白黒つける
朝食の後、シリルがカイテリア達との戦闘に出る前に、短い時間だが、二人きりで話すことができた。装備を身に着けるシリルを手伝いながらの会話だった。
「シリル、今朝はセインとの話し合いの場に同行できず、申し訳なかった!」
「気にするな。あんな可愛い寝顔をしていたんだ。それを起こしたら罰が当たる」
いきなり甘い言葉を投げかけられ、どうしていいか分からなくなる。
シリルはぽすっと私の頭に手をのせ、それから手に革のグローブをつけた。
「いくらレウェリンが優秀でも、転移できる人数には限りがある。もし目覚めていても、オデットは留守番だった可能性が高い。君を連れてセインの前に行ったら、もしかするとその場で戦闘になっていたかもしれないからな」
「だがさっきの話では、冷静な話し合いができたように思えたが……」
「いろいろ割愛した部分はある。……それより、オデットの意思を確認せず、セインの出した条件を飲んでしまい、申し訳なかった」
セインの出した条件……。つまり「セインが勝利した場合は、私を取り戻す」ということか。
シリルは短剣などを次々と身に着けて行く。
「自分は絶対に負けるつもりはない。ようやく手に入れたオデットを離すつもりはないからな」
そういうとシリルが私の腕を掴み、ふわりと優しく抱き寄せる。
そこがもう定位置となったかのように、シリルの胸の中はとても落ち着く。
私は……ここがいい。
ずっとここにいたい。その気持ちが高まり、自然とこんな言葉を口にしていた。
「セインが私を取り戻しても、私はシリルのところへ戻る。セインの我が儘には付き合いきれない」
「セインが聞いたら……泣いてしまいそうだな」
そう言われると少しセインが可哀そうになる。
私の表情が曇ったのを見て、シリルが顎をクイッと持ち上げた。
「例えセインが泣いても、ダメだぞ、オデット」
「何がダメなのか?」と問おうとしたら、唇を塞がれている。
でもそれはほんの一瞬で、私は何だか物足りない……なんてことを考えているんだ、私は!
慌てて今の考えを打ち消すようにして、シリルに尋ねる。
「決闘の場には私も連れて行ってもらえるのだな?」
助太刀不要となっているため、シリルは決闘の場に連れて行くメンバーにしか、決闘場所と日時を明かさないと、朝食の席で宣言していた。よって朝食の席では、決闘の具体的な場所や日時に言及していなかった。
「勿論。この城塞都市を出ると、コロン原生林というエリアが存在している。ここが決闘の地で、今日の午後だ。午前中でレッドドラゴンは、すべて討伐してしまう。カイテリアは驚き、午後の攻撃は控えるはずだ。その時間を使い、セインとの決闘に挑むつもりだ」
決闘の場にはレウェリン、私、私の護衛でキルを連れて行くという。
ミルトン、レダ、マーシャルソンは、万が一に備えての留守番だった。
「午前中にレッドドラゴンを全滅させ、それで午後にセインと決闘なんて……。疲労がたまってしまうのでは!?」
「レウェリンの回復魔法もあるし、昼食の後は少し体を休める。それにセインがそこにいると分かっているのに、長時間放置はできない。とっと白黒つけた方がいい」
それは確かにそうだ。
今、セインはヴィレンドレーの中枢部にいる。
そして裏門には、カイテリアの率いる軍がいた。
報告によると、統率のとれていない魔族たちは逃走か殲滅で、もうその数は半分ほどまでに減っている。偵察部隊の報告では、レッドドラゴンにうっかり近づき過ぎ、犬死している魔族も多数いたという。それでも魔獣もいるわけだ。
つまりシリル達は挟み撃ちにされているような状況。背後にいるセインは気にかかる。ならば決闘で排除できるのであれば、とっと取り去りたい……という気持ちはよく理解できた。
「それにコロン原生林は魔法を使わずに移動すれば、相応の距離がある。セインは風の魔術を使えるとしても、そろそろ出発する必要があるくらいだ。だが自分はレウェリンの転移魔法で、簡単に到達できる。セインとの疲労の度合いは同じようなものになるはずだ」
「そうか。……セインは昨晩も一日掛かりで移動している。疲労の蓄積は相当だろう。ならば大丈夫か」
するとシリルが再び私のことを、ぎゅっと抱きしめる。
「それに勝利の女神は、自分の腕の中にいる」
そこでシリルの顔が近づく。
胸がキュンと反応し、その上衣を手でギュッとつかみ、期待に震えると。
「シリル総司令官、出撃の準備が整いました」
「分かった、今、向かう」
キルが転移すると、水に落ちるように。
私はなぜだかシリルとキスをしようとすると、いつも邪魔が入る……。
◇
レッドドラゴンは、午前中で全滅させる。
シリルは有言実行で、それをやってのけた。
昨日、シリルとレダがレッドドラゴンと戦闘する様子を見ていたが、それはかなり離れた距離だった。でも今日は違う。シリルの天幕の布をあげ、視界を良好にした。そこへ椅子を並べ、私、キル、そしてマーシャルソンで着席。戦闘の様子を見る形になったのだが……。
今日のシリルは、見惚れてしまう。
まず、剣はレダに任せ、シリルは魔法で強化された特殊な槍を使い、徹底的にレッドドラゴンの翼を狙った。槍が貫通した翼は、そこを起点に硬化し、無理に羽ばたかせた瞬間、砕け散る。落下したレッドドラゴンを、どうやら地上にいるレダとミルトンで、とどめを刺していた。
地上でとどめをさしている間。
レウェリンの魔法で、空を階段を上るようにして自在に動き回ることができるシリルは、次のレッドドラゴンを狙う。槍は貫通後、ちゃんとシリルの手元に戻っていた。これもそういう魔法がかけられているのだろう。
レッドドラゴンと言えば、炎を吐き散らす。だがシリルはドラゴンが炎を吐くことを察知すると、背後に回り、その喉に槍を貫通させているのだ。まさに喉が電信柱のようになったドラゴンは、炎を吐くことができず、もがき苦しみ、戦線離脱。そこをレダとミルトンが仕留める。
これで半分ほどのレッドドラゴンを減らすと、カイテリアは今日はこれで終わりだと思っただろう。だが、終わることはない!
今度はミルトンが矢を放ち、レッドドラゴンの飛行能力を奪う。
さすがエルフ。
翼に刺さった矢はまるで船の錨のように変化する。地上へとぐいぐい引っ張られ、レッドドラゴンは落下を余儀なくされた。そこへシリルが大剣をふりおろす。
「今さらだが、シリル相手に戦をしていたのが、バカバカしくなるなぁ」
黒緑色のスーツを着たキルが、隣でしみじみそう言うが、同感だった。
「あれで魔力もない、魔術も使えない、ただの人間なんだぞ? 魔法使いのサポートを受けているとしても、並みの身体能力ではないな、あれは。しかもあれだけのレッドドラゴンを相手にできるスタミナ。……すごいな」
そう言ってなぜかキルが、私をジッと見る。
「な、なんだ叔父上」
「いや、シリルの相手はオデットで良かったなと。あの若さとスタミナは、並みの人間では無理だろう……」
「?」
キルの含みのある言い方に、何が言いたいのかと問おうとした時。
「すごいですよ! 全滅です。空からレッドドラゴンがすべて消えました!」
あずき色のローブを着ているマーシャルソンが叫ぶのと同時に、目の前にいる騎士や兵士の様子も騒がしくなる。
どうやら地上では、レッドドラゴンの消失に魔族たちがパニックになり、逃げだすものもいれば、自棄になって進軍してくる者もいるようだ。彼らを迎え撃つべく、歩兵、弓兵、騎馬兵が前線へと向かっている。地上兵はブラウン指揮官とハビエット指揮官がきっちり指示を出し、ちゃんと連携して動いていた。
「セインとの決闘と同時に、カイテリアを担いだ魔族たちも、終わるんじゃないか」
その可能性は、無きにしも非ず。
あの青二才のカイテリアが、自慢のレッドドラゴンを全滅させられ、自暴自棄になるか、怖気づいて撤退するか。今、行われている地上戦で、どれだけ魔族が減るかで、その答えは見えそうだが……。
ひとまずそこで、転移の魔法陣の輝きが見え、シリル達が帰還した。
「シリル!」
椅子から立ち上がり、駆け寄ると、シリルは担いでいた大剣をザクリと地面に刺した。
美しい黄金の髪は、まだレウェリンの回復魔法の前なので、乱れたままだ。
顔には土埃もつき、それは軍服やマントも同じ。
よく見ると、マントの一部が焼け焦げている。
「オデット!」
とても疲れているだろうに、なんて美しい笑顔になれるのだろう、シリルは!
嬉しくて抱きつこうとすると、「オデット、待って欲しい。せっかくの服が汚れてしまう」とシリルがストップをかける。「ドラゴンの血もついている。それに自分も汗だくだ」と肩をすくめるが。
「構わない! たまには男らしくていいではないか!」
そう言ってまさにシリルに抱きついた瞬間。
レウェリンの回復魔法がかけられたようだ。
シリルからは石鹸のいい香りがして、黄金の髪は艶々に、軍服の汚れはなくなり、マントも元通りになっている。
「ワイルドなシリルも感じて見たかった」
「うん……それは今晩のお楽しみか?」
耳元でそんなことを囁かれた私は瞬殺され、腰砕けになってしまう。
シリルはそんな私を、ぎゅっと抱きしめる。























































