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第9話 最後の強敵

 9回の表の広島工科大学・高橋。2番の鈴原を見逃し三振、3番の政をサードゴロに抑えて早くもツーアウト。先制タイムリーを放っている4番の十河に回ったところで、監督がベンチをゆっくり出るとともに、高橋がマウンドを降りる。

「ん? ここで交代?」

「そう、みたいだね」

 ちょうどベンチに戻ってきた政が不思議そうにつぶやくと、慶も不思議そうに答え、ついでに十河も不思議そうに首をかしげる。

『広島工科大学、守備位置の交代です。指名打者の細野がピッチャー、ピッチャーの高橋がセンター――』

「「「え?」」」

 全員が驚愕の声を上げる。

 ここまで高橋の球をまともに捉えている十河に対して誰を投げさせるかと思えば指名打者の選手。そして高橋は降板と言う事ではなく他のポジションに入るようである。

「どういうことだ」

「他のポジションに入れるってことは再登板の可能性があるってことだろうけど、DHの選手をマウンドに送るの?」

 疑問溢れるこの交代の中、マウンドに上がったリリーフは、バッター十河に対し「投球練習はいらない。早く打席に入れ」と合図を出す。キャッチャーも同じような合図をだしたため、十河は打席に入り、主審もプレイ再開宣告をかけようとして――動作を止める。

「本当にそこでいいのかい?」

「はい。この場所でいいです」

 主審に声をかけられた高橋がいた場所はセカンドの正面。ピッチャーのほぼ真横。センターと言うよりは、前進守備のセカンドと言う方が似合うような場所だ。しかし高橋はここでいいと言い返し、ならばと主審はプレイ再開宣告。

 野球の守備は、ピッチャー・キャッチャー以外に関しては、フェアゾーンであり、バッターの打撃の邪魔をしていなければどこにいても構わない。例えば今の高橋のような守備シフトもルール上は問題がなく、有名なものでは内野5人シフトがそうである。しかし高橋のこの守備シフトにはまったく利点がないどころか、欠点しか見当たらないのだが。

「ふ~ん、なるほどねぇ~」

 慶はマネージャーらしく政に冷えたスポーツドリンクを手渡ししながら納得する。

「敬遠のためだけのリリーフかぁ」

 リリーフは十河を、はっきりキャッチャーを立たせて敬遠し始める。

「それなら高橋はどうせすぐマウンドに戻るからあの守備位置でいいし、リリーフはDHでもいいし、投球練習はいらないもんね」

「敬遠のためのリリーフ、かぁ。そこまでして敬遠したくないか」

「ここまで来ると元プロの意地って言うか、プロの恥さらしな気もするけど。もしかしたら政が初回に言ったことで意地になっちゃったのかな」

「意外とそうかも」

 作業的とも言える敬遠が終わると十河は当然のようにバットを放り投げて1塁へ歩く。高橋はと言うと、監督の選手交代の通達より先にマウンドへ、リリーフもセンターの守備位置へ駆けて行き、そこでようやく監督が遅れてベンチから出てくる。

『ピッチャーの細野がセンター、センターの高橋がピッチャー。以上のように代わります』

「で、再登板と」

「何があったか知らないけど、あんな俺様的性格だとプロじゃ成功できなかった気がするなぁ」

「僕もそう思う」

 南長州大学のベンチでボロカスに言われていることはまず知らない高橋は続く5番の槙島をサードゴロに打ち取る。経過的にはどうであれ、結果的には9回1失点、被安打2、2四球、そして驚異の19奪三振と好投を見せてマウンドを後にした。



 9回の裏。広島工科大学、1点を追う最後の攻撃。

「うわっと。やばっ。打たれちまったかぁ」

 好投のエース福野、リリーフの井島に次いでマウンドを譲り受けた浦野。先頭の7番、市川に三遊間深くに打たれてしまい、政が追いつくも1塁には送球できず、記録上は内野安打。刺そうと思えば刺せなくもなかったが、政の体勢が悪かった。

「すみません、浦野さん」

「いやいや。ヒット、ヒット」

 謝りながらボールを返す政に、気にするなと落ち着かせる浦野。先輩から後輩を庇う事も多い優しい性格だけに、例え実質的なエラーであっても怒るようなそぶりはない。

「ありがとうございます。でも先輩。あとアウト3つ。下位打線ですし、楽に――」

 政が逆に声掛けをしていたところで、爆発のような歓声が3塁側スタンドから上がった。

「え? え? え? ど、どうした?」

 驚いてあたりを見回す浦野。政は「代打か?」とバッターを見るが違う、そしてネクストバッターサークルに目をやって、

「し、しまった。そう言う事かっ」

 気付くのが遅れた。仮に気付くのが早くとも手の打ちようはなかったのだが、遅れた事が動揺につながった。

 彼はあわてて振り返りバックスクリーンへと目を向ける。そこには……

「くそっ。やられた……もう少し早く気付いていれば」

「三好君。たしかに後ろを振り返ることも大事だ。けど、後ろを振り向いてばかりじゃ、足元の石に気付かず転んでしまうぞ」

「先輩……」

「不測の事態が起こった時、必要なのは後悔じゃなくて、前を向く事。さぁ、抑えよう」

「先輩。いえ、師匠」

「師匠はやめて。恥ずかしいから」

 マウンド上の浦野。危機的状況であることは分かっているにも関わらず、ピッチャーが落ち込んではいられないと、むしろ危機的状況の危険を減らそうと気合いを入れた力投。

 盛り上がり沸き立つ球場。押せ押せムードの中で、浦野はそのムードに負けないよう、穏やかな普段に似合わぬ気合いのこもったピッチングで8番を三振に打ち取る。

「っしゃあぁぁぁぁ」

 白い歯を見せる鋭い雄叫びを上げながらのガッツポーズ。

 しかしその気迫も次打者の前には無意味である。スタンドが沸き立った理由。それは、

『9番、ピッチャー、高橋』

 続くバッターは1年間だけとはいえ、プロで打率.325、本塁打1、打点9を記録した打撃の天才・高橋耕平。ピッチャーながら5盗塁も記録しており足も速い選手だ。

「まさかDH放棄とはね。さしずめ、十河ちゃんの敬遠は、高橋を次の回の3人目の打者に入れるための工作ってとこかな? 十河ちゃん相手だったのは、最後の守備交代の機会。9回ツーアウトで偶然回って来たってだけで。その偶然にごまかされたね……」

 ベンチの慶は悔しそうに唇を噛む。

 DH制において投手が投手以外の守備位置に付いた場合、DH制が解除されてしまう。そしてピッチャーの打順はその交代においてベンチに引いた選手、引いた選手がいない場合はDHの選手のものを引き継ぐこととなる。つまり1番の選手が引けば1番に、2番が引けば2番に……となるわけだが、前イニングの交代では9番のセンターが引いたため、高橋が9番に入っているのだ。

『(ルール上、交代方法次第でピッチャーは何番でも打順を引き継げる。どうあがいてもこの展開は回避できなかったんだろうけど、読み違えは悔しいなぁ)』

 政が高橋へと視線を向けると、それに気付いたのか、高橋も政を睨み返してくる。

『(一発が出れば逆転サヨナラ。面白い状況じゃないか。俺の手で、お前らに引導を渡してやるよ)』

 負けられない。アニメやマンガであればオーラのようなものが描かれているであろう、ただものではないレベルの異様な雰囲気が漂う。

 ゆっくりと打席に入る高橋。プロの時から使っているマイバットを長く持ち、バットを立てて構える。

『(注意してください。先輩。高橋はプロのピッチャー相手に3割残した打撃の天才です)』

 政は打ち損じようものなら絶対にアウトにすると集中力を高める。

『(たしかに高橋は名投手でありながら名打者。でも、歩かせるわけにはいかないっちゃ。ここで高橋を歩かせればワンアウトでランナー1・2塁。そんなピンチで上位に回せないっちゃ)』

 打率3割は裏を返せば7割で凡退。その7割に賭けて選んだ勝負の選択肢。

 小林はアマチュアごときの配球がプロに及ぶわけがない。そう考えながらも、できる限りで最善の選択肢をひねり出す。そんな彼からのサインを受け取った浦野は、ランナーを警戒しながらもバッター集中。やや動きが大きめのクイックモーションで全力投球。

 しかし、プロとアマの違いがここに出る。

『(甘い。プロとアマの違い。それは……)』

 インコースベルト当たりへ、140キロ弱のストレート。確実にバット合わせる。

『(力だけで抑え込めるのがアマ。力だけでは抑え込めないのがプロ。コースが甘すぎんだよっ)』

 初球からフルスイング。高橋はホームランを確信して、バットを大きく放り投げる。

 会心の一打は気付いた時には――という表現が的確なほどの速さで、スタンドの椅子に直撃して高く跳ね上がった。

「ファール、ファール」

 打球はレフトポールの3メートル左。少しタイミングがずれていれば、レフトへの逆転サヨナラツーランだ。

「あっぶねぇぇぇ」

 浦野は自分の額に流れる汗に気付き、ユニフォームの袖でそれを拭った。打ち損じに舌打ちして打席へと戻る高橋。

『(チッ。ボールが思いのほか手元で伸びなかった。けど、タイミングは分かった。次は入れる)』

 バットを拾って構えなおす。

『(さすがプロでもいいバッティングを見せていた高橋だ。ぎりぎりでファールになったとは言え、いきなりホームラン性の当たりなんて尋常じゃない。アウトにできる機会があったら、絶対にアウトにする。例え、フェンスに突っ込んででも)』

 アウトにさえ取ってしまえばツーアウト。よっぽど打線がつながり、延長戦に突入しない限りは、それ以降高橋に打順が回ることはまずあり得ない。決意を固めた政の集中力は極限に達する。

 マウンド上の浦野。先ほどのホームラン性を見て、委縮するどころか、かえって打たれまいという意識が高まる。その意識の高さが、高橋にとっては好都合なものであるとは知らず。

 ランナーを警戒し、片手間で抑えられるほど高橋は甘くない。ランナーをほぼ完全に無視した浦野は、セットポジションにこそはいるものの、ランナーへはまったく目線を向けない。

『(よし、行く。みんな。打たれたら任せるよ)』

 足を高く上げた場所で制止させる、到底、クイックモーションとは言えない投球モーションへ。前へと思いっきり踏み出し、左腕を全力で引く。コントロールは完全無視。力で抑え込もうと、スピード重視の全力投球。

 浦野の右手から放たれた140を超えるストレートは、やや甘く入ったインコース高め。普通の大学生なら打つのは難しい球だが、プロにとっては甘い球。そして、元プロの天才打者が見逃すわけがない。

『(プロはスピードでは抑え込めない。それを――)』

 高橋のスイングしたバットの芯が、完全に引っ張りのタイミングでボールの芯を捉える。

 完全衝突。

『(もう一度、アマ共に見せてやるぜっ)』

 不要な力に任せない。無駄な力は抜き、腰の回転、手首の返し、腕の必要な力だけで振り抜いた。その打球は、

『(くそっ、上がらない)』

 フライにならない。低いライナー。

『(よし、ヒットに抑えた(・・・・・・・)っ)』

 今の高橋はヒットで済めば十分抑えた事になる。九分九厘ヒット性の当たりにも関わらず、浦野は心の中でガッツポーズ。しかし、ヒットとはまだ決まっていない。

『(させっかよっ)』

 高橋の打球に早い反応を見せた政。定位置から1歩、2歩くらい動き、それ以上は間に合わないと判断し、グローブをできる限り伸ばし、頭から三遊間へと飛び込んだ。豪快なヘッドスライディングに砂埃が舞い上がる。

『(ある)』

 そんな彼の左腕には確かに硬く丸い物の感触。そして、それを捕った瞬間、やや上向きの力を感じたと言う事は、ワンバウンド捕球。

「セカンっ」

 上体を一瞬だけ浮かした政は十分には起き上がらず、再び倒れ込みながらサイドスローで2塁へと送球。肩だけで投げた送球はいつものスピードこそないが、アウトにするには十分。2塁ベースに滑り込んだセカンド・鈴原が捕球し、アウト1つ目。足元を狙ってスライディングを仕掛けるランナーを回避し、1塁へと送球。

『(俺はっ――)』

 その驚愕のプレーを目の前で見せつけながらも、1塁へと全力疾走の高橋。

『(俺はっ、こんな奴らにっ)』

 残り1塁まで数メートル。ここで高橋はプロ時代に見せなかった意地を、そして投手としてはやってはいけない、禁断の一手を見せる。

『(負けられないんだぁぁぁぁぁぁっ)』

 視界に捉えるは1塁ベースだけ。それをめがけてヘッドスライディングで突っ込んだ。

 政に続くワンプレーで2度目のヘッドスライディング。甲子園大会の最終打者を彷彿とさせるプレーに、スタンドからは歓声が上がる。だが、判定と歓声は別。

 この球場にいる多くの人間の視線を集める1塁審判は、ワンテンポ置いてから判定を下した。

「アウトぉぉぉぉぉぉ」

 3つめのアウト。最後のアウトが1塁審判によって宣言された。

「やったぁぁぁぁぁぁ」

 慶の甲高い声に引き続き、ベンチ入り選手や監督の声がベンチで反響。さらに試合に出ていたナインも歓喜の声を挙げる。なにせ、最後は1年生の超ファインプレーで元プロの天才打者を打ち取り試合終了だ。

「はふぅ。助かったぁ」

 何よりも緊張していたのはファインプレーをした張本人。起き上がってユニフォームに付いた砂を払っていると、高橋が1塁ベース前でまだ手を地に付いて項垂れているのが見える。

『(まさか怪我でもしたか? ピッチャーなのに無茶な事を……)』

 本来なら選手整列があるものの、南長州大学は狂喜乱舞。広島工科は負けた事による動揺。そしてスタンドではマスコミが大騒ぎ。それらをなんとかするのに審判団は右往左往であり、それはもう少しかかりそうである。

 心配もあって1塁ベースへと駆け寄ってみると、突然に高橋が1塁ベースを殴りつける。利き手の右手ではなく左手で殴ったところからして、一応はピッチャーとしての意識はあるようだ。

「くそっ。負けた。なんとか0点に抑えて、自力でホームランでも打ってれば無理やりにでも勝てたのに」

「自分で抑えて自分で打ってれば勝てたって、1人野球そのままだな。チームメイト信用してないのか?」

 おかしなことを漏らす高橋に、つい聞いてみたかった政。すると高橋は彼を鋭い目つきで睨みつける。

「チームメイトを信用? そんなものチームメイトに恵まれたヤツができることだ。お前に分かるか。好投していても打線に見殺しにされて12敗もした俺の気持ち。どう考えても打線のせいなのに、マスコミやファンにはローテ唯一の借金持ちって言われて……」

 いかにも実力があって1人野球をしている奴のいいそうなセリフ。ここはぜひ「野球はチームでするものだ」と言ってやりたい政ではあったが、彼の発言に引っかかる点を見つけてしまった。


 そんなものチームメイトに恵まれたヤツができることだ


 もしかするとそれは現実を知ったものの導いた答えであり、自分のチームワーク信仰は現実を知らない夢・幻なのかもしれないと。そこでチームワーク信仰を唱えることは、社会を知らない子供が、社会を知る親の前で「アメリカの大統領になりたい」とふざけて言うような事と同義ではないかと。

「もぅ、自分の力以外、信じられねぇよ」

 完全に『味方』と言う存在に失望している高橋。しかし政は彼の発言と、今までの行動に矛盾点を見つける。

「意外だな。そんなにチームメイト信用してないのに、別に点を取らずとも怒らないし、エラーされても怒らないって。チームメイトを駒程度にしか見てない奴って、もうちょっと怒りそうだけどな」

「言葉の発せない幼児があいさつできなかったらお前は怒るか? 怒らねぇだろ? 不可能な事をできないのは普通のことだから怒りようがないだろ? それに、駒としてでもチームメイトを認めてるなら、それは信用してないうちに入らねぇよ。俺は駒としてもチームメイトを認めてねぇ」

 怒ることは信用・期待していることの裏返し。逆を言えば、怒らないことは、信用・期待していないことの裏返し。究極的に味方を信用しない状況とは、味方に対して怒ることはあり得ない。そして、

「エラーされたのは、エラーするヤツのところに打たせた俺が悪い。点が取れないのは、ホームランを打てない俺が悪い。ただそれだけのことじゃないか。この試合の敗因はあいつらにはねぇよ。すべて俺の責任だ」

 1人野球の責任は1人にのみ帰結する。なぜなら彼にとって『1(じぶん)』以外、このチームに味方は存在しないのだから。

「1ついいかな? 僕の長打を防いだあのプレーにガッツポーズを見せたのはなんだったんだ。お前が否定するチームメイトの好プレーに」

「宝くじ。1等が当たるなんて思ってはいない。だが当たったら本心から喜ぶのは正常な反応だろ。それがいい意味での誤算であっても」

 例え1度いいプレーがあっても信用するには値しない。1度1等が当たったからと言って、宝くじの1等当選確率が信用に値する数値でないことに変わりないのと同じだ。

「今日は、ナイスゲームだった。おめでとう。それだけは讃える。だが……」

 背を向けた高橋の表情は陰になって見えない。自分を破る強者に出会えた楽しさから笑っているのか。それとも、負けた悔しさから怖い顔をしているのか。

 いずれにせよ言葉には敵意が籠っている。

「次は負けない。零封してやるよ。2部リーグで待っておけ。すぐに行く」



 試合も終了し、さっさと道具を片付けて帰路につこうと考えた南長州大学の選手たち。ところがこの試合は、元プロ野球選手の大学野球公式戦の初出場。マスコミが集まっていたのは言うまでもない。そしてその元プロを撃破した勝者にマスコミが集まるのも、また言うまでもない。

「川嶋君。今日の試合の勝因は?」

「元プロと対戦した感想は?」

「なんでもいいから、とりあえず感想を」

「えっと、あの、えっと……」

 迫る10人以上のマスコミ陣に、あわてふためく監督・川嶋。その横では、

「南長州大学が高橋君から放った数少ないヒットですが、打った感想は」

「前を打った三好君がフォアボールで繋いでくれたので、なんとか返してやろうと意気込んでいました。打ててよかったです」

 あえて普段の『政』でなく『三好君』と言い、非常にいい返答を見せる十河もいる。そこから離れた場所にいるのは、監督でもなく、先制打兼決勝打を放った主砲でもない『その他大勢』達である。壁にもたれたり、座り込んで休憩したりと、マスコミ対応を眺める。

「まったく、何やってんだか」

 いまいち対応の悪い先輩と、対応が良すぎて気持ち悪い友人を横目に眺める慶は、持参していたタブレットを片手に暇つぶし。インターネットでふと閃いた調べものをしたり、動画サイトで動画を見たりと、これ以上ないまでに暇にしている。十河は時折アピールのつもりか、異常に下手なウインクを慶にするが、彼の方を向いていない彼女はそんなこと気付かず。

「政。なんならマスコミにアピールしてくれば? 好守も見せたし、唯一ホームを踏んでるし。ここで取りあげられれば、プロのスカウトに注目されるかもよ?」

「……」

「政?」

「あ、すまん。なんだって?」

 どこか上の空の彼は、聞いていなかったと、彼女へ質問を聞きなおす。

「マスコミにアピールしてこなくていいの? って話」

「なんで?」

「いいプレーをちょくちょく見せてたし、アピールしとけばプロのスカウトに目を付けられるかもって思ったんだけど」

「よせやい。プロなんてそんな柄じゃねぇよ」

 たしかに守備自体はよかったかもしれないが、打撃成績は3打数無安打1三振。こんなんでプロになれるか。そんな表情で首を振る。

「案外分からないよ? プロでも守備だけの選手なんてザラにいるし」

「あぁ言うのは、アマ時代はすげぇバッティングしてたんだよ。そんな人があんなさっぱりなのに、僕がプロになんて言ってもヒット1本も打てずに引退だって」

「そう? なれると思うけどなぁ」

 軽い感じで口にした慶は、再びタブレット端末へと視線を落とす。話が終わったことで、政は再び上の空。心ここにあらず。そんな言葉が似合うような光景であった。



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