染まりますか5
思い出してしまえば、自分に絶望してしまう。
そうだ。誰も・・・・誰も私を必要としていない。
ぽつり、ぽつりと落とされた濁った色が心に広がっていく恐怖。
誰も私を好きにならないんだ。
好きになっても嫌われるんだ。
じゃあ、無関心でいよう。無害でいよう。誰も私を見ないように隠れてしまおう。
「駄目だよ、美穂ちゃん」
どうして駄目なの?
だって、痛いんだもの。
痛いのは嫌い。
傷つくのはもっと嫌いだ。
そう強く思っていると蒼い瞳が私の弱い心を見透かすように覗き込んできた。
「謝っても怖がっても、俺は離さない。だって言ったよ?」
私のゆらゆらと揺れる視界で彼は笑顔だ。
「『大事にしているのに』『逃がさない』って。君が俺の事を嫌いでもね」
祖母の優しい笑顔とは程遠い、歪んだ笑顔。
彼の腕に力が入り、私は我に返る。
私の馬鹿!
苦い記憶のフラッシュバックで取り乱しすぎた!
「・・・・あの、相模さん・・・・・」
感情的になりすぎて、幼い頃の感覚に戻りすぎたのが自分自身でわかる。
それを彼がどう受け取ったのかが不安で、私は怖々(こわごわ)と彼を呼んだ。
すると、優雅な動きで彼は私から身体を離した。
歪んだ笑顔はそのままに彼は私を、その瞳に捉えたまま言った。
「美穂ちゃんの気持ちは、無視します」
その言葉に私は驚きすぎて口を開けたまま固まる。
きっとアホ面だろうが、それどころではない。
私の気持ちを無視するんですか?
あんなに頑張って喋った、私の気持ちを無視するんですか?
混乱する私に、彼は歪んだ表情を消した。
そして幼い頃に見たことのある笑顔で私に囁いた。
「君が好きだよ」
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”月と狼”
銀色の毛皮を失った男は、不気味な三日月から逃れるように帰りました。。
男は自室に着くと服を脱ぎ、身体を拭い、キラキラと光る王冠を頭に載せました。
”どうしてだ。どうして手に入れられないんだ”
ぶつぶつと暗い感情を垂れ流し、王様は大きな椅子に座りました。
王様が座っている椅子には大きな宝石があちらこちらに埋め込まれています。
彼の部屋は蝋燭の消え入りそうな灯りだけが揺らめいています。
彼はその灯りを見ながら眠りにつきました。
王様が狼を殺した翌日。
彼は部屋から出て来ませんでした。
異変に気づいた召使い達は、彼の部屋の扉を開けようと色々試しました。
しかし、扉は開きません。
ところが、太陽が沈み夜になると彼は現れました。
召使い達は驚きました。
王様の金色に輝いていた髪は白くなり、健康的だった肌も粉がふいたように病的に白くなっていました。
そして三日月の弱い光に照らされて彼は銀色に輝き、うつろな眼で鏡に映る自分自身を見つめていました。
”ぎんいろ、うつくしい、ぎんいろ”
黒い感情がそのままに彼の口から漏れだします。
召使い達は、そんな王様が恐くなり逃げ出しました。
ひとり、ふたり、さんにん、どんどん王様の周りから人が居なくなりました。
王様の彼は独ぼっちになりました。
太陽の時間は避け、月の時間になる頃に彼は現れます。
彼が誰からの感心を受けなくなった頃。
丸い月の光を浴びながら、彼は誰にも悲しまれる事無く旅立ちました。
丸い月は満足そうに煌々(こうこう)と彼の身体を照らしました。
そして、狼の鳴き声が森から天へと向けられていました。
fin
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「好き」
「好きなんだ」
「俺は、君が好きだよ」
ゆっくりと、言い聞かせるように彼は私に好意を刷り込む。
何を言っているのか最初は呆気にとられていた私だが、彼が私を再び抱き寄せた事で状況を理解する。
先程の優しく包む様なものではなく、力が籠った男性を意識させる抱擁。
理解した所で、遅まきながら自分の顔が赤くなるのを感じる。
「美穂ちゃんは、俺の事どう思ってるの。・・・・・・遠ざけたい?邪魔?見たくない?」
彼の負の感情が溢れ出した事に驚いた。
私との会話で彼は殆どと言っていい程に、彼自身にとってマイナスになる様な言葉を使わない。
私は自分が傷つきたくないだけで、会話の中に私が吐き出していた悪意を混ぜている事に気がつかなかった。
でも、彼は私の感情に気がつき傷いている。
いつも笑顔で私の悪意を受け止めていた彼が私に尋ねてくる。
”遠ざけたい?邪魔?見たくない?”と壊れそうな声で尋ねてくる。
自分ばかりを優先して、周りの誰かを傷つけている事に気づかない私自身に落ち込む。
ぐらぐらと揺れる自分の中が汚い。
”ごめんなさい”とは言えない。
それは自分自身が許されたいための言葉。
謝って許されれば、どんなに良いか。どんなに楽か。
でも彼が求めてるのはきっと違う言葉。
私が苦しくても、今ははっきりと伝えることにする。
「傍にいてくれて有難う。相模さんの気持ちも嬉しいよ」
彼の気持ちの底に、私に対する同情や哀れみがあろうと、嬉しいと伝わるように私は彼を抱きしめ返した。
美穂さんは、相模さんを受け入れる模様です。