車が途切れた向こう
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帰国した大樹は、かなり参っていた。
田島を説得できず、連れ戻せなかったことが、自分でも驚くほどショックだったのだ。
人には、できないことがある。
物理的に不可能なことと、他人の、本当に強い決意を崩すこと。
田島は笑っていたけれども、とても意思は固かった。
「あーもう! 辛気くせぇ!」
二人きりの部屋だ。
ついに、ツカサがキレた。
「閉じこもってっから、そんなカビくせぇ顔になんだ!」
そう言って、彼は大樹を引きずって外へ出た。
まだ、彼らは完全に自由の身ではないというのに。
しかし、それに逆らうパワーが、いまの大樹にはなかった。
手際よく脱出するツカサに、彼はのろのろとついていった。
どこからちょろまかしてきたのか、ツカサは小銭を持っていて――ぼーっとバスに揺られたら、町についたのだ。
東南アジアで浴びた日差しよりも、いくぶん衰えた日差しの下。
一人で何かしゃべり続けるツカサの声をBGMに、ただついて歩いた。
横断歩道を渡る。
感情も、こんな風に簡単に、越えていけるといいのに。
その時。
異音が、聞こえた。
町の雑音とは違う――甲高い音。
気にならないほど。
そのまま、音の向こう側へ行っても、すぐに忘れられるほど。
しかし。
大樹は、振り返っていた。
よぎる車の群れ。
「どうした?」
少し先で、足を止めるツカサ。
車が途切れた向こうには――あの国を思い出させる黒い髪が、大樹を見ていた。