今までと違う日常
朝起きると、学園寮の天井が見える。
体が重い気がして、動きたくなかった。
重いのは別の部分だけど――。
「フィン⋯⋯」
思わずその名前を出してしまう、けれど彼はここには⋯⋯もちろんいない。
「おはよう、クラリス」
「⋯⋯おはよう、エレノア」
「ねえ、今日のランチのメニューは何かしらね」
エレノアと挨拶を交わす、いつもの日常。
「あ、私は⋯⋯その⋯⋯外で」
正直言うと、あまり学園にいたくない気分だ。
そんな私の表情をじっと見つめたエレノアが――。
「⋯⋯そうね。それなら、ランチは街へ行きましょう。私、人気のお店――」
会話の内容に彼女の気遣いを感じて、申し訳なくなる。
でも、ずっと話しているとフィンの事を思い出さないので有り難くもあるのよ。
「じゃあ、私は予約取ってくるわね!」
「うん⋯⋯え?」
「先に朝食に行っててね!」
エレノアは、淑女らしからぬ素早い動きで、そのまま部屋を飛び出していく。
まずい、まったく聞いてなかったわ!
「はあー⋯⋯」
横からぬうっとカイン様が現れた。
「クラリス。お前、エレノアに気を遣わせるなよ」
「⋯⋯すみません。エレノアに悪いって、思ってはいるんですけど」
情けなくて、カイン様の顔も見れずに下を向くしかない。
俯いた私の視界には、年季の入った床と⋯⋯男物の靴?
「クラリス、顔上げろ」
頬を両手で挟まれて、ぐいーっと上を向かされた。
「ひゃ!?」
「いいか。お前は俺の主に伴侶として選ばれたんだ⋯⋯フィニアス様に、大事にされているはずなんだ!」
「⋯⋯れも⋯⋯」
この部屋で、私を突き放したフィンの冷たい眼差しを思い出して体が震えてしまう。
「っ!」
カイン様は、ひとつ小さく息を吐き両手の力を緩めた。
「大丈夫だ。エレノアも⋯⋯俺も手伝ってやる。だから、いつもみたいに能天気にへらへらしてろ!」
そう言ったカイン様は私の顔から手を離した。
顔を背け、そのまま窓へと歩き出す。
「エレノアに迷惑をかけるな。早くいつもの調子を戻せ⋯⋯」
そして、片足を窓枠にかけて外へと飛び出した。
「カイン様!」
慌ててかけ寄ると、下でうまくバランスをとって着地したらしいカイン様が大きな声で言った。
「もうすぐお前の部屋に客が来る。エレノアのために話は手短にすませろよ、じゃあな」
影に溶けるように、カイン様の姿が見えなくなった。
「客?」
内心首を傾げる。
私を訪問する人なんて誰も――。
コンコンコン!
部屋のドアが、強めにリズムよく叩かれた。
そして、私が開く前にガチャリと音がした。
「なによ。いるんじゃない、あんた」
「マリー⋯⋯お義姉様?なぜここに」
「はぁ。理由はあまり言いたくないけど⋯⋯あんたの手助けを頼まれたのよ」
◇◇◇
「え?」
首を傾げた。
すると、頼まれたとしか言わないマリーお義姉様は、足でダンっ!と床を鳴らした。
「頼まれたのよ!アレクサンドラ様に!」
「アレクサンドラ様に、ですか?」
アレクサンドラ様とお義姉様は、そんなに接点はないように見えたけれど。
「何よ、その目は!嘘じゃないわよ!」
腕を組み目を尖らせるマリーお義姉様。
この人、意地悪は言うけれども⋯⋯嘘は聞いたことないのよね。
「⋯⋯とりあえず、話は聞きます」
「よく聞きなさい。あんたを助けるのは、私の将来のためよ」
マリーお義姉様は、鼻をふんと鳴らして「理由があるに決まっているじゃない」と、腕を組み直した。
なぜ私を助けるのが、将来のためになるのだろうか?
首を傾げると、マリーお義姉様はイライラした様子で続けた。
「察しの悪い子ね!⋯⋯あんたを助けたら、アレクサンドラ様に婚約者を見繕って貰えるのよ」
「悪い!?」と言いながら、お義姉様は頬を染めた。
そうか。次期王妃に、婚約者を見つけてもらえるなんて将来安泰に決まっているわね。
「なるほど、マリーお義姉様の理由は分かりましたけど。それで――」
「本当に察しが悪いわ!あんたが王族と結婚しないと、私に箔が付かないじゃない!」
私を睨みつけるように言い放った。
ようは、アレクサンドラ様にいい家柄の婚約者を見繕ってもらう。自分の価値が落ちるから、私のことをどうにかしてやる⋯⋯て事、かしら?
「でも、マリーお義姉様⋯⋯」
「じめじめと鬱陶しいわね。従姉妹のあんたの事なんてどうでもいいけど、今は一応姉妹だからよ」
その言葉に驚いて、マリーお義姉様の顔を見つめた。
「え、従姉妹⋯⋯?」
「は⋯⋯あんた、知らなかったの?⋯⋯あ!」
マリーお義姉様は、一瞬口を押さえたあと慌てて手を下ろした。
従姉妹?どういうこと⋯⋯父親が同じではなかったの?
「⋯⋯私とお兄様の父親が亡くなって、あんたの父親に家督が譲られたのよ」
え、じゃあお母様は⋯⋯?
「本当ですか!?」
思わずマリーお義姉様に詰め寄った。
「本当よ!近い!離れてっ」
「嘘でしょう!!」
「そんなの叫びたいのはこちらだわ!なんで当事者のあんたが知らないのよ!」
お母様は、愛人ではなくて。
私は、お父様とお母様の、ちゃんと⋯⋯娘だったのね。
◇◇◇
「マリーお義姉様っ、本当ですか?!」
私は、信じられなくてマリーお義姉様の肩を掴んでがくがく揺らした。
ご令嬢のか細い肩には痛かったらしく、ベッドに向かって風魔法で飛ばされてしまった。
「はぁ⋯⋯落ち着いたかしら?」
「吹っ飛ば⋯⋯飛ばすなんてひどいです!」
「あんたの方が酷いわよ!乙女の柔肌に爪立てるんじゃないわ!」
二人でふーふーと言い合って、ふと気づいた。
「そう言えば、私を助けるって何をですか?」
「⋯⋯あんたねえ」
マリーお義姉様に、また呆れた目で見られたのだった。




