプリはいいの?」
わたしが意外に思って訊くと、
「うーん、惜しい気もするけど、そこまでしなくてもいいかなって気に最近なっちゃった」
と、どういう心境の変化か知らないが、美肌フリーク卒業とも思えることを言って、なんだかさっぱりしたように笑った。
チッ、と子分の裏切りに舌打ちしてシズカがわたしたちとは逆にズイと前に出た。
「わたしは行くわよ。でかいニワトリくらいにビビってどうすんのよ?」
エステの美白に味を占めたのか、カグヤと入れ替わりに美白に欲が出たようだ。ま、確かに、「ダチョウ」はわたしの誇張が過ぎたかも知れない、エミューに訂正。
シズカに張り合うようにカノンも前に進んだ。
「せっかくここまで来て、手ぶらで帰る馬鹿もいないわよね?」
チラッと視線を投げかけられてカチンと来たのはアイリだ。既に美白になっている二人が行くとあってはどうでも行かざるを得ないだろう。
「わたしだって行くわよ」
かなり無理しているようだが、そこは意地で前に出た。アイリと一番仲のいいウララさんはユイの背中にくっついて震えながら、
「ね、ねえ、あんなのが他にもいるの?」
と訊いた。
「うようよ。ここはシャモの自生地ですから、島中至る所にいると思ってください」
ウララさんはううん…と地団駄踏むように考え、えーい!とユイの背中を離れてアイリに駆け寄った。
「アイリ! いっしょに頑張ろう! 生きてここから帰ろうね?」
手を握りしめて真剣な顔で訴えた。アイリは
「大げさねえ」
と笑う余裕を取り戻した。きっとウララさんはアイリを残していくことが心配で参加を決めたのだろう。優しい人だ。
参加組の人数が増えたのに力を得てか、わたしも、わたしも、と残りユウミとユーノの栗田姉妹も参加組に入った。
「じゃあ、これでいい?」
葵マネージャーが訊いた。望美マネージャーに、
「じゃあわたしは上陸組ということでこっちに残るから、香坂は辺干島で、よろしくね?」
と言い渡し、望美マネージャーは
「はい」
と返事しつつ、本当は自分がこっちに参加したそうだった。
その他の女性スタッフ、編集の瀬合美津江さん、スタイリストの芳沢直子さん、メークの相原りりこさんも白輝島に残ることにした。天宮カメラマンはさっさと上陸し、
「ワーオ! 大迫力う!」
と、パシャパシャ大型ニワトリたちの写真を撮りまくっている。ニワトリたちは襲ってくることもしないが逃げることもしないで平気で写真を撮られている。いずれ隙を見て食べたやろうと考えているに違いない。
わたしたち出戻り組は船に再搭乗することにしたが、わたしはふと思い出し、誰にしようかなと考え、
「ウララさん」
と手招いた。ウララさんはあまり親しく話したこともないわたしに怪訝な顔をしながらも
「なあに?」
とやってきた。わたしはお尻のポケットに入れていたぬくい「サンダーアウチ」を差し出した。
「これあげます。危険が迫ってきたらこれで自分とアイリさんを守ってください」
「『電撃アラーム サンダーアウチ』?」
詳しい取り扱い説明が細かい文字でプリントされている。
「そう。ありがとう。後でお礼するね?」
内心かなり不安だったウララさんは嬉しそうに笑って受け取った。わたしとしても使う必要のないことを願うが。
わたしたちナユハグループ三人プラスカグヤアンド望美マネージャーは白輝島を後にした。
というわけで、この後島で起こった恐ろしい出来事をわたしは知らない。あしからず。




