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06.魔王の秘密



 ───魔王って何だと思う?




 いきなり問いを投げかけられたのは、スノウティナ王女が本に没頭して随分経った時だった。

 顔を上げると窓の外は茜色。

 勿論これは自然現象ではなく、魔王ミケラヘイムによるもの。聞けば、日夜問わず闇に浸された世界だった空を、アルスウィドと同じ変化をもたらすよう魔界の仕組みを変えたらしい。

 誰の為かは聞くまでも無い。

 王女は尋ねなかったし感想も口にしなかった。珍しく、ほんの少しだけ口端を上げて「そう」と言っただけ。

 そんな王女も今の問いには首を傾げた。



「魔王?」


「そう、魔王。つまり僕の事だけど」


「知らない、どうでもいい、興味ない。魔王ってことは、魔族の王でしょ。そしてあんたはただの変態」


「ええっ? もうちょっと真面目に考えてよ、そんな簡単に答えられても困るんだって! 最後の変態っていうのは合ってるけどさぁ」



 やはり変態と呼ばれて嬉しいのかこのドM、と思ったかは定かではないが。

 呆れを含んだ眼を魔王に向けると、王女は再び本のページを捲った。

 ……が、すぐにまたぱたりと閉じられる。



「ちょっと! 何するのよ」


「だってスノウが聞いてくれないんだもん」


「だからってガキみたいな真似するんじゃないわよ。……ああもう! 開かないじゃないの!」


「だって聞いてくれないから実力行使したんだもん」



 いくら語尾を可愛らしくしたところで似合わない。美形とは言え魔王は男性的な容姿だ。

 これがリム・マーティオスならば違和感のいの字も覚えないだろうが。



「私は読書中なの。質問には答えたでしょ、早く開いて」


「やだよ」


「いい加減にしないと蹴るわよ」


「馬鹿だなあスノウは、そんな事で僕を止められるとでも? 寧ろ喜んで耐えて見せるよさあ蹴ってくれないかいっ!」


「うっわ………………流石に引くわ」



 これで抱き着かれでもしたら身体が勝手に蹴り飛ばしていた。が、間にテーブルを挟んでたから助かった。

 自分は王女であって女王ではない。

 

 ”どちらかと言えばサディスティックに近い”といつだったかリムには言われたが、自身では至ってノーマルのつもりだ。

 暴力や暴言を奮って喜ぶ性質ではない。

 というよりも、王宮に居た頃は暴力など振るったことなどなかった。

 そもそも父と母と兄、それからリム以外でちゃんと話せる人などいなかったのに。


 派手な外見ゆえに辛酸舐めてきた。

 何をやっても妬みや嫉妬は付いて来た。

 見た目だけしか評価されていないのだと絶望して、人前に出るのを恐れていた時期もある。

 自分には中身なんて存在しない。

 器だけの、空っぽな王女だと────。


 本だけが友だった幼少時代を忘れていない。

 静かに読書が出来れば良かった、ただそれだけのつまらない女だ、スノウティナ王女は。


 ───それが、この男に出会ってから調子を狂わされてばかりだ。


 否。

 初対面で思わず殴ってしまってから。

 自分にこんな攻撃的な一面があったなんて知らなかった。

 この男に否応もなく引きずり出されている気がして戸惑っている。



「それで? あんたは何が言いたいの?」



 深い溜息を吐きながら、今日の読書を諦める。

 ああ、この”チャムリーとチョコレート? 工場”はこれからいい場面なのに。

 工場長チャムリーの政治癒着と原材料の改ざん、更には稚児趣味疑惑。

 それらを主人公のメガネが暴くのだ。チョコレート? の正体は今まで一切の描写がないので、これからの展開を楽しみにしていた。



「あ、ちなみにチョコレート? を使った完全殺人が起こるんだよ」


「煩い黙れ。これ以上喋ったら許さないからこの無駄な能力チート魔王」



 誰が先を言えといったああん? とこれは以前に読了した人気アクション童話”極道のネコとタチ”の登場人物ばりの睨みを利かせる。

 ”極道のネコとタチ”とは、探偵事務所に所属する女性探偵ネコとタチがボス(正体は知らない)の為にコスプレ紛いの変装をしたりお色気を使ったりしながら、”893ヤクザ”と呼ばれる極道組織を壊滅してゆく痛快な物語だ。

 ちなみに、タチが鞭を振り上げる描写が、個人的なお気に入り場面である。


 いやん、とか。睨まれて頬を染めているこの男が理解できない。なので気にしない。無視だ無視。



「……で、結局何が言いたいのよあんたは」


「えっと、”魔王”って言葉は10年前まで存在してなかったよね。なのに今じゃ人間の間で魔王って普通に言われてるでしょ。不思議に思わない?」


「別に? あんたが自分で魔王だーって名乗ったからじゃないの」


「うーん、それが違うんだな。僕は君の国に行ったとき、一度だって名乗りはしなかったよ。”お前が魔王か?”聞かれて頷きはしたけどね」



 だから何を言いたい。

 どうも、からかわれている気がする。王女は冷たく言葉を放った。



「名乗らなきゃ誰が言い当てるの。魔族に王がいる事実すら、あんたが現れるまで知らなかったのよ。侵略宣言でどれだけ世界が揺れたか」



 そう。

 アルスウィド王国が開国して5000年を超えるが、長い歴史の中で”魔王”が現れたという事実は一度もない。

 禁書も含め、王宮図書館の殆どの歴史書を読み漁ったスノウだ。

 自国はおろか他国に至っても、魔王に侵略された、或いは襲われた、という歴史は存在しない。


 ────勿論、古くから魔族は居る。

 神々の守護を受けたアルスウィドは過去一度も魔族の被害を受けていない。が、他国の歴史書には必ず魔との戦いの一連が教訓と共に描かれていた。


 ”魔獣”と呼ばれる知能を有さない異形の獣に荒らされた町や村。

 高い知能を誇るが滅多に人界に現れない”魔族”と呼ばれる人間そっくりの存在に、誑かされ、国を滅してしまった王。遊び心で焼き尽くされた王宮。

 魔族に心を奪われ破滅した王妃。

 戯れに誘拐された王女がいた───これはスノウティナ王女も同じ身の上であるが。


 彼らは統制のない個であり、団体で行動する事がないとされている。

 魔族を統べる王の存在など、十年前まで誰一人として知らなかったはずだ。



「実は過去にも魔王は居たんだよ。終焉国アルスウィドが生まれるずっとずーっと前にね」


「…………アルスウィド?」



 紡ぐ国名は同じ筈なのに、発音が違う気がする。

 王女はまじまじと魔王を見遣る。


 今、空気が変わった。


 肌に膜が張り付きその外側を冷たい水がたゆたう、そんな冷気。水に触れないが、全身が水に包まれていると知覚するような心地の悪さ。


 ……ああ、またこの空気だ。


 身体の中で何かが熱くなった。

 まるで、自分の中に何かが蠢いているような。



「過去にも魔王が……いた?」



 王女の問いに「うん」と魔王が頷く。

 いけすかないし口は軽く態度も軽い、何かと苛立たせる存在ではあるが、この男は嘘は決して言わない。

 何故かそれだけは根拠もないのに確信できている。

 王女自身も不思議だが、その一点に於いては信じていられるのだ。


 

「アルスウィド建国以前に?」


「そうだよ。先代の魔王は居たんだ」



 アルスウィドは人間が興した国家の中で、一番古い歴史を持っている。世界一古い国だった。

 世界の歴史は即ちアルスウィドの建国年から始まっている。

 何故なら、建国の祝福に神から”文字”の能力を授かったとされているからだ。


 建国年からの出来事を”歴史”といい、それ以前は”神話”という。

 神話は教会で神父が子供に聞かせる物語である。

 神話が歴史と異なり信憑性に欠けているのは、人が文字を知らぬゆえに歴史書として残せず、口伝だったからだと言われている。


 魔王ミケラヘイム曰く”先代の魔王”とやらが現れていたのは建国年以前らしい。

 すると神話の時代だということになる。

 人がまだ神の手を離れておらず、少数民族だった頃。



「先代の魔王とやらが伝わってないのは、文字がなかったから……?」


「それだけじゃないけどね。これ以上は教えてあげないけど」


「……はぁ?」



 自分から話題を振っておいて、「教えてあげない」とは何だ。



「だってスノウが僕以外に興味持つのは嫌だもん」


「意味分からない。独占欲のつもり? そういうのは思春期だけにして欲しいわね」


「僕はまだ18年しか生きてないよ。ほら僕、まだ思春期でしょ?」

 

「なっ、長生きしてたんじゃなかったの!?」



 魔族に属しているのだから、てっきり数百年は生きているものだと思っていたが。



「まさか。それに魔王の力を継承したのが10年前だから、魔王歴は10年だし? まだ若輩者どころか赤ん坊みたいなものだよね」


「……は?」


「そもそも僕、代替わりする前は人間だったしね」


「…………はあぁぁっ!?」



 代替わりって何。

 力の継承って何。


 そもそも人間だったって何。

 初耳ばかりの事実に驚きを通り超えて頭が固まった。 



「……あんた、人間だったの………」


「人間だった頃なんてほとんど覚えてないけどね」


 そう呟いた声は、しんとした部屋に響いた。




 ───魔王って何だと思う?


 本当に、魔王ってなんだろう。

 その質問は簡単に答えられるものじゃない。



 

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