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才能ある姉妹に埋もれた、じゃないほうヒロインはなぜか俺にだけ懐いてくる  作者: 有明海


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第1話 委員長はアイドルになりたいらしい

 高校二年生の六月、放課後の誰もいない教室で女の子が踊っていた。


 俺――北野光太郎はその姿を、廊下から突っ立って見ていることしかできなかった。

 その踊っているダンスもロックなものではなく、アイドルのような可愛らしい振り付けのもの。


 動画でも撮影しているのかと思ったが、そういうわけではなさそう。スマホの前で踊っているわけでもない。


 ちょうど今は部活の時間だから誰も来ないと警戒を解いているのは分かるが、あまりにも不用心すぎる。


 このままでは自分も帰ることができない。


 他の生徒に見られたら彼女にとって黒歴史になるだろう。そんな言い訳を自分にしながら、後ろから声をかけた。


「あの……」


 俺の声に、ビクッと彼女の肩が跳ね上がった。どこか鋭い動きで、こちらを振り返ってくる。


 踊っていた彼女は、よく知っているクラスメイト――多々良奈々絵だった。


 鮮やかなに腰まで伸びた黒髪に、凛とした涼しげな瞳。クラス委員長としての彼女は、物静かでクールな少女と言う印象だが、今の彼女はそれと真逆だ。


「見てた、よね?」


 向けられたのは、有無を言わせない冷ややかな視線。


「……ミテナイヨ」


 俺は苦し紛れに顔を逸らした。


「それで見てないは無理がある。放課後だから誰も来ないと思ったのに……最悪」


 多々良は吐き捨てるように言い、すぐにいつものクールな姿に戻った。


「まさか、多々良がダンスを踊ってるなんてな。しかも、可愛い系の曲で」


「北野。このこと、誰にも言わないで」


「言わないよ、大丈夫」


 元々誰かに話そうなんて一ミリも思っていなかったのだが、多々良は声色を低くして念押しをしてくる。どうやらこのことを、絶対に他人に知られたくないらしい。


「別に良くないそれくらい。だって――」


「私の妹がアイドルだから?」


「まぁ……そんな感じ」


「だからこそ嫌なの。変なこと裏で言われるじゃん」


 多々良には一つ下の学年に、アイドルをしている妹がいる。学校の有名人といった生易しい異名ではなく、正真正銘のガチアイドル。

 テレビで特番が組まれるような、人気グループの一員だったりする。


 そんな妹がいるせいで、陰で多々良はこう呼ばれている。


 ――『じゃないほう』。


「でも、なんでここで? 誰かに見られるのが嫌なら、家でやればいいじゃん」


「家だともっと嫌。狭いし、それにバレると色々と面倒なの」


「ふーん……そっか」


 彼女なりにも事情があるのだろう。よくは分からないが、踊るのは健康的でいいと思うし、本人の趣味ならなおのこと否定する気もない。


「……ねぇ。さっきまで私のダンス、見てたんだよね? どうだった」


 多々良は値踏みするような視線をこちらに向けてくる。そこに甘えた様子は一切ない。純粋に評価を求めている目だ。


「え、ごめん。よく分からない。あまりちゃんと見られなかったし」


「はぁ……参考にならないわね」


 多々良はため息をつき、明確な落胆を口にする。


 そもそも俺はダンスなんてこれっぽっちもやったことがない。語彙力のない

「すごかった」という感想しか言えないし、今の彼女が求めているのはそんな適当なお世辞ではないはずだった。


 これ以上ここにいても、お互いに気まずいだけだ。


 そう判断し自分の机からスクールバッグを手に取り、この教室を後にしようと足を動かした。


「ねぇ、北野」


「え、何? ここで俺のこと叩いてさっきの記憶でも飛ばす?」


「違う。――北野はさ、将来なりたいものってある?」


 なりたいもの? 


 そう言われてもなにも頭には何もよぎらない。ぶっちゃけ将来の夢も目標も、今は考えなくていいと先延ばしにしていた。


 だからこそ、いざ真っ直ぐに問われると困ってしまう。


「ない、かな。未来のことなんて考えてる余裕は俺にはない」


「私はあるんだよね」


 多々良はそう言うと、少し笑みを浮かべながらこちらに近づいてきた。


「アイドル。私は妹と同じ、アイドルになりたいんだ」


「……」


「……」


「まぁ――いいんじゃない?」


 それは率直な感想だ。多々良の前だからと建前で言ったわけではない。


 実際に妹がアイドルなのだから、血筋や環境でいえば、彼女にもアイドルになれる素質はあるだろうと思ったからだ。


 俺のその言葉に多々良は少し驚いた様子で答える。


「あ、ありがと。北野ってさ、ちゃんと人のことを見てるよね。変にレッテルを貼ったり、人をラベル付けして区別したりしないしさ」


「えぇー、それほどでもぉー」


「見られたのが他の人じゃなくてよかった。北野は馬鹿にしないでくれたしね」


「口だけじゃなくて、それに向かって行動してるんだから馬鹿にするとこなくね?」


「……そっか。ありがと」


 そう言った瞬間、多々良はフッと口角をわずかに上げた。そして自身の机からバッグを持ち上げた。


「私、帰る。改めてだけど、このこと誰にも言わないでね。乙女の秘密を知ったんだから。……もしバラしたら、放課後、北野に襲われたって周囲に言いふらすから」


「はぁ!?」


「乙女の秘密」という言葉の重み、そして何より「襲われた」というあまりにも物騒な脅し文句。ここでイエス以外の返事はできない


「……わかったよ」


「よろしく。じゃあ、また明日ね」


 多々良はそう言い残すと教室を飛び出していった。


 一人残されたが教室を見渡すと、彼女が練習のために動かしたのだろう。机や椅子が、教室の後方に不自然に追いやられていた。


(まぁ、直してやるか。なんか邪魔しちゃったみたいだし)


 それを元の位置に戻しながら、俺は大きなため息をついた。

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