第四話の2
破壊された球場の修復には時間がかかった。終わったのは朝の通勤時間の間際だった。
俺は土に汚れた格好のまま球場から自宅のアパートまで徒歩で帰る。やがて学生やら会社員たちの通勤通学と出くわす。
フリーランスの仕事をしていると、こういう普通の人達と同じ道を行くことはまずない。社会から外れた人間であることを感じさせられる。汚れた衣服がさらに恥ずかしかった。
ようやく自宅前についた時はかなりの疲労だった。帰り道は短かったが、球場の半壊を治すのは俺の人生の中でも、最大級の重労働だったからだ。
自分の部屋の玄関のノブにコンビニ袋がかけられていた。中には栄養ドリンクとゼリー系の食料とプリンが入っていた。小さなメモ書きに書いてあった文字は、
「おつかれさまでした」
誰の字かはわからないが、誰が書いたかは分かった。
俺は彼女の家の三階の窓を見たがそこは閉まっていた。彼女は今日も学校に行かなければいけない。俺よりも彼女のほうが大変だろう。
とにかく家についた。あとは寝るだけだ。
その日も、その次の日も木須屋さんは部屋に来なかった。あの金髪の魔法少女についての情報が欲しかったが、こちらから来ていただく手段がない。なにしろ携帯のアドレスも知らないのだ。彼女の自宅はそばにあるのだが、もちろん伺うことなど許されていない。
待つしかないのだ、彼女の忠実な魔物としては。
ようやく彼女が訪れたのは野球場の一件から三日後の夜十一時過ぎ、次なる戦いの備えのギリギリの時間だった。
玄関から入ってきた彼女は言葉少なく疲れが見えた。俺は自分の布団の隣に、余っている掛け布団をひいて彼女の寝床を作っていた。
「もう寝る?」
彼女に尋ねるとコクリとうなずいた。
木須屋さんは真ん中に槍も置かずに持ってきた枕を投げて横になった。
俺は電気を消して寝床に入った。
今日は彼女の顔を見ながら寝ている。話をしなければいけないからだ。
横になった彼女はフーーーっとため息をつく。その息が俺の顔にかかる。
「で、どうだったのあの新しい魔法少女は」
俺の質問にまた溜め息をつく。
「いました、会いました。私と同じ学校でした」
「え?そうなの、じゃあ話できたんだ」
俺は興味津々というていで顔を近づけた。彼女はそれを上目で見ていたが文句は言わなかった。
暗闇の中、俺の目の前で、彼女は月曜からの話をしはじめた。
月曜、あの野球場での戦いの後の話です。
私が通っている誠心高校の…
「あそこ通ってるんだ、すごいね。私立で大学の付属校だろ」
……ええ、そうですけど、言ってませんでしたっけ?
「聞いてなかった。何年生?」
高三です。これも?
「聞いてない。受験は…付属だからいいのか」
たしかに大学にはエスカレーターで入れますけど、だからってみんなだらけてる訳じゃないです。うちの学校、真面目な人多いですから。
「木須屋さんはどうなの、勉強の方は」
なんでそんなこと…
「どう?」
それなりに頑張ってますから、その…学年一位とかもとったことありますし。
「すごいね!」
顔!近すぎます!
えっと、ああ、月曜でしたね。
午前中は普通だったんですけど、ちょっと眠たいくらいで。昼休みになったら突然、あの子が…
「あの子?」
恵来エリ…同じ学校、同じ学年、違うクラスの女の子…
彼女は学内でも目立つ生徒だったの。なぜなら誰もが一度見れば忘れない、通り過ぎれば振り返るような、輝く金髪の持ち主だったから。
母方の祖母がイギリスの方らしくて、その血筋が色濃くでている。その肌の白さ、綺麗な鼻筋、少女のような愛らしさと不思議な魅力を感じさせる透き通った瞳の蒼い色。
とにかくみんなから好かれている子です。だってみんながほしいと思った全ての物を持っている。日本人にないもの全て、白い肌に金髪に青い目。
よその教室で見かける時は、いつも誰かの膝の上で可愛がられて、クラスの人気者なんだな~って思ってました。
「木須屋さんもそうでしょ、クラスで人気あるでしょ、普通に」
え、いや、私は…少し距離があるっていうか…。
「嘘、木須屋さんなら誰だって友達になれるでしょ」
私…ちょっと人見知りするんです。それにみんな私に気を使ってっていうか、近寄りがたいって思われてるみたいな。
「ああ、完璧すぎるとそうなっちゃうかもね。でも、俺にはそんなに人見知りに見えなかったよ」
それはあなたが、落谷さんがその…初めて会った「殺してもいい男性」だったからで、そうなると付き合い方も変わります。
「…初めて会ったぞんざいに扱っていい男だったってわけね…」
そんな感じです…。
月曜の昼食時、その恵来エリさんが私のクラスにやってきました。彼女が入ってきた時、そして私に話しかけてきた時、クラスが一瞬ざわつきました。
「トイキ、話があるんだけど」
昨日の今日で、普段は接点のない金髪少女からの呼びかけ。私にもすぐに理解できました。
「いいですよ」
私は、空腹を我慢して彼女と一緒に人目のない場所に移動しました。
私の前を歩くエリさんは、私よりも頭一つ小さくて。目の前で揺れる金色の髪がほんとに可愛らしくて、彼女の頭をいつでも撫でられる隣のクラスの女子達が羨ましくなるくらいでした。
日も当たらぬ体育館裏。ここならば昼休みは誰もいません。エリは振り返って切り出しました。
「魔法少女、アビスの門」
「アビスマル、トーテム、ゲートキーパー」
簡単ですがお互いの確認が済みました。この単語の並びを言えるのは魔法少女だけです。変身して見せるまでもありませんでした。
でも私が、エリこそが金髪の魔法少女だって分かったのは当然として、なぜ彼女は私のことが分かったんでしょうか?マスクもしてましたし、黒髪だけだと私だなんて分かるわけが…
「君のは…体が特徴的だから…」
体が?もしかして変ですか私の体って?
「いや、違います。どうぞ話を続けてください。エリちゃんはなんて言ったんですか」
…エリちゃんは、彼女が言ったのは…
「私のお姉さま!」
そう言って、私に抱きついて、思いっきり顔を胸に押し付けてきたんです…。




