懸命に生きようとしている
なぜか生き残ってしまったラスボスの私は、何を目的にこれから生きて行けばいいのか。
そこで思い至ったことは、捕虜になった魔族の開放や待遇改善、罪の軽減を働きかける。これが生き残ったラスボスである私の使命ではないのか――と気づいたその時。
お腹の辺りに何かを乗せられ、驚いて上体を起こし、そこに前世でいうアメリカンショートヘアーのような毛並み、かつ長毛種の子猫を見つけた。前世では無類の猫好きだった。これは自然に「可愛い……」と囁き、手を伸ばすことになる。
「王女様。この子は森の中で見つけたのです。母猫とはぐれ、鳥にいじめられていました。まだ名前もつけていません。ぜひ名前をつけてあげていただけませんか?」
音もなく天幕の中に戻って来たレダに驚きつつ、前世ゲーム知識を思い出す。
レダは身軽な体を生かし、まるでくノ一のように諜報活動を行っていた。
今もまさにその賜物だろう。
ひとまず動揺を悟られないようにしながら、おもむろに答える。
「そうなのか。……これはレダの飼い猫か?」
「違います。シリルの飼い猫……ということになっていますが、彼は多忙なので。今のところ私が面倒をみています」
シリル。
黄金のような髪と空色の瞳を持つセインのような体躯の勇者。
動物……猫好きなのか。
意外。
そんなキャラ情報、前世で見た記憶はない。
「ちなみに雄猫です」「なるほど」
「みゃぁ、みゃぁ」
見るからに凶悪そうで、襲い掛かる気満々の魔物たちと違い、この子猫は実に愛らしい。
愛らしいが、この世界は弱肉強食。
油断すれば私のようになってしまう。
強い子に育つよう、名前は……。
「レオンにする」
「いいと思います。ではこれがレオンの餌ですので」
レダに渡された巾着袋に気が付くと、レオンは先ほど以上に鳴いている。私の手に、まだ小さな前足を懸命に伸ばす。食べ物を欲し、懸命に生きようとしている。その姿になんだか胸が熱くなった。
「お水はこちらを。この小皿も使ってください」
「ああ、ありがとう」
「レオンに餌をあげたら、ご自身もどうぞ、夕飯、召し上がってくださいね」
そう言うとレダは、天幕から出て行く。
「みゃー、みゃー、みゃー」
餌をくれと、レオンがさらに大騒ぎしている。
「分かった、分かった、今やるから」
レオンに餌をやりながら、なぜ私がこの子の世話を任されたのか?
そう一瞬思うものの。
旺盛なレオンの食べっぷりを見ていると、細かいことはどうでもよくなる。
何よりも。
こんなにもガツガツ食べる姿を見ていたら、失ったはずの食欲が甦った。
なるほど。
レダはこうなることを目論んだのか。
「よし。私も食べるか」
黒パンをちぎり、シチューに浸した。
◇
食事を終えると、レオンは綺麗に自身の顔を洗い、私の寝ていたベッドの枕元で丸くなった。完全に寝る体勢になっている。一方の私は。さすがにまだ、眠くない。
というか、捕えた私のこと、こんなに放置でいいのか。
天幕の出入口の方へ向かい、外を見る。
がやがやと賑わい、ひと際明るい場所が見えた。なんだか乱雑な楽器の音も聞こえ、どうやらそこで宴が始まっているのだと分かった。
「!」
あの黄金の長身は、勇者シリル!
宴の方に向かうのかと思いきや!
エルフのミルトンと魔法使いのレウェリンを連れ、こっちへ向かって来ている。
どうしよう……。
これまで放置されていたことに、「これでいいのか?」と思っていたのに。
いざ彼らが来ると思うと、ものすごく動揺してしまう。
天幕の中は、ベッドとサイドテーブルぐらいで、テーブルセットもソファセットもなかった。
こうなるとベッドで座って迎え撃つしかない。
違う、別に喧嘩するわけではないのだ。
そんなことを思っていると、シリルがミルトンとレウェリンを連れ、天幕の中へ入って来た。
「おっ、ちゃんと食事をしたようだな。お嬢さん。さっきには急に倒れたようじゃが、具合はどうじゃ?」
白いローブに魔法石のついた杖を手にしたレウェリンに尋ねられ「問題ないです。……ご馳走様でした」と返事をする。するとレウェリンは「結構、結構」と言った後、魔法を唱えた。
すると猫足の三脚の椅子が突然現れ、三人はその椅子に腰かける。
「寝間着姿のオデット王女様に話を聞くのは、申し訳ないですね。あいにくドレスの用意はないのですが、明日の朝には着替えを一式用意します。今はそれで勘弁いただけますか」
ミルトンが大変丁寧に話しかけてくれる。
エルフ王の血筋を引くミルトンは、まさに人智を超えた秀麗さ。
ホワイトブロンドの髪は女子も羨むサラサラロングで、肌も透明感があり、輝いているように見える。ゲームのキャラ説明では、見た目は二十歳、でも実年齢は三百歳を超えていると書かれていた。何より目が奪われるのは、そのエメラルドグリーンの瞳。その瞳と同じ色の狩りの装備で、いつも魔王討伐パーティに参加している。今は白シャツにグリーンのベストに深緑色のズボンと、ラフな装いだ。
「オデット・ルネ・デスローズ。君の名はキル・シャドウゴースにより、初めて知らされた。これまでその存在は明かされていない。これはどいうことだろうか?」
勇者シリルもまた、白シャツにサファイアブルーのベストにチャコールグレーのズボンと、日常着に着替えていた。それでもどこか上品で洗練された雰囲気が漂うのは、彼が王族をその祖先に持つ、由緒正しき公爵家の長男だからだろう。
そんなことはさておき。
困ったな、と思う。
叔父であるキルが私の存在を明かしたようだが、どんなことをこの勇者やエルフ、魔法使いに話したかが分からなかった。これが尋問であるなら、叔父のキルの証言と私の発言の不一致は、よからぬ結果をもたらしそうだ。
ここは慎重に、当たり障りのない回答をするしかない。
「魔王に娘がいる――この情報から、魔王の弱点が沢山あぶり出される。まず、娘がいるなら母親がいるとなるだろう? 魔王が愛した女がいるなら、それは敵からすると、いい人質だ。さらに娘だって人質として有効と考えるだろう。ゆえに娘である私の存在は秘匿された……と思っている」
「なるほど。では君自身、なぜ隠すように育てられたのか、その理由を教えてもらっていないと?」
シリルが空色の瞳で射抜くように私を見つめている。その瞳は美しいだけではなく、力がある。セインは氷のような冷ややかな瞳をしているが、シリルの目は静かなる熱さを秘めているように思えた。
そして実際のところ、女魔王の存在を知っているのは、魔族でも限られていた。今生の魔王は、名ばかりを演じてくれたルーベントだと思っている魔族が九割と言っても過言ではない。敵を欺くにはまず味方から――ということで、公にはしていなかったのだ。
よってシリルの問いには「はい」と答えることになる。
「敵にはおろか、身内である魔族の間でも、知る者ぞ知る存在が、この魔王の娘ということなのじゃろうな。でもまあ、だからこそ使えるのかもしれぬ」
「セイン卿の自害を知った魔族の反応は、二つに割れています。降参する者、自暴自棄になり、破滅的な戦いを続ける者。後者を制するのに、役立つかもしれないですね」
魔法使いのレウェリンとエルフのミルトンは、一体何を話している……?
「その件は、ここで話すことではない」
シリルはそう言った後、話題を変えた。
まずは私自身が知りうる魔王一族の情報を尋ね、そして私の父親ということなっている、最後の魔王の情報を聞き出し、そして――。
「……聞きたいことはあらかた聞くことができた。オデット王女、君から我々に何か聞きたいことは?」
シリルの言葉に「え」と声が漏れてしまう。
現状、私は捕虜という立場のはず。
尋問はされても質問の機会など、与えてもらえないと思っていた。
でもよくよく考えると、レオンが私のベッドで寝ていることも問われないし、なんというかシリルは……寛容な人間なのだろうか。
寛容な人間……。
自分も前世は人間だったのに、こうやって人間を客観視するのは、不思議な感覚だ。
「特にないようなら」
「待って欲しい。質問したいことがある」
「何だろうか」
「捕虜になった魔族はどうなる? 皆殺しか?」
私の問いにシリルの眉がピクリと動いた。