第12話:静かな夜
事件の夜。
私は、深紅のチャイナドレスを纏ったトキさんと一緒に夜道を並んで歩き、実家の道場まで戻ってきた。
地下施設での張り詰めた空気から解放された安堵と、何が何だか分からない混乱が入り混じり、足取りはどこかふらついていた。
「あの……、せっかくここまで送ってくれたんだし、お茶でもしていく?」
「……ご馳走になります」
断られるものだと思いながら何気なく誘ってみた私に、トキさんは意外にも静かにうなずき、そのまま道場へと上がってくれた。
板張りの道場に座り、温かいお茶を差し出す。
彼女の佇まいを見ていると、やはりあのチンピラ崩れのゴロツキどもや、狂った女たちとは決定的に何かが違うと感じざるを得なかった。
トキさんは湯呑みに口をつける前に、持っていた小さなバッグからカチャリと白い牌を取り出し、板間に置いた。
「それでは、この『白』はお返ししますね」
「え、あ、はい……ありがとうございます。あのさ、トキさんはどうしてGGGにいるの?」
不意に気になっていた疑問を口にすると、お茶の湯呑みを両手で包んでいたトキさんは、ふっと視線を落とした。
「どういうことですか?」
「だってほら、私より……ううん、同い年くらいか、もしかしたら下に見えるのに、あの施設ですごく偉い人っぽいし」
私の問いかけに、トキさんは驚くほど淡々と、しかし残酷な真実を口にした。
「私の父は、GGGに殺されました」
「え……?」
予想もしていなかった言葉に、私の頭の中が一瞬で真っ白になる。
「かつて私も、あの地下麻雀施設で麻雀を打たされたことがあるという話はしましたね」
「そう、ですね……」
「そこで、不当に負わされた父の借金を、私はあの場所で打ち続けて返しました。しかし後から母に聞いたのです。父の借金は、最初からGGGによって巧妙に負わされたものだったと。……その直後でした、GGGから私に『採用通知』が届いたのは。私は、父の死の真相を知るために、組織の内部に入ることを決めたのです」
(だから……トキさんは他の人たちとなんか違うのか……)
彼女が纏うあの冷徹な空気も、一切の感情を殺していた理由も、すべては復讐という途方もない闇を抱えていたからなのだと腑に落ちた。
「でも、どうして私を助けてくれたんですか?」
「……気まぐれです」
トキさんはいつもの、ガラス玉のような無表情に戻って言った。
「父の死の真相に辿り着くまでは、GGGに怪しまれるわけにはいきません。……今回はたまたま助けましたが、次はありませんよ」
「あはは……」
命拾いをしたのは事実だ。
私は引きつった笑いを浮かべるしかなかった。
「私からも質問です。白をスカートの中に隠したのは分かりましたが、それだと国士無双は完成しないはず。もう一枚の『東』はどこから用意したのですか?」
「あー、それは2回目の引き出しチェックの時、中の字牌を床にばら撒く瞬間に一枚だけ手に隠し持っていたんです。あの時はみんな勝ち誇っていて、私の細かい動きなんて気にも留めていませんでしたから」
「なるほど、それなら納得です」
「合気道で鍛えた内腿の筋肉で、スカートを捲られたくらいなら白を隠し通せる自信はあったんですけど……まさか、下着の中まで調べられることになるとは思いませんでした」
「…………」
「どうかしました?」
「いえ……さっきの光景を思い出してしまいまして。あまりお気になさらずに」
「っ!?」
私は下着の中をまじまじと見られたことを思い出し、再び顔から火が出るほど赤面するのだった。
* * *
それから数日後。
私は自室の机に向かい、あの日の地下闘牌で耳にした麻雀の役——「国士無双」という言葉の意味について、スマートフォンで調べていた。
『国士無双』。
辞書によると、「国の中で、並ぶもののないほど優れた人物」を意味する言葉らしい。
(国の中で、一番……ねえ)
画面の文字を見つめながら、私はふふっと小さく笑った。
けれど、あんな狂った地下施設で生き残り、理不尽な連中をギャフンと言わせるためには、ただ真っ直ぐに強いだけじゃダメだ。
私には、実家の道場で叩き込まれた合気道がある。
相手の力を利用し、重心を崩し、不意を突いて制圧する。
あの麻雀の卓だって、きっと同じだ。 正面から力任せに殴り合うのではなく、相手の罠を逆手に取り、綺麗にいなして勝つ。
そんな戦い方こそが、これからの私にはきっと似合っている。
——手元に残された、あの最後の1枚の「白」の感触を思い出しながら、私は静かに拳を握り締めた。
(了)




