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暁の双子座〜修復が紡ぐ、ふたりと未来の物語〜  作者: aduchi


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第二章 花咲くイリス 第一部 虹色の屋敷

挿絵(By みてみん)

これは、思いを託す人と壊れたものに向き合い続けた二人の物語。


毎週水、金、日曜日の19時10分更新予定

朝露をまとった花々が、朝日に照らされていた。

白い壁に囲まれた庭園には、春の柔らかな風が流れている。

鳥の鳴き声。水の流れる音。遠くから聞こえる使用人たちの足音。

その静かな朝を壊すように、一人の少女の声が響いた。

「咲いてる!」

庭園の奥。花壇の前にしゃがみ込んでいた少女が振り返る。

 腰近くまで伸びた、長く美しい金色の髪が風に揺れる。

「見てください! 昨日まで蕾だったのに!」

 少女は嬉しそうに、小さな花を指差した。

 駆け寄ってきた庭師は、息を切らしながら苦笑する。

「お嬢様……朝から庭にいらしたのですか。」

「はい。」

「また靴が汚れております。」

 イリスは自分の足元を見る。白い靴には、茶色い土がついていた。

「あ……。」

少し考える。そして、

「でも、綺麗に咲いたので大丈夫です。」

 満面の笑顔で答えた。

 庭師は小さくため息をつく。

「その理屈では、お父様に叱られますよ。」

「その時は、一緒に謝ってください。」

「私もですか?」

「だって、庭のことを教えてくれたのは庭師さんですから。」

 あまりにも真っ直ぐな返事に、庭師は言葉を失う。そして、堪えきれず笑った。

「……本当に、お嬢様には敵いませんな。」

 屋敷の中に戻れば、また別の声が飛んでくる。

「イリス様、朝食の時間を過ぎています。」

「え?」

 時計を見る。

「あら。」

「『あら』ではありません。」

 使用人が困った顔をする。けれど、その顔は怒っているようには見えなかった。

「庭の花を見ていたら、忘れてしまいました。」

「毎日同じことを言っております。」

「毎日、花は違う顔をするんですもの。」

 イリスは当然のように答える。

 使用人は呆れたように首を振った。

「本当に変わられませんね。」

「そうですか?」

「ええ。小さい頃から。」

 広い屋敷。磨き上げられた床。高価な家具。壁に飾られた絵画。広間には、町では滅多に見られないほど豪華な調度品が並んでいる。

 けれど、イリスが足を止める場所は、いつも決まっていた。

 庭師の作業場。料理人の厨房。使用人たちが休む小さな部屋。

 使用人が荷物を持っていたら、

「それ、重くないですか?半分持っていい?」

 と声をかける。

「お嬢様が持ったら、私が旦那様に怒られます。」

「じゃあ、内緒で。」

 そんなやり取りに、屋敷にはいつも笑い声があった。

 

イリスが十歳になった朝。イリスは祖母の部屋へ呼ばれた。

「おばあ様?」

 部屋に入ると、机の上に古い木箱が置かれていた。

「これは?」

「あなたに渡したいものがあるの。」

 祖母がゆっくり蓋を開ける。

 中には、二つの髪飾りが眠っていた。

 赤色の花を象った髪飾り。

 青色の花を象った髪飾り。

 朝焼けの光を受け、二つの色が静かに輝く。

「……綺麗。」

 イリスは思わず近づいた。

「触れてもいいですか?」

 祖母は微笑む。

「ええ。」

 イリスはそっと手に取る。その指先は、いつもの彼女とは違うほど慎重だった。

「古いものなのに……。」

 髪飾りを光にかざす。

「まだ、こんなに綺麗なんですね。」

 祖母はその言葉を聞いて、優しく目を細めた。

「大切にされてきたからよ。」


 その日から、赤と青の髪飾りはイリスの宝物になった。

 鏡の前で何度も合わせる。右につけてみる。左につけてみる。二つを並べて眺める。

「どちらも好き。」

 小さく笑う。

「だから、困りますね。」

 一つだけ選べと言われても、きっと選べない。それほど大切だった。


 時が流れた。少女は大人になった。けれど、変わらないものが一つあった。

 庭に咲いた花を見れば足を止める。誰かの笑顔を見れば、自分も笑う。

 そして、大切なものを手にすれば、壊れないように優しく包み込む。

 ある日。イリスは久しぶりに髪飾りを取り出した。

 赤い飾り。

 青い飾り。

 指先で触れる。小さな傷。緩んだ金具。長い年月が残した跡。

「……疲れましたよね。」

 誰もいない部屋で、イリスは微笑んだ。

「綺麗にしてあげますから。」

 その言葉が、未来の出会いを呼ぶことになる。

この物語は、一人の修復師と物を大切にする女性の出会いから始まります。

直すのは、壊れた物だけではありません。

そこに残された想いや、過ごしてきた時間もまた、彼女達が繋いでいくものです。

ゆっくりと進む物語ですが、最後まで楽しんでいただければ幸いです。


毎週水、日曜の19時頃に最新話をアップする予定です。

よろしくお願いします。


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