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改訂版 救世歴

 歴史は人が竜に滅ぼされようとしていた時に始まる。名のない魔術師は竜(なお過去と現在ではその意味する範囲が異なる)を魔法によって殺した。これによって彼は竜殺しとして知られる。彼は死んだ竜の魔力を元に巨大な結界を張りおよそ三千人の人々を救済した。これが現在まで残る人々の祖先となった。この時に古代の三十の王朝が救われたと伝わる。現在まで知られているのはキュムグ(Kymgu、クムグ、ヒュムグ)、カムレ(Kamre)である。それらはいずれもクドゥル及びデンバクドゥルの王家である。他にアッギギ(Aggigi)、ヴァンダングー(Vandangu)、エルニヤ(Elnya)、オゴー(Ogo)、シンヒス(Shinhis)、スーム(Sum)、タエークー(Taeku)、ダガパ(Dagapa)、ディルニルル(Dilnil’l)、ドゥルカウンナウル(Durkaunnaur)、ネムニタク(Nemnitak)、ノース(Nos)、ハーン(Han)、ハム(Ham)、フティド(Hutid)、ブーフ(Buf)、ブレトゥ(Buretu)、ペボエト(Peboet)、ペルワ(Perwa)、ミカイヤ(Mikaiya)、メブレクク(Mebrekuk)、ヤケス(Yakes)、ユィ(Yi)、ユズズナエグ(Yz’znaeg)、ルーン(Run)、ルケヤ(Lkeya)、ワゴーフイ(Wagohui)、ワンカウワン(Wankauwan)という名も記憶されているが既に滅びた。イブブーク、エルニル、ガイブーク、カリグ、ナドレーア、ハウゲンス、モロクという名も伝えられて、王朝の数は三十に一致しない。しかしそれらは自らの起源を古の王朝に遡らせるための過去に現れた王たちの計略であるとも言える。結界内部は後に内域と呼ばれ、名のない魔術師はその中に自ら閉ざされる運命となった。名のない魔術師は唯一の神の存在を認めたが、神を必要としなかった。以後彼に従う魔術師は本質的には無神論だが、自らが人間を超えた存在として神のようになれると信じている者が多かった。内域にはそれまでは殆ど孤独であった魔術師が一箇所に集中することによって人と竜との戦いにおける研究が進み月の魔力によって竜を殲滅する方法を見出した。これによって竜殺しと呼ばれるようになった魔術師は三人の魔術師を結界の外へと送り彼らは月が天頂にかかる位置で魔法陣を張って月を鈍くも破壊した。月からは魔力が溢れ出し世界は月の魔に覆われて竜はこれらによって喰らい尽くされた。


 なお結界外苑に侵入できた弱い竜はそのまま生き残りその後人々を苦しめてきた(内部に秘める魔力が大きいほど結界内部には侵入できなくなる)。月はそのおよそ二千年後に崩壊し六つに分裂したがその時代の内に五つは破壊されて現在に至る。竜殺しと呼ばれた魔術師は結界内部に閉ざされておよそ千五百年後に肉体が朽ちて消え去った。竜は月の魔力が大地に満たされたことによる自然結界によって大空に押し出されその命が尽きて後延々と空を飛び交っていた。その密度は地域によって変化し時には渦巻いていた。右巻きと左巻きでは左巻きの方が尊ばれていることが多かった。地上に取り残された竜は基本的に精霊湖の水を啜るか竜砂魔砂漠の砂をしゃくらなければ飛べないようになった。竜を産むのは走竜、炉竜、臥竜の三種類の獣であり、その種の繁栄の方法としては、卵ではなく子を直接産む。これらの獣はそれほど長く生きないが雌は竜に変容して各地に卵を産み、それから繁殖しない竜が産まれる。この竜は千二百年ほどの寿命を持ち、人々を苦しめるのである。なお魔術の言語化に成功したのはこの時代であり後世に星鴉大として知られる一人の少年による奇跡的な精霊との交流により実現した。その後異なる人物であるがスウヤーウルウンによる魔術は星穀峡谷の全ての魔術師の規範となった。彼は魔術大法典を書き残し、8000頁に及ぶ知恵はその後のほとんど全ての魔導書の事実上の参照元となった。しかし原典は内域にのみ残され、その後消失した。


 人と竜との戦いにおいて魔術師たちが行ったことは魔術の研究だけではなく、後世に観測と呼ばれる行為の始まりでもあった。竜は同じ場所を飛び続けるものではなく、その数や飛ぶ高さ、群れの大きさは月の位置や季節によって変化した。このため内域に集まった魔術師たちは結界の外にいる竜を遠方から眺め、その飛行する方向や数を記録するようになった。また結界の表面に生じる揺らぎから外部の魔力の強さを推定し、竜が結界に近づいた時と離れた時との差異を比較した。初めは人々を守るために必要なことを知るだけのもので、世界そのものを理解しようとするものではなかった。


 月の魔力によって竜を滅ぼす計画も長期にわたる観測の結果であった。魔術師たちは月が天を巡る位置と地上の魔力の変化を調べ、月が天頂に位置する時に最も強く作用する地点があることを知った。三人の魔術師が送り出された地点はこれらの記録から定められたものであると考えられている。ただしこの時代の記録は後世のものほど整っておらず、一人の魔術師が見たものと別の魔術師が見たものを同一の基準によって比較する方法もなかった。そのため月を破壊するためにどれほどの年月を観測に費やしたのかについても明らかではない。数十年とするものもあれば、名のない魔術師が結界を張る以前から月と竜の関係を知る者がいたという伝承もある。


 竜が大空へ押し出されるようになってからは空の観測が盛んになった。竜が密集するところとほとんど飛ばないところがあり、同じ場所でも長い年月の間にはその密度が変化した。竜が渦巻く場合には右巻きと左巻きが記録され、それが後に各地の信仰や吉凶の判断にも取り入れられた。魔術師にとってはそれ以前に、竜の流れと大地に満ちた月の魔力との関係を知るためのものであった。地上を歩く者にとって空を見上げることは天候を知ることでもあったが、魔術師にとっては世界の魔力がどのような状態にあるのかを知る方法の一つとなった。


 その後、観測の対象は竜だけではなくなった。月の光の強弱、精霊湖の水面に現れる魔力、砂漠の広がり、魔力を含む地下水、結界の内外における時間や空間の差異などがそれぞれ記録された。しかし初期の観測記録には文章よりも絵や線によるものが多く、例えば空に竜が何頭いたのかを点の数によって表したり、月の明るさを円の大きさによって記したりした。魔術師ごとに記法が異なっていたため、記録を残した本人が朽ちた後には意味を失ったものも多い。後世の大図書館に収められた最古の観測図とされるものの中にも、何を観測したものなのか分からない石板が存在する。


 魔術の言語化はこの状況を大きく変えた。後世に星鴉大として知られる少年が精霊との交流を通して魔術を言葉によって捉えることに成功すると、魔術師の間で同じ現象を同じ言葉によって記述できる可能性が生まれた。それまでも魔術師は互いの魔術について語っていたが、その言葉が何を意味するかは個人の経験に大きく依存していた。星鴉大以後、魔力の強弱、結界の形、精霊の応答、魔術を行った前後の変化などを一定の語によって残すことができるようになった。


 この変化は魔術を伝えるためだけのものではなかった。魔術を使わず、ただ一つの現象を見て記録することにも意味が生じた。昨日と今日で月の光が違う、ある湖の魔力が十年前より弱い、竜の群れが以前より北へ移動しているといった事柄を、別の魔術師が後から読んで比較できるようになったからである。観測は次第に魔術の一部ではなく、魔術を扱う前に行うべきものとも考えられるようになった。


 スウヤーウルウンはこの方法をさらに整理した。彼の魔術大法典は魔術そのものについての書物であったが、その中には魔術を行う前後に何を確認すべきか、どの程度の期間を置いて同じ現象を観察すべきか、観測者自身の魔力が対象へ影響した場合にはどのように記録を分けるべきかといった記述もあったと言われる。原典が失われているため、現在知られている内容のどこまでが彼自身によるものかは不明である。それでも後世の多くの魔導書が魔法の使用法だけではなく、使用条件や周辺の魔力の状態を併記するようになったのは彼の影響とされる。


 特に重要視されたのは、観測者が何もしなかった時の記録である。魔術師が魔力を加えれば現象は容易に変化するため、それによって得られた結果だけでは元来の世界がどのような状態にあったかを知ることができない。このため長く一つの土地に留まり、自らの魔術をなるべく用いずに月、竜、水、岩石、植物などの変化を記録する魔術師が現れた。彼らはまだ後世の意味で専門の観測者ではなかったが、魔術師が世界へ働きかける者であると同時に、その働きかけを控えて世界を見ることもできるという考えはこの頃までに生じていた。


 スウヤーウルウンの時代以後、観測記録は師から弟子へ魔術を伝える際にも用いられた。弟子は師が行った魔術を再現するだけではなく、同じ土地で同じ時刻に周囲を観察し、師の記録と自分の記録との差を調べた。差があれば弟子の技量が不足している場合もあったが、世界の側が変化している場合もあった。この区別が意識されるようになったことは、その後の魔術研究において大きな意味を持った。


 こうして人々の救済から早い時期のうちに、魔術師の知恵には魔法を生み出すこと、魔法を記録すること、そして魔法を用いない状態の世界を記録することの三つが含まれるようになった。後世各地に観測所が置かれ、大図書館に膨大な記録が集められることになるが、その起源は竜を恐れながら空を眺めていた時代と、魔術を初めて共通の言葉によって書き残そうとした時代に求められている。


 魔術師と人々によってサンフィネス教が成立していった。それは一つの聖典を有している教えの体系であり、人間がどのように生きるべきか、歴史がどのように展開されてきたかについて体系的に語られていた。一夫一婦制を基調としながらも一夫多妻制を容認し、殺人や姦淫、盗み、偽証を禁じていた。それら法を守らなかった場合は投獄され、最悪の場合は処刑された。また一人一人の内に神が宿り、また神とは一人一人のことである。

 会堂は教会と呼ばれ、内域以外の地域にも広がっていった。これは魔術師らによって公認された最初の宗教であり、倫理的、道徳的に非常に吟味されていた。しかし悪しき魔術師の理念とは対立したので、公に信仰告白することが困難な地域もあった。信仰告白とは「善き魔術師に従い、共に歴史を紡ぐ」というようなものである。後に冒険者たちの間に最も広まった教えであり、彼ら固有の神々との信仰と習合する形で多様な固有の信仰の総体としてサンフィネス教は存在した。

 また、その教えでは外典の存在を認めていて、預言者と呼ばれる人々が語ったことを一部或いは全部聖典に取り入れつつ、書物の記述が拡大されていった。その書物は聖書と呼ばれた。

 その時代重要な人物として知られるのはコズュンである。彼は教会で指導的な地位にあり、伝道者として活動していたが、やがて教会を離れた。二十年後メウ湖の畔で目撃される。そのご目撃証言が途絶えたとされるが、彼は永遠に生きていると考えられるようになった最初の人物であり、神の子になったと言われている。しかしサンフィネス教会は神の存在を積極的には認めていない。


 月の魔力が大地を満たしてから幾ばくもなく、善き魔術師たちは地下において魔力が一定の流れを持って循環していることを知った。これは地脈と呼ばれる。地脈は地下水脈とも鉱脈とも異なるが、それらと深く結び付いて存在する。山の深部に集まった魔力は岩石の隙間を伝い、地下湖を巡り、再び地表近くへ現れ、長い年月を経て別の山へと流れていく。その道筋は人の目には見えないが、魔術師には微かな光の筋として観測された。

 地脈は一本の川ではなく、無数の細い流れが互いに分かれ、合流し、また消えていく巨大な網である。その形は百年ほどでは殆ど変わらないが、千年を経れば山が削れ、湖が干上がるのと同じように姿を変える。暗断裂の起こった地域ではその流れが急激に変質し、新たな地脈が生まれることもあれば、古くから知られた流れが完全に絶たれることもあった。

 地脈は生命ではない。しかし全地に張り巡らされたその姿は、あたかも世界の血脈にも似ている。魔術師はその流れを乱すことを忌み嫌った。一方で悪しき魔術師は地脈を己の固有結界へ引き込み、都市や宮殿の根として用いた。レイスの魔王たちが築いた巨大な城塞の多くは、地下に横たわる地脈の結節を押さえることによって維持されていたと考えられている。

 長い年月、地脈に触れ続けた岩石や金属は徐々に魔力を宿した。その全てが魔石となるわけではない。魔力を受け流すだけの石もあれば、一度蓄えた魔力を長く留め続ける石もあった。後者が魔石と呼ばれる。魔石は地脈から切り離された後もなお一定の魔力を保つため、結界、魔法具、都市魔法、医療、照明などあらゆる用途に用いられた。

 しかし地脈は尽きることのない泉ではない。一つの鉱床から過度に魔石を採り続ければ、周囲の流れは痩せ細り、やがて魔石を生じなくなる。善き魔術師たちは早くからこれを知り、採掘を止めて地脈が再び満ちるまで数十年、時には百年以上待つことを勧めた。これを地脈を休ませるという。一方、悪しき魔術師たちは深くまで掘り進み、地脈そのものを拘束して魔力を搾り取ろうとした。その跡地では魔力の流れが乱れ、地下に長く消えぬ傷が残ったという。

 後の時代になると、魔石を探す者は鉱夫だけではなくなった。魔法使いは地脈の微かな揺らぎを読み、測量師は山の形と地下水を調べ、冒険者は魔物を退けながら未知の鉱床を開拓した。こうして魔石採掘は単なる鉱業ではなく、一つの学問であり、一つの冒険となったのである。


 地上には地下深くに沈んだ竜の血が各地から噴き出して精霊湖の水と混ざり合った地では悪し水泥虫或いはボーニャパケトロイミと呼ばれる半固形の液状の生命体が飛び出した。それは魔力を集め増大したため魔術師と後述のトークレムによって重宝された。古い時代のレイスには悪し水泥虫の沼地が広がっていて魔力溜まりを広域に展開していた。それはその地域の王の王権の象徴であり、右手の王笏と共に左手に悪し水泥虫を持つのである。

 多くの強大な竜が滅びたことによって、人々は全地に広がっていけるようになった。しかし魔力の影響により砂漠に覆われていた。このため魔術師たちは土地を再生するために動き出すこととなった。この時から既に善き魔術師と悪しき魔術師たちの分断が起こり始めていたと言える。内域に残った魔術師たちは人々の生活を整備するための世界観や歴史観、人生観を含めたサンフィネス教の構築に努めていた。一方で外域に出ていった人々は自身の起源を求め、また心に望むことに忠実になろうとした者がいた。アーヴェナダ砂漠のオアシスに巨大な城を建てた王エルーディランド・レダ、魔術師としてはエルーディランダルスとして知られる者は協力者であった魔術師らと共に文明の再興を独自に取り組んだ。


 古三十朝は必ずしも三十の国家を意味するものではなかった。救済された人々の中に残されていた王統と、それに従う家族、臣下、職人、戦士などを含む集団を後世そのように呼んだのである。竜が退けられて人々が再び各地へ移り住むようになると、これらの集団は幾つもの道に分かれて内域を離れた。途中で互いに混ざり、分かれ、別の民を取り込みながら各地に定住したため、後世の民族と古い王朝を直接対応させることはできない。しかし多くの民は、自らの祖先がどの王に従い、どの道を通って現在の土地へ至ったかという記憶を伝えていた。これらの王統と移住の記憶は、それぞれの集団が信じていた神々の伝承と次第に混じり合った。後世、民族の始祖、古の王、移住を導いた者、守護神の区別がつかなくなった神格の総体は「轍王神群」と呼ばれるようになる。古三十朝の名はそのような神格として知られる場合もある。


 内域の北東には無尽森林が広がり多くのクドゥルが住み着いた。無尽森林とは魔力によって領域が結界となってある森の一点が無限に広がるように受け取られることからそう呼ばれる。つまり有限の領域の森が外側からは見えずとも内部で無限の森として広がっていくのである。球状の大地の一点の接平面としての領域空間として一にして多の、多にして一の無尽森林が無数に出現するのである。このため事実上無限に多くの木材を得ることができたためクドゥルはこれを魔術師を介して人々に提供していた。これはデンバクドゥルにも同じことが言えるのだがクドゥルとデンバクドゥルの違いは曖昧でありながら斧が片側の刃しかついていないのがクドゥルで両側についているのがデンバクドゥルといった具合である。デンバクドゥルとはドーブニウ山脈に住んでいた者のことを指す言葉である。

 クドゥルやデンバクドゥルは元々は人間なのであるが、人々から離れた存在となって魔力による影響を受けずある部族は食料や水分を摂る必要がなくなった。死から遠かったが寿命の上では百三十年程度の存在である彼らは魔術に対して敵対的な考えを抱いていてスッザーリヤと呼ばれる永遠の命を持つ人々の存在を信じていた。以後剣を携えてあらゆる戦いに関わるようになった彼らは人々の王国の王から雇われて傭兵となる例が相次いだ。魔法は禁忌のように唱えられていたが一方で魔術師として育てられることになる者も中にはいた。本質的に魔術師の才能のある彼らは成長して五百年生きるようになったのだが魔法を禁忌としていた反面魔術師との関係は穏便なものとしていたため長老として部族を指導することがあった。


 内域の西には南北にドーブニウ山脈が走り多くのデンバクドゥルが住み着いた。デンバクドゥルは人々から外れた異質の存在であり勇敢な者を多く輩出した。デンバクドゥルは山地に数多くの王国を設立して山を下り支配地を拡大することがかつてあった。後のレイスで青銅の時代と呼ばれるその時期は炉竜と呼ばれる獣に青銅の精錬をさせて斧を携えていた。「我ら斧の戦士」という言葉で知られる彼らは精霊湖周辺の湖に生えた木々を伐採し魔術師の仲介を経て人々に多くの木材を売っていた。ここで手に入れた金貨や銀貨などがドーブニウ山脈の坑道に残されている。鉄鉱石などを採掘していた彼らは鉄を生産しようとしたが炉竜によってうまくいくことはあまりなかった。そのため青銅の戦士として有名である。なお人々の救済からおよそ千年後にエンスとカンを無尽森林から支配地域としたクドゥルらは鉄の王国と呼ばれそれは鉄の時代とされている。製鉄技術に優れたクドゥルは無尽森林に現れた。デンバクドゥルの信仰体系には名のない魔術師が組み込まれていて魔術師を神的存在或いは神の使いとして扱っていた。彼らの有名な王ダウムネオグによって統一的な見解が形作られた。彼らは独自の星詠文字によって占いをし、様々な散文や韻文を粘土盤に刻んだ。


 救世歴113年12月、内域の北東の岩石砂漠マジェローバにおいて悪しき魔術師たちは賢魔竜と契約を結んだ。「竜の世が来た時には我々が人を支配するかをあなた方に委ねる。今の世において我々は人を支配するように努める」これは「世界の記録」に残されている。

 悪しき魔術師たちは魔竜の呪いを防ぐ聖なる盾を作り上げた。契約が反故にされた場合竜の軍勢と戦うためである。彼らは竜を信じつつ竜殺しの英雄を求めていた。魔王たちは禁忌であった異世界召喚魔法を用いて、異世界由来の人間や魔物を多数呼び寄せた。

 同じく救世歴113年12月、ルガムの北、アーヴェナダ砂漠中に地下迷宮Lg113.12が建設された。全体で七層になっていて数十人の魔術によって一気に完成した。全階層において扉の魔法で脱出できる。難攻不落とされていたが、427年に初めて攻略され、その後572年ごろからは断続的に攻略者が出ている。


 ドーブニウ山脈の北に住んだデンバクドゥルは天バクドゥル(グザンレンバクドゥル)と呼ばれ、彼らは彼らの有名な王レピュアの子孫から救世主が生まれると考えていた。それは全世界を統一し人々に命を与え、永遠に生きるようにする存在なのだが、救世主を名乗る者は何人か現れたが、世界帝国も永遠の命も実現していない。しかし彼らが衰退して後、池田の子孫との交流からキリストを救世主と崇める人々が集団で起こされ、ある種のリバイバルが起こった。


 人々は内域の南東にある大河の周辺に人口を集中させていて特に「剣河」(エダルカド)と呼ばれる大河周辺に文明が起こった。その地では架空の王の名の下に多くの魔術師が知恵を働かせて文明の発展に努めていた。すなわち多くの魔術師が一人の王の名という偽名の形で活躍した。その名はクリストスである。その地においては公共事業としてピラミッドが数多く建てられた。また使用期限のある貨幣を導入しその時代において経済が著しく発展した。またエムハヤムルスを中心とした魔術師たちが呪砂によってヤクト・ツェパデの壁を形成したことで、内域への陸路が完全に閉ざされた。


 レイスにはいち早く人々が集まって王権が成立したが百年と経たない内に暗断裂によって滅んだ。その主因は魔王ベルクゴルム・レムの暴走であると考えられている。しかし実際には本質的ではないと言える。彼は空に浮かぶ巨大な鯨を造ろうとして他の研究と共に途中で挫折させられたものと伝わっている。その後のレイスでは諸魔王と諸魔将による奇跡と捉えられているのだが、巨人を除くほとんど全ての巨大な生命を実現し、結界の内部作用に支えさせながらその命脈を保っていた。しかし月魔世の終わりまでにそれらは全て封印された。それらは魔王によるその地の根系を担っていた。環レイスと呼ばれたレイスの北東地域では魔術の知恵が重んじられ数多くの図書館が建てられた。暗断裂によって滅んだレイスの知恵を集めるためにある魔術師が立ち上がり暗黒のレイスの魔術にまつわる石版を集めて環レイスの各地の図書館にそれらを取り戻した。その後オープ・パルクによってルガムの北東に建てられた大図書館にその知恵は移された。大図書館は全ての魔術の知恵を集結する目的で築かれた所であり、後に魔術の使用が段階的に禁じられていく過程において、後世にそれまで知識や知恵を残す拠点となっていった。


 この頃までに小人族の手によってエレノイヤ(エル・レノイヤ)と呼ばれる聖剣が打たれた。それは刀身が輝きを放ち、精霊が宿っていると言われた剣で、時が経っても錆びて古びることなく、その切れ味と美しさを増し、職人としてのデンバクドゥルにも知恵のある魔王にも再現できず、その名を汚されたことがないので、ほとんど唯一の聖剣として知られる。それはレイスの様々な王家によって守られて、月魔世に行方が知れなくなるまで、その地における支配権の象徴だった。その後小人族は衰退し、歴史の表舞台から姿を消して各地に点在する森の中で細々と暮らすようになった。なおエムティッサも聖剣として知られている。


 救世歴221年2月スウヤーウルウン朽ちに及ぶ。

 救世歴246年8月地下迷宮Dr246.8が築かれた。


 救済後三百年ほどの間にアズバータによってレンダーク教が創始された。後世六星派、淵世派、楽派、大車輪群などの分派が生じた。レンダーク教が共有している世界観ではこの世界の起源については特に説明を求めていないか、六星派ではテノンスという神格による創造としている。テノンスはその教派においてアアネンパの三分神の一つであり、魔術の神テノンス、秩序の神コアムティ、身分の神サザヤネルがいるとされる。アアネンパの分神がいるところが天であり、第三の天である。第二の天は魔術師たちが作用する領域、第一の天は月のある領域の宇宙である。淵世派においては魔術による自律性のある機関に意味を見出している。これは魔術を用いる生命を含め、この世界が幾つかの概念によって生成されたものと考えていたからである。この意味で、魔術というものは魔術の連鎖を生み出し、互いに制し合う多元的なものと理解されつつも、一つであるということは本質的に多数であり、この世界は還元不可能な円環の上に建てられた城のようなものと捉えていた。円環は虹によって比喩され、この世界は実際にあり、形を持ってあるということが厳かで美しい、それを聖なると呼んでいた。魔術師たちは一定数レンダーク教淵世派或いはノーザンガの世界観を受け入れていて、善とは第二の天において永遠に残る記念碑的な仕事をすることだった。レンダーク教は基本的に虚無的な世界観を持っている嫌いがあった。しかし楽派はそれとは反対に、全てに意味があり苦しみは本質的になく、死後全ての人は至福に至ると考えていた。大車輪群においては輪廻転生が説かれていて、この世界自体も破滅と再生を繰り返しているのだと見ていた。六星派では人、クドゥル、デンバクドゥルの起源をテノンスによる異世界からの人間の召喚であると考えていた。人は一万年前、クドゥルは二十万年前、デンバクドゥルは十四万年前くらいと説明していた。


 救世歴612年、剣河流域で量産型の魔法の杖が開発される。魔法使いの間で爆発的に普及した。


『水を運ぶ者』参照


 北原平原の東、無尽森林近くの市街、後にエセンと呼ばれるところで一般攻撃魔法が再発明された。魔術師はその知恵をすでに知っていたがかなりの範囲で秘匿としていた。魔術師同士の戦いの中で歴史の中に語られることはあったが、再現性は最早なかった。しかし救世歴732年7月エセンの魔法使いシシは実践形式の演習の中で彼自身は聖光と名付けた魔法を披露した。対戦相手は死亡、その名が周辺に広まった。本人は罪を問われることはなかったため、魔族との戦いに出て百人以上殺した。魔術師たちはこの魔法が広まることを快く思っていなかったが、北の魔族が習得したことを受けて黙認した。エンスで、レイスで、ルガムで、カンで相次いでこの魔法が再現され、一般攻撃魔法の起源と見做されている。

 救世歴735年7月結界魔法を利用した防御魔法が内域の魔術師により示される。以後一般攻撃魔法は魔法使いを殺す魔法ではなくなる。

 救世歴752年10月カンのレオグラドでセカンナ学校の学生ラトにより実用的な空を飛ぶ魔法が構成、或いは再発明される。以後魔法使い同士の比較的低空での空中戦が繰り広げられるようになる。

 人々の救済後八百年の間に各地に残された巨竜が人間の手によって墜ちていった。その一つとして現在にも伝わるのが大長虫ことツァロメロズである。竜を殺した者としては別にダエーセンやツォーレヌーが知られている。彼らはその業によって富を得て穏やかな余生に暮らした。またエリンという女性も竜殺しに数えられその地の王に城を報酬として得た。彼女の書いた書物群の影響はエリン派と呼ばれる一種のカルト集団を生んだと伝わる。またエンスとカンの間にあったアナーナク王国の騎士ギーナーはニョブジジとして知られる竜を殺した。

 エンスの森で竜を殺した最マト王国の王子は配下である二人にこのことを内密にする代わりに領地を与えるとした。現実には明らかになってはいるが、スート大公国と、パース公国のことである。

 救世歴932年10月、地下迷宮Dr932.10が築かれた。

 エンス、カン、ルガムには人々が集まり繁栄した。というよりは人々が集まった地域が歴史以前の有名な地名によって呼ばれるようになった。その間の地域は隙間(以後インパル)と呼ばれ、その地の人々は厳しい環境に置かれ、多くは飢えか渇きで死んでいった。砂漠地帯は一度魔術師の計略によって羊歯の森に姿を変えた。その後徐々に再度砂漠化されていった。


 その時代、月の魔力が地に満たされたことによってその魔力と局所的に結びつくことによって魔術を扱う非魔術師が現れていた。彼らの内人を殺せる者をトークレムと呼び、そうでない者をトークレドと呼んだ。魔術を扱えない者はトークレと呼ばれていた。トークレムは魔術師とは違い短命である者が多く五十年ほどで命を地の魔力に奪われていた。魔術師は基本的に魔力の塊のようなものでありそれぞれが固有結界を持っている。このような人々は肉体が朽ちるまで命が存続し五百年以上の寿命を持っていた。魔術師はトークレムをあまり好ましく見ていなかったのだがトークレムは王国の支配者となることがかつて多かった。魔術師は宮廷魔術師として政治に参与することが通例であったがこれはエンスの地において多く見られた。


 地脈の存在が広く知られる以前、人々は良質な魔石が産出する土地を聖地あるいは呪われた土地として恐れていた。そこでは夜になると岩肌が微かに青白く輝き、雨の後には石の割れ目から淡い光が流れ出した。草木は通常よりも深い緑を帯び、動物は長命となる一方、魔物もまた集まりやすかった。

 善き魔術師たちは各地を巡り、それらの土地を記録し続けた。同じように見える山であっても、ある山では魔石が幾らでも得られるのに対し、別の山では全く産出しないことを知ったからである。彼らは地脈の流れを地図の上に描き、それを「脈図」と呼んだ。しかし脈図は絶えず書き換えられた。地脈は大地と共にゆっくりと動き続け、一世代では変化しないが、王朝が滅ぶほどの年月を経れば別の場所へ流れを変えることがあった。

 地脈には太いものと細いものがあり、その交わる場所は「脈結」と呼ばれた。脈結では魔石が生成されやすく、また魔術も安定して作用したため、多くの都市や神殿、後には地下迷宮までもがその近くに築かれた。しかし同じ理由によって魔物も集まり、古い時代の採掘場は城塞のように堅固な防壁で守られていた。

 やがてデンバクドゥルは、岩石の色や響きだけで地脈のおおよその位置を知る術を身に付けた。彼らは坑道を真っ直ぐ掘り進めることを嫌い、地脈を傷つけぬよう、その流れを避けながら円を描くように掘削したという。そのため古い坑道は迷宮のように入り組み、後世の人々には不可解な構造と映った。しかし彼らにとっては、地脈を断ち切らず、長く山の恵みを受け続けるための知恵であった。

 良質な魔石を得ることは容易ではない。脈結に近過ぎれば魔力が強過ぎて石は砕け散り、遠過ぎればただの鉱石となる。魔石はその中間、地脈が静かに息づく場所で長い年月を経て育つ。そのため魔石は採掘するものというより、育ったものを迎えに行くという感覚で語られることが多かった。

 善き魔術師たちは若い魔石を採ることを戒めた。魔力の満ち切らぬ魔石はすぐに砕け、結界の中核としても長く保たないからである。一方、数百年を経た古い魔石は内部に地脈の流れそのものを写し取ったような複雑な紋様を宿し、その一つ一つに固有の名が与えられた。王冠や聖剣、都市結界の核に据えられた魔石の多くは、このような古き魔石である。

 この頃より魔石採掘は単なる力仕事ではなくなった。山を読む者、地脈を観る者、岩を割る者、魔物を退ける者、それぞれの技が揃って初めて一つの鉱山は成り立った。後世、冒険者と魔法使いが同じ採掘隊に属することが珍しくないのは、この時代の名残である。


 魔力を内に秘めた金をハデノンゴール、銀をディスニルフィア、銅をアジェインベウブ、鉄をキュクセインシャン、錫をカグァルカグァン、鉛をトヌマと言った。またこれらの名を持ってそれぞれ対応する金属が後世呼ばれるようにもなった。


 この世界では、死者は必ずしも消え去るものではないと考えられている。人間が死ぬと、その魂は多くの場合、深い眠りのような状態に沈んでいく。人々はそれを陰府、眠りの国、底の静けさ、あるいはただ「下」と呼ぶ。しかし、全ての魂がそこへ正しく沈むわけではない。強い未練、名の重さ、呪術による拘束、或いは魔力の濁流に飲み込まれた魂はときに世界の面に残される。

 その魂が魔力由来の魔物と結合した時、その世界における最も不気味な存在の一つが生まれる。

 それは人間の転生ではない。死んだ者が新しい人間として生まれ変わることはないはずである。ただ、かつて人間であった魂の欠片が、魔物の肉、魔力の核、獣の本能、土地に染みた記憶と絡み合い、ひとつの異様な存在となるのである。

 このような魔物は、ただの獣ではない。人の言葉を理解することがある。古い家の扉の前で何日も動かず、すでに滅びた家族の名を鳴くことがある。かつて愛した者に似た相手を守ろうとすることもあれば、逆に、守れなかった者への憎しみだけを何百年も繰り返すこともある。魔術師たちはこれを「魂結び」と呼ぶ。だが、民間ではもっと恐れられている。「死にそこなった魔」「帰れない人」「獣に食われた魂」「黒い弔い」地域によって呼び名は異なる。

 特に戦場跡、古い魔法都市の地下、月魔世以前の神殿遺構、竜と人が争った谷、そして魔王の分身体が討たれた土地では、こうした存在が生じやすいとされる。そこでは大地の魔力が穏やかではなく、死者の眠りを下へ送る力よりも、世界の表面へ引き戻す力が強いからである。

 冒険者や魔法使いの中には、これらを単なる討伐対象と見なす者もいる。実際、多くの場合、それは正しい。魂結びの魔物は人を襲い、村を汚し、井戸を濁らせ、子供の夢に入り込む。放置すれば土地そのものが病むこともある。

 しかし、熟練した魔法使いの中には、剣や炎ではなく、まず名を問う者がいる。「お前は何を覚えている」この問いに反応する魔物は危険であると同時に、ただの魔物ではないとされる。完全に人間ではないが、完全に人間でなかったとも言い切れない。その曖昧さが、この世界の死生観を深く歪ませている。

 人々は輪廻転生を信じない。死んだ者が別の赤子として帰ってくるとは考えない。けれども、死者がまったくこの世界から消えるとも思っていない。ある者は眠り、ある者は沈み、ある者は名だけを残し、ある者は魔物の中で狂った夢を見続ける。

 そのため、古い村では葬儀の際、遺体を清めるだけでなく、故人の名を三度呼び、最後に一度だけ呼ばないという風習がある。三度呼ぶのは、その人が確かに生きたことを世界に刻むため。最後に呼ばないのは、その魂をこの世に引き留めないためである。

 魔術師はこの風習を迷信と呼ぶこともある。だが、迷信だけで片付ける者は少ない。この世界では、迷信とはしばしば、かつて誰かが生き延びるために見つけた不完全な真実だからである。そして旅人は、夜の荒野で遠くに人の声を聞いても、決して返事をしてはならないと教えられる。それが本当に人間であれば、朝まで待てばよい。それが人間でなければ、返事をした瞬間、こちらの名を覚えられる。

 名を覚えられた者は、夢の中で呼ばれる。夢の中で三度返事をした者は、やがて自分の死者と魔物の区別がつかなくなる。だから、この世界の夜は静かではない。沈黙の中に、返事を待つ声がある。

廃墟の柱には読めない文字が残り、神殿のレリーフには名を失った英雄が刻まれ、森の奥では、かつて人であったかもしれない魔物が、誰かの帰りを待っている。

 この世界の恐ろしさは、死者が戻ってくることではない。戻ってきたものが、もうその人ではないこと。それでもなお、どこかにその人の欠片が残っているかもしれないことにある。


 魔術師はまた、ル・エルの救いとル・イルの滅びを信じていた。それは神によってある特定の知識が与えられた者は神の言葉を担い、永遠の命を霊の内に実現するというもので、自分からそれを手に入れたと思い込んでも滅びに至るというものである。これは心に刻まれた知識の価値というのが絶対的でなければならないというもので、特に「聖なる神の正しさの基準に適う正しい者は死んで(墓に葬られても)その日のうちか数日で復活する」という理解が神から来た者は永遠に生きられるという信仰があった。しかし彼らは名目上神を必要としない人々が多く、自らが神のようになれるという自己認識の下で運命を自力で左右しようとした。特にある人々は永遠の眠りというのを求め、魂の消失を目指していた。彼らは名のない魔術師は神か神の子、神の霊を持つ者であるということを信じていて、彼が復活することを信じる者はその人も復活すると言われた。しかし竜殺しと呼ばれた名のない魔術師は肉体が朽ちた後千年以上に渡り消失したままで、復活する気配はない。


 この頃までに魔術師は魔術の論理的解釈としてある種の四項理論を理解していた。それは天蓋(sphere、ソルカ)、蒼穹(azure、オグザンル)、星珠(orb、コルマリフ)、地蓋(globe、ステイラ)によって魔術の概念を説明するものである。(詳しい説明は対話篇などで試みられているが、)天蓋的魔術師として天水の魔術師、地蓋的魔術師として地下鉱の魔術師というのが導き出され、剣河において、それは能力の高さを表したものではなくそれぞれが一長一短なのだが後世には上級魔術師と下級魔術師として知られた。天蓋と地蓋の間に時空領域(scheme、)が、蒼穹と星珠から図(schema)が作られ、図は領域に展開(extension)される。後の聖王国の信仰では、魔術師の理論が神学的に適用され、「大地球星星珠出現」(major globe orb advent、ステイラ・コルマリフ・ウェゴネンティユィス)とそれに伴う「自由王国領域生成」(free kingdom scheme generation)が人の救いの道の先にある唯一の時空であり、自分の命と不可分な形でその時空領域に参与するものこそが神の子供たちであると考えていた。カンの地では魔術師は自治を行い、魔術の継承が盛んに行われ、若い魔術師やトークレムが大量に発生した。しかしながらトークレムは状況によっては死刑に処された。それは魔術を扱うと称していながら実質的に何も行わない不義と看做された者に対する処罰であり、比喩的に論文を書かない学生紛いや学者紛いに対する扱いである。ルガムの地においては急速な発展によってそれ以上発展しない段階に至って、余生を過ごす魔術師やある程度裕福で自由な人々が住んでいた。ドレイスの地から奴隷を得ることによって、人々は仕事による人生の円環から解放されていた。また魔術師はその知恵を買われ法律の運用を任されていた。ナナキと呼ばれる人々を深層心理から操作するような大魔法と呼ばれるもので民衆の行動を大きく決定するなどした。


 内域の北西に位置したエンスでは天の神と地の神が信じられ例えば人を殺せば天の神に好かれるが地の神に嫌われるといった具合にどちらかの神に愛されることを目的にした信仰が発展した。エンスでは長く戦争状態が続き領域が確定しない国家によってその全土が覆われていた。エンスにおいては宮廷魔術師が活躍して政治の実権を握る場合があった。その地においてはトークレムが非常に多く水を得るために魔術を扱う者が多かった。魔術で得られた水は大量に摂取しないと渇きを潤せないため魔術の使用によって寿命を縮める者が多かった。その地において有名な王はゴスリム・リムである。本名はゴスリムであるが、古の魔王ベルクゴルム・レムになぞらえて名を改めた。彼は最後の王と呼ばれ、その地を一度完全に統一した。その地においては天の神に対する信仰に由来し、数多くの塔が建てられた。また地の神に対する信仰に由来し、数多くの城が建てられた。カッケヘド、マキ、シブキエン、コウゴウラン、トーラードなどの当時の国々が知られている。


 エンスとカンの間のアシタノ王国の王子シシはエンスの西側に遠征し、そこで多くのデンバクドゥルを捕虜として連れてきた。彼は一人の少女に目を留める。彼女は王子を睨みつけ「殺せ」と言った。「死んでどうする」と問うと「天の神の妾になる」と言った。彼はそれを好意的に受け止めて、「今死ぬな」と言って解放した。それから彼女をドーブニウ山脈の北東の麓の支配領域ペルソシュの人々の上に立てた。彼女はその地位に甘んずることなく民のことを第一に考えた統治をしていた。しかし彼女は卑しき魔女だった。彼女が密かに愛していたシシの死後、人々を監禁し、己の若さを永遠に保とうと、彼らを糧にした。彼女には複数の男性との間に複数の子供がいたのだが、その内の一人エクスは彼女の支配に終止符を打つべく、東方魔術師同盟に支援を呼びかけ、複数の魔法使いと共に、卑しき魔女の居城に乗り込み、彼女を捉え、封印した。彼女の命は西域のポントナム湖に沈められた。その後水と一体化しながら愛する者を求めて出られない湖上を彷徨う女王レヴォザルサンの伝説ができ、確認された記録はないが、現在でもその地の人々には卑しき魔女が愛と水の女王として愛するシシの到来を待ち望んでいると考えられている。


 エンスの若き魔術師エルヴァトは二十三歳にして三つの結界式を改めたが、のち塔に立て籠もり、七日目の夕刻、塔上より身を投じて死んだ。貴族に娶られた意中の女性の身柄を要求したが彼女自身が拒んだと伝えられたからである。この死のために魔法革命が五百年以上遅れる結果となったと考える学者もいる。しかし反論も根強い。


 エンスでは戦争と渇水が絶えなかったため、観測は他の地域よりも実用に偏って発達した。特に水と空についての記録が重んじられた。トークレムが魔術によって水を得る場合、その土地の乾燥の程度や地下水の有無によって必要となる魔力が大きく異なり、同じ魔法を同じように用いても得られる水の量は一定ではなかった。このため宮廷魔術師は井戸の深さ、雨量、河川の水位、魔術によって得た水の量、その水を飲んだ者に必要となった摂取量などを記録した。後世から見れば雑多な記録であるが、エンスではこれをもとに魔術を用いない方がよい土地と、魔術によって水を補っても比較的害の少ない土地とを分けていた。

 また天の神に対する信仰と結びついて数多く建てられた塔の一部は、空を見るためにも用いられた。そこでは竜の群れ、雲、風、砂塵、月の位置などが観測された。塔ごとに記録の形式が異なっていて統一されることはなかったが、戦争において敵軍の接近を知るための見張りと、魔術師による長期的な空の観測が同じ場所で行われることが多かった。このためエンスでは観測者と見張りの区別が曖昧であり、王が代わると観測記録が軍事記録として封印されたり、反対に戦争の記録が後世の魔術師によって気象や竜の動きを知る資料として読み直されたりした。

 エンス各地に残る古い塔の壁面には一定の間隔で短い線や円が刻まれているものがある。それらの全てが観測記録であるとは考えられていないが、同じ塔に数百年にわたって刻み足されたものもあり、ある地域における竜の飛来や大旱魃を記したものではないかと解釈されている。


 内域の北東に位置したカンでは「能」と呼ばれた才覚が非常に重要視され演劇や歌唱の才能のある者が有名を得た。いわゆる放送の仕組みが作られ画面の中では人能者と呼ばれる人々が活躍した。魔法の石板が作られ、魔法使いはそれを所有した。放送は五百年余り続いたが魔法戦争による中断を経て停波となった。魔法の石板も古の技術となった。以降その文化が復活する兆しはない。カンには魔術の学校が設立されてこの時代に有名になった魔術師の多くがこのカンの魔術の学校の出身である。なお学校と言っても師の集まりといったもので弟子を取ることによって魔術が伝承された。その中でラティス魔大学は現在まで存続している最後の学校である。その地では魔術師による自治が認められていた。このため砂漠の魔王による支配以外で正当な魔術師の支配がある意味では理想的に成り立っていたと言われる。各地の人々を写した映像記録が集積された。その地の都市の多くは迷宮のような構造をしていて、非常に入り組んでいた。それ自体が魔法陣としての役割を担っていたとも言える。

 カンにおいて一年を十二ヶ月とした時に各月の名称が定まった。一月は墨鼠、二月は月熊、三月は金羊、四月は王樹、五月は巨蟹、六月は茫鹿、七月は獅子、八月は魔竜、九月は臥竜、十月は宝珠、十一月は灰鳥、十二月は大猪である。墨鼠は「冬の底。黒く小さく、年の始まりとして不吉だが静か」。月熊は「冬眠・月光・雪原の重さ。冬の終わり」。金羊は「春の到来。毛・陽光・牧畜・柔らかな豊穣」。王樹は「樹木が芽吹き、王権や生命力が立つ月」。巨蟹は「水辺・湿気・初夏。内海や河川の気配」。茫鹿は「草原・霧・迷い。夏前の広がりと幻想性」。獅子は「盛夏。王者・太陽・戦い・名望の月」。魔竜は「最も暑く危険な月。災厄・魔力・竜の暴威」。臥竜は「暴れた竜が伏す。秋の始まり、力の沈静」。宝珠は「収穫・結実・魔石・祭儀。秋の富」。灰鳥は「枯れ野・渡り鳥・灰・死者の気配」。大猪は「年末の荒々しさ。狩猟、冬越え、土臭い生命力」。それぞれこれらのような印象である。


 カンでは観測は魔術教育と深く結びついた。魔術の学校において弟子は師の魔法を再現する前に、結界の広さ、周囲に存在する魔力、月や星の位置、その日に用いられた別の魔術などを書き留めるよう求められた。魔法が失敗した場合にも失敗そのものが記録され、同じ失敗が繰り返されるかを確かめるため、数年後に別の弟子が同じ場所で同じ術式を試すこともあった。そのためカンでは成功した魔術よりも失敗した魔術について多くの記録が残された学校があり、それを誇りとする魔術師もいた。

 またカンにおける映像記録の発達は観測の方法を大きく変えた。それまではある現象を見た者が文章や図として残すほかなかったが、魔法の石板によって限られた範囲ながら出来事そのものの姿を残すことができるようになった。初期には演劇や人物の姿を記録するために用いられたが、やがて魔術師は竜の飛行、魔法の発動、精霊の出現、植物の異常な成長などを写すようになった。後に各地の人々を写した映像記録がカンへ集積されたのも、このような技術の延長にある。

 しかし映像は正確な記録であるとは限らないとされた。記録に用いた魔法そのものが対象に作用することがあり、映像に現れた光や色が実際にその場にあったものか、記録魔法によって生じたものか判断できない場合があったからである。このためカンの魔術師は映像だけを証拠とはせず、文章による記録と複数人の証言を併記する習慣を持つようになった。

 一年を十二ヶ月に分けてそれぞれに名称を与えたことも、後には観測記録を比較する上で重要となった。以前は王の在位や祭礼から日付を示す場合が多かったが、同じ季節の出来事を何年にもわたって比較するには不便であった。墨鼠から大猪までの月名が広く用いられるようになると、例えば「茫鹿月に北へ移動する竜」「魔竜月に増大する魔力」のように季節ごとの現象を整理することが容易になった。


 内域の南に位置したルガムはその地の発展が人々の救済後五百年頃から始まって百年の内に急速に進みこれ以上発展することはないという状態に至った。その地においては民主主義が発展して法律を作る者が一定の力を持った。大域小法と呼ばれる法律集が成立して魔術師を通して後の全地の法体系の基礎となった。その地において権威を失った王達がルガムの西側に細長く高い線形の城壁のような宮殿を建てて数百年に及んで暮らしていた。ルガムの東には三日月の弧状の広大な海が広がっていて永遠の海と呼ばれた。魔術師たちはその海の向こう側に大陸が存在することを観測していたが、永遠の海に生じたある種の無限性のために到達不可能であると看做された。またルガムとカンの間の砂漠は魔術師によって海のように流動的な砂海にされて、カンとの間に貿易船が運行した。それらの船は沈没することがあり、後世冒険者などによって貨物の回収が行われた。ルガムから南に離れると、アトンハトンと呼ばれる地域があり、アルカ・フューリー(Capital frost)と呼ばれる全地の最高峰がある。その別名を凍王の玉座、それが連なる山脈をヴリサン連峰と言うが、その山は一つ独立したように聳える。その地域を支配した王として有名なのはクルヘークォフーナアルである。その国はクルヘークォフと呼ばれた。月魔世の後にはイケダ王国の池田誠一もいるのだが、王国の滅亡後忘却の対象となった。アトンハトンの東、永遠の海に隣接する地域には十三の部族が生息した。特にクハヴァール人とハヴァール人が有名である。


 ルガムにおける観測は、人々の生活や法律との関係が強かった。急速に発展した都市では人口、食料、水、建物、道路、河川などを把握しなければならず、魔術師だけでなく王の役人や法律を作る者も記録を必要とした。このためルガムでは魔術的な現象と人々の営みを同じ記録の中に収めることがあった。ある地区で結界魔法の使用が増えた時に人口がどのように変化したか、砂海を渡る船が何隻沈んだか、一つの魔法が禁止された後に事故がどれだけ減ったかといった記録が残された。

 大域小法が成立していく過程においても観測は利用された。魔術師が危険であると主張した行為が必ず禁止されたわけではなく、実際にどの程度の害が生じるかを一定期間記録した上で法とする場合があった。反対に、長く禁じられていた魔法が調査の結果それほど危険ではないと判断され、限定的に許された例もある。ルガムにおいて魔術師は法律を定める唯一の者ではなかったため、自らの見解を他の者に納得させるためにも記録を必要としたのである。

 永遠の海については特に長い観測が続けられた。魔術師たちは海の向こう側に大陸が存在することを認めながら、そこへ至ることができなかった。沖へ出た船の位置、航海に要した時間、星の見え方、岸へ帰還した時の経過時間などが繰り返し調べられたが、互いに矛盾する結果が得られた。このことから永遠の海には距離そのものが通常とは異なる領域が存在するとされた。その後も到達の試みは断続的に行われたが、観測の目的は次第に「向こう側へ行く方法を見つけること」から「なぜ行くことができないのかを記録すること」へ移っていった。


 ルガムの南西にはドレイスと呼ばれる地熱地帯が広がりポルケと呼ばれる鳥が集まった。ポルケの卵が信仰の礎となりその地の王達に献上された。ドレイスには幾つもの温泉が湧いていて温泉の精霊に対する信仰が起こった。その地には剣河の支流の流れ着く巨大な塩湖パルミラ海があった。また東にはアラルガル平原が広がっていた。ドレイスに起こった王として有名なのはハンベスである。彼はエンスとルガムを相次いで支配して六人の守護者と四人の騎士を支配地域に配置した。剣の騎士、槍の騎士、弓の騎士、鎧の騎士、精神の守護者、永遠の守護者、力の守護者、知恵の守護者、美の守護者、愛の守護者がいた。彼らの多くはルガムの西の王宮群から取られた。その地においては王家に生まれた者の内最も若い者が騎士となり最も老いた者が守護者となったその後四人の騎士は守護者と同一視されたのだが有名な話として騎士であるハドアは守護者として認識された。ハドアは砂嵐に巻き込まれて行方不明になって以来永遠の守護者として崇められた。エルン・ケバンセスを名乗ったハンベスによるエンスとルガムの支配は長く続かず、晩年にはドレイスに退いていた。その死後王国は崩壊し、ドレイスに築き上げた守護者と騎士の制度ばかりが残った。またその地は後の時代冒険者ギルドの拠点が置かれたことで有名である。月魔世の終結後数百年の輝きの時代に各地に残された宝物がその地に集結した。


 ドレイスでは地熱と水の観測が古くから行われた。温泉は同じ場所から永遠に湧き続けるものではなく、突然温度が上がり、逆に冷水となり、数十年の間完全に枯れた後に再び現れることがあった。温泉の精霊に対する信仰を持つ人々はこれを精霊の意思と考えたが、魔術師は地下に存在する熱と魔力の変動として記録した。両者は必ずしも対立せず、温泉を管理する神殿が水温や湧出量の記録を魔術師へ渡すこともあった。

 ポルケについても観測が行われた。ある年に多数のポルケが集まった土地では、その数年後に温泉の温度や地表の魔力が変化する場合があるとされ、ポルケの飛来を地下の変化を知る兆候と考える者が現れた。しかし常に一致するものではなく、ポルケは単に餌や気候によって移動しているに過ぎないという見方もあった。王に献上される卵の数まで記録されたため、後世には数百年間に及ぶポルケの増減を推定できる地域もある。

 巨大な塩湖パルミラ海では水位と塩分の変化が記録された。剣河の支流から流れ込む水の量だけでは説明できない上昇や下降が度々あり、湖底には地下へ通じる巨大な水の流れがあるとも考えられた。後に地脈についての研究が進むと、ドレイスに残された古い温泉と湖の記録は、地上から直接見ることのできない地下の変化を知る資料として読み直されるようになった。


 エンス、カン、ルガム、ドレイスの円環の地域の南西に位置するレイスは一度暗断裂によって滅んだ後に悪魔と呼ばれる悪しき魔術師たちが集う地域となった。悪魔はまた魔王としても知られていてザナレルなどが有名である。彼らが東レイスから中央レイスにかけてを支配して、その地は彼らの思い通りに作り変えられていった。レイスの東には円形の内海が広がっていて単に海と呼ばれたがここでは内海などと表現する。

 中央レイスはハールワー人が支配した。彼らは後に不気味文字と呼ばれ神聖文字と自称する文字が刻まれた。彼らは三の民族を支配して奴隷として扱っていた。ハールワー人の王ハルワチュケトムは最盛期の王として有名である。彼は太陽王として知られていて天候を左右する魔法を扱った。特に有名なのは曇天を晴れ間をもたらす魔法である。


 レイスでは他の地域とは異なり、観測そのものがしばしば魔術の実験と区別できなかった。悪しき魔術師たちは世界がどのように変化するかを見るため、自ら変化を起こしてその結果を記録した。巨大な生命を作り、結界の内部作用によって生かし続けたことも、その生命を作ることだけではなく、どこまで巨大な存在を世界に留めることができるかを知る試みでもあった。魔王の固有結界が周辺の土地をどの程度変えるのか、複数の結界が重なった場合に何が起こるのかといった記録も残された。

 その一方で、魔王に属さない魔術師や人々も存在し、彼らはレイスに起こる異常を記録していた。空の色が季節によらず変わること、井戸の水面が夜ごと異なる高さに現れること、ある道を歩く時間が往路と復路で一致しないこと、遠方にあるはずの建物が一日の内に何度も近づいたり遠ざかったりすることなどである。当時それらは土地ごとの奇妙な魔術現象として扱われ、一つの原因を持つとは考えられていなかった。

 レイスが最初の暗断裂によって滅んだ後、生き残った記録の一部が周辺地域へ持ち出された。後世それらを集めた魔術師は、滅亡以前の数十年から百年余りの間に、それまで珍しかった異常の報告が増えていたことに気付いた。しかし記録されている現象の全てが暗断裂の前兆であったかは分からない。後から滅亡を知った者が、関係のない出来事まで前兆として読み込んだ可能性も指摘された。

 それでもレイスの滅亡は魔術師たちに、現象を記録することと、その意味を理解することは同じではないという認識を残した。世界は異変を示していても、それを見る者が何を見ているのか理解できなければ災厄を避けることはできない。このため後世、異常が発生した時だけ記録するのではなく、何も起こらない時期の状態を長く残し、それとの差を調べることが重視されるようになった。

 環レイスに数多くの図書館が築かれ、暗断裂によって失われた石版や魔術の知恵が集められた背景には、この経験もあったとされる。滅びたレイスを再現することはできなくとも、その前に何が起きていたのかを可能な限り残すことはできる。その後それらの知恵がオープ・パルクの大図書館へ移されると、レイスの記録は他地域の長期観測と比較され、暗断裂を理解するための資料として読み継がれていった。


 この頃までに名工イヴァヌスの手によって魔剣イズファロアが打たれた。レイスにおいて様々な魔王がそれを所有した。またイズファロアに次いで有名な魔剣フィフィフィもこの頃から月魔世までには成立していた。魔剣アグノンヴィも有名である。魔王はそれらを根源として多くの剣を生成し、自ら作り上げた軍勢に持たせていた。このため、レイスには多くの魔剣が残されたのだが、聖剣エレノイヤの刻印と刀身の輝きは魔王の知恵と魔法を持ってしても再現できなかったと言われる。


 所謂内海の周辺の都市国家が同盟を結んで海の帝国が成立した。海の帝国で貨幣の流通が進み経済が著しく発展した。大金貨(500万円)、金貨(100万円)、半金貨(50万円)、小金貨(10万円)、大銀貨(5万円)、銀貨(1万円)、半銀貨(5000円)、小銀貨(1000円)、大銅貨(500円)、銅貨(100円)、半銅貨(50円)、小銅貨(10円)、鉄貨(5円)、鉄銭(1円)。海の帝国はレーヴィアとして知られた。その主な構成都市はオベール、ブレドツリュウゲ、カガルディオラ、ペンテオス、エラドス、ベラルディア、ディアン。連邦加盟国としては後にサクライロド王国。

 その海には海賊が蔓延ったことで知られており海賊王と呼ばれる豪族が出現した。彼らは海の帝国や周辺の島々に集められていた宝物を奪って黒水牛帝国の人々などと交易を行っては栄華を極めていた。海賊を襲う海賊なども出現し混沌の様相を呈していたのだが冒険者ギルドが設立されてから後の時代には宝物が散逸し始めてむしろ彼らが冒険者になるか、或いは追われる身となった。この時に冒険者になれなかった者の中には島に占拠してそのまま王となった者もいる。


 エンスのアウグスツ・ローブは最高の徳は知恵だと考えた。ルガムのリー・チェイン・ナクスは勇気、ドーブニウ山脈のコボルテア・ダッカスは節制とした。


 救世歴1067年、デリカウェストの名持ち魔熊アプゲティスが魔法使いギュムネキアによって討たれた。


 環レイスの図書館群に集められたものは魔導書や石版だけではなかった。各地の魔術師が長年にわたって残した観測記録もそこへ持ち込まれた。初めは暗断裂以前のレイスに何が起こっていたのかを知ることが目的であり、空の色、魔力の濃度、結界の変化、巨大生命の活動、地下水の異常などを記した断片的な記録が集められた。しかしそれらを他地域の記録と比較するにつれ、レイスだけを見ていては暗断裂そのものを理解できないと考えられるようになった。

 エンスの塔に残された空の記録、カンの魔術学校が保管していた実験記録、ルガムの河川や人口についての記録、ドレイスの温泉や湖についての記録などが少しずつ集められた。同じ年に遠く離れた地域で似た異常が起きている場合もあれば、一つの地方だけで数十年間続く変化もあった。この頃から、一つの土地に起きた出来事をその土地だけの事情として扱わず、全地の別の現象と照らし合わせる考え方が広まった。

 オープ・パルクによってルガムの北東に大図書館が築かれると、この仕事はさらに大規模なものとなった。大図書館には魔術の知恵を保存するだけでなく、世界そのものの状態を記録する役割も与えられた。各地の魔術師や王国から送られた観測誌は写しを作られ、対象と年代によって分類された。月についての記録、竜についての記録、地脈や地下水、精霊湖、魔物、結界、暗断裂、異世界から現れたものについての記録などがそれぞれ分けられた。

 その結果、一人の魔術師が生涯を費やして見た一つの場所の変化と、別の地域で同じ時代に起きた出来事を比較できるようになった。ある山の魔力が弱まった時、数千離れた土地で竜が増えていたことが分かったり、一つの湖の水位が異常に下がった数年後に別の地域で小規模な暗断裂が生じていたことが後から知られたりした。ただし、それらに必ず因果関係があるとは考えられなかった。大図書館においては、似た時期に起こったというだけで同じ原因に結びつけることもまた誤りであるとされた。

 このため観測誌には、観測した事実と観測者の解釈を分けて記す習慣が生まれた。「月光が弱い」と「月が衰えている」は異なる記述であり、「竜が南へ移動した」と「南で災厄が起こる」は異なるものとされた。前者は観測として保存され、後者は解釈として別に記された。古い記録を書き写す場合にも、原文を改めず、後世の魔術師による説明をその下に付記することが求められた。

 大図書館では長期にわたって同じ対象を追うための記録も整えられた。月の明るさや位置、空を飛ぶ竜の密度、主要な精霊湖の水位、広域結界の変動などは、短い間隔で継続して記録された。一方、地形や地脈のように急激には変化しないものは数年、数十年ごとに調べられた。何百年も大きな変化のない記録も多かったが、それらは捨てられなかった。異常を知るためには、異常のない状態がどのようなものであったかを知る必要があると考えられたからである。

 この頃になると、観測を主な務めとする魔術師も現れた。彼らは強大な魔法を作り出すことを必ずしも求めず、一つの土地や現象を長く見続けた。若い時に一つの湖の記録を任され、そのまま百年以上同じ土地に住んだ者もいた。数百年間ほとんど変化しなかったことだけを記して朽ちた者もいたが、その仕事は無為とは考えられなかった。

 その一方で、大図書館へ全ての観測記録が集まったわけではない。王国は軍事上の理由から空や地形の記録を秘匿し、魔術師は自らの研究に関わる記録を弟子以外に見せず、悪しき魔術師は意図的に偽った情報を残すこともあった。また同じ現象を異なる言葉で記した古い石版も多く、比較そのものが不可能な場合もあった。このため大図書館に集められた知識は全世界そのものではなく、世界について知られたものの一部に過ぎないという理解も強かった。

 それでも数百年にわたる記録の蓄積は、魔術師たちに一つの不安を抱かせることとなった。古い時代と比較すると、世界の各地で結界の歪みが増え、小規模な暗断裂が生じる間隔が短くなっていた。また魔術が盛んに使われた都市や地方ほど、周辺の魔力が長期的に安定しない例が増えていた。新しい魔術が作られるたびに世界が直ちに壊れるわけではなかったが、長い年代を並べて見ると、魔術の使用量の増大と世界の不安定化が無関係であるとは言い切れなくなった。

 これについては長く異論があった。世界は元来変化するものであり、記録が増えたため異常が多く見えるだけだと考える者もいた。また魔術そのものではなく、悪しき魔術師による過剰な結界や巨大生命の生成だけが問題であるとする者もいた。さらに、世界が不安定になっていること自体は認めながら、それを抑えるためにはむしろ強力な魔術を用いるべきだとする者もいた。

 魔術師たちは各地の記録を比較し、古い観測誌を読み返し、同じ現象を異なる方法で計り直した。この議論は一人の魔術師によって決着したものではなく、何世代にもわたって続いた。やがて世界には魔術を受け入れられる限度があり、それを越えて使用を続ければ暗断裂やそれに類する破綻が全地へ広がる可能性があるという見方が優勢となった。

 救世歴1152年8月、魔術師たちは人々がこのまま魔術を使い続ければ世界が滅びに至ると判断し、段階的に魔術の使用を廃止する決定をした。この決定は一度の災害や一人の預言によってなされたものではなく、それまで大図書館と各地に積み上げられてきた長期の観測を背景としていた。

 決定後、各地の図書館に残されていた魔術の知恵は廃棄され、大図書館への集中が進められた。観測記録についても同様に重要なものは写し取られたが、全てを保存することはできなかった。魔術そのものの知恵を残すべきか、世界がどのように変化してきたかを示す記録を残すべきかについて議論が起こり、後者を優先すべきだと主張する魔術師もいた。

 魔術の使用が抑えられると、観測の目的にも変化が生じた。それ以前は世界を理解し新しい魔術へ結びつけるための観測が多かったが、それ以後は世界が安定へ向かっているかを確かめることが重要となった。結界の歪みが減っているか、暗断裂の発生が少なくなっているか、魔力の流れが以前の状態へ戻っているかが調べられた。

 その結果、世界は完全な安定ではなく半安定の状態へ移ったと判断された。しかし魔術師たちはこれを完成とは見なさなかった。世界が一度傷ついた以上、その変化を一世代の観測だけで判断することはできないと考えられたからである。こうして観測は魔術を発展させるための仕事から、魔術によって変えられた世界がその後どうなるのかを見届ける仕事へも変わっていった。

 魔術は三段に渡って活用されるようになった。つまり魔術の離散化が起こって大中小の状態でしか顕現しなくなった。半安定となってから異世界からいわゆる聖獣や魔獣と呼ばれる存在が紛れ込んでくるようになった。これは暗断裂が軽く全地に広まるからである。

 結界魔術が抑えられたので、悪魔の伸長が著しくなった代わりに、世界の法則として新たな魔術師がほとんど誕生しなくなった。

 魔術師は一刻も早く安定状態にすべく努めていたが、それは一度実現した後月魔世で再び不安定になった。世界の本質は安定だが、不安定な時空に覆われた。月魔世の終結後は安定に戻った。しかし暗断裂によって綻びが出た地域では半安定や不安定となって、異世界からの異物を招きやすい。


 世界が半安定に至った後も観測は続けられた。魔術師たちにとって半安定とは世界が安全になったことを意味するものではなく、魔術の使用を抑えることによって崩壊へ向かう動きが一時的に緩やかになった状態であった。このため暗断裂の発生、結界の歪み、魔力の偏在だけでなく、それまで世界にはほとんど現れなかった異世界由来の聖獣や魔獣についても記録されるようになった。これらの存在が現れる場所には一定の偏りがあり、暗断裂による綻びと関係していると考えられたが、全てについて原因を特定することはできなかった。

 観測する対象が増えるにつれて、一人の魔術師が長い年月をかけて一つの現象だけを見る方法とは別に、多数の魔術師やトークレムから短期間に情報を集める方法が発達した。大きな異常が生じた地域では、周囲の町や村に同じ現象が起こっていないかを確かめ、数日から数ヶ月の間に広い範囲の記録を集めた。このような方法は後に冒険者ギルドが依頼や報告を集める仕組みにも影響したとされる。


 魔術の離散化が進むと、魔術の大きさをある程度比較することも可能となった。さらに後の魔法革命によって魔術が数値として扱われるようになると、観測記録にも数が多く用いられた。どれほどの魔力が使われたか、結界がどの程度の範囲に広がったか、同じ魔法を何度使用すれば周辺に変化が現れるかといったことが記録された。しかし数字によって表せるものが増えたことは、世界の全てが数字によって理解できるということではなかった。魔術師たちは、同じ数値が示された二つの土地で異なる現象が起こることを繰り返し経験した。


 特に悪しき魔術師については観測が困難であった。彼らは自身の固有結界の内部を外部から正しく見ることを妨げ、場合によっては観測する者に意図的に誤ったものを見せた。ある場所には巨大な城が存在すると記録されながら、後にそこを訪れた者には何も見つけられず、逆に何もないとされた荒野の下から大規模な地下施設が発見されることもあった。このため魔王に関する観測は、見えたものだけではなく、何が見えなかったかについても記録されるようになった。


 無尽森林に住んでいたクドゥルがカン及びエンスの方向へ大挙して押し寄せて後のレイスで鉄の王国と呼ばれる十ほどの王国群を建国した。これによって人々によって保たれていた魔術の知恵は失われていき青銅の王国たるデンバクドゥルと合わせてクドゥルとデンバクドゥルの時代が二百年近くに渡り続いた。この間にクドゥルらは人々を奴隷として支配するようになり魔術師たちの助言を受けながらいわゆる全世界の主となった。しかし完全な支配は魔術師の管轄の元実現しなかった。


 東のインパルの覇者であったシシは王位を明け渡して後の老年期にドレイスの知恵の守護者であったプッポルケを半ば強引に娶った。彼らの子アビト、ザンガ、マドウェフはそれぞれ有名な氏族の祖となった。ゴーデマの自称であるにも関わらずザンガング朝オノノンド王国のゴーデマの孫ハーデンの祖として特にザンガは有名である。


 エンスやカンの北には北原平原が広がっていた。その地では魔術の使用が限られていたため剣や弓矢が重んじられていた。また竜の祠が建てられ空に渦巻く竜に対する信仰が確立した。竜が渦巻く地では魔術を自然に扱えたため魔法による儀式が数多く行われた。その地において乗竜術が見出され竜と人との共存が一部果たされた。この流れを魔術師たちは良いと見ていなかったが竜と共生したミュオガ、ヤパン、ソルキアの三国が台頭し乗竜部隊でもってエンスやカンを襲撃した。その地に長く留まることはなかったものの魔法戦争後の世界を混迷へと向かわせた。乗竜術はその後各地に伝わり乗竜隊を生んだ。特にこの時代のレイスにおいて盛んになり穢が竜の世話をした。それ以前からブセラトゥトとケルコーンによって竜との共生が図られ、三国を経てベルドリとレミョンズによって確立した。


 無尽森林の東、永遠の海の北西海岸上(オジャ)にはイェッシェッシェ王国が無尽森林内から移動して、長い年月をかけて衰退しながら存在し続けた。後の月魔世の間に滅んだ。ルガムの南にはルーア王国が起こった。またドーヴニウ山脈の西にはエホーブ王国が起こった。その王国が現代まで続く聖王国の礎になったと言えるのだが、イェッシェッシェ王国やルーア王国の支配階層がその地に移り住み、一つの国家を成立させた。


 ルガムの南東に半ば想像上の魔術師たちの理想郷「知恵の原」が広がっていた。正確にはその根拠地が置かれた。その地において魔術師たちは有限の領域を分け合いながら、自由王国連合を結成し、彼らの統治に従う者をその地に集めていた。その地は制限された結界魔法によって拡張され、人々はその地で働く必要がなく、生活における何の義務も負わなかった。大図書館の南に位置したのだが、唯一中に魔術の研究が許された地域で、時に破壊的な結果をもたらすこともあったが、結界内のみの影響に留まるようにされた。この地の研究で小さな暗断裂を意図的に引き起こし、それが起こらない程度の魔術の使用度合いの境界線の研究が行われた。またルガムの南東には永遠の海付近を起点として北東から南西にかけて爪痕陵が走っていた。そこには走竜が多く住み着いていた。


 異世界人が度々転移してくるようになったのだが、魔術師たちはサンフィネス教を通して女性は発見次第保護し、神殿域で養うことになった。結婚は往々にして許されず、エルネアを身につけさせられ、生涯独身を強いられた。後世、言語を習得した場合職につけた。男性は魔法の才能があれば冒険者などに、そうでなければ鉱山などで強制労働させられた。


 救世歴1197年3月、5歳の佐藤天音が「晴嵐の神子」の世界よりドレイスの鎧の騎士領に転移。兄の佐藤文に見つけ出され一時的に同行するも帰還。彼女が成長するまで戻せないと告げられ、再び迎えに来るとのこと。一部「失われ魔女ん」を参照。一応アマネちゃんの物語の中核がどのようなものかというと、草原の城と都市の扉のない部屋の中を魔法で行き来しているアマネちゃんが草原に現れた竜の問題を解決しようとする。その最中拠点の都市を歩いている時、その地のハドアという女守護者(支配者)に遭遇し、姿勢を低くしないのでハドアの従者たちに不敬を咎められる。ハドアは「帽子を取れ」と命じ、アマネちゃんは従う。ハドアは「しばらくそうしておれ」と言って立ち尽くすアマネちゃんを置いて、翼のない竜種に乗って行進を続け、不敵な笑みでアマネちゃんの方を返り見る。それから彼女たちはしばらく交わることはなかった。その途中「かつて全地を支配した王はどこへやら、時代の流れに取り壊されて今は亡き余の墓も無しって感じかな」などと詠んだ。ある時荒れ野で同じような構図で再会する。ハドアは魔物を討伐しに軍隊を率いているが、アマネちゃんがその魔物を小型化して無力化していた。そこでアマネちゃんは「平和はあなたが持っていてください。私はこの子を連れて行きます」と言って、ポケットに入れ、メドウという黒豹(猫を大型化させた)に乗り、その場を去り、冷たい目でハドアを返り見る。それから自然発生した砂嵐が起こりアマネちゃんは生き、ハドアは命を落とす。死は直接描かれず、アマネちゃんがハドアの支配する都市にいた時、ハドアの臣下が民衆にその死を報告している場面に遭遇するというもの。


『晴嵐の神子』参照


 魔術の使用禁止の決定に反する悪しき魔術師たちは人々を命糧として監禁し魔力の根源として用いた。これらの魔術師は悪魔或いは魔王とも呼ばれレイスに置いて強大になった。レイスは悪しき魔術師によって彼らの思い通りに作り直されていった。最悪の魔王として知られているザナレルは中央レイスに巨大な宮殿を魔術で建設した。その大きさは人が百年かけても巡れないほどであり現在もダンジョンとして残されている。随所に宝が封じられていたため盗掘目的で遺構に入る冒険者が後を絶たなかった。ザナレルはまた自らの幾何学的な観念世界を築き上げ、この世界の全ての存在をその世界へ流出させ、全ての命をある種の記号に落とし込もうとした。それは生きているとも死んでいるとも言えない状態であるが、ザナレルの計画が明らかにされると彼は善き魔術師によって意図的に起こされたレイスの大暗断裂によって、インパラルシャンドウに流されて消えた。このことは初め善き魔術師の間で強い抵抗があって、大暗断裂のために悪しき魔術師へと身を翻す者が現れた。


 大陸(アルカ)の南東の端の細長い半島地帯(アジャ)には黒水牛帝国が起こったのだが、他の文明世界とは断絶した状態が長く続き、魔術師の王インザ・ナギオンが五百年を超えて支配した。しかし彼らは内海の海賊とは貿易を行い、金などの金属を内海の輩にもたらした。


 カンからルガムにかけてのインパルの魔王キロクはこの世の全ての本質は「無」であるとし、同地域の魔王アーウムは「有」であるとした。キロクは地球世界の仏教の三法印「諸行無常」「諸法無我」「涅槃寂静」には到達しなかったが、所謂永遠の眠りによる幸福を説き自身の結界の影響圏で破壊的な活動をした。アーウムは自身を神の子とみなして、全ての存在を己の奴隷とすべく、全ての僕とされた人々の人生を管理するシステムを作り上げた。この体系は後に多くの魔王の規範となり、人の能力を言葉や数値として可視化するステータスの走りとなり、善き魔術師たちにも取り入れる動きがあったのだが、その後禁忌とされ封印される。しかし魔術師同盟の善き魔術師たちは人々を管理するために背後ではそのシステムを起動していると言える。魔術師たちはその情報を元にどこに魔力の流れをもたらすのかを常に計算して、実行に移していると言える。更に戦争などが起こった時にはステータスは人々にも魔法の石板を通して表示され、事態解決に動くものの動機づけであったり、人々の中で諦めをつけるものを納得させる一つの要素になっている。なお冒険者はそれを確認するためのカードのようなものを支給される場合がある。レイスではそのようではない。ただしステータスに表示されることが全てではなく、特に極限の状態ではそれは管理を外れ、崩壊する。


 救世歴1323年、量産型の魔法の袋がカンで普及し、全地の魔法使いに広がる。


 ザナレルをはじめとする魔王は魔法戦争の時にこの世界から追放されるに至った。魔法戦争は良き魔術師と悪しき魔術師の戦いの様相を呈していて人類史上最大の戦争であったと記憶されている。それは魔術の使用を消極的に認める立場と積極的に認める立場の対立のようなものであり、前者は善き魔術師、後者は悪き魔術師或いは魔王や悪魔と呼ばれることが多い。魔法戦争に際しては異世界またはキキリンジジの世界と呼ばれるような多元世界群からそれまで禁忌とされていた異世界召喚魔法によって勇者と呼ばれるような人々が多数召喚生成された。魂に呪いが刻まれていない。有名なのはセイデン・ディーロー、ウェスラ・トウェンズ、エサード・グレンヴィである。

 魔族はルガムの南にあるフンベール半島に逃れ、また、レイスに立て篭もった。その後の月魔世では更にレイスに多くの魔族が集まり、人々の王からの信仰を食い止めたため、以後その二つの地域は二種類の魔族がそれぞれ生息している。多くは人間として、一部は人間を離れて亜人と化した。しかし亜人としての印象が強い。この亜人のような魔族を旧魔族、また月魔世以後魔族と認定された人間としての魔族を新魔族と呼ぶこともある。彼らの多くはレジナ教を信奉している。シロマリモノンスノ族がいた。レジナ教は魔王教と呼ばれることもあり、またそれとは別物と考えられることもあるのだが、魔王教徒は異端として多くの地域で排斥された。なおレイスのダクモン王国は例外であり、人口の大半を魔王教徒が占め、それ以外の人たちを奴隷のように支配していた。

 レジナ教は魔族の間に広く信奉されている一神教である。唯一の神のみを神として認め、竜、精霊、魔術師、魔王を含め、この世界に存在するあらゆるものには始まりがあり、神によって存在を許された被造物であるとする。そのため魔王を神として崇拝することは本来の教義には含まれない。しかし他の地域では古くから魔王教とも呼ばれ、現在でも両者を同じものと考える者は多い。

 レジナ教では、魔王の持つ巨大な魔力も神とは別のところから生じたものではないと考えられている。魔術そのもの、人の魂、竜の力、大地を巡る魔力も、その最も遠い起源を辿れば一なる神に至る。したがって悪しき魔王であっても、自ら新しい力を無から生み出したのではなく、存在するものを己の意志に従わせ、曲げ、集め、あるいは奪うことによって力を振るっているに過ぎないとされた。このため魔王が神に逆らうことと、その力が神に由来することとは矛盾しない。

 魔王もまた永遠の存在ではない。魔王には魔王となった時があり、また魔王でなくなる時がある。肉体を失い、力を奪われ、追放されればその支配は終わる。しかしレジナ教では霊そのものは死によって失われないとする信仰が強く、人の霊も魔王となった者の霊も、肉体の終わりの後になお存続すると考えられている。その行く先については教派によって異なり、神のもとへ帰るとする者、世界の外に留め置かれるとする者、最後の日まで眠るとする者などがいる。

 このためレジナ教徒にとって魔王に従うことは必ずしも魔王を神として礼拝することを意味しない。ある者は魔王を神によって大きな力を許された王と考え、ある者は神への反逆者でありながら世界の歴史の中で役割を持つ者と考える。さらに少数ながら、魔王に仕えることそのものを神への奉仕の一形態とみなす者もいる。この違いから、レジナ教内部でも魔王への服従をめぐって長く論争が続いた。

 魔族とレジナ教徒の関係も明確ではない。古くは魔王や悪しき魔術師に従った人々を広く魔族と呼んだとされるが、彼らの間にレジナ教が深く根付いたため、後世にはレジナ教を信じる者そのものを魔族と呼ぶ地域も現れた。一方でレジナ教を信じない魔族も、魔族と自認しないレジナ教徒も存在する。そのため魔族という言葉は、血統、居住地域、歴史的所属、政治的忠誠、宗教のいずれを指すかによって意味が異なる。


 多くの魔王は対妻或いは対夫と呼ばれる人の形をした霊体を愛する目的で生成しそれぞれが理想とする形に作り上げていた。複数の対妻を維持するにはその数百倍もの人々の犠牲を必要とした。特に彼女或いは彼と交わる時には最も多くの犠牲を必要として、また魔王は対妻との間に魔族を生んで更に魔法によって魔物を作り出した。カンの地において大量に発生したこれらの存在は魔法戦争中から終結後にかけてレイスや永遠の海に捨て去られた。

 魔法戦争に至ってザナレルは非常に強大になり、その魔力によって世界の全てをインパラルシャンドウ内の人工世界と交換しようと試みた。それは実現可能性が高まったのだが、実際には起こらなかった。

 魔法戦争によって強大な魔王が追放された後も観測の必要がなくなったわけではなかった。追放されたのは特に強大な者であり、弱小の魔王は各地に残った。また新たな魔王が起こることもあり、暗断裂だけでなく超新星が発生する場合もあった。超新星によって生じたメノウは回収され、大図書館に一時保管された後、空帝によって天空城へ封印されることになる。その数は三十三個に及んだ。このような災害は発生する前に確実に予測できるものではなく、観測によってできることは兆候を見つけることと、発生後の変化を記録することに留まる場合も多かった。


 魔法戦争が始まる頃には、観測のために維持されていた各地の施設も戦争に巻き込まれた。敵対する魔術師の活動を知るため、長年世界の状態を記録していた場所が軍事的な監視所として利用されることもあった。そこに残された過去の記録から土地の魔力や竜の移動を知り、軍隊の進路を定めることができたためである。その結果、観測所そのものが攻撃される例も生じた。

 魔法戦争中には、観測記録そのものを偽ることも戦いの一部となった。魔王の軍勢が存在しない方向に大軍がいると伝えたり、暗断裂の危険がない土地を危険地帯として記したりすることで、人々や敵対する魔術師の移動を誘導することができた。このため戦争中の観測誌については後世の大図書館でも特に慎重に扱われ、同じ現象について複数の記録が一致しない限り、そのまま事実とは見なされなかった。

 また魔法戦争では、それまで禁忌とされていた異世界召喚魔法が大規模に用いられた。異世界から勇者やその他の存在が現れることによって、それ以前に蓄積された観測の基準では説明できない現象も増加した。魔術師たちは彼らがこの世界の魔力にどの程度影響を受けるか、固有結界にどのように反応するか、暗断裂の付近で何が起こるかなども記録した。その記録は後世、自然に異世界から紛れ込んだ者と召喚された者を区別するためにも参照された。


 カンでは長く続いた放送が魔法戦争によって中断し、そのまま停波となった。各地から集められていた映像記録もそこで一度大きく途切れた。魔法の石板によって離れた地域の姿を知ることのできた時代は終わり、その後の魔術師は再び文章、図、直接の報告に大きく頼るようになった。戦争以前の映像記録の一部は保存されたが、多くは失われ、同じ出来事について文章だけが残ったもの、映像だけが残り何を写したものか分からなくなったものもあった。


 魔法戦争の後に対妻を持つ魔王が各地に留まり特にルガム周辺の砂漠において勢力を拡大した。これによって世界は海の帝国と砂漠の魔王とによる二つの権威の時代が訪れた。海の帝国はレーヴィア帝国などと呼ばれ、砂漠の魔王の国の一つはインパルの平原を支配してエッティノ帝国などと呼ばれた。レーヴィアは対魔王軍魔法大隊を組織した。その帝国の周囲はアルヴァタール人、クィンケタン人、また砂漠の民ローヴルなどが支配した。


 救世歴1516年11月、後のゼウンンレエエルが知恵の原に生まれた。各地に移り住んで育った。

 救世歴1586年、ドレイスにおいて角付き法衣(ホーンドローブ)が確立される。1800年代までにレイスにおいて採用、その後ドレイスでは廃れ、魔族の象徴となる。

 救世歴1607年までにオダエスが魔法隊を組織して戦争を行い以後それは後の戦術の基本に組み入れられた。魔法隊は魔術を詠唱しながら行進する部隊と自由に動き回る部隊によって構成されて以後戦争の規範となる。

 カクイフは魔道に対する罪を犯した者を収監するエグロー・マズローの監獄を設置した。彼はオダエスと共に善と悪の中間にある裁定者であると自認していて、善き魔術師の側の王国や悪しき魔術師の側の王国と戦った。


 魔術の離散化から数百年余りで魔法革命がルガムの南の一帯で起こった。これは魔術使用の離散化によって魔術の数値化を実現するものであった。これによって魔術師たちは安易に魔術の運用ができるようになった。


 ルガムとドレイスの冒険者たちが連盟を組んで冒険者ギルドをそれぞれの地域に設立した。以後国家や人々から依頼を受けてそれを解決する職業が発生した。冒険者は暗断裂の解消や竜の討伐を大きな使命としていて、異世界から紛れ込んだ異常な霊体や悪しき魔術師が創造した様々な獣や、魔力の影響を受けた動植物を破壊していった。完全に解決することはなく、月魔世に一旦計画は放棄された。冒険者ギルドは階級が複数あり、赤銅、鉄、青銅、銀、金などのクラスに分けられた。彼らの活躍は書物に書き残され、特に大いなる名と認められた者は星の巨人と呼ばれた。引退後の彼らは他の人々の階級を引き上げるかどうかの決定権を持っていた。冒険者の序列はギルドから支給されるステータスカードのようなもので確認ができ、新しい神の子(御子)、星の巨人、英雄、所業の完成者、有能な冒険者、並の活動者などの称号があった。魔術師と冒険者という二つの人間の姿形というものが以後の世界で最も重要なものとなったが、彼らは互いに重複する意味を持つことが多く、大別されるわけではなかった。

 魔術師はサンフィネス教を通して各地に英雄廟聖殿が建てられた。結界魔法により隠遁されていた。冒険者の活躍が描かれたレリーフを多数飾っていた。多くは後世でその名前も意味も忘れ去られたが、魔術師たちの意図するところだった。映像記録の上映が普及する甲魔歴以前、月魔世以前のものである。また環レイスなどの図書館にも文字での記録が収められた。


 冒険者ギルドの成立は観測の担い手を大きく変えることとなった。それ以前、遠隔地における異常を継続して記録する者は魔術師や王国に仕える者が中心であった。しかし冒険者は依頼を受けて街道、山地、廃墟、森林、地下迷宮などへ繰り返し赴くため、それまで観測者がほとんど立ち入らなかった土地を見る者となった。冒険者自身は観測を目的としていないことも多かったが、魔物の数、竜の飛来、道の崩壊、結界の異常、見慣れない植物、異世界由来と思われる獣などについて彼らが持ち帰る報告は、魔術師にとって重要なものとなった。

 初期の冒険者ギルドでは依頼の成否を確かめるため、帰還した冒険者から口頭で話を聞く程度であった。しかし「魔物を十匹倒した」とする者と「三十匹いた」とする者がおり、同じ洞窟について全く異なる構造を語る場合もあった。このため依頼を完了した者に、何を見たか、どの道を通ったか、どの場所で魔法を使ったかを書き残させる習慣が生じた。文字を書けない者についてはギルドの書記が話を聞いて記した。

 この報告はやがて依頼の成否とは別に保存されるようになった。ある冒険者が「森の北側で黒い角を持つ獣を一頭見た」とだけ記したものが、その数年後に同じ獣が大量発生した際に読み返されることもあった。依頼そのものは取るに足らないものであっても、その途中で見たものが後に重要となる場合がある。このため一部のギルドでは、討伐したものだけではなく、討伐しなかったものについても報告するよう求めた。

 冒険者の報告には誤りも多かった。恐怖のため魔物を実際より巨大に記憶したり、自らの功績を大きく見せるため数を増やしたり、逆に違法な魔法の使用を隠すため周囲の状況を偽ったりする者もいた。しかし魔術師はこのために冒険者の報告全体を無価値とはしなかった。同じ街道を通った十人のうち七人が同じ場所で奇妙な光を見たのであれば、それぞれの説明が異なっていても、そこに何らかの異常が存在する可能性は高いと考えられた。

 この方法は、それ以前の魔術師による観測とは性質を異にしていた。魔術師は同じ場所を長く見続けることに優れていたが、冒険者は短い期間に広い土地を移動した。前者が一つの井戸を百年見る者であるなら、後者は百の井戸を一年の間に見る者でもあった。両者の記録を比較することによって、一つの土地の長期的な変化と、広い地域で同時に起こっている変化を別々に知ることができるようになった。

 特に暗断裂については冒険者の報告が重んじられた。暗断裂そのものが発生してからでは遅い場合があり、その周囲で先に現れる小さな異常を集める必要があったからである。道を歩いても距離が縮まらない、昨日まで存在しなかった岩がある、同じ魔物を何度殺しても再び現れる、扉を開けると元の部屋へ戻るなど、単独では魔法の誤作動や冒険者の思い違いとも考えられる報告が、一つの地域から短期間に集中した場合には魔術師が派遣された。

 そのため後世の冒険者ギルドでは、依頼を解決する組織であると同時に、各地から異常についての情報が流れ込む場所という性質を持つようになった。冒険者が自ら知らないまま観測者の一端を担うことも多く、大図書館に残る甲魔歴以後の地方記録の中には、名もない冒険者の報告を写したものが少なくない。


 甲魔歴が進むにつれ、冒険者の活動を単に文章として残すだけでなく、出来事の姿そのものを保存しようとする試みが再び広がった。ただしこれはかつてカンで行われていた放送の復活とは異なっていた。広く同時に映像を送る技術は失われたままであり、一つの場所で記録された像を魔石や結界の内部に留め、後に取り出す方法が中心となった。

 初期の記録は短く不鮮明であった。竜の翼だけが残り、戦っている者の姿が消えていたり、強い魔法が使われた瞬間だけ全体が白くなったりすることもあった。また記録魔法そのものが戦闘の妨げになることから、冒険者が自ら記録することには限界があった。このためやがて冒険者に同行し、戦闘そのものには極力関与せず記録を残す者が現れた。後世に記録者と呼ばれる職業の前身である。

 記録者はただ映像を残す者ではなかった。誰がどの魔法を使ったか、何人がその場にいたか、討伐以前と以後で土地がどう変化したかについて文章でも記した。討伐対象そのものより、その周囲を記録することが重要とされた。巨大な魔物を倒した映像が残っていても、その魔物がどこから現れたのかが分からなければ、次の発生を防ぐことはできなかったからである。

 全ての冒険に記録者が同行したわけではない。危険性の低い依頼や個人的な仕事については従来通り冒険者自身の報告だけで済まされることが多く、名のある冒険者や大規模な討伐、未知の遺跡への遠征などで記録者が付けられた。また王国やギルドが重要と認めていない活動であっても、記録者が個人的な関心から同行することもあった。

 こうして残された記録は、後に冒険者の名声とも結びつくようになった。書物だけで知られていた英雄とは異なり、後世の人々がその者の動き、声、魔法を直接見ることができるようになったからである。一方、実際には優れた冒険者であっても映像がほとんど残らず、逆に多く記録されたため実際の功績以上に有名となった者もいた。冒険者の名望と記録の量が必ず一致しないことは当時から知られていた。

 古い記録では失われた部分も多く、全ての場面が残るとは限らなかった。そのため後世には、文章、目撃者の証言、地形、残された魔法の痕跡などをもとに、欠けた部分を結界の中で再現する者が現れた。これが再現師である。再現師は過去をそのまま呼び戻す者ではなく、得られた記録から「このようであった可能性が高い」という形を作る者であった。

 再現されたものと実際に記録されたものは原則として区別された。しかし再現の技術が高まると、その境界を意識しない者も増えた。後世広く知られた冒険の中には、実際の映像より再現された場面の方が人々の記憶に強く残ったものもある。このため大図書館や一部の王国では、原記録、写し、後世の補完、完全な再現をそれぞれ別に保管するよう求めた。

 観測の記録はこうして、人々が過去を見るためのものともなった。もとは災害を知り世界の変化を測るために始まった記録が、冒険者の所業を後世へ伝える役割を持つようになり、やがて人々がそれを見て楽しみ、学び、時には自ら冒険者となるきっかけともなった。


 クドゥルや特にデンバクドゥルを含む多くの人々は弱小な魔王や更にその影響を受けたトークレムによってエンスやルガム、ドレイスにおいて結界に閉じ込められナナキにより人格を崩壊した後人体改竄の実験台となって解放されたため人々とは更に逸脱した存在となり獣のように営む穢として知られるようになった。それは群をなして人々に襲いかかるなどの行動を取るようになるなど特にレーヴィア帝国にとっての脅威となった。

 デンバクドゥルが衰退してレイスにおいてはそのまま穢と同一視されるようになった。山岳地帯で鉱石の採掘にあたっていた穢が支配的となりデンバクドゥルの監督不在のまま勢力が拡大した形となる。

 救世歴1747年穢死森に住み着いていた穢を金聖剣王トーシハーが駆逐した。

 救世歴1753年、レイスで大型の掃除の魔法が開発される。二つの大きな魔石を交換し続けて、掃除先の魔石が帯びた魔力が埃を剥がす。その強さの調整で小さな虫も除去可能。


 ドレイスにおいてゲルルム、ヘルヌン、シルムウという三つの国家が起こった。それらの国においては所謂「輪廻転生」が信じられていて、守護者や騎士に対して敵対していた。人々は修行によって天界に転生できると考えられたのだが、そこに至るための道は様々な理論が提唱され一貫しなかった。そんな中でヘルヌンのザッカーシードは輪廻転生を終え、神と同等の存在として永遠の観測者になるための道はこの世の全ては移り変わり、実体のあるものは自己の深部にある真意識だけだと唱えた。それをも消し去れば存在が消滅するという彼の理論によれば魂は転生しないが、霊は転生する。初めて生まれた時に魂を受け、それから霊が初めの肉を離れると、様々な魂を経由して、最終的に神の位置に還るという思想であった。魂は陰府に留まる。


 オノノンド王国の王エクシザール・オヌーナンドはチン王と決闘し勝利、レイスの北東に領土を獲得する。その後オノノンドの王位を簒奪しザンガの子孫を自認してザンガング朝を名乗ったゴーデマは山の竜として知られる黒の鎧胆王エテュドを討った者で中央レイスの支配権を確立したことで知られる。ゴーデマの孫ハーデンはオノノンドをポロズ王国に改めて北レイスの山脈に人が登れないほどの巨大な要塞ポロゼロログを竜を使役しつつ建設していた。これは結局完成を見ずに終わるが、後述の月魔世においてテイロクの居城となった。オノノンド王国建国千年を祝う祭りに関して七年前から前夜祭を行なっていた。千年祭の時に現れた無名の英雄エズが武闘大会の優勝の褒美としてハーデンとの直接対決を望んだ。これが受け入れられた結果ハーデンは敗れて死んだ。ポロズ王国は崩壊して周辺の未開の民族が中央レイスに攻め入った。


 救世歴の末期に近づくにつれ、月はそれ以前とは異なる変化を示すようになったとする記録がある。しかし現在残されている観測誌だけから、月の崩壊が事前に予測されていたと断定することはできない。月光の強弱、月の周囲に現れる魔力、地上へ降り注ぐ力の変化について異常を訴えた魔術師はいたとされるが、それらは以前にも起こっていた変動の範囲であると判断されたものも多かった。

 後世には「魔術師たちは月が崩壊することを知りながら隠していた」という伝説も生まれた。しかし大図書館に残る記録から見る限り、少なくとも全ての魔術師が崩壊を知っていたとは考えにくい。むしろ、長く観測し続けてきた月そのものが失われるという事態を十分には想定していなかったとする方が近い。


 ハーデンの死から数年後救世歴2012年、月は崩壊して六つに分裂し、その破片は地上へ落下した。この出来事は観測の歴史においても最大の断絶の一つとなった。それまで月は観測される対象であるだけでなく、時刻、季節、魔力の変化、竜の活動などを比較する際の基準でもあった。その一つの月が六つとなったことで、古い観測記録と新しい観測記録をそのまま比較することができなくなったのである。

 六つの月は互いに同じ動きをせず、それぞれが地上へ異なる魔力の影響を及ぼした。かつて「月が天頂にある」とだけ記せば意味が通じたものも、どの月を指すのかを書かなければならなくなった。月光の強さについても、それまで用いられていた基準は役に立たなくなった。竜の動きも変わり、地上の魔力も大きく乱れ、各地でそれ以前には見られなかった現象が相次いだ。

 魔術師の中には六つの月それぞれに仮の符号を与え、旧来の観測体系を作り直そうとした者もいた。しかし地上では月の魔力を支配下に置いた者が覇権を争い、六大魔王が起こったため、統一された方法が全地に広がることはなかった。ある王国では月を色によって区別し、別の土地では大きさによって呼び、魔王の支配地ではその魔王の名によって月を呼ぶことすらあった。後世その名の多くが記憶から失われたため、月魔世の観測記録には現在でも解読できない部分が残されている。

 地上では月の魔力を支配下に置いた者が覇権を握る月魔世が訪れた。天にかかる六つの月にちなんで六大魔王と呼ばれる存在が起こった。現在その名は人々の記憶から抹消されることとなったため伝わっていない。しかしその内の一人の名は確定的なのはケーズーであると言われる。また他はべべ(ビービ)、クノム(キュノム、ヒュノム)、ハヌン、スルキン、ノトン、ポナ、アブムとも言われている。

 レイスはハーデンの孫であるサロスが支配するに至った。サロスは周辺の王を打倒して覇権を唱えた。しかし彼は魔王ではなく比較的早くに寿命を迎えて死んだ。

 ダイマゴンとして知られる悪魔大のテイロクがサロスの死後レイスにおいて台頭しナナキによる穢の軍隊や支配した竜などの力によって全地を闇に覆い覇権を唱えた。六大魔王の主となり各地に竜の神殿やダンジョンを地上や地下に構えて、後の時代に冒険者の討伐の対象となった。

 ダイマゴンテイロクは結界魔法によって閉じ込められていた悪しき魔術師や魔王を多数解放した。全て成功したわけではないが、強大な存在も牢獄から出てきて、世界に君臨するようになった。特にエグロー・マズローの全囚人の放出は彼の最も大きな行いであると評価されている。彼らは数々の竜を支配下に治め、地上にいる人々を掻き集める形で彼ら自身の共固有結界に閉ざして、命糧とした。彼らが生きている限りは魔王らの命は継続し、また魔術の根源である魔力も尽きることはないとされた。このため魔王らは人々を他で捉えておく街を作って、そこで積極的な繁殖を強いて行わせた。


 月魔世において観測は全地を一つの基準で見る仕事ではなくなった。魔王の支配する結界ごとに時間や空間、魔力の状態が異なり、ある地域で正しい尺度が隣の地域では意味を持たない場合もあった。大図書館へ定期的に記録を送ることのできない土地も増え、数百年続いた観測の系統がここで途絶えた例も多い。

 それでも記録する者がいなくなったわけではなかった。魔王の支配下で密かに月の位置を書き続けた者、竜の数を数え続けた者、毎年同じ井戸の水位を測った者、変化する結界の境界を歩いて確かめた者がいた。その多くの名は残っていない。月魔世が終わった後、断片として見つかったそれらの記録は、崩壊した観測体系を再び組み立てるための材料となった。


 全地における月魔世を集結に導いたのはゼウンンレエエルである。彼はあらゆる魔王と同一視される結界を消失させ全地の暗断裂を回避した。この時代の魔術師として最も有名である彼は大図書館の館長と魔術師連盟の指導者を務めた。彼は魔術師を七つの位格に区別した。それは魔術師、大いなる魔術師、生命の魔術師、知恵の魔術師、知識の魔術師、死の魔術師、光の魔術師である。それは功績によってではなく完全にその人の内面に由来してその位置を占めると考えていた。光の魔術師とは神自身或いは神の子である。またトークレムと偉大なるトークレは火、普通のトークレを俗、それ以下の人々を穢、滅びとした。後にそれは点数化された人間の位置付けとして、神(100点)、光(99点から90点)、死(89点から80点)、知識(79点から70点)、知恵(69点から60点)、生命(59点から50点)、大(49点から40点)、無題(39点から30点)、火(29点から20点)、俗(19点から10点)、穢(9点から1点)、滅(0点)と12段階の実質的に10段階の評価が行われた。なお50点以上は聖人、30点以上は能力や人格の面で優れて普通の人である。魔王は滅に該当する。彼は後世魔術師以外の人々の間でザナレルとその存在を混同された。月魔世終結を記念して甲魔暦が制定され、千二百年以上続いている。


 ダイマゴンテイロクらが支配していた竜は二つの竜が統括していた。一つは炎帝竜々東アッヴァロ・ワラ、もう一つは氷帝竜々西ヴァンログ・ヴァギである。それら二つの竜は魔術師らによって封印されることとなった。もし殺してしまえば、大量の血が流れ出て、大地全体を覆い尽くすだろうことが予測された。如何なる結界を以てしてもその澎湃を止める手段はないと考えられていた。それはそれらの竜が悪しき魔術師らによって改造されていたからに他ならない。彼らが或いはそれらが死んだ時に世界が滅びに至るように計画されていた。唯一の解決法は暗断裂を意図的に引き起こして、世界の隙間に追放することなのだが、正確無比な生成が困難であったため、結界の中で永遠の時間を過ごさせることとなった。


 月魔世の終結は観測の歴史においても一つの区切りとなった。六つに分かれていた月のうち五つが失われ、天に一つの月が残るようになると、魔術師たちはそれ以前の観測方法をそのまま復活させようとはしなかった。月魔世以前の一つの月と、その後に残された一つの月とが全く同じ状態にあるとは限らず、地上の魔力もまた月が崩壊する以前とは異なっていたからである。旧来の記録を新しい世界へそのまま当てはめることは危険であると考えられた。

 ゼウンンレエエルが大図書館の館長と魔術師連盟の指導者を務めていた間、各地に散逸した観測記録の回収も進められた。月魔世に魔王の支配下に置かれていた都市から持ち出された記録、滅びた王国の地下室に残されていた石板、個人の魔術師が数百年間保管していた観測誌などが大図書館へ集められた。ただしそれらは一つの正しい記録へまとめられたわけではない。同じ日の同じ月について異なる位置が記されていたり、ある土地で一日とされた期間が隣の結界内では数日となっていたりしたからである。

 魔術師たちは矛盾する記録のいずれかを捨てるのではなく、それぞれがどの土地、どの結界、どの魔王の支配下で記されたものかを可能な限り調べた。月魔世においては世界全体に共通する時間や距離そのものが部分的に乱れていた可能性があり、互いに矛盾する二つの記録がどちらもその観測者にとっては正しかったという場合もあると考えられた。このことは、後の魔術師が結界内部と外部の時間の差を研究する上でも重要な資料となった。

 また月魔世には記録の改竄も多かった。六大魔王やそれに従う魔術師が自らの支配を古く見せるために年代を書き換えたり、反対に自らが引き起こした災害の記録を消したりした例があるとされた。そのため甲魔歴初期の魔術師たちは、古い記録に書かれていることをそのまま史実とは見なさず、異なる土地から得られた記録や地形、遺構、魔石、結界の残滓などと照らし合わせるようになった。

 こうして観測は、目の前にある世界を見るだけでなく、過去に残された観測そのものを再び観測する仕事を含むようになった。誰が、どこから、何を、どのような魔術を用いて見たのかを知らなければ、記録された値だけを比較しても意味がないという考えである。


 甲魔暦の制定は、各地に共通の年月を再び与える役割も持った。月魔世の間には王の即位年、魔王の支配年、六つの月の巡りなどを基準にした暦が併存しており、遠く離れた二つの記録が同じ時期のものかどうかを確定できない場合があった。甲魔暦が用いられるようになると、新しく作られる観測誌には原則として甲魔暦による年月が記されるようになった。

 古い記録についても甲魔暦への換算が試みられた。ただし正確な年月を決定できないものは無理に一つの年へ割り当てず、「甲魔暦紀元前三十年から二十年の間」のように幅を持たせた。月魔世以前の救世歴については比較的換算が容易であったが、六つの月が存在した期間については今なお年代の定まらない記録が残されている。

 観測の基準も改めて定められた。月の明るさ、結界の強さ、魔力の量などについて、月魔世以前に用いられていた尺度の一部は廃止された。新しい尺度は甲魔歴最初の数十年に各地で試され、大図書館に集められた結果を比較しながら修正された。何を基準とするかについて魔術師の間でも意見は一致せず、地域によって旧来の方法を使い続けた例もあった。

 特に重要であったのは、世界が安定状態へ戻ったという判断を確認し続けることであった。月魔世を終わらせた一度の大魔術によって全ての問題が解消されたとは考えられず、暗断裂が再び増加していないか、かつて魔王の固有結界があった土地がどのように変化しているか、六つの月の魔力が地上に残っていないかなどが長期にわたって調べられた。

 かつて魔王の支配下にあった土地では、結界が消失してから数十年後に初めて異常が現れることもあった。何も起こらないまま百年以上が経過した地域もあったため、魔術師は短期間に安全を宣言することを避けた。一つの土地について親、子、孫に相当する三代以上の観測者が記録を受け継いで初めて、その土地がおおむね安定したと判断された例もある。

 ゼウンンレエエルが甲魔歴121年に朽ちた後もこの仕事は続けられた。彼の死によって観測の基準が改められたわけではなく、大図書館と魔術師連盟は彼以前から存在した記録と彼の時代に整えられた方法の双方を引き継いだ。このため甲魔歴における観測は一人の大魔術師の学説ではなく、多数の魔術師が長い期間にわたって修正し続けるものとなった。


 人々の救済後千五百年余りで名のない魔術師は肉体が朽ちていた。その朽ちに及んだ言葉に十戒が示されていてゼウンンレエエルの生前に公表された。その中には特に魔術師による支配が明示的に禁じられた。「忘れてはならない。殺してはならない。害してはならない。奪ってはならない。憎んではならない。妬んではならない。偽ってはならない。貶めてはならない。崇めてはならない。統べてははならない」以降魔術師やトークレムによる支配者は魔族などと同一視されるようになる。ゼウンンレエエルは魔術の知恵に通じる鍵を閉じて、甲魔歴121年朽ち果てた。


 甲魔暦紀元前後魔術師連盟と全地王国連合によって空帝が立てられた。彼らは七人でムガサーサオドフ、レテオドフ、ワルデイオドフ、デレヒュタドドフ、ペルワオドフ、ピラウェンドドフ、ユーザンロドフという帝であり、オープ・パルクの大図書館の魔術の知恵の内深刻な脅威をもたらすと判断されたものを天空に上げられた城の中に封印し、また魔王たちの肉体の残骸である魔骸を結界の中に閉ざすことを使命とした。彼らは結界の中に生き、外部の暦の換算で一万年以上生きると見積もられている。彼らは天空城を操作して、大陸(アルカ、エルン)中央部からドーブニウ山脈の西までを漂うのであるが、後継者の選定も同時にしなければならない。彼らが忠実であるかということには魔術師たちが注視しているのだが、現状問題は見出せず、空帝でなくとも空民という、交代で天空城に上り、空帝たちと共に城を扱う人々は職務の内容の割に良い暮らしが地上と天空でできたので、空を目指す人が多く集まった。しかし空帝の後継者探しは難航していると言っても良い。現状ではドーブニウ山脈の東の空域に、ノックル・ベラルディ・ホーテンヘルジ・ムガサーサオドフが、西にゴロツァレニア・ゴロツォレニアカベス・ユーザンロドフが、内域の北、北原平原と無尽森林にかけてにコイレー・ヴェラドー・フェーエデーウシシ・レテオドフと、ワアーラティレー・ワルデイオドフが、内域の東、大図書館の西側の空域にゴウヒサブワウゴ・デレヒュタドドフと、バールクレイル・エトリ・アマル=ダス・ピラウェンドドフが、内域の南、剣河流域にアイオンゼカード・ネディウィウォール・ペルシシア・ペルワオドフが配置されている。彼らは善き魔術師たちの根系として、過去のレイスの魔王たちのそれと対比されている。


 甲魔暦紀元前後に空帝と天空城が置かれると、空からの観測もそれ以前とは異なる形で行われるようになった。天空城の第一の使命は危険な魔術の知恵と魔骸などを封印することであったが、大陸の上空を長期にわたって移動する性質から、地上では得ることのできない記録を残すこともできた。

 空からは竜の群れの大きさ、森林や砂漠の広がり、河川の流路、巨大な結界の境界などを見ることができた。特に地上では数ヶ月をかけなければ全体を確認できない現象を一度に見ることができたため、天空城から得られた記録は地上の観測を補うものとなった。ドーブニウ山脈を越える竜の移動や、無尽森林周辺で起こる空間の歪みなどは空からの方が把握しやすい場合があった。

 しかし天空城から見えるものが地上の現実そのものとは限らなかった。無尽森林のように内部と外部で空間のあり方が異なる場所は、上空から見ただけではその広さを知ることができない。また強い結界の上空では実際には存在しない地形が見えたり、存在する都市が空からは消えて見えたりする場合もあった。このため空帝や空民の記録だけによって地図を書き換えることは避けられ、地上から得られた報告との照合が行われた。

 天空城が常に同じ地点へ留まらず広い空域を漂うことも利用された。同じ土地を数年、数十年の間隔を置いて再び通過する際、以前の記録と比較することができたからである。山肌の崩落、森林の拡大、廃都の埋没、河川の変化のような緩やかな現象は、このような反復観測によって知られる場合があった。

 空民の中には地上へ降りた際に各地の観測記録を受け取り、次に大図書館に近い空域へ至った時にそれを渡す者もいた。反対に天空城で得られた異常の記録が地上へ下ろされ、王国や魔術師が現地を調べることもあった。このように天空城は観測所そのものというより、全地に散らばる観測の間を結ぶものの一つとしても働いた。

 空帝は地上の全てを見張る者ではなかった。七つの天空城で大陸の全域を常に把握することはできず、雲や結界によって何も見えない日もあった。空帝自身が封印の維持を第一の務めとしていたため、実際の観測や記録の多くは空民や同行する魔術師によって担われた。そのため地上の魔術師が空帝を世界の監視者として過大に評価することを戒める記述も残されている。

 それでも地上、大図書館、天空城という異なる場所から同じ世界を見る仕組みが生まれたことは甲魔歴の観測に大きな影響を与えた。ある異常が地上でしか見えないのか、空からも確認できるのか、古い記録にも同じものが存在するのかを比較することによって、一つの観測だけから結論を出すことは以前より少なくなった。


 海の帝国レーヴィアが新海の帝国レーヴィアとして復活した。再び第一魔法大隊から第十魔法大隊まで組織され、規模はむしろ拡大した。

 西暦20“00”年代の日本から甲魔暦二百年代に池田誠一が転移し、アトンハトンの東域にイケダ王国を築く。彼は多くの女性と結婚し多くの子孫を残すが、魔術師によって敵対視され、記憶ごと抹消されることになる。彼は聖書(The Bible)と呼ばれる書を携えていて、新共同訳だとされ、これを封印する。彼の子孫は聖書に書かれていたキリストに対する断片的な信仰を持っていた。


 ナナキとマラキについて。


 ナナキは後の概日本人転移者に名靡魔力と名付けられた。またマラキ、名望魔力と名付けられた力は魔王の影響という文脈の中で語られることが多かった。マラキはある側面では「この者に従うべきだ」と世界に思わせる力であり、ナナキは現実の行動として変換されたものである。ある人々はマラキを信仰、ナナキを行為と表現する見方もあった。「竜殺し」「賢王」「大魔女」として人々に認識され、世界の記憶に領域を割いて残されるようになると、マラキは強まる。誰も知らない魔法使いが一万人に「逃げろ」と命じても、ナナキはほとんど通らない。しかし、「かつて三つの都市を救った炎の魔女」として知られる者が火災の最中に同じ命令を出せば、人々は言葉を理解するより早く身体を動かす。彼女の声が全員に聞こえなくても、群衆の一部が従った瞬間、周囲の者も同調し、命令が波のように広がる。ナナキは、直接一万人の心を一つずつ掴むのではなく、人々の間にすでに存在する共通認識を一斉に作動させる魔法である。

 ナナキの発動段階については四段階を捉える流派が一般的と見做されてきた。

 第一に潜在名靡。本人が魔法を使うつもりがなくても起こる。名高い冒険者が顔を曇らせただけで周囲が静まり、王が立ち上がっただけで兵士が武器を取る。人々は自分の意思でそうしたと思っているが、実際にはマラキが行動の選択肢を狭めている。これは通常、人格を破壊するほどではない。むしろカリスマ、威厳、説得力、安心感として経験される。

 第二に指向性名靡。マラキ保持者が明確な意志を持ち、特定の行動を促す。「伏せろ」「門を閉じろ」「武器を捨てろ」「この者を守れ」といった、短く具体的な命令に適している。対象者の既存の価値観と矛盾しないほど強く働く。救国者による避難命令、将軍による突撃命令、神官による鎮静、冒険者による魔物への対処などは、正当なナナキとして認められ得る。

 第三に汎領域名靡。都市、軍団、教団、国家などを長期的に一つの方向へ動かす。この段階では本人の声だけでなく、肖像、旗、紋章、歌、記録映画、結界内での再現、学校教育、称号の朗読などがナナキの中継点になる。本人が遠方にいても、その名と像が共有されていれば命令が浸透する。ただし、これはもはや単発の魔法というより、社会制度全体を魔法陣に変える行為である。

 第四に魔王下名靡及び神子名靡。対象者が何を望むか、何を恐れるか、誰を愛し憎むかまで、マラキ保持者の存続に都合よく組み替えます。人々は命令されたと感じません。むしろ、・王に従うことが自分の幸福である。・王を疑う者は人間ではない。・王のために子を産むことが名誉である。・王のために死ぬことは自分自身の完成である。と、自発的に考えるようになる。ここまで来ると、ナナキは人々の行動を支配するだけでなく、人々が自分について語る物語そのものを奪う。

 トークレは魔術師のように固有結界のような内的境界を持たない。彼らの心は、家族、村、宗教、王国、職業、噂、名声などの共同的な意味によって形作られやすく、その共有領域にナナキが侵入する。一人のトークレを完全に支配するより、一万人のトークレを同じ方向へ少しずつ動かす方が、ナナキには容易である。最初の百人が従えば、その振る舞いが次の千人にとって「皆がそうしている」という根拠となり、やがて群衆自身がナナキを増幅する。したがってナナキは、「個人支配よりも集団支配に適した魔法」である。反対に、孤立している者、複数の文化に属する者、異なる名前で呼ばれている者、支配者について何も知らない者には通りにくくなります。

 善良な王、英雄、冒険者、神官、魔法使いもナナキを使える。災害時に群衆を避難させたり、恐慌状態の兵士を落ち着かせたり、魔物に襲われた都市で住民を一斉に伏せさせたりすることは、明らかに有益と見做せる。したがってナナキ自体は悪の魔法とは呼べない。善悪の分岐点は主に自己中心か、他者中心かで測られているが、それも完全ではない。

 なおナナキは強力だが、絶対ではない。最も基本的な抵抗は、命令者について一つの像しか持たない状態を避けることにある。英雄の偉業だけでなく、失敗、弱さ、矛盾、私生活、別の呼称まで記録することで、マラキが単一の命令形へ固まることを防げる。また、次の方法も有効である。・本名と称号を分離する。・肖像や紋章を一種類に統一しない・。記録映画に複数の解釈を残す。・命令を復唱せず、自分の言葉へ言い換える。・小さな共同体ごとに異なる物語を保持する。・ナナキを受けた後、本人の意思を回復する解除儀礼を行う。・魔術師がトークレの周囲に一時的な擬似固有結界を張る。特に、記録や再演を管理する専門職は、マラキを育てる者であると同時に、魔王を生み得る危険な職業になりうる。ある冒険者を英雄として編集しすぎれば、事実上その人物へ領域ナナキの基盤を与えてしまうからである。

 「偉業→ 認知→ マラキの形成→ ナナキの発動→ 人々の行動→ 新たな記録と認知→ マラキの増大」が循環を生み出して、上界はあるが半ば歯止めが効かなくなった者が魔王であると考えることもできる。

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