報告忘れ
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貴恵の口から、父親の話を聞くのは、これが初めてだ。
彼女の家に、写真など飾ってもいないので、死別とは違うのだろう、と判断する程度だった。
それと同じように、大樹も自分の父親というものを、状況証拠でしか知らない。
海外の日系人。
それくらいだ。
しかし、それを告げた時の貴恵は、少しだけ嬉しそうだった。
ぼんやりする頭で、彼女を見る。
「あ、いや…大樹が、お父さんについて話してくれたのが…なんか嬉しくて」
顔の緩みに気付いたのか、貴恵が片手で自分の頬をたたく。
もう片方の手を、大樹が占有しているからだ。
「うん…でも…いいんだ、家族は…。大事な人たちがいたら…うん」
ぽつり、ぽつり。
自分の口から、音が落ちる。
大樹が倒れた時、貴恵がこうしてそばにいてくれる。
吉岡が、ちゃんと手配してくれる。
親の存在があやふやでも、大樹には問題ないのだ。
「『たち』、でよかった…」
貴恵は、片方の手を伸ばして、大樹の前髪をくしゃっとする。
「うん…田島さんも、もう一生会えないわけじゃないから…」
早く、田島のことから立ち直ろう。
大樹が、そう自分に言い聞かせようとした時。
「えっ!? 田島さん、無事!?」
貴恵が。
目をひんむいていた。
あ。
報告するの、忘れてた。




