204話 異世界の姿
前回のあらすじ「残念!薫は進化に失敗した!!」
―「イスペリアル国・ニトリル山 グリフォンの巣」―
僕たちは、銀竜のハクさんも連れてグリフォンの巣へと戻って来た。すでに中に戻ったグリフォンに迷惑をかけてしまうので、グリーンドラゴンの家族は外で待っている。僕たちは長の案内の元、グリフォンの巣の最奥の部屋へとやってきた。ここはお母さんドラゴンとベビードラゴンがいた所と繋がってはいるが、グリフォンが入れる程度の大きさしかない入り口をくぐらなければならず、部屋と言うよりかは横穴に近いものがある。
「これは……なんですか?」
ハクさんが壁画を見て尋ねてくる。
「俺も検討が付かないな……サキはどうだ?」
「私も分からないわ……」
ハクさんの疑問にカーターが答える。僕もそれを見ているのだが、そこには長方形の中に規則正しいマス目が描かれていて、そこに幾つもの複雑な形が書かれている。特に目を引くのは歪な楕円のような物と歪なL型のような物が大きく描かれていていて、それ以外に小さな図形がちらほらとあり、さらに赤い点が5つあった。さらによく見ると、マス目の外側に何か文字が描かれている。それは二行になっていて、セシャトをかけて、そのレンズ越しに見ると文字は違えど同じ内容が書かれていた。そして、もう一つこの絵の右に同じような物が描かれている。ただしそれは楕円の形をしている。これらを複合すれば、これが何かを理解してしまった。これと似た物なら学校の教科書にでも載っている。ただ、こんな形をしてはいないだけで。
「薫兄……?」
「泉……」
いつの間にか僕の方を見ていた泉。泉もこれが何かを理解したのだろう。
「二人共、分かるの?」
「レイスたちも理解してると思うよ?そうだよね?」
僕が二人に目をやると、驚いた表情でそれを見ている二人の姿があった。
「それは……見たことがあるッスからね」
「同じくなのです……これって世界地図なのです?グージャンパマの……?」
それを聞いた二人が再度、その壁画をじっくりと見る。
「これが……俺達の星の地図なのか」
「うん。間違いないと思うよ。左はメルカトル図法で描かれた地図。右はモルワイデ図法で描かれた地図で間違いないと思うよ」
「あの~……どうして同じ地図を違う図法で描いているのですか?」
「ハク殿の言う通りだな。同じ地図をどうして……」
「……薫兄。はいこれ」
泉がアイテムボックスから白衣を取り出して僕にそれを渡す。僕は黙ってそれを着て、スケッチブックに絵を描いていく。
「久しぶりの白衣と眼鏡なのです」
「何も言わずに着たッスね」
「嫌がっても着ることになるからもういいよ……」
そんな会話をしつつ、書き終えたところでスケッチブックをカーターたちに見せながら解説を始める。
「地球もグージャンパマも星としてはこのように球体になっています。ただ、これで見えてるのは星の半分でこの裏側は見えません。そこまではいいかな?」
一応、聴いてくれる皆に理解出来てるかを確認する。皆が首を縦に振ってるのを確認したところで話を続ける。そして先ほどからスケッチブックに描いていた3つの地図を見せる。
「そこで地球では世界全体を一度に見るための方法として3つの地図があるのですが、ここの壁画には角度を正確に表したメルカトル図法で描かれた地図、そしてこちらの面積を正しく表したモルワイデ図法で描かれた地図となります。そして、この枠外に書かれた文字はどちらも数字。上はグージャンパマで使われる数字で下は地球で使われるアラビア数字になります。ちなみに、これ以外の地図で中心からの距離と方角が正しく表した正距方位図法とかもあったりします」
「なるほど。これが何かは分かったわ……でも、何でこんな物を残したのかしら?これからは魔力も感じないし……」
「それはこれが持つ情報だよ。これってかなり大事な情報だから」
「大事?それはまあ、相手に自国の地形が丸分かりというのは大変なことだけど……世界全体となるとそこまで重要な気が……」
「サキ。それは違うわ。ここに数字が描かれているでしょ?クロノスの解説書だと転移魔法陣は描いている図形と文字によって方角と距離が決まっている。だからこれを参考にすれば、超遠距離を転移魔法陣で移動できるようになるんだよ。後はこれがどれくらいの縮図で描かれているかで目的地への距離が分かるから飛行機も飛ばせるようになると思うし……」
「ここに書いてあるのです」
レイスが見つけた物を見るとそこに確かにアラビア数字で描かれた縮尺が描かれていた。
「これを使えば、この世界がどれだけの大きさで、各国の王都がどこに点在するかがハッキリするね……」
先ほどの会話から分かるように、この世界に世界地図と言うのは存在しない。そもそも正確に測る測量機器が存在しているのかさえ怪しい。前にクラックウルフ討伐の際に見せてもらった冒険者ギルドにあった地図も大雑把に描かれた物だった。
「泉。そこに立ってもらっていい?どれだけの大きさか分かるようにしたいから」
「分かったわ。それと念のために私も撮った方がいいよね?」
「うん。それと皆は撮影中にこれ以外に怪しい文字とか図形が無いか探しておいて欲しいんだけど。見落としが無いように念入りに調べよう」
その後、夜になるまで僕たちはここで調査をしていくのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―その日の夜「イスペリアル国・ニトリル山 グリフォンの巣」―
「……こんな美味しいものを頂けるなんて」
ハクさんが出した料理に感動しながら食している。あの後、それ以上の発見は無くここにはあの壁画の地図しかないと僕たちは判断し、調査を終了。後は帰還だけとなった。
「いいんですか!!こんなに!!」
泉と精霊三人娘がグリフォンの長から大量の羽をもらっている。それを見て皆が大はしゃぎしている。ちなみにグリフォンの涙はすでに回収済み。しかし、ここで予定とは違う事が判明した。グリフォンの涙とはグリフォンの体液では無く、グリフォンが魔法で作る特殊な水だということだ。普段はグリフォンはこれを使って巣の内部を清潔に保っているらしい。何故、このような違いが起きたかは実際の所は分からないが、考えられる理由としては、グリフォンの魔法は主に風魔法であって、水魔法はこのグリフォンの涙を作るだけである。そのため、風魔法しか使わないグリフォンから採れる液体というのが変な形で伝わったのかもしれない。
「色々あったが……これで明日は帰還だな」
「うん……」
「……どうしたんだ。あの壁画を見た後、様子がおかしいぞ?」
お茶を飲みながら休息しているカーターに訊かれて、食器を片づけていた僕はその手を止めて、先ほどから考えていたことを話す。
「ゴメン……もしかして僕、勘違いしてたかもしれない」
「何を勘違いしたんだ?」
「僕のおばあちゃん……魔族の侵攻への対策が準備不足だと言ったけど、本当は準備万端だったのかもしれない。おばあちゃんは異世界の門の解説書を読み解けば、必ずグリフォンの涙を使った方法を取ると予想して、あらかじめここに新しい情報である世界地図を壁画として描いた可能性がある」
「……そうかもしれないな。しかもグリフォンと話してたくらいだしな」
「うん……それでグリフォンの長に、おばあちゃんとの出会いを訊いたら、今回の僕たちと同じでグリフォンの涙が欲しいと、食べ物を持ってきて交換を持ちかけていたらしいんだ。その際に壁画を描く許可ももらってたって」
「あらかじめ予測してここに壁画を残した……それなら何でクロノスに残さなかった?」
「あの地図にあった赤い点……あれが問題なのかも」
「ああ。あったな……薫はあれが何か予想出来てるのか?」
カーターが僕が淹れたお茶を飲みながら訊いてくる。それを見て、カーターが手に持っていたお茶を置いた所でを続きを話す。
「恐らくだけど……クロノスと同じ。隠蔽された施設があるんだと思う」
「なるほどな……すると、お前の祖母はそれら全てに何かしらを残している可能性があるってことか」
「可能性はあるかな。でも、そうなると、おばあちゃんの余裕が無いっていう発言はおかしいことになる。余裕が無い人がそんなあっちこっちに情報を分散させるとは思えない」
「つまりは?」
「……おばあちゃんは十分な対策を練り、それら準備を終わらせてから後に何も言わずに死んだことになる」
「でも、そこまでしたのに何で自分の娘達に何も言わなかったか疑問が残るな……」
「そうなんだよね……それに、まだ推測の域に出ていないと思うんだ。本当にあの赤い点に施設があって、そこにおばあちゃんが情報を残してるかなんて分からないしね」
「そうだな……うん?待てよ」
カーターが何かに気付いた。すると、食事を終えて充足感に浸っているハクさんの方へと顔を向けた。
「ハク殿。ヴルガート山に人工物が無いだろうか?我々、人の手で作ったような物が……」
「え……ああ。ありますよ……人が住む建物みたいな物が……それが何か?」
「中は!?中はどうなってるんですか!?」
僕たちは食い気味でハクさんに訊く。ハクさんはそれに気にせずにゆっくりと話し始めた。
「それが……入れないんです」
「入れない?」
「扉が硬くて……時折、若いドラゴンがそこを壊そうとして攻撃するんですが……ヒビ一つ出来ませんでした」
「ハクさんが壊そうとしたことは?」
「無いですよ……でも、前々のリーダーになった金竜が試しにブレス攻撃しても何も起きなかったと聞いてますね」
これで前にユノが話してくれたヴルガート山にある神殿の話が本当の事だと分かった。
「俺達がそこを調べたいと言ったら、調べさせてくれるか?」
「難しいですね……せめて金竜の許可が無いと不可能です」
「そうか……」
「だけど……今のリーダー争いが終わった所で、私の方から訊いてみましょう」
「本当ですか!?」
「ただし……」
そう言って、自分が食べた料理の皿を指差す。
「このカレーを交渉の題材にします。どうでしょうか?」
「え?カレーを?」
「私達ドラゴンには料理をするという考えはありません。だけど、美味しい物を食べたいという欲はあります。このカレーはまさに美味なる物……この料理を出すことで許可をもらえるかもしれません」
目を輝かせながら力説するハクさん。
「それならお願いします。大量に用意しますので」
「分かりました。約束しましょう」
「それと……おかわり入ります?」
「ぜひ!!」
僕はハクさんから皿を受け取って、再度カレーをよそりハクさんへと渡す。美味しそうに食べるハクさんを見ると、大分、カレーを気に入ったみたいだ。思わぬ方法で、ヴルガート山にある神殿の調査出来る可能性を手にする事が出来た。しかし、その決め手がカレーとは……。
「お高いルーを……いや、マスターに頼んで最高のカレーを……」
もし、ハクさんの説得が成功した時の事は極上のカレーを用意しようと決めるのだった。




