僕達をみつけてくれたあなたへ
僕の名前はアヴァロン。
一時は第五王子なんて身分もあったけれど、本当はバフラーム辺境伯の息子ティアムとその妻ミティーアとの間の子供だ。だから僕は大きくなったら次代の辺境伯となる、らしい。けど、僕はまだまだ子供でいたいので、お祖父様には長生きしてほしい。
だって、僕はお祖父ちゃんみたいなカリスマ性がない。
アヴァロンって英雄の名前さえも荷が重いと感じる。いや、感じてた、だな。今日まで。僕は今日学校に入学したんだ。城下にある領の子供達が通う学校。僕が将来この領を治めるならば、領の子供達は将来の僕の力になってくれる人達だから仲良くなっているべきって僕は考えたの。
二年後には王都の学園に行かなければだし、領の子供達と親しくなるには今しかないでしょ。
「どうしたの? そんなに溜息をついて。学校で嫌なことがあったの?」
グリ母様が眉根を寄せた心配顔を僕に見せた。
グリ母様は僕を育てたい(?)ばかりに、王都を捨ててこのバフラーム領に居ついてくれた人だ。それで、僕の後見人となるためにお祖父様の養子になった、元第一王子様のカイ父様と結婚した。
小さかった僕は大好きな二人が両親になってくれて嬉しいばかりだったけど、少し大きくなった今は、僕のために? と感謝よりも申し訳なさを感じる。
グリ母様は、魔女の汚名を着せられて逃げていた人だけど、それは冤罪だって名誉は回復している。だから、王都の社交界で真珠姫と持て囃されていた彼女は、莫大な個人財産もあるからいつだって王都の社交界に返り咲けたはずだった。
それなのに、こんな田舎に引っ込んで僕という子育て。
僕の兄貴分で僕の従者をしてくれているバイラムが、初恋がグリ母様で今だってあこがれの人だって言っちゃうぐらいグリ母様はとってもきれいなんだ。
そんな素敵な人が、こんな凡人な僕のために辺境に人生を埋めてしまったなんて。
カイ父様だって、僕を助け出すために自分を死んだことにして未来を捨てた。
ああ、僕は凡人この上ないのに!!
「アブ?」
「グリ様、ご心配なく。アヴァロン君がアブ様以外に五名もいたのがとっても憂鬱らしいだけですから」
「バイラム!!」
バイラムって時々デリカシーがない。
バイラムは僕よりたった四つ年上なだけなのに、バフラーム領の「神童」って呼ばれて大人扱いされている。そんな彼が僕の従者をしているのは、もちろんそんなすごい彼をお祖父様が見込んだからだ。でもそのせいか、バイラムって僕に遠慮がない。本当のお兄さんみたい。それが嫌だって思ったことないし嬉しいけど、時々デリカシーは欲しいよ。
それで、僕はとっても憤慨したのに、バイラムは全然どこ吹く風だ。
やっぱり僕はお祖父様みたいに威厳とか無いからなんだろうな。お祖父様は生まれた時から怖かったという伝説があるというのに。ふう。
でも、僕は自分に威厳もなくて将来の辺境伯なんて無理だって悩んでいたのに、
アヴァロンがお祖父様が治めるこのバフラームではよくある名前だって知ったら、よくある名前なら気負わなくていいなってほっとするどころか、やっぱり凡人はそこまでも凡人なんだなって落ち込むなんて。ああ、どこまでも僕は凡人。
「アブ、様?」
「アブ? どうしたの?」
母様とバイラムが同時に本気の心配の声を上げた。
僕は名前が普通なのは嫌だなってだけだよって返そうとして、その不満は絶対に言えないと口を閉じた。
だって、母は生まれたばかりの妹のシエラを抱いているし、三歳になる妹のディーナはバイラムに手を引いてもらっている。母似の美しい妹達の名は、このバフラーム領では腐るほど存在しているのだ。
僕のクラスでもシエラは三人いたし、ディーナは四人いた。
僕の名前への不満は、そのまま妹達の心を傷つける。
「何でもない。名前で悩むなんて僕は小さかった」
「悩んでいいと思うよ。名前は子供への最初のプレゼントなのに、僕はバイラムだよ。バイラムって古語でお祭り。最悪だよ。何を考えてるのかうちの父はって、それで僕は父につい反発してしまうのかもしれないね」
僕はバイラムが今までに彼の父にしてきた嫌がらせを知っているので、僕は結婚したら子供の名前はちゃんと考えようと思った。でも、バイラムの嫌がらせのおかげで僕はシュクーと出会えたので、バイラムはバイラムで良かったのかな。
「バイラムが生まれたのが嬉しすぎて、お祭りだって思ったんじゃないの? バイラムのお父さんは。私だってそうよ。この子達を生んで初めて顔を見たら、名前候補でもない名前で呼んでいたもの。あら初めまして、ディーナ。ほらほら泣かないでシエラって」
「グリ様。僕の記憶では、ディーナ様の時は、ディディコンスタンシアかカルヴェイラーナで、シエラ様の時はシューレンシアかシシシェローネンディアにするってカイヴァーン様が仰っていた気がします。それであなたは、その名づけについて僕に相談されませんでした? 子供としてこの名前はないわよねって」
僕はハッとした。
母は妹達に変な名前を付けるよりはと、妹達に当たり障りのない適当な名前をつけたのか、と。父、可哀そう。
「ちゃんとカイヴァーン様を説得して、普通の名前になるように誘導すればよろしかったのに。最終的に全否定、可哀そうですよ」
「あらバイラム。この子達の父親は娘にメロメロで、自分の考えた名前が全否定されたことなんか忘れているわよ」
僕はグリ母様の酷い物言いに、ぶふっと噴き出した。
グリ母様はいつだってグリだな。
とっても優しくて情が深いくせに、とっても口が悪くてとっても気が強くて、カイ父様はいつもたじたじだ。
それでグリ母様のおなかにディーナができた時なんか、なぜかとっても不穏になっちゃったカイ父様に、カイに一切似ていない娘を私は生むって決めているんだから信じなさい、なんて訳の分からない慰めしてた。
……カイ父様は、僕の本当の両親を殺したタルマド王の子供だから、そのタルマドの血を引いている自分自身が嫌なんだよね。僕はタルマドなんか覚えていないし、グリ母様はカイ父様とタルマドは全く似ていないって言い張っているんだから、カイ父様は気にしないでいてくれるといいのに。
だって、僕が今幸せなのは、カイ父様があの冷たくて怖い王宮から僕を助け出してくれたのだから。
カイ父様はカイ父様だよって言いたい。
「アヴァロンという名の子供はいっぱいいるけれど、私のアヴァロンはこの世に一人しかいない、あなただけよ」
僕は母を見上げた。
黒髪は小さな妹達に引っ張られないように結い上げて、結婚した女性らしく薄茶色の飾り気のないドレスを着ているけれど、僕には母が女神に見えた。
初めて出会ったあの日、母はとってもボロボロの格好だったけれど、僕に向けた笑みはとっても優しくて、僕は一目でグリが大好きになったんだ。
たぶん、同時にグリを目にした父だって。
あの日カイ父様は、絶対にグリ母様に一目ぼれしたはずなんだよ。
だって、カイ父様はグリ母様と出会ってから、沢山冗談を言うようになったし、表情がとっても柔らかくなったんだ。
僕を抱けばオークの顔になってしまうけれど、オークの顔だって表情ができるからわかっていたんだよ。ああ、カイが笑っている。照れている。嬉しそうだなって、僕には全部。
だから僕はわかっていたはずじゃないか。
カイはグリじゃないと笑顔になれない。幸せになれないって。
「グリ母様。カイ父様を許してあげて。お父様は浮気なんかしてないよ」
「していなくても、そう見える状況を作った浅はかさが許せないの」
ああ、大好きな人達の喧嘩も仲裁できないなんて。
僕はなんて凡人。
「ああ、そうだ。今日のご飯は私の好きなものばかり並ぶと思うわ。あなたが嫌いなニンジンのケーキがデザートかもしれないけれど、明日はあなたが大好きなミルクケーキにしてもらうから許してね」
どうやらカイ父様は食べ物で母の許しを乞うつもりらしい。
それで母様が許すならば、キャロットケーキでも僕は問題ない。実は嫌いなケーキじゃないけれど、そこはちょっと苦手と僕は言っておくべきだよってバイラムが言うんだ。好きって言うと毎日がキャロットケーキになるぞって。だってカイはグリが大好きだから!!
「ぜんぜんかまわないよ」
「あなたは優しくて最高ね」
「だってグリ母様。僕だってあなたがこの世には一人しかいないって思っている。僕を愛したらオークになっちゃう時だって、僕を愛してくれてたのだもの。愛してます。僕達を見つけてくれてありがとう」




