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決め手はキューティクルだった


 ワクワクとした気持ちのまま、他の人よりも大分遅れて教室入りしたクリスは、一人テーブルの上で不貞腐れていた。

 椅子に座るのではなく、テーブルの上なのはマナー悪いのだが……まあ身長的問題でしょうがない事であった。

 それはそれとしてゴロゴロと横たわっているのは行儀が悪すぎるのだが、その位クリスははぶてていた。


 その教室は大体五十人位は入るであろう部屋で、クリスが入った時には既に八割以上が埋まった状態であった。


 入室した時は正直、かなり期待していた。

 そこいる面子はまあ、中々にアクの強い奴ばかりだったからだ。


 病的なまでに細身で隈も酷い、どことなく薬臭い男。

 スキンヘッドに棘付き肩パットなんて漫画のやられキャラみたいな外見の男。

 目つきが悪い狂犬みたいな女。

 翼を生やし肌が真っ白な悪魔染みた外見の魔族。

 普通な外見の者も決して少なくはないのだが、どうしてもやべーのが目立つ。


 首都の街並みに居るのとはまるで違うその人の層に、確実に絡まれるとクリスは期待した。

 ただで自分の外見は目立つというのに、この荒くれ風な世界では余計浮いて見える。

 きっと『てめぇ誰に断ってもふもふしてるんだごるぁ!』みたいな巻き舌全開な感じでイチャモンを付けられると、期待に胸を膨らませた。


 そう期待してワクワクしながら……ニ十分経過。

 誰にも声をかけられず、周囲の席にも誰も来ず。

 というかクリスの周りに居た人も席を変え、ぐるっと誰もいない状態になった。

 完全に、居ない者扱いされていた。


 とは言え、それも当然と言える。


 極端な恰好をしている彼らの大半は、自分達の外見が非常に高圧的な物であると理解した上でそれを利用している。

 相手を威圧する事で物事を優位に進める事が出来ると理解した上であえてその恰好をしていた。


 だからこそ、彼らやべー外見の奴らはクリスには決して近づこうとしない。

 こちらが威圧しても怯える事もなく、威圧し返す事もせず。

 そのファンシー過ぎるわけわからん容姿のもふもふは、こっちが睨もうと威圧しようと関係なく、ずっとニコニコした顔のまま、じっとこっちを見て来る。

 はっきりいって不気味だった。

 これまで大勢を脅して来た彼だからこそ、触れてはならないものがあると知っていた。

 わからない物こそが、理解出来ない存在こそが真に恐ろしいものであると……。


 そうして、そういった外見の奴らが一度無視するなんて空気が流れると、残りの学生も右習えでクリスを無視し、気づけばクリスの周りは空席となって腫物状態。

 そんな現状にクリスは頬を膨らませ、はぶてていた。


 こんな事なら、脅され待ちなんてせず自分から積極的に声をかけておけば良かったと。


 そうこうしていると……。

「隣、良いかい?」

 渋い男性の声が聞こえ、クリスはその方角に向く。

 帽子を身に着けたナイスミドルな男性が、クリスに笑顔を向けていた。

 やけに帽子が似合う、落ち着きのある男性。

 若々しくはないが老いているという言葉も似合わず、男性特有の押しの強さもなくてどこか紳士的。

 だからきっと言葉にするなら『お鬚の良く似合うおじ様』というのが表現的に近いだろう。

「もちろん。何故か私の周りは空席だらけでね、寂しかったところなんよ」

「それは僥倖、隣を気にせず座れるなんて素敵な贅沢だ」

 そう言葉にし、男性はクリスの右隣の席に着いた。


 クリスはテーブルの上で静かに期待する。

 席は他にあるというのに腫物扱いのクリスの傍に来たのだ。

 何か意図があるはず。

 それがどの様な物であろうとも、この放置タイムよりは全然楽しい物であるはずだ。

 だから静かに、だけど確かにクリスはその男に期待していた。


「とりあえず、自己紹介をしても宜しいかな?」

「うぃ。私はジーク・クリス。好きに呼んで」

「うん。ありがとう、ミスター。ミスターで宜しかった……よね?」

「うぃ。たぶん」

「ではクリスとだけ。私はロロウィ・アルハンブラ。この歳で一念発起した中途半端な男さ」

「よろしく、アルハンブラ。中途半端には見えないけどなぁ」

「ありがとう。という訳で、少しばかり自分語りをしてもよろしいかな?」

「どうぞどうぞ。幸い時間だけは余ってるから」

「メルシー。さっそくだが、私は一つ、人生の方針とも言える持論を持っていてね」

「ほぅほぅそれは?」

「『大切な選択は必ず己の手で』」

「大切な選択は、己の手で? つまり?」

「人生とは重要な選択に迫られる事が多々ある物だ。そういう時、我ら人はつい力ある誰かに縋ってしまったり、見守って下さる神に頼ったりしてしまう。耐えきれず責任を委ねてしまおうとする。だけど、それはよろしくない。重要な選択を他人任せにしてはいけない。失敗も成功も、己が理由であるべきなのだから」

「なるほど」

「だから、重要な選択は誰の手にも委ねず、何にも頼らず、必ず己自身で舵を取る。それが私のポリシーだよ」

「良くわからないけど、かっこいーね」

「ありがとう。だけど、実の事を言えばこれは本題の前話に過ぎないんだ」

「ほぅほぅ。本題があると」

「ああ。重要な選択は己の手で定める。では、逆はどうかね?」

「逆って言うと、どうでも良い選択?」

「そう。例えば靴を履く時右と左迷った場合、夕食をどの店に行こうか決める場合。未来はどうなるかわからない。だが、重圧もなく追い詰められもしない重要さもない選択の時、私は……」

 アルハンブラは、クリスに見える様金貨を取り出した。

 それはリーガの時とは違い、この国で使われている正式な金貨だった。


 アルハンブラは、コインをキィンと弾き、手の甲の上で受け止めた。

「こんな風に、重要でない選択肢の時、どっちでも良いと自分が考えた時、私は天に運命を委ねる事にしている」

「ほぅ……クールなタイプの悪役みたいにかっこいい」

「ちなみに二択ならコインだが、あらゆる選択が出来る様私は常にこれを持ち歩いている」

 アルハンブラはどこからともなくバラエティで良くある籤が沢山入った紙の箱を取り出してみせた。

「おや? ちょっとクールから方向性が変わって来たかな?」

「という訳で、私の趣味はこんな感じのギャンブルだ。ただし、金銭のかからない物限定のね。なにせ私は賭け事自体はあり得ない位に弱くてね」

 そう言って、アルハンブラは笑って見せた。


「あー。そか。そう言う事か」

 どうしてこの話を持ちかけたのか、クリスは理解した。

「そう、そういう事だよ」

 アルハンブラも、それが正解だと同意を示す。


 アルハンブラからすれば、誰でも良かったのだ。

 誰に話しかけても。

 だから選択を天に委ね、そして選ばれたクリスに声をかけた。

 ただ、それだけの事だった。


「私に用がある訳じゃなかったのは残念だけど、素敵はお話が聞けたのは良かったかな」

「己の選択でないのは事実だけど、選択肢はある程度見込みのある数人には絞ったつもりだよ」

「ほほー。私の見込みがあると?」

「ああもちろん。このクラスでもトップレベルにね」

「見る目がありますなぁ。それで、どういうところが?」

 きりっとした顔を作り、ちょっとふざけながらクリスは尋ねた。

「君のそのトリミングだよ。一切の乱れも無駄もないふわふわ具合に美しいキューティクル。相当な技量のスタイリストの人が君に付いている。貴族レベル……いや、それより上だ。家族にそういう人がいるか、それともそう言う人を雇う環境にいるか。少なくとも、お金でどうにか出来る程度ではないね」

「あ、そっち方面?」

「君の事は知らないよ? だけど、君の育ちが良い事は見てわかった。それだけあれば、声をかけるに十分な理由だ。Dクラス(こんな環境)なら尚の事ね」

 そう言って、アルハンブラはウィンクをしてみせた。


ありがとうございました。

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