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暁の双子座〜修復が紡ぐ、ふたりと未来の物語〜  作者: aduchi


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第一章 修復師ラナン 第二部 残された時間

挿絵(By みてみん)

これは、思いを託す人と壊れたものに向き合い続けた一人の修復師の物語。


毎週水、金、日曜日の19時10分更新予定

 朝靄が薄く残る町の片隅で、小さな扉が開いた。軋んだ蝶番の音が、静かな通りに響く。

 古い木造の工房。壁際には大小様々な工具が並び、窓辺には修復を待つ品々が置かれている。

 止まった時計。欠けた陶器。色褪せた装飾品。どれも新品とは程遠い。

 だが、そこには長い時間を過ごしてきた証が刻まれていた。

 ラナンは朝日が差し込む前から作業台に座って、薄暗い室内で一本の細い金具を削っている。

 刃物を動かす音だけが響く。金属を削る音。木を磨く音。

 壊れたものが、少しずつ元の姿を取り戻していく音。それがラナンにとって、最も落ち着く時間だった。

 昼頃、一人の老人が工房を訪れた。

「直りそうかね?」

 手にしていたのは、古びた懐中時計だった。蓋には無数の細かな傷があり、表面の輝きは失われている。

 けれど、老人は両手で包むように持っていた。そしてそれを乱暴に置くことはなかった。

 ラナンはその様子を見て、時計ではなく老人の手に目をやった。

 長年、その時計を守ってきた手だった。それを見て彼は何も聞かなかった。

 いつ壊れたのか。どれほど大切なのか。そんな言葉は必要なかった。

 大切なものほど、人は説明できない。

 ラナンは静かに蓋を開いた。

 内部の歯車。擦れた軸。わずかに残った油の跡。時間を刻むために働き続けた、小さな部品たち。

「……時間をくれれば。」

 ラナンはしばらく時計を眺めた。そして工具箱を開いた。

 修復には数日を要した。壊れた部品を交換するだけなら、もっと早く終わる。だがそれでは意味がない。

 新しい部品を入れることで動き出したとしても、それは以前の時計とは違う。

 傷も。汚れも。積み重ねた年月も。そのすべてが時計の一部だった。

 ラナンは壊れた箇所だけを直した。消えてしまった時間を作り直そうとはしなかった。

 数日後。工房の扉が再び開く。

 老人は、戻ってきた懐中時計を手に取り、しばらく何も言わなかった。

 動き始めた針。耳を澄ませば聞こえる、小さな音。それは失われた時間ではなかった。これから再び刻まれていく時間だった。

 老人が深く頭を下げる。

 ラナンはただ、小さく首を振った。そして作業台へ戻る。次に直すべきものが、そこに待っていた。

 町の人々は、ラナンを無愛想な男だと言った。

 間違ってはいなかった。必要以上の言葉を口にしない。笑顔を見せることも少ない。

 だが、彼の工房へ持ち込まれたものは、決して雑に扱われなかった。

  誰かが忘れかけた思い出。誰かが手放せなかった時間。ラナンは、それらを壊れた物として見なかった。まだ帰る場所を失っただけのものとして見ていた。


 夕暮れ。

 閉店の時間になっても、工房の中には明かりが灯っていた。ラナンは最後の仕事を終え、窓辺に置かれた小さな木箱を手に取る。

 幼い頃、祖父から譲られたものだった。古い傷が残っている。何度も修復した跡もある。それでも、今も形を保っている。

 ラナンは指先で傷をなぞった。傷があるから、失われるわけではない。壊れたから、価値がなくなるわけではない。

 もしかしたら、それは物だけではないのかもしれない。そんな考えが一瞬だけ浮かんだ。

 しかし、ラナンはすぐに作業へ戻った。自分のことを考える必要はない。直すべきものは、まだ目の前にある。

 この夜も、工房の灯りは遅くまで消えなかった。誰かの大切なものを守るために。

この物語は、一人の修復師が小さな工房を開くところから始まります。

直すのは、壊れた物だけではありません。

そこに残された想いや、過ごしてきた時間もまた、彼が繋いでいくものです。

ゆっくりと進む物語ですが、最後まで楽しんでいただければ幸いです。


面白いと思っていただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです。

次回もよろしくお願いいたします。

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