父の勧め
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貴恵の希望は――平日の遊園地。
『すごく、お得な気がしない?』
それが、彼女の選択の理由。
他に借りている駐車場から、車を回してくると、貴恵もこちらに向かって歩いていた。
待ってていいのに。
そう思うものの、貴恵らしくもある。
「ふっふー…遊ぶわよー」
寄せた車に乗り込みながら、彼女はやる気を見せた。
遊園地というものに、きっと貴恵は憧れがあるのだ。
お互い、子供の頃にそんな所へいけなかった。
彼女の母は不規則な仕事だったし、貴恵もまたそんなワガママを言わなかっただろう。
こうして、自分のお金で遊べるようになって、あの時代の我慢のウサを晴らそうというのか。
「そういえば、昨夜のお父さん、結構長居してなかった?」
不意に、やる気を別の話題にすり替えられた。
ああ。
貴恵を車で送ったと、言っていた。
気をきかせたのか、昨日彼女は、大樹の家に顔を出さなかったのだ。
父の用件は、別に大したことがなかった。
だが、うかつな一言から、長々と説教を食らう羽目になったのである。
『いつも、どんなところでデートしてるんだ?』
『明日が初めてだよ』
『……!』
そして大樹は――自分の父が、アメリカ国籍であることを痛烈に思い知ったのである。
まず言葉を三回確認され、健康を疑われ、全てが正常だと分かるや、早口の英語で説教が始まった。
スピード重視の思考は、英語の方が楽らしい。
貴恵を失いたくなければ、これから毎日愛してると伝え、こまめに連絡を取り、食事に誘い、プレゼントを贈れ、と。
なるほど。
あの母を、口説き落としただけのことはある。
いろんな意味で、感心してしまった。
「貴恵ちゃん…」
赤信号。
ちらと、助手席を見た。
「ん?」
彼女の視線を感じる。
「愛してるよ」
父の勧めどおりに言ってみたら。
助手席に――石像が出来た。