第三話の4 完
F市、市民球場。収容人数5千人のスタンドが整備された市営の球場である。
そのグランドに一匹の巨大な魔獣がいた。頭から尻尾までの長さがピッチャーマウンドからホームまで届くほど。四足獣型であり、なおかつ首から三つの頭が生えている。いわゆるケルベロスタイプの魔獣だ。
この魔獣、グランドに顔を伏せの姿勢でとどまっている。すでにスタンドの一部は破壊されていた。まるで留守宅を破壊した飼い犬が主人の帰宅を恐れているかのような姿だ。だがその内面は見た目ほど穏やかではなかった。
魔獣の内部にいる落谷は苦戦していた。
「うっ……こいつ強い…」
魔獣の肉体が持っている破壊の本能が、落谷の頭脳によるコントロールに抵抗している。
今までの二体よりも抵抗が大きい。
魔獣として現れた瞬間、落谷は朦朧とした状態であったため、魔獣がスタンドを破壊するのを止められなかったのだ。
「クッソ、俺が脳なんだから言うことを聞け!」
魔獣は眠りながら悪夢を見ているかのように、突発的に手足を動かす。
そこに魔法少女となった木須屋が飛んできた。
「うわ、もう壊してる!」
「トイキ、まず隠蔽シェードを貼れ」
ソダリーの言う通りに隠蔽の魔法を放つ。
球場を覆うように巨大な魔術の幕がかかる。これでこの内部の変化を知覚できる人間はほとんどいなくなる。
魔獣の三つ首がそれぞれ別の空を向き吠えたける。飛び出そうとするが三つの首が別々の方向を目指して転げ回り、内面の混乱ぶりがよく分かる。
落谷にも木須屋の到着は見えたが、そちらに意識をやった瞬間にすべてを持っていかれそうで気を緩められない。
「でも落谷さん、頑張っているみたいだね」
落谷の頑張りの結果、三つ首のケルベロスは、自分の尻尾を追いかける馬鹿な犬のような状態になっていた。回転の勢いがつきすぎて胴体がスタンドをかすめた。それだけで外壁は剥がれ客席がいくつも飛んだ。
「トイキ、あまり悠長にはしてられないぞ」
「わかってる!だから私も、協力する!」
そう言うと木須屋は一気にピッチャーマウンドに着地した。
ケルベロス魔獣の眼前だ。
目の前の餌に飛びつく魔獣。その勢いはブルトーザーが迫るどころではない、ブルトーザーを投げつけられた勢いだ。
マウンドに無防備に立った木須屋は
「落谷さん、ガンバレェー!」
思いっきりの大声で応援した。
寸前にまで魔獣の顔が迫っていたのに。
その瞬間、魔獣の前右足が体の意思に反して思いっきり地面を叩いた。
勢いをつけすぎた体が空中に飛び上がり、回転しながら木須屋の上空を通り過ぎた。
魔獣はライト側のフェアゾーンに顔面から滑り込んだが、四足獣特有の敏捷性で滑りながらも立ち上がり、外野を大回りしながら再び、キャッチャーマウンドの木須屋を襲うコースに入る。
外野から剛速球でブルトーザーがバックホームされる、そんな勢いで魔獣が迫る。
それに対して、再び無防備な木須屋が叫ぶ。
「負けるな落谷さん!」
またしても本能に逆らった片足が襲撃を邪魔した。飛び出した魔獣はピッチャーマウンドの木須屋を大きく飛び越え、ホームベースに顔面から飛び込んだ。
もう球場の芝生はメチャクチャだ。
審判のジャッジを確認するかのように上体を起こす魔獣。そこに甲子園出場校のマネージャーのように、最大の心を込めた応援が届く。
「ガンバレガンバレオーチーターニー!
負けるな負けるなオーチーターニー!
ファイト!ファイト!オーチーターニー!」
果たして応援は、落谷に届いていた。
「うおおおお!」
生まれてはじめて女子校生に応援されていた。それを裏切ることは、落谷には出来なかった。男であるなら、それは出来ない。
両手に意識を集め神経をつかめ、紡いで、魔獣を縛る綱にしろ。それを思いっきり引っ張った。魔獣の全身の神経をこの手に握る。
世界を破壊する魔獣を俺が平伏させる。
「オォーーチィーータァーーーニイーー!」
魔獣の目の前でチアガールのようにジャンプをした木須屋が、着地した瞬間に叫ぶ。
「伏せッ!」
ドスンと
球場中に響き渡る音と共に
ケルベロスは腹ばいの伏せをした。
それを見て、キラリと光る木須屋の瞳。
「オーチーターニー!チンチン!」
恥ずかしげもなくチンチンのポーズを取る魔獣。
「落谷、お回りぃぃ!」
飛び跳ねて命令する木須屋、それを実行して回転する魔獣。
応援で息が上がった木須屋が、伏せの姿勢で待機している魔獣のそばに近づく。
三つの首が彼女を見ている。
「ほら、ソダリー、落谷さんは出来る人なんだよ、やっぱり」
「これは、たしかにスゴイな。ワレワレの役に立つかもしれん」
「でもこれ、どうしよう。無抵抗なのを殺すのは抵抗あるな」
魔獣の鼻先をなでながら木須屋が考えこむ。
「三つの首を同時に切断すればいい。どれかにオチタニの本体があるはずだ」
「間違って落谷さん切っちゃったりして」
そう言った瞬間、木須屋もソダリーも上空を見上げた。
「ナニかが隠蔽シェード内に侵入したぞ!」
球場の上空に、キラリとひとつの星がきらめくと、それは分裂し、無数の流星になった。
「え?ミサイル?」
木須屋の目がその光の正体を捉えた。数十発の小型ミサイルが、魔獣の全てを破壊しようと降ってくる。
「落谷さん、避けて!」
回避行動を取りながら魔獣に警告を出す木須屋。だが魔獣は魔法少女に比べてあまりに大きく、機敏さに欠けた
いくつもの小型ミサイルが魔獣の体にあたり爆発する。
「アギョオオオオ!」
獣が上げた叫び声を、次々と着弾する弾頭がかき消した。魔獣の周りに爆発が続く。
「落谷さんッ!」
木須屋は叫びながらも上昇し、謎の攻撃者に迫る。
上空に立つ、その人物、その少女は。
「魔法少女?私以外にも?」
空中で仁王立ちする少女は、木須屋と同じ年頃、おそらく女子校生であろう。しかしその髪は流星のようにきらめく金髪だった。
木須屋は、きらめく金髪の魔法少女と夜空で対峙した。
球場は火を投げ込まれた大鍋のようだ、赤々とした光が上空を照らしている。獣の焦げる匂いと、獣の叫び声が空に立つ二人にも届いていた。




