サプライズにするつもりでいたが
シリルと昼食をとるため、庭園へ向かった。
魔王城もその王宮も、庭園に咲く花は、血のような赤と闇のような黒の花が多かったが、ここは違う。前世と同じような明るい花が咲いている。なんとなく前世で見た花に似ているが、案内してくれる侍女に聞くと、全く聞いたことがない名前を返された。そのことで、改めてここが乙女ゲームの世界なのだと実感することになる。それでも薔薇は、ローズと呼ばれ、前世と一致していた。
そんなことを思いながら、レオンと共に庭園の一角に用意されたテーブルへと向かう。
「お食事の間、こちらでお預かりして、餌もあげておきます」
「お願いします」
侍女にレオンを預け、椅子に座る。
「待たせたかな?」
凛とした声に振り返ると、シリルが足早にこちらへとやってくる。
私が椅子から立ち上がろうとすると、シリルはそれを制した。
すぐ横に立ったシリルは私の手をとり、「昼食に応じてくれて、ありがとう」と甲へとキスをする。この世界では人間、魔族に関係なく、当たり前の挨拶の一つ。これまでだって甲へキスをされたことがある。でも前世記憶が戻ってからは……これが初めてだった。
あまりにも一瞬のこと。シリルの唇の感触も「温かい」くらいしか感じられない。それでもとてもドキッとしていた。
シリルの着席と同時に前菜が運ばれ、昼食が始まる。
ちょうど、シリルが座った席からは、私の後ろで控える侍女が見えていた。そしてその侍女は約束通り、レオンに餌を与えてくれている。その様子が見えたのだろう。
「ここまでレオンを連れてきていたとは。……やはり動物好きなのか」
「はい。王都に着くまでずっと一緒でした。ここに来てからは、検査のため、しばらく離れていたので……」
シリルは一心不乱にご飯を食べるレオンを見て、微笑を浮かべている。
その顔を見て私も思う。
間違いなく彼もまた、動物好きなのだろうと。
その会話の後、前菜を食べ、スープを飲んでいるが、会話がなかった。
白身魚のポアレが到着し、パンの追加が出されると、シリルが不思議そうな顔で私を見た。
「……今朝の件について、何も聞かないのだな」
「冷静に考えれば、聞くまでもないと思い……ただ、一つ気になることがある」
「遠慮せず、聞いてほしい」
そこで私は思い切って、叔父がどうなったのかと尋ねてみた。
するとシリルは料理を上品に口に運びながら、あっさり答えをくれる。
「なるほど。気になっているのは、叔父であるキル殿以外もそうなのでは? 順を追ってお伝えする」
そう言うとシリルは、ナプキンで口元を拭う。
「降伏し、捕虜となった魔族の多くは、そのままアビサリーヌに残している」
「そうなのか!?」
アビサリーヌの魔王城には、ドワーフのストーンズと二万の軍が残っている。彼らに捕虜扱いとなった魔族を任せているが、勿論、狼藉を許すつもりはない。残された軍の中には、兵士達のエリート部隊もあり、彼らは内部監査の役目もになっている。今のところ、ストーンズから問題があったとの報告は、一度も受けていないとのことだった。
「よって王都へ来ることになった魔族は限られている。……我々の間で指名手配扱いになっている極悪な魔族、指揮官となりうる危険のある魔族、そのほかの王都へ来るのが妥当な魔族ということで、二十人ぐらいだろうか」
これには一瞬、驚く。だが納得でもあった。
捕虜となった魔族はあまりにも数が多く、収容所で受け入れが終わらない。そこで捕虜交換の手続きが早急にスタートしたという話も聞いていた。必要がある魔族以外は連行していないのは……至極妥当な判断なのだろう。
「オデット王女の叔父であるキル殿は、王都に住まいと爵位を与えられている。君と同じように自由の身。もし会いたければ、その場をもうけよう」
これは驚き、手に持っていたパンがポロリと皿の上に落ちる。
だが驚きは、これでは終わらない。
「君の侍女であるシアとペルも無事だ。今、屋敷に君の部屋を用意しているが、二人に準備をまかせている。本当は屋敷に君を連れて行った時の、サプライズにするつもりでいたが、いろいろ気になっているようなので、今、話すことにした」
まさかのサプライズ情報に、大変美味しそうな肉料理が到着したのに、そちらには反応できない。
叔父であるキルが住まいを与えられ、爵位まで授与されているなんて……!
ただ、推測することはできた。きっとキルは、爵位を与えるに値する働きをしたのだ。つまりエルエニア王国にとって、国益となる情報を提供できた。無論、私の存在を明かしたことも、そこには含まれているだろう。
キルのことはビックリだったが、それでも瞬時に腹落ちできる。
とにかく衝撃だったのは、二人の侍女シアとペルのことだ。
王宮で最後に見た二人の姿を思い出す度に、襲い掛かる兵士を焼き殺したいと何度も思っていた。でも首にはレースのチョーカーがあり、それはできない。それに彼らは既に強制労働についている。罰は与えられた。だが失われた二人の命は戻らない――そう考えていたのだ。
その二人が生きているということは……。
「あの場に、幸いミルトンとレウェリンが駆け付けることができた。シアの傷はレウェリンの魔法で瞬時に癒され、ペルは無傷で保護できたが……。間一髪だったと思う。だがシアの乙女は守られ、ペルも問題はない。それでも二人とも、“人間”“男”に対する恐怖が心に植え付けられ、最初は手に負えない状態だった」
これを聞くと、罰は与えられたと分かっても、あの時の兵士はやはり消し炭にしたいと思ってしまう。たとえ肉体に傷がなくても、シアとペルは心に大きな傷を受けているのだ。
「そんなに怖い顔をなさらないでも、大丈夫だ。シアとペルに手を出そうとした兵を、ミルトンが止めようとしたのだが……。どうもうっかり、とんでもない場所を傷つけてしまったようだ。おそらくあの場で二人を襲うとした兵は、子孫を残せないだろう」
なるほど。それならば……。生き地獄の状態か。私の怒りの溜飲も下がる。
「シアとペルの恐怖心は、王都に戻るまでの旅の道中で、少しずつ癒された。エルフであるミルトンが持つ、心を癒す力によって。今ではすっかり元気になり、オデット王女を迎えるための準備に、奮闘してくれている」
そうか。エルフの力で。ならば安心だ。
「それは……とてもありがたい。……二人のことを助けてくれて、ありがとう」
「安心できたようだな。ところでこのラム肉、臭みもなく美味しいぞ。ぜひ味わってほしい」
「! はいっ!」
そこからしばらく、私はお肉を食べることに集中だ。シリルは黙って自身も食事をしながら、私を見守ってくれた。私はお肉を口に運びながら、シアとペルのことは、サプライズにするつもりでいたと、シリルが言っていたことを思い出す。そして意外だと思ってしまう。
シリルは勇者なのに。
サプライズというお茶目なところを、シリルが持ち合わせている――というのは新しい発見だった。
そんな風にしながら食事を続け、丁度、私がお肉を食べ終わったタイミングで、シリルが声をかけてくれる。
「キル殿に会いたいのではないか?」
「! そう……だな。シアとペルとは、シリルのお屋敷へ行けば再会できると分かっている。そうなると叔父上に……ええ、会いたい」
そこでお肉のお皿が下げられ、テーブルの上の不要となった食器やスパイスも下げられる。
デザートがいよいよ登場なのだろう。
「ではキル殿と会えるように、手配をしておこう」
「ありがとうございます!」
そこで少し、シリルは考え込む表情となり、でも何か決心したように私を見る。
「オデット王女様は、その立場からすると、知っていると思う。セイン・ダークミストのことを」
ここでセインの名が登場するとは思わず、三度目のサプライズに、まじまじとシリルの顔を見てしまう。
彼は今日、私をどれだけ驚かすつもりなのだろう?
だが空を映したかのようなシリルの碧い瞳は、落ち着いた様子で私に向けられている。
「その顔は、知っているということだな。……彼は、自分達からしても、有名だった。アビサリーヌの騎士団の団長であり、その戦い方は勿論、自身にも部下である魔族にも厳しい。捕虜にした人間の女性に手を出そうとしたのを見て、その場で部下を斬首していたと、その後解放された女性達が証言している。高潔な志を持っていたのだと思う。できれば生きている姿で対面したかった。……彼の遺体が明日にも、この王都へ到着する」