32 最終回 赤く染まる
アンデッド軍団の討伐後、報奨金も貰ってしばらくして漫画で読む歴史の本もやっと作れた。
俺がネームを描き、画家がデフォルメした絵で仕上げてできた本だ。
漫画の絵付きで子供にも分かりやすく作られたその本の評判はかなりのもので、この世界でもマンガ家が生まれ、漫画文化も花開き、娯楽が増えることだろう。
外交同行で王太子妃を守ったことと、アンデッド討伐に画期的な本の印刷業で、我が領地の名声も高まり、俺も、領地の者から辺境伯夫人としてようやく認めてもらえた。
何しろ怪我した夫の治療をしたのが効いた。
俺の治癒の力、あれはほんとに癒してあげたいと思う相手にしか、使えない力ゆえに。
そして夫のオズヴァルトからは、ようやく本格的かデレ期が来たのか、
「今更ではあるが、結婚式をしようか? お前が嫌でなければ」
と、のたまった。
「金の無駄とは思わないのか?」
「もう、無駄とは思わない」
それははっきりとした口調だったし、オズヴァルトは耳まで赤くなっていた。
「しかしウェディングドレスはもう、リメイクしてデヴュタントに使ってしまった」
「俺が新しく作らせるとも、あんな実家のよりずっといいものを」
「はは、確かに」
あの実家からのドレスは縁起のいいもんでもなかったしな。
◆ ◆ ◆
そして、秋の中頃、オズヴァルトは本当に新しい婚礼衣装を揃えてくれた。
俺の侍女達も喜んでくれた。
美しい秋晴れの日、神殿にて結婚式を挙げた。
紅葉に染まる山々の裾に建つ白亜の神殿は、今日ばかりは柔らかな陽光と祝福の調べに包まれていた。
ずらりと並ぶガルナバーシュの騎士に加え、王城から駆けつけた王太子と妃殿下の騎士達も花を添えてくれて、ガチで壮観だった。
そして式を終えたばかりの広間では、長テーブルに豪奢な婚礼の食事が次々と運ばれていく。米も味噌も醤油もないこの地で、ガルナバーシュの最高の料理人たちが腕を振るった西洋風の宴だ。
そう、今回はお祝いに王太子と妃殿下も駆けつけてくれたから、余計に豪華。
テーブルの上には、黄金色に焼き上げられた子羊のローストが中央に鎮座し、ハーブとガーリックの香りがふわりと広がっていた。
皮はパリパリと音を立て、ナイフを入れると肉汁が溢れ出す。
傍らには、蜂蜜とドライフルーツを練り込んだローストポーク、香草を詰めた鶏の丸焼き、濃厚な赤ワインソースのかかったビーフのステーキが並ぶ。
「王太子殿下、ならびに妃殿下、この度は我々の結婚式に駆けつけていただき、光栄至極にごさいます」
夫が王太子とエレノア妃殿下に声をかけた。
「外交では我が妃エレノアを身を呈して守ってくれたアリスト殿の祝いの式だ、来るに決まってる」
「アリスの領地の料理は美味しいので、とても楽しみにしてきたのよ」
俺はにっこり笑って料理の説明をする。
「こちらの牡鹿のシチューもおすすめです。秋のキノコと根野菜をたっぷり使って、じっくり煮込んでおります」
侍女のセシルとフレデリカが優雅にスープを注ぐ。深い赤褐色のシチューからは、ワインと香草の豊かな香りが立ち上り、胃袋を優しく刺激した。
最近結婚した護衛騎士団長が、隣の席で子羊の肉にかぶりついている。
「この子羊のローストも皮がパリッとして美味いな」
自分の領地から駆けつけた騎士たちも、次々と歓声を上げる。
「エレノア王太子妃殿下、こちらのパンをおひとつ。外はカリッ、中はふんわりと焼けております。鹿の肝のパテを塗って召し上がれば、最高でございます」
侍女のセシルが、焼き立てのバゲットと、滑らかなフォアグラに近い鹿の肝パテを勧める。俺はフォークで小さく切ったパテをパンに載せ、オズヴァルトに差し出した。
「どうぞ」
「これは美味そうだな」
オズヴァルトはそれを受け取り、口に運び、満足気に笑う。
デザートには、秋の林檎と洋梨をふんだんに使ったタルトが登場した。サクサクの生地の上に、黄金色の果実が輝き、シナモンとバニラの甘い香りが漂う。中央には、純白のクリームと花をかたどる飴細工で飾られた小さな結婚ケーキが置かれていた。
「これはまた、ずいぶんと見事な」
「まぁ、飴が宝石のお花みたいに、綺麗なものですね」
エレノア妃殿下は目を細めて賞賛した。
「エレノアの誕生日もこのような飾りをつけたケーキを贈りたいものだ」
「まあ、殿下ったら、でも嬉しいですわ」
人の結婚式でいちゃつき始めた。でも許す!
窓の外では、山々が燃えるような赤と橙に染まっていた。神殿の鐘が、祝福するように低く響く。
騎士たちと侍女、使用人たちも含めたこの宴は、ただの形式ではない。
俺達二人が本当の夫婦になったことを、皆で祝う心からの祝宴だった。
オズヴァルトはワイングラスを掲げ、皆に向かって静かに言った。
「今日という日を、共に祝ってくれて感謝する。これからも、どうか我らと共に歩んでくれ」
「「「オズヴァルト閣下、アリスト様! ご結婚おめでとうございます!」」」
歓声とグラスの音が、祝福に満ちて響いた。
◆ ◆ ◆
日が傾く頃、宴の時間が終わり、神殿から出て、遠くを見た。紅葉に染まる山が見えた。人恋しくなる季節の式。
「山の色が、燃えるように赤いな」
「ほんとだ、綺麗だ」
風が吹いて、赤い枯葉が神殿の庭に舞う。
「今さらだが……秋はしかし、物寂しい印象がある、結婚式は春まで待った方が良かっただろうか?」
「秋も悪くはないさ、ちょうど涼しくなって、初夜にくっついていても暑苦しくない」
「もう少し慎みをもてというのに……」
「分けりやすさを重視したんだ」
「コホン、ところで、今夜はともかく、三日後は満月だ」
「獣化するのか、もふもふチャンスだな」
「お前は本当に……私を恐れないな」
「呪いごと愛してやるから、覚悟しろ」
「……頼もしいことだ」
山が夕陽に赤く染まる。
秋が深まるにつれ、愛ってやつも深まるだろう。
冬には、温かいもふもふに包まれて眠り、そうして日々を過ごし、二年も経ったら、オズヴァルトの呪いの獣化は無くなった。
もしや、呪いは愛で解けるとかだったのか?
物語のセオリー通りに。
「もふもふチャンスが無くなったが、まぁ、いい。あれに痛みが伴っていたのなら、無い方がいい」
もふもふチャンスが無くなったのは少し寂しいけれど。
「代わりに犬でも猫でも飼ってやるさ」
「ほんとか!? どっちにしようかなぁ」
「お前の……好きな方で」
「なにそれ、溺愛モードか?」
「ペットごときで大袈裟な」
「それもそうか」
「……溺愛ってどうやるんだ?」
「俺に聞くなよ、そんな事を」
二人で笑った。お互い、溺愛の仕方なんか分からないけど、二人の間の空気は、確かに甘くはなっているのだし、今はハッピーだ。
「獅子は猫科だよな! じゃあやはりうちで飼うなら猫ではないかな!?」
「……だが、しばらくはお前を抱っこして寝たいから、飼うのは来年の冬にしよう」
なん……だと!?
「……そうか、それも悪くない」
俺は口の端を上げて笑った。可憐とは言い難い笑みだった。それでも、俺を見てオズヴァルトは幸せそうに笑ったので、これでいいのだ。
〜完〜




