第1話:ツバメ
紫煙が立ち込める薄暗い地下室に、男たちの下劣な笑い声と熱狂が渦巻いていた。
「イカサマだ! 絶対にその女、どこかに『白』を隠し持ってやがる!」
「身ぐるみ剥いで調べろ!」
ペラペラの薄い生地で作られた、悪趣味なほど丈の短いコスプレ用のセーラー服。
必死に押さえていた短いプリーツスカートは、すでに敵の女たちの手によって無惨にも捲り上げられ、私の下着はギャラリーの男たちの目に晒されていた。
顔から火が出るほどの羞恥と、腹の底から湧き上がる怒り。
対面の席に座る厚化粧の女は、下劣な笑みを浮かべて私を指差した。
「まだよ。その下着の中も調べなさい!」
「っ……ふざけないで! 下着の中なんて、絶対に……!」
合気道の道場で鍛え上げた私の身体も、この暴力的なまでの同調圧力の前では無力だった。
ギャラリーの男たちが身を乗り出し、ゲスな野次がピークに達しようとした、その時。
「——それなら、下着の中のチェックは私が行います」
氷のように冷たく、一切の感情を排した声が響いた。
この地下麻雀の監視役である、チャイナドレス姿のトキだ。
彼女は無表情のまま、私の前へと歩み寄ってくる。
冷たい指先が、私の下着の端にかかる。
心臓が破裂しそうなほど早鐘を打つ中、私の意識は、すべての元凶となった「あの日の放課後」へと遡っていった——。
* * *
事の始まりは、ほんの数週間前のことだ。
学校帰りの駅前広場。
私は、人だかりの中心で困り果てているクラスメイトの姿を見つけて足を止めた。
「だから、芸能界とか興味ないって言ってるじゃないですか……! 離してください!」
「まあまあ、そうツれないこと言わずにさぁ。君、絶対売れるから!」
クラスメイトの手首を強引に掴んでいたのは、派手なシャツを着た胡散臭い男たち3人組だった。
周囲には何人もの通行人がいたが、男たちのガラの悪さに萎縮して、誰も助けに入ろうとしない。
ただ遠巻きにヒソヒソと見ているだけだ。
——カチン、と私の頭の中で何かが鳴った。
「ちょっと、嫌がってるでしょ。離してあげなよ」
気がつけば、私は人だかりを掻き分けて男たちの前に立っていた。
「あァ? なんだお前。すっこんでろよ……って、お前も結構可愛いじゃん」
男の一人がニヤつきながら、今度は私の肩へと無遠慮に手を伸ばしてくる。
その瞬間、私の身体は条件反射で動いていた。
伸びてきた腕の外側へ一歩踏み込み、相手の力をそのまま円の動きで受け流す。
「うわっ!?」
手首と首元を柔らかく制し、相手の勢いを利用してアスファルトへと導く。
実家の道場で幼い頃から叩き込まれた合気道の基本、入り身投げだ。
ドスッ、と鈍い音を立てて男が背中から地面に転がった。
「痛ぇっ……! な、なんだこの女!?」
「言ったでしょ。嫌がってるって」
私が鋭く睨みつけると、残りの2人は慌てて倒れた男を引き起こした。
周囲のギャラリーから「おおっ」と感嘆の声が上がるのを聞いて、男たちは顔を真っ赤にして後ずさりする。
「お、覚えてろよ! このままじゃ済まさないからな!」
三流の悪役みたいなテンプレの捨て台詞を吐いて、男たちは逃げるように走り去っていった。
「ツバメちゃん! ありがとう、すっごく怖かった……」
「大丈夫? まったく、最近のスカウトマンは柄が悪いわね。さ、帰ろ」
泣きそうになっているクラスメイトの背中を撫でながら、私はただの「少し厄介な日常のトラブル」を解決しただけだと思っていた。
この時の私はまだ知る由もなかった。
あの男たちが、「GGG」という悪徳極まりない組織の末端であったことも。
あんな小者たちの逆恨みが、私の人生を最悪の地下闘牌へと引きずり込むことも——。




