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ああ

「訴えませんよ…それより、長いこと放っておいた女性の機嫌の治し方を教えてください」


 笑う、ところなのだろうか。


 カーテンの向こうで、事情を聞かれている男は、苦笑混じりに刑事に相談を始めた。


「えっ、あっ…」


 思わず、刑事が日本語で戸惑ってしまったではないか。


 あれを、機嫌というのだろうか。


 そのレベルを越えていたからこそ、刺されただろうに。


「じ、事情を話されるとか…」


 仕事外の方向の話に、刑事もうまく対応できていない。


「国に、研究のために監禁されていて、解放されるのに15年もかかった、と?」


 大統領は、監禁証明を発行してくれるでしょうか。


 ため息混じりの、少し若さを失いかけた声。


 ああ。


 40くらいだろうか。


 母もそのくらいのはずだ。


 もし、隣の男がアメリカに監禁されていなければ、大樹には別の人生があっただろう。


 優しい両親と、アメリカでの生活があったかもしれない。


 そうか。


 だから、これが一番よかったんだ。


 大樹は、ひしひしと自分のこれまでの人生を感じていた。


 いまの自分で、本当によかった、と思える。


 這い上がらなければならない環境だったからこそ、知識のすべてに打ち込めた。


 永遠の孤独が、ないことも知った。


 大丈夫。


 もう、自分はちっぽけな子供じゃない。


 大樹は、深く息を吸った。


 納得したら、身体の力がゆっくり抜けていく気がする。


 隣が誰だろうが、今なら眠れる気がした。


 すうっと、下にひっぱられるような感触の中、大樹はこう呟いていた。


 ああ――僕でよかった。

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