必ず生きて帰る
シリルは「妻のいる騎士がジンクスでしていることを、オデットにもしていいか?」と言っていた。
きっと既婚の騎士は討伐に向かう際、見送りする妻とキスをしているのだろう。
それはおそらく「必ず生きて帰る」という誓いのキス。
私とシリルにとっては、このキスが初めてのキスであり、帰還と永遠の愛を誓うキスになった。
私にとっては、ファーストキスでもあったが、シリルはどうなのだろう?
そっと自分の唇に触れる。
あまりにもあっという間のキスだった。
触れていたのは、ほんの一瞬。
感知したのは、その温かさと柔らかくふわりとした感触。
でもそれは幻のようにしか記憶されていない。
本当に自分の身の上に起きた出来事だったのか。
白昼夢を見たのかと思うぐらいの刹那の出来事。
それでもスローモーションのように、シリルの顔が私から離れ、彼の瞳に甘い煌めきがあった。それを見て間違いなく、キスをしたのだと……あの時は実感していた。
そう。
シリルとキスをしたのだ……。
ここにきてじわじわと。
本当に何かが忍びよってくるかのように。
キスをした事実に恥ずかしくなる。
どの道、盛大な結婚式を最初から挙げていたならば。
大勢の前で、なんなら国王陛下の前で、キスを……していたかもしれないのだ。
それを考えれば、今朝のキスは……。
そこでハッと気づくことになる。
あの場にはモンド公爵夫妻だっていたのだ。
二人に……見られていた。
しばらく悶絶しながら、枕を抱きしめ、ベッドの上を転がることになった。
やはり人前でのキスは恥ずかしい!
そこで扉がノックされ、ハッと我に返る。
もう昼食の時間……?
慌てて起き上がり、サイドテーブルに置かれた時計を見るが、まだ三十分も経っていない。
ということは、昼食以外の用事ということ?
まさか、シリルに何かあった……!?
それはないはずだ。
シリルはまだ国内にいるだろうし、それでもうっかり魔族と遭遇しても。
三万五千の兵を率いているのだ。多勢に無勢で魔族のことは倒せるはず。
元女魔王なのに。
心はすっかり人間……というか、シリルの妻になっている。
ともかく扉を開けるとそこにいるのは、シアとペルだ。
「シア、ペル、どうした?」
「オデット様、報告があります。レオンを連れ帰ってくれた騎士によると、セイン卿の遺体が、大神殿に運ばれたそうです」
シアの言葉に、ドキッと心臓が反応している。
そこで思わず、二人に尋ねていた。
「セインが毒で命を落とした。そんなこと、信じられるか……?」
「にわかには……信じられませんでした。あのセイン卿が毒で!?と、デマではないかと思ったぐらいです」
そうシアが答えると、ペルも同意を示す。
「何より誇り高き騎士の団長であるセイン卿が自ら死を選ぶなんて……。セイン卿がその命を散らすことあるとしたら、それは戦場かオデット様を庇って……だと思っていました。自害するなんて、まさか……」
やはり二人からしても驚きだったのだ。
「シリルは、大神殿に安置されたセインと対面できるようにしてくれると言っていた。昼食を終えたら、大神殿へ行こうと思う。二人とも一緒に来れるか?」
「「勿論です!」」
こうして二人は午後からの外出に備え、馬車の手配をしてくれる。さらにモンド公爵夫妻にも、私の外出予定を伝えてくれた。そして部屋には……。
「レオン!」「みゃおん!」
昨晩、急にいなくなったので寂しかったのだろうか?
なんだか瞳がうるうるしているように感じるレオンを、騎士から受け取ることになった。
昼食の時間になるまで、応接室のソファに座り、レオンのことをブラッシングし、そして餌をあげた。
時間になるとダイニングルームでモンド公爵夫妻と昼食をとり、その席でシリルに指名され、私の護衛騎士になった二人の青年を紹介される。この二人の護衛騎士、そしてシアとペルを連れ、大神殿へ向かうことになったが……。
シリルと婚姻関係を結ぶために向かった神殿は、王城の敷地内にあった。
でも今から向かう大神殿は、王城から離れた場所にある。モンド公爵邸からも、馬車で三十分以上かかると言われた。そしてその大神殿へ今、まさに到着しようとしていた。
大きい。
モンド公爵邸を、さらに壮大にしたかのようなスケールがある。
祈りを捧げるため、多くの人が大神殿の中へ、吸い込まれていく。
皆、供物として捧げる果物やオリーブオイルの入った壺、絹織物や花束などを手に持っている。
かくいう私も途中で花屋に寄り、盛大な花束を用意してもらっていた。
「着きましたね」
ペルの言葉とほぼ同時で、馬車が止まる。
二人の御者のうち片方が、すぐに降りるための階段を出し、馬車の扉を開けた。
護衛騎士の一人が手を差し出し、私から順番に馬車から降りる。
用意した花束を手に、正面入り口へと続く、百段近い階段を上ることになった。
最上段につき、後ろを振り返ると、王都エルグランドを一望できる。
王都はちゃんとした都市計画の元、発展したようだ。大通りに沿い、建物が整然と並んで見えた。
「では参りましょう、オデット様」
そう言われ、いよいよ大神殿の中へ入る。
天井が高い。
最奥部まで続く廊下の左右に並ぶ大理石の柱の直径は、一体どれぐらいあるのだろう。
とにかく横幅も広いこの廊下を進んで行くと、途中の分岐点で、神官に声をかけられた。
白に近いグレーの神官服を着ている。長いローブは一見すると、魔法使いのレウェリンのローブのようにも思えた。
「シリル卿の奥方ですね。来訪されることは、シリル卿の使いから聞いております。ぼくは案内を務めさせていただく、シンと申します。どうぞこちらへついて来てください」
シンに従い、左に向かう通路を進み、しばらくすると、直線に続く廊下を歩き出す。
大神殿はシンプルな造りになっていると思ったが、そんなことはないようだ。
直線に進んだ後、さらに左へ曲がり、真っすぐに進み……。
鉄製の巨大な扉の前に到着した。
扉の左右には警備兵が立っている。
シンが両手で扉を押すと、ゆっくり軋みながら、開いていく。
中は窓がなく、時間の感覚が失われるような部屋だった。
奥に祭壇があり、巨大な石棺のようなものが見えている。
その石棺まで、松明が等間隔で左右に続く。
「その体が発見されたベッドごと、この石棺に安置し、運ばれてきました。石棺は、祭壇に設けた窪みの中に安置している状態です。今見えているのは石棺の一部であり、近づくと覗き込むような状態になります。石棺の周囲にあるロープより先にはいかず、また石棺を含め、触れないようにしてください。毒でやられます」
シンに案内され、さらに石棺へ近づく。
少し離れた場所に、大理石のテーブルがあった。
そこには花が並べられている。
「棺の中に花を入れても無駄です。花も毒でやられ、すぐに枯れてしまいます。よってお持ちの花は、こちらに置いてください」
言われるがままに、大理石のテーブルに花束を置いた。まさに献花台になっているそこには、台帳が置かれている。花の贈り主が、任意で名前を書けるようになっていた。そこには見知らぬ名前がズラリと沢山並んでいるが……。
シリル、レダ、ミルトン、レウェリンの名前があった。
もしかするとみんな、前日に花を手向けていたのだろうか?
今朝、ヴィレンドレーへ向け出発したのだから、きっとここに遺体が来る前に花を……。
きっとシリル達は、セインのことを好敵手と認めていたのだろう。
さらにこの台帳に名前をサインした全員が、「敵ながらあっぱれ」と、セインを評価していたのだと思えた。
セインが毒を飲み、もうこの世界にいないと、脳が少しずつ認識し始めている。この台帳にサインした人々は、セインの命がもうないと理解しているのだ。その事実が、私にセインの死を受け入れろと促しているように感じた。
「台帳にサインはされますか?」
シンに聞かれ、私は迷う。
ここにサインをしたら、私は……セインの死を事実だと、完全に認めることになる。
「……サインの前に、石棺の中を見てもいいだろうか?」
私の問いかけにシンは「どうぞ」と静かに頷く。
護衛の騎士は、後方で待機してくれている。
シアとペルと共に、石棺を取り囲むロープへと近づいた。























































