嘘は言ってない
○
おじさんー!!
石像の呪いから、少しずつ回復しながら、貴恵は大樹似の眼鏡を、脳内で引きずり寄せていた。
どう考えても、彼の入れ知恵だ。
「まったく…日本なのに、ここ」
やっと、ため息を吐き出すことが出来た。
理解できたら、馬鹿馬鹿しくなったのだ。
色恋に疎い大樹の尻をひっぱたき、言うように仕向けられた言葉。
また、それを素直に鵜呑みにするし。
二十歳になっても、知恵がついても、変なところでまったく擦れていない。
こんなんで、正義の味方みたいな仕事をやっていけてるのか。
だが。
きっと悪い相手には、大樹はまた違う顔になるのだろう。
少し見てみたい気もする。
貴恵の傍では、やはり彼は『大樹』なのだから。
大人になった、男っぽくなった。
でも、最後の尻尾だけは、貴恵の領域に残っている。
それは、彼が残したいと願ったこと。
本来、人間にはない尻尾を生やしてまで、貴恵の傍にいたいと願ってくれたことなのだ。
「やっぱり…おかしい?」
運転席が、苦笑する。
「おじさんも、息子の中身が生粋の日本人だって、分かってるだろうに」
無理しなくていいって。
だんだん、笑いがこみあげてきた。
石像になった自分も、大樹に見られてしまったのだ。
愛の言葉とやらで、簡単に思考停止してしまう、青い自分を。
人のことを、言える立場ではなかった。
笑っていたら。
大樹が、ぼそりと何か言った。
「ん?」
自分の笑い声で聞き取れず、運転席を見る。
「でも…嘘は言ってないよ」
今度は、聞き取れた。
そして。
今度は、頭が沸騰する感覚を、味わわされたのだ。
大樹の、タチの悪いところは。
尻尾に、山ほどの素直さと愛情を残していること。
おかげで。
貴恵は、どういう道程で遊園地に着いたのか、まったく思い出せなかった。