表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エデン近似値 ー俺に一目惚れした兵器の少女が、壊れるまで愛してくるー  作者: 小達出みかん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/13

軽い機体、重い殺意

 尻の下に、粗末なエンジンの震えを感じる。高度数十メートルの空中で、今にも止まりそうな、まるで断末魔のような音を立てている。


(もしここでエンジンが死んだら……俺は真っ逆さまだな)


 そう思って、アキルはおもわず舌打ちした。今、そうなっては困る。

アキルが初めてこの機体の操縦桿を握ったのは、13の時だった。兄貴は言っていた。「地上はクソだけど、空を飛んでいる時は関係ない」と。しかし兄貴は、敵に撃墜されて空で死んだ。


 そして今日、自分も同じ運命をたどる事となる。致死量の紫外線を含む、灼けるような太陽光線を防護服越しに感じながら、アキルは機体を上昇させた。目的地は、禁止区域の境界の先だ。命の保証がない場所。そう考えて、アキルはひとり笑った。


(いや、この境界内だってそんなもんはないけど)


 眼下に広がる景色は、草一つない荒廃した大地だった。空からは殺人的な太陽光が降り注ぎ、乾いた大地をさらに痛めつけている。ちっぽけなグライダーで飛ぶアキルにも、その光は容赦なく突き刺さる。が、その瞬間飛行機が大きな影の中に入った。


(「浮島」…この光景も、今日で見納めか)


 浮島はその名の通り、高度1000メートルの空中に浮いている島だった。まだ地上に人が暮らしていたころから、同じ場所にずっと浮いているという。最初は都市部の金持ち達が住むために作られたらしいが、長い時間がたった今、廃墟と化していた。


(誰も住めるはずないよな。地上より太陽に近いんだから)


 異常気象に環境汚染、そして度重なる紛争で人間は地上で暮らせなくなり、地下に潜って生活していた。地上に出て仕事をするのは、アキルのような「それでしか食っていけない」人間だけ。ただでさえ飛行は死と隣り合わせなのだ。太陽光に近いこの浮島にも、禁止区域にも好きこのんで近づく奴は誰もいなかった。


(ああ、クソみたいな人生だったな)


 グライダーが浮島の巨大な影から出た。暑苦しいこげ茶の防護服の中で汗を滴らせながら、アキルはぐいっと境界へと操縦桿を切った。今朝、この「モグラ部隊」にボスのラムダが命じたのは、「境界外のスクラップの回収」だった。


「そろそろ鉄が足りねぇ。いいか、お前らの役目は偵察だ。ジャンクマウンテン付近の空を見張って敵が現れないか確認しろ。俺らはギリギリまで地上で鉄拾いをする。」


 この中で一体何人が生き残れるだろう。アキルはそう思ったが、並んでいる誰一人文句は言わなかった。モグラ…モーターグライダーに乗るのはみなアキルと同じような小柄な少年だけだからだ。

鉄を切り詰めて作られているグライダーの積み荷は、軽ければ軽いほどいい。乗り手のその体重と同じくらい、彼らの命も軽いものだった。


「何だ、お前ら不満そうだな?文句でもあんのか」


 皮肉に笑ったその口から、金めっきの差し歯が光ってアキルの目を射た。その目もぎょろりとアキルの上で止まる。兄のイーサも弟のアキルも、ラムダの悪い意味での「お気に入り」だった。


「そうだなアキル、お前が先頭になっていけ。一番操縦がうめぇからな」

「…了解」

「そう辛気臭ェ顔すんなよ。毎回毎回やつらが来るって決まってるわけじゃねえ。お前の兄貴ん時みてぇにな」


 答えないアキルに、ラムダはヒュンと鉄杖の切っ先を向けた。アキルは仕方なくうなずいた。


「…はい」

「なんだもっと元気よく!」

「はい!」


 目をそらそうとするアキルを、ラムダは楽しそうに覗き込んだ。


「いいかぁ、機体は無駄にするなよ。お前のかわりはいても、機体は貴重だからな?」

「はい」

「でもな、お前の生意気なツラ見られなくなんのはそれなりに寂しいぜぇ。殴ると綺麗に俺の手形が付く背中もなぁ?ま、今日も頑張ってくれ!兄貴みてぇにな」


 彼の目は、残虐な好奇心に光っていた。ラムダはアキルの反応を楽しんでいた。隣の仲間たちも、後ろに控える技術屋のミックも、心配そうにそのやり取りを見ている。一触即発の空気だ。

 

 いつかこいつを殺してやりたい。アキルはそう思った。このモグラ隊で、そう思った事のない奴はいないだろう。しかしそれは無理な相談だ。この荒野の地下街の物流を一手に占めるラムダに逆らえる者などいない。彼に頼らねば、食料も、水も、何もかも手に入らないのだから。喉元にせりあがる怒りをぐっと飲み下してその時アキルは返事をしたのだった。


「…はい」


 境界は、目の前だ。アキルは操縦席からじっと前方を見据えた。不器用に立てられた木の杭の先に、鉄クズが無数に散らばっている。それはアキルたちの乗るモーターグライダーの破片と、「敵」の機体の慣れの果て。

 先頭を飛行するアキルはまっさきに境界の杭の上を通り越し、はるか遠くの上空を偵察した。

荒野の住人が地下で暮らすようになってから、いつからか敵がやってくるようになった。アキルのいる地下街(ベースメント)で一番の老人でも、敵と意思の疎通を図ったことは記憶の限りないという。ただ境界を出れば、襲ってくる。大した物資もなく長時間地上にも出れない荒野の住人は、戦っても歯が立たない。相手の素性も目的もわからない―…。


「わからんがの、そんなのいつものことじゃ。どうせまた他の国のやつらがやってきて、原油やら聖地やらめぐって争っとるんじゃよ。わしらは首をひっこめて兵士が去るのを待つか、さもなくば逃げ出すかのどっちかじゃ。」


 この辺境の荒野は、ずっとそんな争いの火花を浴びてきた、乾いた不毛の大地だった。常にどこかで紛争が繰り返され、平和だったことなどない。上に立つ人々が、次々に変わりながら血みどろの争いに明け暮れている。近くの村や町で暮らす人々は蹂躙され、逃げ惑うのが常だったそうだ。しかしある時、年々強くなっていく太陽光により地上で暮らせなくなり、荒野の人々は地下へひきこもって外部とのかかわりを断たざるをえなくなった。そしていつだったか、人々が防護服を纏い外へ出た時――やつらが襲ってきたらしい。地下街から遠く離れるほど、その遭遇率は高くなる。荒野の住人は便宜的に杭を立て、それを遠出の目印としていた。


(今日は来るか?やつら―スズメバチは)


 アキルは旋回しながらちらりと下の状況を確認した。ラムダの部下たちが手作業でスクラップをジープに積んでいる。できるだけたくさん積んでほしい―…そう思いながらアキが地平線に視線を戻すと、黒い点がいくつか浮いているのが見えた。


(奴らだ!)


 アキルは考える前に手を動かして、信号弾を放った。赤い光が上空に炸裂し、下のジープも、他の飛行機も一目散に回れ右をした。しかしアキルは、その場から去れなかった。黒光りする不吉な機体が、刻一刻と近づいてくる。


(お前ら一体、何者なんだ!)


 数年前、同じように鉄を取りに来た時に、イーサはあいつらに撃たれて死んだ。イーサの身体は空中で飛行機と共に砕け、骨一本アキルのもとへは帰ってこなかった。しかし皆、諦め顔だった。


(なんで兄貴が…あんたらに殺されなきゃなんないんだ!)


 相手の正体も、なぜ攻撃してくるのかもわからない。諦めきってそれを知ろうともしない荒野の人々にも、相手そのものにも、アキルは激しい怒りを感じていた。


(兄貴を…兄貴を返せ!)


 アキルはグライダーを上昇させ、敵の上空へと一気に出た。機関銃も積んでいない、このちっぽけなグライダーで相手を攻撃することなど不可能だ。だだ一つできる事があるとすれば。アキルは沸騰したように熱い頭のまま、黒い戦闘機に向かって上から急降下した。


(このグライダーごと、突っ込んでやる!)


 自分の命など、どうでもよかった。ただ目の前の敵に、一矢報いてやりたい。矢のようなその思いに、アキルはただ身を任せて操縦桿を握りしめた。


(死ね…!)


 黒いスズメバチのようなその機体が、スローモーションのように迫ってくる。次の瞬間、アキルの身体は衝撃と共にそいつにぶつかる…はずだった。


「っ…!」


 しかし突っ込む寸前に、目の前で熱い炎がさく裂した。爆発の熱がアキルのグライダーを焦がす。それと同時にスズメバチが、黒煙を上げて落下していく。


(なんだ!?)


 あまりに予想外の事にしばし茫然としたアキルだったが、その正面に突如、轟音と共に信じがたいものが現れた。


 角の生えた、大きな頭。その頭についた紅い目の視線が、ぴかっと光ってグライダーへと注がれている。炎の燃えるような熱い音と共に、それは空中に浮いていた。装甲で固められた白く輝く機体は、肩に腕、胴体、そして足のようなものがある。


――青空をバックに、鋼鉄の巨人がアキルを見下ろしていた。


が、それは一瞬のことだった。巨人は瞬く間に空を翔け、次々とスズメバチたちを撃ち落としていった。白く輝くその姿は、まるで天上に颯爽と現れた狩神のようだった。


(な…なんなんだ、こいつ?!)


 目の前の光景が信じられず、アキルは何もかも忘れてそれに見入った。その時。


「わっ…!」


 衝撃と共に、ぐらっとアキルのグライダーが傾いた。グライダーの後部から細い黒煙が上がっている。


(まずい、流れ弾にやられた!)


 次の瞬間、均衡を失った機体は真っ逆さまになった。なけなしの安全ベルトがちぎれて、アキルの身体は空中に浮いていた。ヒュウと耳元で、空気の切れるような音がする。空気圧にゴーグルがはじけ飛び、アキルの顔が外気にさらされた。


(ああ、俺落ちてんだ)


 もちろん、パラシュートなどない。アキルの命よりも、パラシュートの方が高いからだ。軽い布もワイヤーも、この荒野では高級品だ。


(悪いなミック、機体もダメにしちまった。ラムダは怒り狂うだろうな…だけどもう関係ねぇか)


 俺もここまでだ、兄貴。アキルは落ちながら目を閉じた。




 

「あ…あの、あのっ…大丈夫、ですかぁ?」


 緊張感とは無縁の、ふにゃふにゃの声が上から降ってきた。アキルは汗でじっとり濡れる瞼を開いた。目の前でこちらを覗き込んでいたのは、ヘルメットもなしに素顔を晒した少女だった。


「あ…あんた…?」

「しゃべったぁ…!」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ