第十三話 完
二日目、一人の食事を終えた俺は、部屋ですることもなく待っていた。彼女たちも勉強合宿のピークで、なかなか抜け出せないようだ。俺もようやく一人旅らしい静かな時間を過ごした。
夜十一時を超えても誰も来なかった。今日の当番はエリのハズなのだが…。
ドアがノックされ、ようやくやって来たようだとドアを開けると、浴衣姿の三人が立っていた。
さすがにコレを他人に見られたら言い訳が出来ない。俺は急いで三人を入れて扉を締めた。狭い玄関に四人が詰められた。浴衣姿の彼女たちをそれぞれ眺めてから、
「どうしたの、これ?」
ようやく聞いた。
「露天風呂行きましょ!」
エリがそう言った。恐らくついさっきその話がでて、勢いでここに飛んできた、といったところだろうか。俺は時計を見る。もう施設としてはやってない時間のはずだ。
「大丈夫!そのための魔法少女ですから!」
吐息が少女らしい無邪気さを見せた。たしかに魔法を使えば、露天風呂に忍び込むなんてことは楽勝だろう。だが、
「君たちだけで行きなさいよ。あそこ、混浴じゃないし」
俺が社会的常識を述べると、三人は同時に浴衣を左右に広げた。
「キャッ」
思わず悲鳴を上げたのは俺だ。
しかし彼女たちの浴衣の下はみんな、おそろいの白のビキニ水着姿だ。魔法で衣装を作ったのだろう。最近、魔法の乱用が目立つ。
浴衣をおっぴろげてビキニを見せびらかす三人。全員、その水着のサイズがわずかに小さめなのはどういう意図があるのだろう。
特に吐息リンカ組は公序良俗にギリギリ叶うサイズ。純白というのも危険だ。そしてエリも、サイズは程々だが、水着が体の線から浮かび上がるような少し締め付けがゆるい感じが危険だった。
「さあ、落谷さんも」
興奮した三人が迫る。彼女たちの魔法が俺の下半身に集中し
「キャ」
と、再び悲鳴を上げてしまった。中を見ると、俺も白い競泳水着を履かされていた。男の白水着はみっともないなぁ…。
そう思っていた俺を連れ出して、三人が廊下を走る。すでに隠蔽魔法はかけられていた。通り過ぎる従業員もただの風としか感じない。オレたちの姿は誰からも見えない、従業員も、生徒も、先生も、誰にも気づかれない。深夜のホテルの廊下を走る四人。俺ははだけた浴衣をなんとか直そうとするが間に合わず、白い水着を晒して走る。おいていかれると隠蔽魔法の範囲から出てしまうのではないかという恐怖があった。俺の手を持って走る少女たちは浴衣の紐も解け、白いビキニの上に一枚羽織っただけの姿だ。
三人の美少女が白い下着のような格好で廊下を走り、俺はそれを白いパンツ一丁で追いかけた。この状況で興奮できるとしたら特殊な性癖の持ち主だろう。
露天風呂の入り口は当然閉められていたが、難なく開けられ中に入った。扉から周囲にかけて隠蔽魔法をかけて誰にも気づかないようにしてからライトを付けた。
屋外に作られた小ぶりな露天風呂が現れた。小さいながらも丁寧に作られたお風呂で、雰囲気がある。そのお風呂をみて少女たちが喜ぶ。ここに来て初めての旅行的なイベントなのだろう。全員が浴びせ湯をして温泉に入る。吐息は今更のように浴衣を脱ぐのを恥ずかしがったが、もっとも恥ずかしがったのは俺だった。男が白い競泳水着を履かされる恥ずかしさはなかなかの物だった。
「お邪魔します」
三人の少女が入ってすでに手狭になっているお風呂に入った。少女たちがキャッキャと喜ぶ。
リンカは白いビキニの三角とともに胸を湯船に浮かべている。吐息は胸を水面下に抑えようとしているがつるつると何度も跳ね上がった。エリは浮き上がったビキニを水面の下に泳がせて、持ち上げた足で俺の顔に湯を飛ばした。俺は自分の水着が透けてないか、何度も確認した。
あれほど騒がしい感じだったのに、四人で湯に浸かると急に静かになった。コレが温泉の効能か。いや、四人とも夜空を見上げていたのだ。
都会を離れた、きれいな空気の空を。
「綺麗だね」
「いいね、ココ」
「星座がちゃんと見える~」
それぞれに感想を言いながら、露天風呂を楽しんでいる。俺は何も言わず。夜空を見上げていた。
すいっと吐息が俺の横に寄り添ってきた。腰を密着し頭を俺の肩に乗せた。同じ様に逆サイドにリンカが入り、浮かんだ胸が俺の顔のそばに流れ着いた。最後にエリが、俺の座った足の上に座り、背中を俺の胸に預けた。
三人の移動で揺れ動いた湯は、やがて収まり、静かになった。ピッタリと寄り添い誰も動かなかったからだ。四人の八本の足は湯の底で複雑に絡み合い、腰は俺の腰を中心に固まって一つになっている。腕もからみ、髪も絡み、湯の中で一体となっている。四人で空を見上げたり、お互いの顔を見たり、触れ合った肌と肌でお互いを感じ合ったりしていた。
お湯の中に幸福が溶け出しているかのようだった。
「みんなで、また来ようか」
俺がそう言うと、俺に体を預けていた三人は無言で頷いた。皆の耳も首筋も真っ赤であった。
「じゃあ、上がろう。今日はまだ、仕事が残ってる」
充分に湯を楽しんだ後、俺はみんなに気を使いながら、ゆっくりと湯船からあがった。
深夜、俺の泊まっている部屋に、浴衣姿の少女三人がいる。明かりを消した暗い部屋、引かれた二組の布団に膝立ちとなり、俺の回りを囲んでいる。彼女達の浴衣の隙間から足や胸元が覗けた。
俺は一人、寝床に入ると、その隣に吐息とリンカがスっと添い寝をし体を寄せてくる。俺の体の上にエリが被さり体を擦り寄せる。みんなが俺を見つめている。
俺は彼女たちに囲まれながら、自らの使命、人生に立ち向かうために、寝た。
目覚めた時、俺は真夜中の海岸の、波打ち際にいた。
姿を確認するべく手を伸ばすと、四本伸びてきた。それにはいっぱいの吸盤が…
「ああ、タコか」
俺はタコ型の魔物になっていた。
意識が弱くなっている。今日一日色々溜め過ぎた。我慢を重ねすぎた。いや、ここに来てずっと、俺は耐えてきたんだった。魔物化は甘い誘惑をもたらした。俺の心に暴れる許しを与えてきた。ホテルの窓から、三つの光がこちらに向かって飛んでくるのが見えた。
「キャァ!」
巨大なタコの触手が吐息に絡みついた。最初は様子を見ようとした油断を突かれたのだ。
プリプリとした肉感の職種がつま先から太ももをなぞり、股間を通って胸を横切る。とっさに感じた感触が嫌悪感なのか快感なのか、脳が判別できなかった。まるで抑え込まれていた落谷の肉欲が形になったような、その動き。ぬめり、チュパチュパと吸い付く無数の吸盤。一瞬、彼の手を動きを想像したが、やはり魔物の肉体であることに変わりはなかった。切断しなければと槍を構えるが、触手は大きく振られその遠心力に抵抗できない。彼女の体は弄ばれ続けた。
「しっかりしてください、エロおじさん!」
落谷への悪口も虚しく抵抗できない。
大鎌を持って接近したリンカも同じ様に二本の触手に両足を捕まれ、逆さまに吊るされ攻撃不能となった。
「ちょっと、このドスケベ中年!」
落谷の評価が下がった。
「ちょっとちょっとー!」
空中を触手に追われるエリ。どこまでもその尻を触手が追いかけた。触手の先端がついに彼女の尻に追いつくと手当たりしだいに食いつき、彼女の下半身を固めた。そのまま飲み込もうと本体の口元に運び込む。触手は股間からヘソをまで含み始めていた。
「そんなにエリがほしいの?この、ド変態触手中年!」
また評価が下がる。
ウネウネと開いた口にエリは己の棍棒を突き刺し、なぶるように回転させた後
「全弾発射!」
タコの口の中でミサイルを乱射し踊り食いさせた。
「私のケツを舐めろ!」
その言葉をきっかけに、タコの肉体は四散し、少女たちと中年を波打ち際に落とした。
波打ち際でケツを洗われている落谷のもとへ、三人の魔法少女がやって来る。どの娘も衣服は乱れ、舐め吸われた跡が体中に残っている。
「アハハ」
やってしまった当の本人を見下ろして、三人の目は怒りに燃えている。
「この変態」「スケベ」「いやらし中年」
散々なじられたが、文句は言えなかった。
とにもかくにも、旅の目的は果たしたのだ。
早朝、落谷は目が覚めた。一人布団に寝ていた。彼女たちは戦いの後、疲れた体でそれぞれの部屋に戻って休んでいるはずだ。落谷自身も睡眠時間は短いはずだが、疲れはそんなになかった。
なんだか色々あった旅だった。彼は朝一でチェックアウトして帰るつもりだった。別に学生たち合宿の終わりまで付き合う必要もない。旅行気分、浮かれ気分は十分堪能した。カーテンが開けっ放しの窓から波の音がかすかに聞こえてくる。彼は最後に海岸を散歩したくなった。
建物わきの階段を降りて小さなビーチについた。早朝、まだ太陽は昇りかけだ。夏の日差しではなく、隠れた太陽からの柔らかい光に海岸は包まれていた。彼の眼前に一人の少女がいた。白いスカート姿の、吐息だった。彼はしばらく声をかけなかった。彼女は押し寄せる波と戯れ、風になびく髪を抑え、足下を走る砂を楽しんでいた。
「やあ」
ようやく声をかけた。彼はこの絵画のような少女をいつまでも見ていたかったが、時間には限りがある。特に旅人の時間は短い。
一人遊びを見つかった少女は恥ずかしがり、次に見つけた人物の姿を見て喜び、彼の元へ駆け寄って笑った。
「起きてたんですね」
「君もね。寝たの?」
「少しだけ、でも…海岸を歩いてみたくて」
今、彼女は彼と共に海岸を歩いていた。
「朝しか時間がないから。それに今日は最後の日だし、落谷さんは?」
「同じ」
太陽が少し顔を出す。黄金色の輝きが海の上に広がる。彼女の顔にも光が差し込む。言葉もなく同じ方向に歩き出した。なんとなく二人共に同じ気持ちであるのが分かった。
二人で並んで歩いた。お互い靴を脱ぎ、手に持っている。足は波に洗わせている。
日差しもまだ強くなく、涼しい海岸はどこよりも気持ちのいい場所だと落谷は感じた。隣を歩く少女も同じことを感じているはずだと思えた。
「いつか…」
吐息が言った。
「いつか…ね」
落谷も繰り返した。それがいつの何をする事なのかは言わなかったが、同じことを考えていると、二人は思いたかった。
太陽は徐々に昇り、明確に早朝から朝に移り変わった。二人はビーチの端にまでたどり着いていた。
彼らの前には高い崖が生え、海岸の終わりを告げていた。その崖は海の向こうまで続いていた。
「高いですねー、崖。わーすごい」
始めてみる風景に素直に喜ぶ吐息。
「あそこに立ったら、すっごい怖そうですね」
笑顔で振り返った彼女が見たのは、青ざめた顔で崖上を見つめている落谷であった。
その顔は彼女が出会ってから初めて見る、彼の「恐怖に怯えた」顔であった。




