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乙女ゲームのラスボスですが、勇者と結婚することになりました。  作者: 一番星キラリ@9/2やられる前に発売:商業ノベル&漫画化進行中


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負けを認めたなんて……!

 天幕の中にレダが入ってくると、美味しそうな香りが室内に漂う。

 ベッドの横にはサイドテーブルがあり、どうやらそこに夕食を載せたトレイを置いたようだ。


 朝食をとって以降、何も食べていない。

 思わずごくりと生唾を飲み、お腹がぐう~っと鳴ってしまった。


「……王女様、起きていますか?」


 ギクッ。


「野営ですから、王宮で召し上がっていたような、豪華なお食事の提供はできません。黒パン、シカ肉のシチュー、豆のサラダ、アプリコットのコンポート。そんなものしかないですが、作り立てです。温かいうちに食べると、結構いけますよ」


 女騎士のレダは、何よりも食べることが好きなキャラクターだった。

 ゲームのプレイ中、いきなりレダの動きが悪くなったと思ったら、お腹を空かせていることが多い。そんな時は食料をあげて、気力のゲージを上げる必要があったけ。


「実は。シリルにチョコレートをもらったのです。特別に王女様に差し上げますよ」

「本当か! あっ……」


 思わず、上半身を起こしてしまった。

 そしてレダの蜂蜜色の瞳と目が合う。

 その瞬間、レダはニコリと笑顔になる。


「チョコレートはやはり、魔族の皆様にとっても、珍しいものですか?」


「そ、そうだな。そこら辺で原料となるカカオが手に入るわけでもないし、アビサリーヌは他国と交易はしていない。稀に手に入るぐらいだ」


「そうですよね。それは我々も同じです。ただ、エルエニア王国には港があり、海路での交易路を持っていますから。たま~に、チョコレートも手に入ります」


 そう言うとレダは、赤い隊服の上衣からハンカチを取り出す。

 広げるとそこには、丸いチョコレートが一粒乗せられていた。


「どうぞ、王女様」


 レダはハンカチに乗ったチョコレートを差し出す。


「お、お前は食べたのか? 一粒しかないではないか」

「私のことは気にしないでください。今日は、甘い物よりお酒の気分ですから」


 前世ゲームの知識を思い出す。

 女騎士であるレダは、騎士としてレディに優しい。

 違う。

 彼女の気質がそもそも優しいものなのだ。

 それは相手が魔族であっても同じ。


「一粒しかないチョコレートを敵に与えるなんて、お前はお人好しだな」


「王女様はもう敵ではありません」


「え……」


「暗黒の国アビサリーヌは、魔王の死をもって、敗戦国になりました。もう敵国ではないです。魔王の死は、アビサリーヌ全土に知らされました。魔法使いの魔法で。魔族たちは軒並み降参しています。最後まで抵抗を続けた南部の都市、レニアへ侵攻していた魔王の右腕と言われるセインも、ようやく敗戦を認めました」


 これはドキッとして、手に持っていたチョコレートを落としそうになる。

 セインが敗北を認めた……?

 誰よりも誇り高い魔族の騎士であり、団長であるセインが、負けを認めるなんて!

 前世ゲームをプレイしていた時も、セインが負ける姿は見たくないというファンの声が強かった。おかげで女魔王が倒されても、セインは最後まで抵抗し、女魔王の志を引き継いだ――という形で終わっていた。


 それなのに!


 この世界ではセインが負けを認めたなんて……!


 げ、激レアだわ。

 あの高貴な澄ました顔のセインが、敗北を認めた時、どんな顔をしていたのか。

 ある意味、見て見たくなる……。

 私って、ドSなのかしら。


「大丈夫ですか、王女様、顔色が……悪くならず、赤くなっていますが……?」


 それはそうだろう。

 セインが魔族の間で英雄視されていることは、人間たちも知っている。

 ここは顔色が悪くなるはずなのに、私は頬を高揚させているのだから……。


「チョコレート、いただきます」と誤魔化すように、口にいれ、そして尋ねる。


「それで、セインも私のように捕らえられたのか?」


「いえ、自害したと聞いています」


 女魔王の右腕、そして騎士団の団長であり、大変強い魔力を有していたセイン。

 アイスブルーの髪に銀色の瞳で、スラリとした長身。

 とても高貴な雰囲気を漂わせ、美しい顔立ちをしており、いつも冷静沈着だった。

 前世のゲームにおいては、負け知らずで終わったセインは、いわゆる無敗の騎士。


 そのセインが、敗北を認め、しかも自害した……?


「嘘。あのセインが自ら命を絶つなんて、そんなこと、するはずがない!」


「嘘ではありませんよ。魔王が自害したと知り、かつ魔王の娘は捕らえられたと知ると、自ら毒を練成し、それを煽ったと報告されています」


「毒……」


 セインは幼い頃から毒耐性をつけてきたはずだ。ちょっとやそっとの毒では死なないはず。ただ、自身が練成した毒なら……。猛毒だっただろう。女魔王である私に次ぐ、魔力の強さなのだから。


 そうか。


 もう、セインはこの世界にいない……。


 魔術を使い、ワイバーンを召喚し、逃亡することも考えた。

 逃亡したその先にいるのは、セインだった。

 セインの元へ行くことが私の目的。

 でもそのセインがいないなら、もう私、逃亡する意味がある?


 ボタボタと掛け布に落ちた滴を見て、ハッとする。


「……王女様はもしやセインと恋仲だったのですか?」


 遠慮がちにレダに尋ねられ、「えっ!」と反応することになる。

 それは実に難しい質問だ。

 前世の私からすると、セインはあくまで乙女ゲームに登場するイケメンキャラクターだった。

 でもヒロインの攻略対象ではないので、恋愛できるキャラクターとして見ていない。

 ではこの世界の女魔王オデットから見たセインは、どんな存在か?

 記憶をたどるが、どう考えても戦友としか思えない。

 もしくは同志。

 恋愛感情は……。

 そもそも女魔王オデットは、恋愛という感情を持ち合わせているのだろうか?

 ヒロインと攻略対象が進む花道に存在する障害物として排除され、恋など知らずに散っていく存在だった。恋愛とは無縁だったと思う。


 恋愛とは無縁。


 そう思っているのに、なぜか脳裏に一人の少年のシルエットが浮かぶ。

 どこかの森で、幼い頃に出会った少年だ。

 確か子供のフェンリルを見つけ、その少年と可愛がっていたような……。


 サラサラとした髪の感じは……セイン?


 突然、成獣のフェンリルが現れて……。


「恋仲ではなかったようですが、親友だったのでしょうか。いずれであれ、元気を出してください」


 レダの声に我に返る。

 見るとレダは、私にハンカチを差し出してくれていた。


「こういう時、王女様は一人になりたいですか? それとも誰かそばにいた方がいいですか?」


「それは……どういうことだ?」


「ですから友が亡くなった時です」


 あ、なるほど、と思う。

 セインが自害したのだ。

 思う存分一人で泣きたいか、それともそばで支えて欲しいか、ということだろう。


 さっき、ボタボタと涙を落とした。


 でも今、それ以上の涙は出ない。

 なんというのだろう。

 心にぽっかり穴が空いた感じだ。

 悲しみを超越し、喪失の状態。

 なんだか無気力になっている。


 だって。


 シアとペルも。多くの侍女達も。

 名ばかり魔王を演じてくれたルーベントも、沢山の家臣たちも。

 みんな、もうこの世にはいないんだ。

 叔父のキルは、もしかすると生きているかもしれないが……。


「王女様、分かりました」


 何も言っていないのに、レダはそう言うと天幕を出て行ってしまう。

 そしてまた一人になった私は、湯気を立てるシカ肉のシチューを見ても、食欲はわかない。


 枕にぽすっと頭を預け、ベッドで大の字になる。


 セインの自害を知ったら、もう魔族は終わりだ。

 今、どこかで戦闘を続けている魔族がいても、降参するだろう。

 捕虜となった魔族は、どんな扱いを受けるのだろう?


 そうか。


 なぜか生き残ってしまったラスボスの私がすること。

 それは捕虜になった魔族の開放や待遇改善、罪の軽減ではないのか?


「ミャー」「!?」

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