筋金入りの大樹バカ
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結局、大樹は談話室に行くまで、手を離してくれなかった。
少し遠目に、老婆が一人いるくらい。
やっと、ちゃんと話せそうな環境に、貴恵は安心した。
病室では本当に、ストレスが蓄積して大変だったのだ。
とはいえ。
きちんと話をしても、大樹が彼女の願う選択をするかは、わからないのだが。
「多分…」
大樹が、小さく呟いた。
「まだ、あの人は母のことで頭がいっぱいだから…もう少し、落ち着いてから話すよ」
プチッ。
やっぱり、願いとは違う答えだった。
貴恵の、つながりかけた配線が、一本切れる。
「それに、証拠もないんだよ…状況証拠があるだけ」
日系で、大樹の母と関係のあった人。
貴恵には、それと写真やシニアの情報。
つなぎあわせたら、限りなく黒に近いのに。
もう、あの人似てるから、お父さんでいいじゃない。
乱暴なことを思いかけて、さすがに貴恵は口にはしなかった。
「それに…あの人が、子供に興味があれば探すよ」
柔らかい大樹のその一言は、ズバンッと彼女の胸を撃った。
そうだ、と。
大樹は、ずっと苦労してきた。
その上、自分から名乗り出て、もし万が一、望む反応がなかったなら。
彼は、もうどうしようもないではないか。
それより。
きちんと苦労して、大樹を探しだして欲しい。
そこまでの価値が、彼にはあるはずだ。
貴恵の中には、それが確実にあるのだから。
もしも、探さなかったのなら、残念な人だったのだ。
少しは苦労、すればいい。
それでも、大樹が負った幼少の傷には及ばないのだから。
「貴恵…ちゃん?」
目頭が、ぼやっとしそうになって、慌てて貴恵はこすった。
「分かった…大丈夫だ、何かが起きても起きなくても、大樹は私の婿にするから」
彼が、自分を好きと言った意味は、とても深くて重いもの。
それなら。
その気概に、いくらでも応えるだけだ。
それが、自分なりの心意気だった。
この世に、一人くらい筋金入りの大樹バカがいたっていい。
「貴恵ちゃん…」
苦笑は――どういう意味だったのだろう。