昔話
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大樹が、弱っている。
貴恵は、それを肌で感じた。
よくあることではない。
彼は、甘えることを思いつかない子だった。
貴恵になつくのだって、物凄くかかったのだ。
甘え方だって、とても分かりづらいのに。
その大樹が、ここまで弱っているということは、向こうで相当のことがあったに違いない。
だから、こんな過労だか知恵熱だか分からない状態になっているのだろう。
アーシャや、田島に何かあったのかもしれない。
金髪くんや吉岡は見たが、田島の姿はまだ見ていないのだ。
間に合わなかった――んだろうなぁ。
貴恵は頭の中で、そう思い巡らせ、ひそやかに合掌した。
彼女は、大樹に手を握られたまま、椅子を引き寄せて腰掛ける。
「何か話でもするか? そう言えば、大樹のいない間に総理大臣が替わったぞ」
黙っているのが落ち着かなくて、貴恵はたあいないことを口にした。
握る大樹の指が、少しためらう動き。
「貴恵ちゃんの…話」
指先からも、声が伝わってくる。
あたしの話か。
貴恵は、苦笑した。
美容室の話や、シニア&ジュニアが頭を掠める。
「んー…そうだなあ、じゃあ、昔話でもひとつ」
シニアたちの話題が頭を掠めた貴恵は、芋蔓式に自分の過去を捕まえた。
大樹が、シラフだと少し話しづらいもの。
「子供の頃にさ…押し入れの奥の奥から、アルバムを見つけたんだよ」
それは、本当はアルバムとよべないほど、貧相なもの。
写真屋が、現像の時にくれるような、安っぽい紙製のあれだ。
それに、適当につっこんだだけのような写真は、開くとバサバサとすべり落ちてきた。
「おかーさんの、やんちゃ時代の写真でさー…髪の毛キンキラの頃の」
貴恵は、思い出してくすっと笑った。
「その中で一番多かったのは、ヤクザみたいな顔に傷のある男と、警察官の制服の男でさー…まるで正反対」
ますます、おかしくなる。
だが、子供心に思ったのだ。
「たぶん、どっちかが、私のお父さんなんだろうなぁ…」
母の反応からすると、おそらく推測は合っている。
貴恵のたあいない言葉は、大樹の指先を反応させた。
熱でぼんやりする目が、彼女を見る。
「たぶん…僕の父は…外国にいると思う」
ああ。
賢い大樹は、やっぱり少し知っていたのだ。