お人好しな女魔王
その時現れた成獣のフェンリルが、あの子どものフェンリルの母親だったのかは分からない。
だが本来、魔獣は召喚されたり、魔術でコントロールされていない限り、野生として生きている。
つまり魔族の私が子どものフェンリルを抱いていることに、成獣のフェンリルは苛立った。
攻撃してくるだろうことは、一目瞭然。
「シリル、逃げろ」
「で、でも」
シリルは震えながらも、腰に帯びている剣を抜こうとしていた。
とても少年のシリルが、どうこうできるサイズの魔獣ではない。
その大きさは、ゆうに馬の大きさを超えている。
あと一回り大きかったら、この森から頭がひょっこり飛び出しているのでは?というサイズだった。
今、この成獣のフェンリルの関心は、私が抱き上げている子どものフェンリルに向いている。
シリルのことは、眼中にない。
だがもし、攻撃をシリルが少しでも加えれば。
瞬殺される。シリルが。
「シリル、私は大丈夫だ、逃げるんだ」
「で、できない」
「何!?」
「丸腰の女性を放置して逃げるなんて、騎士としてできない!」
そうか。まだ少年に見えたが、これでも騎士なのか。
いや、きっと騎士になったばかりだろう。
これからなのだ。シリルは。
例え私を倒すための勇者を目指しているとしても。
この真面目で誠実なシリルを、ここで終わりにしてはいけないと思えた。
私は……お人好しな女魔王だった。
「シリル。安心しろ。私には魔力がある。いざとなればなんとでもなる」
「えええっ」
シリルの驚いた顔は、まだあどけない。
思わず口角を緩めながら、胸元から魔獣除けのペンダントを取り出し、前へとかざす。
こちらへゆっくり歩み寄って来ていた成獣フェンリルの動きが止まる。
同時に、胸の中で抱いていたフェンリルの子どもは、気絶してしまう。
外気と触れることで、ペンダントに込められている魔獣除けの魔術が起動する。
魔力を抑え、魔術を使えない私のために込められた魔術の一つが、魔獣除けだった。
「私の魔力は膨大だ。使える魔術も、とんでもない強さ。これを使う時、そばにシリルがいると困る。分かるか? 君は私の魔術に巻き込まれ、死んでしまうからだ。そうなると私は、せっかく魔術を使えるのに、それを使うことができない」
シリルの顔がハッとなる。
理解してくれたようだ。
実際、魔術を使ったことがないから、自分の魔力がどれほどのものかは分からない。
いざ使ったら、火花が小さく爆ぜるぐらいで、終わるかもしれなかった。
だがこういう言い方でもしないと、シリルはここで私を守ろうとして、守り切れず、命を落とすと思ったのだ。
「分かったなら、逃げてくれ、シリル。それと私の魔力のことは秘密だ。女の魔族が魔力を持っているなんて、バレると殺されるからな。君を助けた恩人である私を、死なせたくないだろう?」
シリルは頷き、そして駆け出してくれた。
よし。
これならある程度、シリルが逃げる時間を稼げる。
幼い魔獣には効果てきめん。しかしまだ距離はある成獣フェンリルには、この魔獣除けの魔術は、禁忌程度だろう。つまりは近づくことに嫌悪を感じる。だがいざとなれば動く。
シリルが逃げた方向とは逆の方角へ、私はじりじりと後退する。
成獣のフェンリルは最初、目で私の動きを追っていた。
だが、ゆっくりと体の向きを変え、私のことを少しずつ追っている。
よし。
この調子で少しでもシリルが遠くへ逃げられるようにしよう。
この時は本当に、緊張した。
いつフェンリルが突進してくるか、分からないのだから。
「あっ」
石に躓き、尻もちをつきそうになった。
同時に、跳躍した成獣のフェンリルが、私に飛び掛かる姿がスローモーションのように見えた。
大きく開いた口。そこからのぞく鋭い牙。禍々しい赤い口内。
幼いフェンリルごと、丸飲みではないか?
素早く私はペンダントを引きちぎる。
体にみなぎる魔力を感じ、恍惚とした気分になった。
その時、覚えていた魔術の中で、一番強力そうな呪文を唱える。
「エクリプスオール(全燃焼)」
森が焼失した。
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