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17 歳  作者: 灯凪田テイル
3/10

言葉による自傷行為

 

 かさり。

 紙袋を開ける音に反応したのは、3匹の猫たちの方だった。この公園の猫たちは比較的、人に慣れている。おそらく生来の野良猫ではなく、捨て猫なのだろう。食べ物を持っている人間には、遠巻きに様子を伺いながらもやがて近づいてくる。

「おじさん、何かくれない?」

 ぶっきらぼうにそう言ったのは、もちろん猫たちではない。

おじさん?

 凌は心の中で苦笑した。そうか、僕はこの年代の女の子から見れば、もうおじさんなのか。

「君が、何かあげればいいだろ」

 凌は、視線で売店の方を指した。

「お金持ってないの、今日は」

 そう答える女の子の足元を、凌は無遠慮に見た。

「そうだ。靴も履いてなかったんだ。今日は」

「いつもは、履いてるの?」

「当たり前じゃない」

 女の子が近づいてくる。

 凌はポケットに手を入れ、小銭を探した。

「いつもは、猫たちは何を好んで食べるの?」

 女の子が笑った。幼さが増す笑顔だった。

「好みなんか、わかんないよ。もらったものを食べるだけ。だってこの仔たち、そうやって生きてきたんだもの」

 凌の心の中で、何かがざわりと動いた。

「そうか。好むと好まざるに関わらず、そうやって生きてきたのか」

 凌は、女の子の方に小銭を乗せた手を差し出した。

「君の好きなものを、買ってあげるといい」

 広げた凌の手から、女の子は100円玉を数個拾った。

「ありがと」

 靴を履かない足のまま売店に駆け出した女の子は、袋菓子を買って戻ってきた。そして再び、凌の傍に来ると右手を差し出した。

「これ、お釣り」

「いいよ」

「よくない」

 凌は、黙って返されたお金を受け取った。

 女の子は菓子の袋を開けると、すぐに猫たちに囲まれた。猫たちには菓子を与えるのに、自分は一口も食べようとしないその姿を眺めていた凌は、思わずこう声をかけた。

「ねえ。君はお腹すいてないの?」

 もう、正午はかなり回っている。女の子が照れたように笑う。

「あ、忘れてた」

「パン、食べる?」

 思わず、凌はそう訊ねていた。

 再び売店に行って買ってきたお茶を飲みながら、彼女は凌が差し出したバケットサンドを頬張っている。

「おいしい。これ、おじさんがつくったの?」

「君、高校生?名前は?」

「うん。杏胡」

「おじさんは、一ノ瀬って言うんだ」

「そう。何してる人?」

「歯医者さん」

 大きな口を開けてバゲットに噛みついていた杏胡の動きが、一瞬止まった。やがて、もぐもぐもぐと口の中のバゲットとクリームチーズを食道へ押しやったようだ。

「そう。おじさんも先生なんだ」

も?

 そのたった一文字に込められた意味を訊ねようとして、凌は息を飲んだ。杏胡の瞳が漆黒の闇のように、暗く沈んだからだ。

 あはははは。突然、杏胡が笑い出した。

「先生、せんせい、センセイ。この世の中に、先生って呼ばれる人はどれくらいいるんだろう。ねぇ、先生。先生っていう職業の人は、センセイって呼ばれるの嬉しい?」

「先生は職業じゃない、少なくとも僕の場合は」

 注意深く、杏胡の目の奥を伺いながら、凌はそう答えた。なのに杏胡は、靴を履いていない足のままベンチから立ち上がり、踊るようにくるくる廻る。

「センセイ、センセイ、センセイ。あはははは」

 足、痛いだろ?

 そう訊こうとして、凌はやめた。痛いのは、足ではないだろう。いま杏胡の心が血を流している。それがどれほどの傷なのか、まだわからない。しかし、これだけは確実な気がした。

 「センセイ」は杏胡の言葉による自傷行為なのだ。



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