横断歩道の向こう側
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ジュニアとのデートはしなくてすんだが、借りたアルバムは返さなければならない。
「おとーさんに聞くなんて卑怯ダヨ」
月曜日。前と同じ喫茶店に呼び出したジュニアは、すっかりふてくされていた。
あー。
その点に関しては、貴恵はノーコメントでいたかった。
確かに、かなりの荒技だったことは認めよう。
まさか、シニアをひっぱりだせるなんて思わなかったのだ。
「ありがとうございました、勉強になりました」
とりあえず、大本命のアルバムを返すことに徹する。
つーんとむくれているジュニアに、取りつく島を見つけようとした直後。
「え?」
自分でも分かるほどの、おかしな声を上げていた。
ガラス一枚隔てた歩道を、歩く人間を見つけたのだ。
通り過ぎる――派手な金髪。
反射的に、貴恵はその周囲を見ていた。
いたっ!
金髪くんの向こう側。
彼が陰になってよく分からないが、とりあえず黒髪は見えた。
「どうし…」
ジュニアの声は、最後まで聞けなかった。
「すみませんっ! ちょっと急用!」
慌てて、彼女は喫茶店を飛び出す。
あれから、随分たった気がする。
しかし、日付にすると10日くらいだろう。
金髪頭を目印に、後を追って走った。
まって!
横断歩道を渡る、二人の後ろ姿。
ちょっと、まってってば。
点滅する、歩行者用信号。
「だっ…」
呼ぼうとする自分の声が、荒い呼吸に邪魔される。
赤に変わる。
「大樹ー!」
声を――振り絞る。
そんな貴恵の目の前を、トラックやバンが駆け抜けた。
舞い上がる排ガスに、息を大きく吸った彼女はむせる。
ごほごほと、身体を倒して咳き込みながら、貴恵はハッと顔を前に向けた。
横断歩道、向こう側。
車が横切っていく、その先。
大樹が――振り返っていた。