選択の自由
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「ぜ、全部って…どこまで」
母親は捕まらなかったが、廊下の端で吉岡は捕まった。
傷害事件で来ている刑事と、何か話をしているところだ。
「全部って言ったから、全部だと思います」
貴恵が、思っている通りに語ると、吉岡は刑事の方へと振り返った。
かなり言葉を抜いてしゃべっているので、刑事には何のことか分かるまい。
「病室で、事情聴取してるんじゃないだろうな」
「ん? ああ、やってるよ…けど全部英語でやるように言ってるから大丈夫だ」
刑事の笑顔の答えに、貴恵と吉岡はがっくりと肩を落とした。
英語なんて、大樹にはダダ漏れもいいところではないか。
道理で、全部知ったはずだ。
いまのご時世、英語を聞き取れる人も少なくないだろうに、刑事の頭の中は鎖国時代のままなのか。
「止めなくて、いいですか?」
ひそひそっと、吉岡に聞く。
「うーん、いまさら隠すのもわざとらしいし…部外者じゃないし…大丈夫そうだったかい?」
苦笑しながら、吉岡もひそひそを返した。
そこだ。
大丈夫すぎるのが、逆に心配になる。
いまの大樹は、体調もよくないし。
でも。
こんな機会は、もう二度とこないかもしれない。
「大丈夫だと…思います」
いまは、大樹に主導権がある。
名乗り出るも、はたまた他人で押し通すのも。
その自由を、大樹がもっているというのなら。
彼に、選択させたかった。
これまで、親というものに対して、大樹には選択の余地というものが、なかったのだから。