な……なんで私?
シリルに向け、国王はこんな言葉を口にする。
「シリルが求めた愛は、これからの未来にもつながる。かつての敵味方という関係を乗り越え、共に生きる仲間であることを、この世界に示すことになるであろう。ただ、それは強引なものであってはならない。本人の意思を重視する。嫌であれば、断れば済む話。ではシリル、そなたの想いを伝えるがいい――」
するとシリルは、ふわっと優しい表情を浮かべた。
サラサラの黄金の髪を揺らしたシリルが……私を見ている。
え……?
「オデット・ルネ・デスローズ、君にプロポーズする。過去を乗り越え、君と未来を歩んでいきたい。この気持ちを受け入れてくれるなら、その手に口づけをする許可をいただけないだろうか」
そう言うと、素早く私の前で片膝をつき、ひざまずいた。
空を映したかのような碧い瞳で見上げられ、心臓が止まりそうになる。
な……なんで私?
しかも相手は勇者。
元ラスボスの女魔王が勇者と結婚――!?
もし私が前世の記憶を持たなければ。余計な忖度はしなかったと思う。
だが無駄に日本人らしい感覚があるから、瞬時に考えてしまったのだ。
魔族と人間の結婚。
かつての敵同士での結婚。しかも魔族殲滅の先頭に立っていた勇者と、魔王の娘であり元王女(本当は女魔王でラスボス)の結婚。
これには大きな意味が伴う。
まさに国王が言っていた「敵味方という関係を乗り越え、共に生きる仲間であることを、この世界に示すことになる」だ。ここで「ノー」と言おうものなら、このお祝いムードが台無しになる……。
この忖度をほんの数秒で脳内で終えた私は、もう自然と手を差し出していた。
天使のように微笑んだシリルが、手の甲へキスをする。
同時に国王が拍手を始め、それは広場全体にウェーブのように広がり、大きな歓声と一つになった。
触れたシリルの唇の感触を反芻する余裕などない。
ただただ、ゲームエンディング後にとんでもないことになってしまったと思っていた。
さらに気になることがある。
魔族と人間は、そもそも結婚できるの?
そこがもう、気になっていた。
ファンタジーの世界では獣人族と人間は当たり前のように結ばれているが、本当に問題ないの!?
自分では限りなく、自分の体は人間と同じ……と思っている。でも……。
「恥ずかしがらなくていい。これは歴史的快挙。構わんぞ」
国王が何を言いだしたのかと思ったら、スッと立ち上がったシリルが私を抱き寄せる。
「えっ……」と思った瞬間。
ぎゅっと抱きしめられている。
さらに拍手喝采の音が、大きくなっている。だがそれ以上に強く感じてしまう音がある。
破裂しそうな自分の心臓の音。
抱きしめられた胸の中で感じるシリルの心音。
私と同じぐらい、シリルもドキドキしている――その事実に、どうしたって気持ちが反応してしまう。
こんなに胸が高鳴っているということは、シリルは私のことを本当に好きなんだ。
そう思えたが、不思議でもあった。
魔王城の王宮で出会い、そこから王都に辿り着くまでの間。
旅をしているのだから、寝食を共にしていた。
必然的に過ごす時間は長かった。
ただ、シリルと二人きりで過ごす時間なんてなく、私のそばにいつもいたのはレダだ。
乙女ゲームでは、そういうルートもあったので、レダから告白されるならまだしも。
まさかシリルからプロポーズされるなんて……。
なぜだろう?
まずはそこを聞きたいと思ったが。
「熱いのはいいが、続きは二人きりの時で」
この国王の言葉に、今度は慌てて離れることになる。
さらに広場にいるみんなに手を振るように言われ、それが終わると「オデット王女、あなたが住めるよう、屋敷に部屋の手配を進めている。今しばらく青の塔の部屋で、お待ちいただけるだろうか?」とシリルに優しく言われた。これには「分かった」と返事を返す。
返事をしつつ、このサプライズプロポーズの意図を聞かせて欲しいと思っていた。
政治的な理由ではなく、シリルの本心を。
「シリル、この後は御前会議じゃな」
魔法使いのレウェリンの言葉に、真意を今問うことは、断念することになる。
◇
シリル達、魔王討伐パーティのメンバーは全員、御前会議だった。
魔王城は占拠され、魔王は自害し、暗黒の国アビサリーヌは滅びた。
投降した者が多いが、その一方で魔族があちこちに散らばり、人間へ悪さを続けている。
きっとシリル達は、そういった残党の中でも、特に悪質なものや不穏な動きを見せる魔族の掃討に、向かう必要があるのだろう。そのための御前会議ではないか。そう思った。
シリルの結婚相手となった私は、そんな魔族たちには、象徴的な存在になるはずだ。魔王には実は娘がいた。その王女は人間の勇者と結婚した。公衆の面前でプロポーズされ、断ることもできたが、王女はそれを受け入れたのだ。
魔族と人間の共生を選んだということは……。
もはや「最後の魔王の娘であるオデット王女の名の元、人間どもに復讐を!」とはできなくなる。私としてはこれを機に、残された魔族が人間を襲うことを止め、別の生き方を模索してくれることを願った。
「ちょっと、そこの魔族さん」
青の塔の部屋に戻るため、侍女と共に回廊を歩いていると、声をかけられた。
人間の国であるエルエニア王国に知り合いはいないので、驚いて立ち止まることになった。
振り返るとそこには、カナリア色の明るいドレスを着た、シリルと同じ黄金の髪、そして青い瞳の綺麗な令嬢がいた。二人の侍女も連れている。その様子から高位貴族なのだろうと、すぐに理解できてしまう。
「ねえ、あなた。一体、どうやってシリル様をたぶらかしたの!」
いきなりそんなことを問われ、頭の中が「?」となる。
たぶらかす……?
「どうして魔王討伐の先頭に立っていたシリル様が、あなたと結婚なんてする必要があるの? ないわよね? でもあなたは魔族の女。シリル様のことを、王都へ戻る旅の道中で、誘惑したのでしょう?」
心外だった。そんなことはしていないのに。
「申し訳ないが、私は誘惑なんてしていない。むしろ、私自身がなぜプロポーズされたのか、分からないぐらいだ。後で本人に聞こうと思うが」「ふざけないで頂戴!」
私の言葉に被せるように、令嬢は声をあげる。
「何が分からない、よ! あなたが誘惑していないなら、政治的な理由しかないでしょう!」
「政治的理由……」
「国王陛下が言っていたじゃない! 『かつての敵味方という関係を乗り越え、共に生きる仲間であることを、この世界に示すことになる』つまりは、まるで砂糖に群がる蟻のように、あちこちにいる魔族に、人間へ抵抗をさせるのをやめさせるためよ。最後の魔王の娘が、人間の勇者と結婚した。この事実を認めよ、ということ。シリルは本当は、あなたとなんて結婚したくないの。そんなことも分からないの? 彼はこの世界の平和のために、自身の結婚を犠牲にしたのよ。愛を諦めたのよ!」
それは……腑に落ちる説明だった。
私自身、なぜシリルに求婚されたのか、その理由が分からなかったのだから。
シリルは誠実だ。
国王から平和の象徴になってくれと頼まれ、断れるわけがない。
「フッ。分かったようね。歴史を振り返ってもそうでしょう? 敵国の王族なんて、人質として利用するもの。でも敵国が滅んだら、そうもできない。そうなったら、処刑するのがてっとり早い。もしくは王族との結婚よ。平和の象徴にして、残党に大義名分を残さないようにする。でも既に王太子殿下と第二王子は既婚者。第三王子は結婚秒読み。そこで魔王討伐に追われ、婚約者もいないシリル様に白羽の矢が立ってしまったのよ!」
令嬢は声を荒げてそう言うが、それはご尤もだった。
「なるほど。それは納得だ。それにシリルは優しい。国王陛下からの、私との結婚をシリルが拒否すれば、いよいよ私の利用価値はなくなる。よって処刑するしかない――というのは明白。シリルは私が処刑されることを憐れみ、慈悲深い心で、国王陛下の提案を受け入れてくれたのだろう」
「え、あ……、あ、あなた、物分かりがいいのね。そう、その通りよ」
少し動揺しながら、自身の肩にかかる黄金の髪を払い、令嬢はそう答えた。