第10話 じゃないほう同盟(2)
梶原が学校に来た。 先生のその言葉を、俺はすぐには理解できなかった。頑なに引きこもっていた彼女が、本当に一週間で学校に来られるようになったのか。
「光太郎ー、梶原ってもしかして……?」
「そう、三年の梶原先輩の妹」
俺がそう言うと、多々良と美緒は顔を見合わせ、二人でコソコソと話し始めた。
「お母様も是非お前に直接お礼を言いたいと仰っているんだ。とにかく来てくれ」
「なるほど、わかりました。二人ともごめん、俺ちょっと――」
「私達も、ついていっていいですか?」
席を立とうとした瞬間、俺の制服の袖をぎゅっと掴んで、多々良が俺を引き留めてきた。 彼女たちと梶原は、決して顔見知りではないはずなのに。
「うーん……」
先生もこれには流石に唸ってしまう。ただでさえ慣れない環境に勇気を出して登校してきた生徒の元へ、さらなる刺激 を与えていいと悩んでるのだろう。
「大丈夫です。あちらから許可がおりれば私達も保健室の中に入るという形で。ちょっと、他人事とは思えませんので協力させてください」
「多々良がそういうならそうだろう。わかった、三人ともついてきてくれ」
結局俺達は三人で保健室に行くことにした。
「失礼します」
学年主任の後ろから扉を開けると、そこには一週間前、梶原の家で会ったお母さんと、見覚えのある大きめのパーカーを着た梶原がいた。
けれど、あの暗い部屋で見た時とは、決定的な違いがあった。 ボサボサに伸びきっていた髪はさっぱりとしたショートカットになっていて、心なしか肌の血色も良くなっている。
「北野さん――お疲れ」
俺の姿を見つけた瞬間、彼女の顔がぱっと明るくなった。
「梶原もお疲れ。本当に学校に来られたんだな」
「頑張った。……まだ、制服は着られないけどね」
はにかむように自分のパーカーの裾を掴む梶原に、俺は少しだけ口元を緩める。
「まぁ、まずはそれで十分だろ。よく来たな」
その後お母さんからものすごい感謝を受けたが苦笑いするしかできなかった。
ある程度話終わった後、保健室の外にいた二人に教室に入ってきてもらった。
「ひっ……き、北野さん……この人たち、だれ……?」
俺の制服の裾をぎゅっと掴み、怯えたようにガタガタと震え出す梶原。
そして、そんな梶原の手元を、多々良と美緒の目がじっと見つめている。
「初めまして、梶原さん。 二年の多々良奈々絵です」
「うちも二年の君原美緒。美緒ってよんでねぇー」
「よろしくお願いします」
梶原は俺の後ろからちょこんと顔を出しながら、二人に向かって挨拶をする。その際俺と、多々良達の顔を交互に見るが、俺だってよくわかっていない。
彼女たちがなんでここに来たいって言ってたのか、知らないからだ。
「今日来たのは梶原さんと仲良くできると思ったから。私達もあなたと同じ、『じゃないほう』だから。
多々良のその言葉に、保健室の空気が一瞬だけピリッと張り詰めたような気がした。俺の後ろで怯えていた梶原が、驚いたように丸い目をパチクリとさせる。
「……じゃない、ほう……?」
「私の妹はあなたと同じ一年生でアイドルとして活動してる」
多々良がいつもの強気な笑みを浮かべる。
「で、こっちは――」
「うちはお姉が生徒会長。郁代ちゃんのお兄ちゃんと同じだよ。うちのお姉もなかなかすごいんだよね」
「そう彼女のお姉さんもこの学校じゃあ有名人」
「だからうちらは『じゃないほう』って言われてる。そうだよね先生?」
美緒は意地悪な笑みを浮かべ先生にそういう。やっぱり美緒先生のこと嫌いすぎだろ。
彼女達だって美人だし可愛いとは思う。普通に過ごしていれば、そんな彼女たちの劣等感に誰も気づかないだろう。
だけどこの学校に入ると彼女たちは自然と「じゃないほう」になってしまう。
「だからさ、そんなに怯えなくて大丈夫だよ」
美緒が柔らかい笑みを浮かべ、俺の後ろで縮こまっている梶原に向かって、そっと手を差し伸べた。
「うちら、似た者同士じゃない? 眩しすぎる身内のせいで、悔しくて、でも諦めたくなくて、毎日もがいて。自分だからできることを見つけたいって、前を向こうとしてるんだよね?」
「あ……」
梶原は差し出された美緒の手と、その隣で優しく微笑む多々良の顔を交互に見つめた。 それから、俺の制服の裾を掴んでいた手に、じわっと力がこもる。
「……うん。ボクにしかできないこと、見つけたいから……。今日もその一歩として学校きた」
「だったら決まり。 梶原さん放課後は私達と過ごそうよ。三人でここに遊びに来るからさ」
「ひ、北野さん……? ボク、明日からどうすれば……」
先輩たちに囲まれながら、助けを求めるように俺を見てくる梶原。
「俺が家に行ったとき『じゃないほう』でも頑張ってるって言ったのは二人のことだよ。……悪い奴らじゃない」
「なら……よろしくお願いします」
実際に彼女と同じ境遇の多々良達を合わせたのは良かったとは思う。
「先生いいですか? 梶原が学校に来た時、ここに集まっても。俺達も責任もって彼女をサポートします」
「まぁ……いいだろう。ただここでは他の生徒が来てしまうこともある。保健室の使ってない小さい教室があるからそこで集まれば」
「え、使ってない部屋があるんですか? やったぁ!」
美緒が嬉しそうに声を弾ませる。先生が苦笑しながら鍵を貸してくれた。
「じゃあ、梶原さん」
「は、はい!」
「これから頑張りましょ。じゃないほう同士でね」
梶原が登校できるようになった。
彼女はもう一人じゃない、それはここにいる大人達も同じ気持ちになっただろう。
作品を見つけていただきありがとうございます。
第二章は6/26(金)から更新を再開いたします。




