いや、実は……
何かを察知し、目がパチリと開いた。
そして限りなく優しい眼差しと目が合う。
「おはよう、オデット。……起こしてしまったな」
「シリル……おはようございます」
既にシリルはセレストブルーの軍服に、白いマントを着用している。
がばっと起き上がった私に、シリルはペパーミントティーが入ったカップを渡してくれた。そして自身はその足で窓の方へ向かい「カーテンは開けてもいいか?」と私に尋ねる。私が「はい」と応じると、シリルは微笑を浮かべ、カーテンを開ける。
そろそろ夜明け。
でもまだ暗い。
まだ星の瞬きが見えるが、オレンジを溶かしたような淡い色が、地平線を少しだけ照らしている。
「起こすかどうか、迷った。三十秒、オデットを見つめ、起きなかったらそのまま寝かせるつもりだった」
「!? そんなこと、ダメだ! ちゃんと起こして欲しい。これからはそんな方法、絶対に許さない」
「そうだな。オデットならそう言うと思った」
シリルは朗らかに笑うが、私は気が気ではない。
もう屋敷を出発する時間が迫っているのではと思ったからだ。
「大丈夫だ、オデット、まだ時間がある。身支度をしたいのだろう? シアとペルを呼ぼう」
ベルを鳴らし、シリルが二人を呼んでくれることに安堵しつつ、いよいよ討伐へ向かうことに不安を感じる。
「オデット。一時間後だ。一時間後に屋敷を出る。エントランスで見送ってくれるか?」
「もちろんだ」
「その時に自分が何かしても怒らないか?」
「私が怒りそうなことをするつもりなのか……?」
「どうだろう。怒るより、驚く、かな」
なんだっていい。討伐へ向かうシリルを見送る場において、誠実で真面目な彼が、そんな酔狂なことをやるはずがなかった。こんな風に意味深な言葉を投げかけているが、きっと他愛のないことだ。
「分かった。驚くかもしれないが、怒ったりはしない」
私がそう答えたところで、シアとペルが部屋に入って来る。
手にはドレスや靴などを持ち、身支度する気満々だった。
代わりにシリルは白いマントを翻し、部屋から出て行く。
「「オデット様、おはようございます!」」
「ああ、おはよう、二人とも」
ドレスへ着替える間は、王都へ来るまでの道中の話になった。
二人についてはざっくりシリルに聞いていたが、とても気を使ってもらえたという。
「どうしても兵士も騎士も男ばかりなので、警戒を緩めることができなかったのです。すると魔法で女の姿になった兵士が来るようになって……。そこまでしていただけることに感謝しました。この采配をしたのはシリル様だと聞いています。シリル様を心からリスペクトです」
シアがそう言うとペルは……。
「旅の道中よりも、オデット様、昨晩はどうでしたか? うまく行きましたか?」
この寝室で朝までシリルと一緒だったのだ。
どうなったのかと気にして当然だった。
そこで「いや、実は……」ということで、腕枕され、休んだだけだと打ち明けると……。
「シリル様はできた方ですね。オデット様のお気持ちを、ここまで汲んでくださるなんて」
「しかも今日から討伐に出て、しばらくは会えなくなるというのに。自らをここまで律することができるなんて……。心からオデット様を大切に想っているのでしょうね」
二人とも目を輝かせ、シリル賛歌をしてくれる。
そうしている間にも、着替えは終った。
どうやら昨晩の内に、人を青の塔へ向かわせ、私のドレスを公爵邸まで運んでくれたようだ。
明るいシャーベットブルーのドレスは、スカートが四段ティアードになっている。
二段目のティアードにはレースの刺繍があしらわれ、三段目のティアードには、フリルの縁に沿うようにレースが飾られていた。
ウエストには紺碧のシルクサテンのリボン。髪飾りのリボンも、お揃いの紺碧のものだった。
朝食は見送りの後ということで、すぐに着替えを行う。
モンド公爵邸から討伐へ向かうため、そこから見送りをすることになる。シリルの寝室からエントランスホールへ向かい、そこで今さらだが、モンド公爵夫妻と会うことになった。
突然のプロポーズ。そこからまさかの当日中に、婚姻関係を結ぶことになっていた。さらにレウェリンの転移魔法により、予定外でこの公爵邸へお邪魔することになってしまった。シリルの計画では、この公爵邸に私を迎える時に、挨拶の場を設けるつもりでいたが……。
こんな形になり、申し訳ないと言うが、これは仕方ないと思う。それに私の方は、叔父のキルがいるものの。私の両親は既に亡くなっている。長命な魔族である私の両親がこの世にいないのに、人間であるシリルの両親が健在であるのは……これが戦争だった。
シリルが討伐に出向く必要があるものの、魔族の敗北により戦争は終結した。前世記憶が覚醒する前だった私は、敗北することに怒りを感じていたが、今となっては本当に終わってよかったと思っている。何より、討伐の陣頭指揮に立ったのがシリルでよかったと思えていた。
そして……。
そのシリルの両親であるからか。モンド公爵夫妻はシリルと同じ、立派な人だった。
「六歳で騎士見習いとなってからは、色恋沙汰とは無縁でここまで来てしまいました。不器用かもしれません。ですが心優しく、真っすぐな性格であることは確かです。どうか仲良くしてやってください。わたしも妻もあなたのことを歓迎します」
シリルと同じ金髪碧眼のモンド公爵は、目尻に皺があり、穏やかな顔立ちをしている。
私が魔族であることも、魔王の娘であったことも、全く気にしていないようだ。
「こんなに美しい方が義理の娘になるなんて! なんだか私の気持ちが若返るわ。一緒にお茶をしたり、観劇をしたりしましょうね。王都を案内するわ。……でも何よりも最初は、いろいろ慣れなくて困るわよね。そんな時は遠慮せず、いつでも相談して頂戴。私たちは家族なのですから」
モンド公爵夫人は、金髪で、青みの濃い瞳をしていた。私と姉妹と言っても通用しそうなぐらい若々しく見える。そしてモンド公爵と同じく私を受け入れ、家族の一人と認めてくれた。
あのシリルの両親なのだ。彼とは真逆の悪党……なんてわけがない。
「もう青の塔にある残りの荷物も運んでもらっていいわよね? 一緒にここでシリルの帰りを待ちましょう」
「それがいい。ちゃんと警備の兵の数も増やすし、オデット専属の護衛騎士もつけよう」
モンド公爵夫妻の提案で、予定よりも早く、私はこの公爵邸で暮らせるようになった。
こんなに大歓迎をしてもらえて、嬉しくなる。
気持ちよくモンド公爵夫妻と会話をしていると、そこにシリルが現れた。
今朝見た通りのセレストブルーの軍服に白いマント、黄金の髪がサラリと揺れている。
従者二人を連れたシリルに付き添い、モンド公爵夫妻と、多くの使用人、警備兵、騎士と共にエントランスへ向かう。エントランスには、公爵家から参戦する百名の騎士も集結していた。
「では父上、母上、行ってまいります」
「ああ、勝利の知らせを待っている」
「オデット様のことは任せてね」
シリルは順にモンド公爵夫妻とハグをしている。
もう何度もこうやって見送っているのだろう。夫妻はとても落ち着いていた。
一方の私は……落ち着かない。
そばにいるシアとペルが励ましくてくれるが、心配でならなかった。
「魔王城でセイン卿を見送る時に、こんなにそわそわすることはなかったのに!」とシアが言えば「シリル様にゾッコンですね、オデット様は」とペルが笑う。「二人とも、うるさいぞ!」と言っていると、シリルが私の前にきた。
うるっと涙が出そうになるのを堪え、シリルを見る。
黄金の髪が、吹き抜けた風にサラリと揺れた。
空を模したようなシリルの瞳に、不安そうな表情の私が映っている。
「……無事の帰還を待っている」
話し出せば止まらない気がした。そして泣き出しそうだったので、この一言で精一杯だった。それは……シリルに伝わったようだ。彼は「ありがとう、オデット」とふわりと抱きしめてくれる。
そして耳元で「妻のいる騎士がジンクスでしていることを、オデットにもしていいか?」と尋ねた。もしやこれは、シリルが事前告知していた私が驚くことをするのでは? ちゃんと告知してくれたのだ。そこで「構わない」と返事をすると……。



















