第四話「キミが目覚めた後に」 開始
爆撃を受け火に包まれる市営球場。そのグランドの中央には傷つき燃やされて、鳴き声を上げるケルベロス型魔獣がいる。落谷落土の現在の姿だ。
その上空、沸き上がる煙の中で二人の魔法少女が対峙していた。
一人は黒髪をたなびかせ、女子校生として最大級のボディーを持つ魔法少女、木須屋吐息だ。長大な槍を手に持ち、顔には正体を隠すマスクをしている。
対する一人は、輝く金髪が危険な光を放つ新たな魔法少女、その体は吐息と比べれば平坦と言わざるをえない。凹凸に乏しいがその白い肌は異国の血を感じさせ、吐息とは違う滑らかさを感じさせる肌だ。巨大な赤ちゃんの持つガラガラのような、大型の鬼の棍棒のような獲物を軽々と背負い、こちらもマスクをしてる。
二人は上空に漂いながら、緊張感のある距離を保ち近づかない。
「あなたは、何者です?なぜ攻撃をしてきたのですか?」
「愚問ではないですか、センパイ。魔獣がいればそれを滅する。それが我々魔法少女の使命でしょ」
「…センパイ?」
「あなたのほうが早く魔法少女として活躍してるから…当然そうなりまスね」
少女は風に乱れた金髪をかきあげた。炎の上昇気流が強い。
「体が煙くなっちゃうから。さっさと片付けましょうよ、センパイ」
「え、ちょっと待って!」
木須屋は焦った。今この場で事情を説明するには、事情が込み入りすぎているし、この金髪の少女の素性がまったく知れない。何を言ったら危険かがわからない。
「ああ、センパイは自分の獲物が取られるのが嫌なんですね」
「そんなわけじゃ…」
「でも駄目ですよ、魔獣はみんなの物。早いもの勝ちではなく、倒したもの勝ち。私達の勝利は魔獣を倒すことではなく、人類を救うことなん…でーす~かーら~~~」
そう言ってフェイントをかけた後、いきなり下降し始めた。
「いただきます!私の初めての!え~も~の~!」
「ちょっと、待って!」
木須屋も慌てて追いかける。
炎の中の魔獣が落ちてくる二つの流星に向かって吠え狂っている。大量の爆撃により落谷の意識が弱まって支配権を失っているのは明らかだった。
「まずい、このままじゃ本当に魔獣として殺されちゃう」
下降する金髪少女の持つ獲物、大型の棍棒は変形が開始する。側面にいくつものパネルが開き、そこからロケットノズルが顔を出す。そのノズルから噴き出す炎で、彼女の体はさらに加速する。木須屋の追跡が間に合わない。
「ボンバ~ホームラン!」
野球場に相応しい技名とともに、高速の打撃はケルベロスの三つの顔の一つをぶん殴り、巨体を立ち上がらせ、背後のスタンドに倒れ込ませた。
「ひっ」
木須屋が思わず悲鳴を上げる。彼女も何度も落谷を攻撃して殺しかけてきたが、その時は落谷のことを知らずに攻撃していた。
今、目の前で自分以外の殺意が落谷を殺そうとしている。
「だめぇ!」
木須屋の槍から放たれた光線が金髪の魔法少女の動きを止めた。それにより彼女の止めの一撃は食い止められた。
「直接妨害もありってことですか、センパイ?」
「くっ」
木須屋も今の自分の行動がまずいことは分かっている。だが今は落谷を守るしかない。
「本体のある頭を切り落せば…それ以外をあの子にくれてやればいい…。でもどの頭に落谷さんはいるの?」
ケルベロスの三つの頭のどれに本体が収まっているかは、切って開いてみるまではわからない。
苦悩する木須屋の耳そばに、ソダリーが現れてささやいた。
「ここは静観するのもありだぞ、トイキ。あの男は死ぬかもしれないが、それはもう定まった運命なのだ。君が手を汚すか、あの子が手を汚すかの違いだ。キミは、見ているだけで終わる」
「黙ってて!」
木須屋が怒りの声を上げると、ソダリーはそれ以上なにも言わずに彼女の髪の中に戻った。
空中で大きく輪を描きながら距離を取りにらみ合う両者。金髪のミサイル攻撃は火力はあるが初速が遅い。対して木須屋の槍の光線技は速さに勝るが、使い手に本気で攻撃しようという意思がない。
互いに相手の動きに注視し、二人の魔法少女は決闘者のように空を回りながらゆっくりと降下している。
金髪少女が構えた棍棒のパネルが開き、何十発もの小型ミサイルの弾頭が顔を出す。それを見て槍先にエネルギーを貯める木須屋。だが、この同士討ちのような戦いに対して引け目を感じているのか、穂先の輝きは弱い。
木須屋の背後、もうもうと溜まって煙がもっこりと盛り上がる。金髪少女が叫びを声上げる。
「危ない!」
煙のドームが引き裂かれ、木須屋に向かって魔獣が飛びかかった。三つの口が木須屋を三つに分割しようと食いかかった。
とっさに槍を背中に回した木須屋は狙いを定めずに発射した。それは見事に命中し、ケルベロスの顔ひとつを半分吹き飛ばした。
しかしまだ魔物には二個と半分の顔が残っている。
とっさの反撃により食われることは避けられたが、巨体による体当たりは避けられなかった。空中を引きずられるように回転した後、木須屋は地面に落ちて転がった。
「こんのォ~~!」
金髪少女の棍棒からミサイルが乱射される。
ケルベロスは半分顔がかけた首を盾にして真正面から突っ込んだ。発射したてのミサイルは追尾性能が弱い。そのため正面の数発を受けきればダメージは抑えられる。獣らしからぬ知恵を持った獣が、金髪の魔法少女も体当たりで吹き飛ばした。飛んでいった彼女はすでに抉れまくったグラウンドの土塁に弾かれ、外野スタンドに叩き込まれた。
グラウンドの真ん中で傷だらけの魔物が雄叫びを上げた。
その雄叫びを、木須屋の攻撃が止めた。
「たァァー!」
地面スレスレを滑空した彼女の槍が、残った首の一つ、真ん中の獣の顔を刺した。その攻撃に対して、魔獣は踏みこらえ、刺された顔面を使って彼女を押しつぶそうと力を込めた。顔面の圧力で地面に抑え込まれる木須屋。
顔の一つを失うことも覚悟した恐るべき反撃。この魔獣に残った三つの目が怒りに燃えている。とてもあの男の意思がこもった目ではないと、木須屋は思った。
押しつぶそうとする魔物の怪力に、槍の尻、石突を地面に挿して耐える。
ホームランされた金髪少女が、外野スタンドに立ち上がり、棍棒を地面に垂直に突き立てた。
「もう容赦しない!バスター!」
彼女の棍棒がバカンと開き、数発の中型ミサイルが姿を表す。
「バスター!」
さらに展開し、ミサイルの数は二倍なる。
「バスタァー!」
さらに展開し、ミサイルの数は四倍になる。
「ファランクス!」
全弾発射された。更に火力を増したミサイルの総合火力攻撃はすべてを吹き飛ばす。魔物もその下にいる木須屋も。
「あ、しまったァーー!」
撃った後で気づいた。
遠く住むマンションの高層階の一室、住人がかすかな音を聞いて窓の外を見た。
「花火…?」
遠くを眺めても静かな深夜の街が見えるだけだ。こんな深夜に花火をやるような奴もいまい。
市営球場も目に入ったが、真っ暗な球場はまったく、一切の興味を引くものではなかった。
「やっちゃった~~~~!」
泣きながらグラウンドに駆け寄る金髪の魔法少女。彼女の攻撃により魔獣の肉体は四方に散らばり青い光とともに蒸発を始めている。
完全に駆逐している。
魔獣が死んだのは遠目にもわかっていた。問題はもうひとりの、あの巨乳の魔法少女ちゃんの方だ。
「どこ~~生きてたら返事してください~」
戦いの興奮が覚めてしまい、ヤバさに冷や汗が出ている金髪少女はあたりを見渡す。穴だらけ、溝だらけのグランドの中央辺りに人影がいた。
「よかったぁ~~~!」
駆け寄る金髪。木須屋は地面に座り込んでいたが、五体無事なようだった。
「あの~大丈夫でしたか?バリアーとか使ったんですか」
木須屋は座り込んだまま、金髪少女の方を振り返った。彼女の長い黒髪がたなびく。
「大した技だったわ、今回はわたくしの負けですわ」
「え?あ、ありがとうございます…?」
「あなた見込みがありそうね、次は負けないわ。お互い、世界人類の平和のために頑張りましょう」
凸凹のグラウンドに座ったまま動かない木須屋。
「…ハイ、ありがとうございます!センパイ、これからもよろしくお願いします」
木須屋は変なセンパイ態度をとっていたが、金髪の魔法少女は素直に感銘を受けたようだ。
「次の戦いまで、時間はないわ、戦士には休養が必要よ、早くおかえりなさい」
「センパイは?あのファミレスとかでお話とかしませんか?色々教えて下さい!」
「ウフフ、敗者は土にまみれ屈辱に耐える時間が必要なのよ。この姿、あなたにも見せれらないわ…」
ジ~~ンとする金髪。
「失礼いしました!またの機会、お願いします、センパイ!」
そう言うと彼女は空高く登った後でもう一度一礼をし、飛び去っていった。
「……行った?」
「行ったようだ」
木須屋の確認にソダリーが答えた。
「フ~~~~やばかったぁ」
彼女はそう言って、座り込んで股の間に挟んでいた、落谷の頭部を見た。
両サイドの厚い太ももに思いっきり挟まれて落谷の顔は変形していたが生きていた。
落谷は何か言おうとしたが太ももの締め付けが強すぎてパクパクと金魚のようにしか口を動かせない。その頭をなでていた木須屋は足の締め付けを緩めた。
「助かったようだね、うまくいってよかったよ、ありがとう、苦労をかけたみたいで」
ようやく言えたその言葉に木須屋は何も答えず、体を前かがみにして落谷の頭を優しく抱きかかえた。
そのさいに彼女の胸がゆったりと落谷のおでこに乗り上げていったことは気にしていないようだ。
金髪の魔法少女の攻撃が発射された瞬間。
木須屋は半かけになったケルベロスの顔に落谷の半身が出ているのに気付いた。槍を瞬間的に手の中に消すと、勢いが着いた魔獣の顔は避けた木須屋を食い逃し、地面に激突した。
魔獣の傷口から伸びていた落谷の手を引っ張り、傷口から本体を引き釣り出した後は見つけた地面の窪みに放り込み、その上から尻で蓋をするように木須屋が座りんだ。そして衝撃緩衝シールドを貼って難を逃れたのだ。
「あの、そろそろ出してくれませんか」
木須屋の股の間から落谷が懇願する。爆発の土砂が体を覆って動けないうえ、木須屋が両肩の上に体重を乗せているので立ち上がる動作が取れないでいるのだ。
その状態でなぜか、木須屋はニヤニヤと落谷を見下ろしている。
「あの~木須屋さん、今日も色々ごめんなさい。でもそっちだって楽しんだろ、伏せにお回りに…チンチンって」
思い返すと結構屈辱的だった。
「だから…ありがとう。君のおかげで今日も生き延びれたよ」
なにかを満足したかのような木須屋が立ち上がり、軽々と彼を引き抜いて立たせた。
落谷は体の汚れを払いながら
「何だったんだ、あの子は」
「私以外の、魔法少女…」
木須屋の言葉をついでソダリーがしゃべる
「詳しいことは、後日話そう。今のキミの仕事はこの球場の修復だ」
情報開示の不足に不満を感じる落谷だが、たしかに球場の被害状況は酷い。朝までに治せるかどうか…
「隠蔽シェードは朝までしか持たない。キミは急いで作業を始め給え。さあトイキ、君は帰って就寝だ。時間は少ないぞ」
「え、でも」
木須屋もこの状況で落谷を置いて自分だけ帰ることに不服だった。
「いや、木須屋さんは帰って。明日学校でしょ。ここは俺に任せて」
落谷は大人っぽいセリフを言いたいだけだった。
「実際、ここ壊したのは俺だし…いや、半分以上あの金髪のせいだけど…」
落谷に追い出され、木須屋は渋々空に飛び上がり、落谷の方を一度だけ見てから、帰宅していった。
「あ~~、これは大変だわ」
落谷の前には、内戦の国の野球場のような、破壊されまくった惨状が広がっていた。




