とんだご令嬢がいたものだ
「ははははは! とんだご令嬢がいたものだ。魔族も青ざめる毒を吐くな。間違いなく、そのご令嬢はシリルのことを好きなのだろう。そのシリルと婚約したオデットのことを許せないと思った。それは……そうだろう。突然現れたかつての敵国の王女が自分の想い人と結婚する。悪夢としか思えなかった。だからと言って、可愛い姪っ子にその言葉は……」
そこでキルがニコリと笑う。
嫌な予感がする。
「そういう気が強い女は落としがいがある」
「落とすだけ落として、捨てるのは、反動がこちらへ来るのでやめていただきたい!」
「そうか。まあそのまま嫁にもらってもいいが。幸い、私の隣は空いている」
悪役令嬢と叔父であるキルが結婚?
これにはため息をついて尋ねるしかない。
「叔父上がこの王都にいることは、公になっていいのだろうか?」
「いや。異国から来た使える人材ということで、魔族であることは伏せている。魔族にしか、俺の正しい姿は見えていない。あの好々爺の魔法使いレウェリンが、そういう魔法をかけてくれた。アイツは凄腕の魔法使いだぞ。俺が子供の頃からその存在を知られていた」
「ヴィヴィアンヌ・エミー・デヴォンは、伯爵家の令嬢だ。しかも社交界でも有名。そのヴィヴィアンヌと結婚すれば、どうしたって目立つ。注目を集めると、身バレするリスクが増えるのでは?」
するとキルは両手をあげ、降参を示す。
「その通りだな」と呟いた後、こんなことを言いだす。
「そのヴィヴィアンヌ令嬢の毒気にやられたと思ったが、ピンピンしているな。ならばその元気なままで、シリルとちゃんと話すがいい。政略結婚だ、愛のない結婚だと言っているのは、当人ではないだろう」
それは……その通りだ。
だがそれこそ怖くもある。
本人からハッキリとこんな風に言われでもしたら……。
「君への同情です。敵とはいえ、命があるのですから。あなた自身は、戦場で何かしたわけではないのです。ですが魔族というだけで、王族というだけで、死罪を言い渡されるなんて……。ですからこれは同情であり、愛情ではないです」
いくら魔族の気質が非情と言われても、私には前世の記憶がある。人間としての気質も持ち合わせることになった。こんな風に言われたら、かなりのダメージだ。
「オデット」
「なんだろうか、叔父上」
すると叔父上は、腕組みをして、ルビー色の瞳を私に向ける。
そうやってじっと見られると、胸の内を見透かされているように感じてしまう。
「本当の気持ちなんて、本人しか分からない。推測するだけ、無駄だ。聞くんだ、シリルに。勇気を出せ。恐れるな。それに」
そこでニヤリとキルは笑う。
なんだかゴクリと喉が鳴る。
「強大な魔力を持っているとバレたら、狙われるぞ。面倒ごとに巻き込まれる。とっと失くすに限る」
「! だが叔父上の場合、千年経ってようやく魔力が弱まったのでは!? そう簡単にうまくいくように思えない。……それに」「あー、往生際が悪いぞ、オデット!」
これには「むう」と黙り込むことになる。
確かに悪あがきをしている……と思う。
「とにかく話せ、シリルと。どうあがいてもオデットとシリルは結婚するんだ。夫婦になるしかない。ならば話すしかない。以上、終了だ!」
最後はキルに押し切られ、会話は終了になってしまった。
そしてキルは、魔法使いに作らせたという指輪を私に渡してくれる。
ピンキーリングで右手につけるようにと言われた。何か困ったことがあれば、リングに埋め込まれた赤い宝石をこすると、私の位置がキルに伝わると言うのだ。
これを渡してくれたのは、共に王族の血を引く、最後の二人のよしみだろう。
「ありがとう」とひとまず受け取った。
その後、談話室を出ると、キルはひらひらと手を振り、去っていく。
従者も連れず、実に自由人。
一方の私は、キルのその後ろ姿が見えなくなったところで思い出す。
セインの煽った毒について調べるため、ここへ来たのだった。
魔術で作り出した毒なら、キルに聞けばよかった……と思ったが。
魔王城の図書館にあった本が、禁書も含め、ここで読めるのだ。
よし。
時間もあるし、調べよう。
セインが自身の魔術で作った毒。
その毒を飲んだ結果。
まるで眠っているような状態になった。
苦悶の表情を浮かべているとか、苦しみで喉を掻きむしるとか、血を吐いた形跡もない。
傷一つなく、穏やかに目を閉じているようにしか見えないというのだ。
それでいてその体に触れただけで、その相手は死んでしまう……。
しかもセインの遺体は腐敗することなく、生きているような状態をキープしているのだ。
さらにその体を燃やせば、煙と共に毒が広がり、多くが命を落とす危険がある。土葬すれば、土が毒に汚染され、雨などを通じ、土地全体が毒に侵されるリスクがあった。
よって王都へ運び、大神殿に安置し、そこで浄化を試みるという。
死してなお、敵を苦しめるセイン。
そこは魔族としてはあっぱれ。
だが、もう永遠の眠りについたのだ。
そこまで頑張らなくてもいいのに。
そう思ってしまう一方で。
そんな状態になってしまったからこそ、この王都に運ばれることになった。
本来であれば現地で埋葬され、お終いなのに。
セインはこうなることを予想していたのだろうか。
魔王城にいた私は、敗北すれば捕らえられ、エルエニア王国の王都へ連行される。
セインの遺体は王都へ運ぶしかない。
人間の国の都で、魔族の女魔王と騎士団長が再会する。
でも私は生きている。
死んだセインとの再会なんて、願っていなかった。
再び会うのなら、お互いに生きて、だ。
パタンと開いていた禁書を閉じる。
いくら調べても、セインのような症状を示す毒なんて紹介されていない。
禁書に書かれていた毒についても、くまなく目を通した。
でも見つからない。
きっとセインは新しい魔術を思いついたのだろう。
夕食の時間が近い。
部屋に戻ることにした。
◇
鴨肉のパピヨットを食べていると、部屋にシリルからの使いが尋ねてきた。
食事中、急ぎではない場合を除き、使いは食事が終わるまで待機していることが多い。
だがそのまま部屋へ通されることを希望したということは。
急ぎである、ということだ。
どうしたのか。
そう思いながら会ってみると。
現れたのは、女騎士レダだ。
白シャツにグレーのズボン、シルバーのマントと見慣れた姿でそこにいる。
私と同じく食事をしていたレオンも、レダに気がついた。銀の皿から顔を上げ、レダを見ている。
「王女様、お食事中、申し訳ありません」
「問題ない。もうメインを終えるところだ」
そう言いながら、鴨肉を私は素早く口へ運んでしまう。
人間たちと戦闘中、戦況報告を食事中に受け、そのまま会議になることも多かった。ゆえにササッと食事を終えるぐらい、お手の物だ。
「実は北部の都市ヴィレンドレーに、カイテリアが率いる魔族の軍が侵攻を開始しました。その数、三万。決して見て見ぬふりができる数ではありません」
「カイテリア……。ああ、セインの遠縁だ。弔い合戦を仕掛けるつもりだろう」
「魔王城にエルエニア王国の軍二万がいますが、そちらはそちらですべきことがあり、またこのカイテリアの蜂起を受け、他の場所でも何が起きるか分かりません。近くにいる軍をヴィレンドレーに全て向けるのはリスキーです。そこで、王都から援軍を送ることになりました」
魔族と人間の数千年に渡る戦は終結したはずだった。
だがこう言った小競り合いは、一つ一つ潰していくしかない。
いや、三万は大軍だ。小競り合いの域を超えている。
「カイテリアはまだ若く、血気盛んだ。人間で言うなら、十八歳ぐらいか。ただ、尊敬するセインが自害しているのであれば、負けを認め、投降するはずなのだが……。周りにいる魔族に煽られているだけだと思う。できればすぐに手に掛けず、話を聞いてやって欲しい」
私が頼むとレダは、ニコリと笑う。
「さすが王女様。お詳しいですね。シリルには伝えておきます。それでですね、シリルが自身のパーティと三万五千の兵を率いて、ヴィレンドレーに向かうのですが……。今晩先に、婚姻関係を結んでおきたいそうです」