青ざめる
護衛騎士十名は、国王が指名した王立騎士団の騎士が八名、モンド公爵家の騎士二名という構成だった。そしてキルが言う通り、表向きは全員、私の護衛だ。だが王立騎士団八名は、間違いなく、私の行動監視のために同行している。
煩わしいと思うが、国王の気持ちも分かってしまう。
激怒したシリルの機嫌を損ねないよう、私が北部の都市ヴィレンドレーへ向かうことを許可した。だが魔族の中で、彼らが認識する中では、最強の魔力を持つ騎士団の団長のセインが逃亡したのだ。気が気ではないだろう。
しかもエルエニア王国内を、セインが平気でウロウロしていると思うと、落ち着かないはずだ。
セインの目的地がヴィレンドレーと分かっているので、そのルートには検問所も設けられ、徹底監視をしているが……。
今のところ、セインに関する情報は皆無だった。
セインは風の魔術を使えるので、飛行による移動もできるが、それも昼間では目立ち過ぎる。しかもセインが飛行で移動することを踏まえ、夜間、魔法使いやエルフがパトロールを行っていると聞いていた。そうなると陸路を、街道や整備された道を使わず進むとなると……。
遠回りになり、時間もかかる。
対して私たちは、最短ルートでヴィレンドレーを目指すことができた。
結局、五日遅れで王都を出発となったが、キルの見立てでは……。
「風の魔術を使うにしても、愛馬もいない。どこかで調達した馬で、風の魔術を使っても、耐性がないだろうからな。馬がすぐにバテテしまうだろう。しかも道なき道を、森や山を進むことになる。ヴィレンドレーの手前にあるジェノという町で、追いつけるかもしれない」
とにかく地道に進むしかなかった。
ただ、国王直筆の通行許可書があったので、検問所は並ぶことなく、通過できた。
おかげで順調にジェノまで到着できたのだが。
ジェノは小さな町だった。
ここで一泊し、明日の日没までにヴィレンドレーへ入るつもりでいた。
この町に宿は、二軒しかない。
平民が泊まる宿か、貴族が泊まる宿。
防犯のためにも、貴族が泊まる宿を選ぶことになった。
ただ、ここは食堂はなく、ルームサービスで食事が提供されている。
その一方で、町中に食堂はいくつもあった。
というのも平民が泊まる宿の方には、食事の提供もルームサービスもなかったからだ。
「ならば町中の食堂でも行ってみるか」
キルの提案に同意し、着替えを行うことにした。
ザ・貴族と思われるドレスを着ては、窃盗などに目をつけられる。よってシンプルなワイン色のワンピースに着替えた。シアとペルも、クリーム色と蜂蜜色のワンピースにそれぞれ着替えている。キルや護衛騎士は、シャツに黒やグレーのズボンと、町人のような装いだ。
こうして賑わっていそうな一軒のレストランに入ると。
小さな町だったので、検問所にいた兵士二人とバッタリ遭遇した。
王都からかなり離れているので、兵士達にも厳しい雰囲気はない。
のんびりと牧歌的で、「あ、さっき、検問を通った貴族の皆様!」という感じで気さくに話しかけてくれた。国王直筆の許可書を持っていたので、多少の遠慮はしている。だがこれまでの検問所の兵士より、堅苦しくなかった。
「そういえば、護衛騎士の方が一人少ないですね」
こう言われた時、キルも私も他のみんなも、キョトンとした。
代表してキルがこう伝える。
「護衛騎士は全部で十名ですよ。私もそう言ったはずですが?」
検問所は前世ほど厳しいものではなかった。何より、国王直筆の許可書を持っていた。それがあれば一人一人の名前確認もなく、「どうぞ、お通りください」と通してもらえていたのだ。ここの検問所だけではなく、王都を出てからずっと。
「そうなのですか。でも一番最後に、えらいハンサムな騎士がいましたよね? フードを目深にかぶったアイスブルーの髪に、銀色の瞳の騎士が」
検問所の兵士の言葉に、キルと私は顔を見合わせ、青ざめることになった。
前世の都市伝説に存在する、思わず背筋がゾクッとする現代版の怪談。
いくつか覚えているが、例えばそれはこんなものだ。
ベッドと床の間の隙間に見知らぬ人がいた。
誰もいない深夜、自動ドアが勝手に開閉した。
レストランに三人で行ったのに、着席すると四人分の水を出された――そう、これ!
今、検問所の兵士が口にした言葉。それは……。
――「そうなのですか。でも一番最後に、えらいハンサムな騎士がいましたよね? フードを目深にかぶったアイスブルーの髪に、銀色の瞳の騎士が」
護衛騎士は十人しかいないのに。
十一人目がいた!? まさか、そんなわけが……ある。
「セインか。まさか。そうか。やられたな」
キルが唸り、私は何も言えない。
国王の直筆の通行許可書を持つ私たちは、検問を受けるための行列に、並ぶ必要がなかった。検問所に詰める兵士からあれこれ質問されたり、一人一人が名前を告げ、確認されることもない。
通行許可書を見せれば「よし。通れ」の一言で、検問を通過できた。
セインは検問所があるため、森や山を抜け、迂回して北部の都市ヴィレンドレーを目指す必要があった。それは道なき道を進むことになり、余計な時間と労力がかかる。そんな無駄、あのセインが負うわけがなかった。
つまり。
セインは私が絶対に動くと分かっていた。そして待った。
奇しくも私たちは少人数ではなく、予定より大所帯になっていた。
これはセインにとって好都合だった。
距離をあけ、バレないように私たちの後をつけた。
検問所に来た時。
セインは護衛騎士の一人を装い、十一人目として、検問所を突破していたのだ……。
いないはずの十一人目を検問所の兵士が見ていたという怪談話ではない。
十一人目はいたのだ。ずっと気が付かずに、ここまで来てしまった。
「もうヴィレンドレーは目前だ。セインは夜を徹して進む可能性もある」
「だが、ヴィレンドレーは城塞都市だ。それこそ私たちの後をつけ、入城した方がスムーズなのでは?」
「もうこそこそするつもりはないのだろう。ヴィレンドレーは王都に次ぐ巨大都市だが、そこにシリルがいることは分かっている。逃げ隠れすることなく、宣戦布告だ。まずは城門突破で、セインは自分がそこにいると、シリルに伝えるつもりだろう」
キルの予想には、そうかと思うしかない。
セインはそもそも騎士なのだ。本来こそこそとした行動は好まず、正々堂々戦うことを好む。
そうなるともしや――。
「決闘でも申し込むつもりか?」
「その可能性はある。いくら強いと言っても、セインは単独だ。例え三万の兵士を倒せても、相当消耗するはず。その後、レウェリン、ミルトン、レダの相手をして、彼らを倒す必要がある。そこでようやくだ。シリルと対峙するのは。それでは圧倒的にセインが不利となる」
敵地に攻め込めばそうなって当然。
その時に備え、力を温存してきた。
だからこそ私たちの後をこそこそつけてきたのだろう。
騎士として誇れるような行動ではないが、単独で動くなら仕方ないことだ。
「無駄な戦いで力をすり減らすよりも、最初からルールが定められている決闘をシリルに申し込む方が、てっとり早い。だがそれもヴィレンドレーの地に入ってからできることだ。王都でシリルに対し『決闘を申し込む!』と言っても、その声が届く前に、国王陛下の指示で捕らえられていただろう」
魔族随一の力を誇るセインを、領土内で野放しにするなど、許せるはずがない。
即刻捕らえ、処刑だろう……。
「だがヴィレンドレーに入れば、状況は変わる。今、ヴィレンドレーは全てがシリルに委ねられている状態。シリルが決闘を受ければ、止めることはできないはずだ。シリルがセントと決闘する――という情報は、すぐに国王陛下には届かない。『決闘なんて悠長なことをせず、とっとセントを殺せ』と国王陛下は言いたいかもしれないが、それがシリルに届く頃には、決闘は終っているだろう」






















































