止めるのは難しい
予想通り、布で仕切られたもう一つの部屋は寝室だ。
かなり大きめのちゃんとした天蓋付きのベッドが用意されている。
レッドドラゴンを相手にするような戦いをしているのだから、しっかり体を休める必要があるのだろう。
チラッと部屋の様子を確認した後は、シリルがマントを外すのを手伝い、軍服の上衣を預かった。
用意されている木製のラックにマントをかけ、ハンガーに上衣をかける。ブラシで汚れを落とそうとしたが、さっきレウェリンが魔法を使っていたから、新品状態。ブラシでの汚れ落としは不要だ。
振り返るとシリルは軍服のズボンを脱ぎ、既に濃紺のズボンに履き替えている。手早いなぁと思わず関心。軍服の上衣の下に着ていた白シャツはそのままのようだ。ズボンを受け取り、こちらは上衣とセットにしてかける。
「そのベストを取ってもらえるか?」
「こちらですね」
シリルはロングブーツからショートブーツに履き替え、私はズボンと同色のベストをシリルに着せると、くるみボタンを留めていく。
「ありがとう、オデット。……君と二人きりになりたくて、着替えを手伝わせてしまった」
不意にシリルの声が甘くなり、ボタンを留め終えた手が、彼の両手に包まれている。
ドキッとして顔をあげると、シリルの顔が近い。
……キスをされる……!
体の芯がキュッと震え、慌てて目を閉じたその時。
「シリル卿、オデット、みんな揃ったぞ」
キルの声に、シリルの動きが止まる。
もう唇は触れる直前だったのに!
キルの間の悪さを恨みたくなったその瞬間。
私はもうキスを諦めていた。
だがふわりとシリルの唇が触れている。
でもほんの一瞬のことだ。
「分かった。今、行く」
え、今のは幻?
シリルはすぐに返事をしているし、あまりにも短い時間の出来事。本当にキスをされたのか、分からなくなる。しかもシリルは何事もなかったかのように、私へ手を差し出す。
夢を見ていたの……?
再びエスコートされ、隣室へ移動すると、目の前にはシリルのパーティのメンバー、キルやマーシャルソンに加え、初めましての二人の指揮官もいる。キスのことは吹き飛び、彼らと挨拶するところからスタートとなった。
その後はセインの件を話すことになったが……。
もう、何十回と話しているので、まさに要点を押さえ、明瞭簡潔に事態を伝えることができた。
さらにキルが今後のセインがとるであろう行動について話し、決闘の件が話題に上ると……。
「しかしそれは決闘というより、私闘に思えますね。シリル総司令官は三万五千もの軍を率いているのです。魔族との私闘で何かあっては困ります」
ハビエット指揮官がそう言えば、ブラウン指揮官も同意する。
「勿論、我が軍にはレウェリン様やミルトン様、それに国王陛下が遣わせてくれた聖女もいらっしゃいます。よって怪我をしても対処できるでしょうが……。魔族との私闘なんて、ルールを決めても破られそうです。例えば、一対一で武器は剣のみ、としても魔術を使ったり、仲間の魔族が加勢しそうです」
「じゃがセインは、単独行動なのじゃろう?」
レウェリンがそう言うが、ブラウン指揮官は……。
「目の前に魔族の軍がいるのですよ? そこに魔族にとってはカリスマと言われる騎士団長だったセインが現れたら、加勢して当然でしょう」
「僭越ながら、ブラウン指揮官、ハビエット指揮官。セインは高潔な志を持つ騎士団長です。私闘であろうと、決闘であろうと、決めたルールに反する行動はとりません」
ハビエット指揮官とブラウン指揮官は顔を見合わせ、ため息をつく。
「……オデット様は亡き魔王の娘ですから、どうしたって騎士団長であるセインの」「ハビエット指揮官」
シリルの凛とした声に、ハビエット指揮官は黙り込み、ブラウン指揮官の背筋がピンと伸びる。
「オデットは私の妻だ。それに彼女は魔族と人間の平和的な共生を望んでいる。発言には気を付けて欲しい。……そして自分は決闘であろうと私闘であろうと、セインから挑まれれば、受けるつもりだ。そこで決着をつける。セインの騎士道精神を、自分も勇者であり同じ騎士として信じたい。他に本件について意見があるものは?」
円卓のテーブルに座る面々の顔を、シリルは順番に見る。
私としてはそもそも決闘だろうと私闘であろうと、受けて欲しくないと思っていた。
だがそれを止めるのは難しいだろうと、今のシリルの言葉で実感してしまった。
自身の結婚に対し、妻に対して他者から横槍を入れられた時。
黙っておくことは、この世界では負けを認めるも同然なのだ。
私ができることは、決闘であろうと私闘であろうと。
そこでセインが暴走しないよう、見守り、もしもの時には止めに入るだけだ。
ということで私はシリルに今、意見するつもりはない。
そして他のみんなも……意見はないようだ。
その代わりでハビエット指揮官とブラウン指揮官は、順番に私へお詫びの言葉を伝えてくれる。
これで会議は終了となった。























































