地面に頼むよ
一気に城塞都市ヴィレンドレーの中枢部にある巨大な時計台に到着した。
時計台は前世で言うならマンション十二階ほどの高さがあった。
時計そのものは、十階ぐらいの位置にあり、十一階にあたる高さには、有事の際に鳴らされる四つの鐘が設置されていた。まさに、その四つの鐘の真下に転移したのだが……。
火災に備えていたのだろうか。
水が汲まれたバケツが、いくつか並べられていた。
キルだけがその上に転移し、またも靴が……。
キルは水の中にしか転移できない――と定義していい気がした。
マーシャルソンとキルがギャーギャーと大騒ぎしている中、私はここから見える裏門の様子を見て、息を呑むことになった。裏門とその周囲に広がる城壁は、度重なる戦闘でボロボロになっている。煙が立ち込め、上空の空は鈍色になっていた。
赤い炎が、チロチロと燃えている様子も見えている。
そして――。
見えた。
レッドドラゴン!
全身が鮮血を浴びたかのように赤いドラゴンが十体ほど、廃墟と化した裏門エリアの上空を飛んでいる。
「!」
突然、一体のドラゴンがバランスを崩す。
目を凝らしてみると、キラッ、キラッと金属のきらめきが見える。
「あ……!」
シリルだった。
彼は空なんて飛べないはずだが、レウェリンから魔法でサポートを受けているのだろう。
まるで透明な階段を三段跳びで駆けあがるようにして、その大剣をレッドドラゴンに振り下ろす。
寸でのところでそれをレッドドラゴンが避ける。
だが避けた先にはレダがいる!
まるで「ジャックと豆の木」を思わせる、ここからでも分かる巨大なツタにレダがいた。
あれはきっとエルフであるミルトンによる精霊の力だ。
レダが剣を振り下ろそうとすると、レッドドラゴンがその口から炎を吐く。
あぶないと思ったレダをシリルが抱え、二人は炎を避ける。
すぐに別の場所に巨大なツタが伸び、レダはそちらへ飛び移った。
別のレッドドラゴンがレダに向かう。
シリルは炎を吐くレッドドラゴンの背後に回り込んだ。
次の瞬間。
シリルの大剣がレッドドラゴンに振り下ろされた。
恐竜のような悲鳴が、ここまで届いた。
魔法により、その威力が強化されているのだろう。
大剣により、首を落とされたレッドドラゴンが、炎の海へと落ちて行く。
さらにシリルはレダの援護も行い、もう一体のレッドドラゴンも翼を落とされ、落ちて行った。
「まったく。人間のくせにレッドドラゴンを倒すなんて。シリルといい、レダといいい、末恐ろしいことだ」
いつの間にか隣に来たキルとマーシャルソンも、レッドドラゴンとシリルとレダの戦闘を見つめている。
「上空ばかりに目が行くが、地上を見て見ろ。炎の海の手前で、歩兵と魔族の戦いも行われている」
ここからだと細部までは見えないが、確かに土埃が立っているのが見えた。
「レッドドラゴンは十五体いた。そして今は――。残り八体。撤退だな」
キルの言う通りで、シリルは見えない階段を駆け下り、こちらの方へと戻って来る。
レダも次々にジャンプして、豆の木を伝い、退却していた。
「マーシャルソンくん」
「は、はいっ」
「あそこに赤い旗が見えるだろう? あれはエルエニア王国の国旗だ。つまりあそこにシリル達は本陣を構えているわけだ。今日、最後の転移だ。……地面に頼むよ」
「……承知いたしました」
本当にあっという間に。
時計台から本陣まで転移していた。
しかも遠くで見ていた戦場に、いきなり飛び込んだこの感覚は――。
まるで前世で巨大スクリーンでアクション映画を観ていて、次の瞬間。
その映画の世界に入り込んだみたいだった。
沢山の天幕があり、甲冑姿の兵士が忙しく動き回っている。負傷した兵士が運ばれ、聖女による治癒がおこなれていた。
「シリル総司令官、レダ卿、帰還!」
角笛が鳴らされ、離れた場所にシリルの姿が見える。
セレストブルーの軍服に白いマント。
すぐにレウェリンが駆け寄り、魔法を詠唱したようだ。
シリルの乱れた黄金の髪がサラサラと元に戻り、軍服やマントの汚れが消えている。
シリルの一歩後ろには、赤いサーコートをつけ、甲冑姿のレダがいた。
兜を外すと、いつものキャラメルブロンドのポニーテールが見える。
ミルトンがレダに声をかけ、布を渡していた。
その布でレダが顔を拭くと、頬についていた土が、綺麗に落ちている。
「オデット!」
シリルの碧眼の瞳と目があった。
心臓が信じられない程、高鳴っている。
「シリル!」
気がつけば、私は駆け出していた。
周りに沢山の人がいるというのに。
今、この瞬間は、シリルのことしか見えない。
ぎゅっと私が抱きつくと、シリルはそれ以上の強さで、私を抱きしめてくれる。
喜びで鼓動が早くなった。
「こんなところまでよく来てくれた」
「先程のレッドドラゴンとの戦闘、時計台から見ていた。立派だった」
「ありがとう。……幽閉されたと聞いた。不当な扱いはされなかったか? 嫌な思いはしなかったか?」
少し体をはなし、シリルが心配そうに私をのぞきこむ。
そのシリルの空色の瞳には、頬を上気させた私が映っている。
自分でも驚くくらい、嬉しそうな顔をしていた。
「大丈夫です。毎日八時間程、尋問され、繰り返し同じことを聞かれた。だが私はやましいことは何もない。ただ目の前で起きたことを、淡々と伝えたまでだ」
「八時間も……国王陛下のことを悪くは言いたくないが……。王都に戻ったらたっぷり抗議してやろう」
そう言うと、シリルが私の頭を優しく撫でる。
なんだか猫のレオンになった気分で、もっと撫でて欲しいと思ってしまう。
「それでセインの件だ。こちらでは連絡手段が限られ、レウェリンの魔法も無駄使いはできない。何せセインが風の魔術を使い、空を飛ぶことができるとなると……。上空に目を光らせるため、いつも以上に魔法を使う必要があった。レッドドラゴンのように、巨大ならすぐに気づけるが、闇夜に乗じられては……」
日中の戦闘でも、魔法は散々使うだろう。夜も魔法を使うとなると、さすがのレウェリンも大変だ。
「そこで散々話し、今さら面倒だろうが、セインの件。詳しく聞かせてもらえるか?」
「ふふ。吟遊詩人も驚きの口調で語れるぞ。皆が集合できたら、聞かせよう」
「ありがとう、オデット」
そう言って微笑んだシリルは、私を抱きしめ、そして「チュッ」と額へキスをする。
そうするのが当たり前というその動作に、胸のドキドキが止まらなかった。
一方のシリルはキリッとした表情に変わると、よく通る声で伝える。
「レウェリン、ミルトン、レダ、ブラウン指揮官、ハビエット指揮官、十五分後に自分の天幕へ来てくれ」
シリルの声に皆、「イエス・サー」と応じる。
レダはニカッと笑うと、私に手を振った。
その表情を見ると、さっきあのレッドドラゴンを倒したとはとても思えない。
「キル殿、マーシャルソン。オデットを無事、ここまで連れてきてくれてありがとう。……キル殿、雨は降っていないのに、なんだか貴殿だけ濡れているようだが……?」
「いや、これぞ水も滴るいい男だろう。……手違いでそちらの水甕を破損してしまったが、何、後ほどマーシャルソンくんが修復してくれるから、安心してくれたまえ」
キルにポンポンと肩を叩かれているマーシャルソンの顔は青ざめ、引きつっている。
やはりキルは転移して水に……。これにはクスッと笑うしかない。
シリルはキルに旅の道中について尋ね、そして。
「テト。キル殿とマーシャルソンが使えるよう、天幕を組むようにしてくれ。あと、自分の天幕にお茶を九人分、用意するように」
テキパキと指示を出すシリルを見ていると、とても頼もしく感じる。
「おいで、オデット」
シリルが私に手を差し出し、その手に自分の手を重ねる。
当たり前のように、私のために差し出されるシリルの手は……なんだかとてもいい。
この上ない幸せを噛みしめてしまう。
そのままシリルの天幕に案内され、その広さに驚く。
十人は着席できる円卓のテーブルがあり、その奥には執務机も置かれている。
さらに布で仕切られた部屋があり、どうやらそちらが寝室になっているようだ。
シリルがこちらを振り返り、尋ねる。
「平服に着替える。手伝ってもらえるか?」



















