第28話 沈黙の狭間と、再会の導火
洞窟の護衛クエストを終え、学者たちがいったん町へ戻ってから数日が過ぎた。古代祭壇跡からは“時空”にまつわる断片的な手掛かりが見つかったものの、闇術者――あの黒服の男――がそれを狙って襲来することはなかった。王都や神殿領も、いまは大きく動いていない。
表向きは静謐な日常が戻ったかに見えるが、レオンの胸には不安が色濃く残っている。いずれ“時空”の秘密がさらなる衝突を生むなら、今は嵐の前の休息に過ぎない。その予感を拭えず、短いクエストで腕慣らしをしながら、仲間たちと警戒を続ける日々が続いていた。
◇
ある朝、ギルドのロビーでマリス、グラウト、女剣士、斥候と揃って、いつものように依頼票を眺めていると、受付から呼びかけがあった。若い職員が「レオンさん、外にお客さまが……」と小声で伝えてくる。
客とは、王都からの使者であり、かつて「赤獅子隊」の一員と名乗った騎士──以前、森で少しだけ顔を合わせた人物らしい。グラウトが「まさか、また大きな作戦が?」と顔をこわばらせ、マリスも口元に緊張を宿した。
「とにかく会いに行こう。王都が本気で動くなら、闇術者絡みの指令かもしれない」
レオンは息をのみながら、仲間とともにギルドの玄関へ急いだ。
◇
そこには、燃えるような赤いマントをまとった騎士が立っていた。森での奇襲時に、闇術者を追い詰めようとして突如姿を現したあの“謎の騎士”だ。馬を引き、抜き身の槍を背負っている姿は華やかというより峻烈な気迫を放っている。
騎士はレオンの姿を認めると軽く会釈し、「久しぶりだな。あの夜は助力できずにすまなかった。俺はオルト――王都直属の遊撃隊《赤獅子隊》の副官だ。ここ数日は、君との接触を試みていた」と低く名乗りを上げた。
レオンは戸惑いを隠せぬまま、「会議の場などで名前を呼んでくれればよかったのに……」とやや苦笑するが、オルトは「任務上、素性を明かせなかった。だが、いまは指揮官からの命で君に正式な伝言を持ってきている」と真顔で告げる。
「伝言……闇術者絡みか?」
「そうだ。詳細はここでは話せない。そちらに同行できる場所があるなら、改めて説明したい」
周囲の冒険者が耳をそばだてている。レオンは仲間と視線を合わせ、「じゃあ、少し離れた裏通りの食堂に行こう。個室があるから」と提案し、一行はさっそく場所を移すことにした。
◇
食堂の個室は陽が差し込まず薄暗いが、人目を避けるにはうってつけ。テーブルを囲んだレオンのパーティ、そして赤獅子隊のオルトが腰を下ろし、互いに表情を引き締める。
オルトが一息つき、「まず、王都が把握している新情報を伝えたい」と切り出す。曰く、
・黒服の男を含む闇術者の動きが、最近になって中断しているように見える。ただし、水面下で何か大規模な企みを進めている可能性が高い。
・王都騎士団や勇者パーティも調査を続行しているが、大きな戦果は出ておらず、魔王軍との確かな繋がりも見出せていない。
・王都としては、「時空の魔法」らしき痕跡が見つかった洞窟祭壇に引き続き注目しており、研究者がさらに増派される計画が進行中。
「つまり、闇術者が姿を消したように見えるが、むしろ“時空の力”を獲得する好機を狙っている可能性があるわけだな」
グラウトが難しい顔で要約すると、オルトは「そういうことだ。王都も神殿騎士団も、いずれ洞窟の下層部へ進みたいが、大掛かりな許可と人員が必要。そこで今のうちに君たちへ協力を要請したい」と視線をレオンに向ける。
マリスや斥候たちが身を乗り出し、「具体的には?」と問うと、オルトは小さく息を吐いた。
「簡単に言えば、“洞窟の再護衛”と“周辺の定期巡回”を継続してくれないか、という話だ。いずれ本隊が来るまでの空白期間、闇術者が奇襲をかける可能性があるからな。もちろん報酬は上乗せする。必要に応じて、赤獅子隊も数名を派遣して連携を取る予定だ」
◇
「なるほど……。実際、学者たちも洞窟奥の祭壇をもっと調べたいと言ってましたしね。闇術者が狙うなら、今が一番危ないかも」
レオンは深く頷く。確かに前回の護衛は数日で一旦終わったが、学者たちから“さらなる調査”の声が高まっており、レオンたちが再び呼ばれる流れは予想していた。
マリスやグラウト、女剣士、斥候も視線を交わし、「いいんじゃないか? どうせ暇な小クエストを回すより、闇術者の動きを警戒できるし」と意見がまとまる。オルトがそれを確認し、満足そうに口を開いた。
「助かる。王都の隊が大人数で張り込むと目立つし、闇術者が警戒して潜伏する恐れがある。君たちのようにフットワークが軽い冒険者が根を張ってくれると助かるんだ。もし奴が動けば、すぐに我々へ報告を……」
そう言ってオルトは紙束を取り出し、追加報酬の概要や巡回ルートの提案を示す。レオンのパーティは驚くほど好待遇な条件に一瞬目を丸くするが、それだけ王都が“時空関連の遺跡”を重視している証拠だろう。
◇
こうして、レオンたちは再び洞窟の祭壇とその周辺を拠点に、長期的な護衛と巡回をする役目を引き受ける形になった。オルトも「赤獅子隊から数名を送るから、適宜情報交換をしよう」と言い残して町を去る。
仲間がテーブルを囲んで「これで、また慌ただしくなるね」と苦笑しながら書類を確認し、レオンは「黒服の男が現れるにせよ、来ないにせよ、いずれ遺跡の下層がカギになる……。このまま逃げ回られても厄介だし、備えるしかない」と意を固める。
◇
翌日、洞窟に向かう準備をするうち、ギルドの支部長が「ちょうどいい、神殿領からも一人学者が来る予定だが同行してくれないか?」と申し出る。どうやら神殿領も遺跡に関心を深めており、追加の人材を送ろうとしているらしい。
マリスは「また学者? この前も来てたミリアさんとは別の人かな?」と首をひねる。支部長曰く、今回は「聖語の専門家」であり、祭壇に刻まれた神聖文字を調べたいらしい。レオンは快諾し、護衛範囲が少し膨らむが大丈夫かと仲間と確認し合う。
◇
ところが、ギルドにやって来たのは意外な人物だった。神殿騎士団の副官として一度顔を合わせたことがある、“少し古風な口調”を使う青年で、名をセルビスという。学者かと思いきや、実際には「神殿騎士にして聖語学も修めた異色の人材」らしく、イザベルの推薦で派遣されたのだという。
セルビスは穏やかな笑みを浮かべ、「イザベル副団長から連絡を受け、私が代わりに詳しい文字解析を行います。どうぞよろしく」と頭を下げる。マリスが「騎士で学者なんですか?」と驚くと、セルビスは「騎士の合間に聖書や古文書を読み漁っていたら、こうなってしまいまして……」と苦笑した。
「頼もしいわね。闇術者に襲われても、戦闘要員になってくれるし、聖語の知識もあるなんて」
女剣士が感心し、レオンも「よろしくお願いします」と握手を交わす。どうやら洞窟の祭壇には、聖なる文字と時空を示す古代文字が混在している可能性があるため、セルビスが専門家として派遣されたのだ。
こうして、またしても“王都派”と“神殿領派”の両研究が絡み合う形になり、レオンのパーティはさらに長期の護衛を担う。闇術者の出現は依然読みきれないが、赤獅子隊と神殿騎士団が連携して大掛かりにフォローするらしい。
◇
「これで当面の体制は整ったかな。闇術者が動いたら即応できるし、洞窟で学者を守りながら合図を送れば、王都も神殿もすぐ駆けつけてくれるはず」
斥候がそう言うと、グラウトも「今度こそあの男も簡単には邪魔できないだろう」とうなずく。レオンは腕の紋章を確かめつつ、「また毎日洞窟暮らしだけど、やるしかない」と微笑んだ。
これで物語が大きく進むかどうかは分からないが、確実に次の一手が動き始めている。闇術者が呆然と見過ごすはずがないし、もし魔王軍と直接繋がっているなら、なおさら“時空の術式”を奪う好機を狙うに違いない。
◇
夜、レオンが宿で横になりながら目を閉じると、ふいに紋章が脈打った。夢の中で、幾重にも渦巻く光景が映る――崩れた祭壇、下層へ続く深い穴、そこにうごめく黒い闇の塊。そして、銀の鎧をまとった騎士が光を放ち、何かと戦う姿。まるで“未来”を暗示するかのようなイメージが頭を支配する。
うなされるように目覚めたあと、レオンは額に汗をにじませながら立ち上がる。深夜の静寂に宿が沈むなか、「あれは単なる悪夢なのか、それとも……」と独りごちる。時空を介して“守護騎士”が断片的に未来の映像を共有しているなら、この先さらに大きな混沌が洞窟の地下で起こるのかもしれない。
「恐れる必要はない。俺は仲間と騎士を信じて、この道を進むだけだ。もし黒服の男がまた来るなら……次こそ決着をつける」
そう自分に言い聞かせ、ベッドに戻って布団を被る。洞窟の祭壇や下層への探究が再び本格化する今、嵐のような運命が近づいている感覚をレオンは拭えなかった。
――まもなく、王都と神殿の双方向から学者や騎士が入り混じり、新たな発掘と護衛が繰り返される。そのなかでレオンの“時空のチカラ”がどのように発揮されるのか、黒服の闇術者がどの瞬間に動き出すのか、まだ誰も結末を知らない。ただ、事態が最終局面へ進む道はもう、遠くないだろう。
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